真夏の真夜中。警衛係が静まり帰る駐屯地内の歩哨に当たっていた。警棒を腰に付け、大きな欠伸をしながらこの広い敷地内の外周を周り異常がないか見ている。
(特に問題ないな。さて、帰ったら仮眠が取れる、さっさと切り上げて帰ろうか)
警備する立場が少し気が抜けているのは嘆かわしいものだが普通は誰もが寝ているこんな真夜中でいつも見慣れた風景、夏の虫の鳴き音だけが聞こえ、滅多に何も起こらないこんな状況では気を張るのは初めて警衛係についた新米ぐらいだろう。
そんな時、ふと空を見える彼は一瞬で固まった。
「・・・流れ星っ」
流星。滅多に見られない素敵な物だが、運よく目にしたその高鳴る気持ちも数秒後には一気に消え去る。
「な・・・っ!」
ひとつ目の流星から間を開けず、それから二つ、三つ、四つの流星が見え、それが消えることなくそのまま白い尾を引きながらそれぞれ遥か遠く離れた地上へ落下していった。彼は慌てて警衛所に戻り、隊長にすぐにその旨を伝える。
最初は「夢でも見てるじゃないか」と疑われるも本人の焦りようを見るとただ事ではないと分かり、すぐに上層部に連絡した頃にはすでにその事実は駐屯地内はおろか日本各地が騒ぎが巻き起こり激震していた。
――次の朝。早乙女とマリアは竜斗達三人を司令室に集合させ夜中に起きた事実を伝える。三人もそのことについては早朝からの駐屯地の騒ぎと周りから聞いた話から大体話を理解していた。
「飛翔体が落ちたのはそれぞれ山口、福井、岩手、青森の四ヶ所で調査を行った所、どうやらミサイルの類いのようだ。被害については不明だが爆発はしなかったらしく怪我人はともかく死人は出なかったらしい」
竜斗達はそのことについては安心したが、だからと言って日本にいきなりミサイルを撃ち込まれたのだから堪ったものではなかった。
「証言者によると南側、つまり大平洋側から飛翔体を目撃したと。それも流星のような凄まじい速度で地上に落ちたという話です」
「ああ。四発目以降はご無沙汰なしだがまたいつ飛んでくるか分からん。君達はいつでも出撃できるようにしておいてくれ」
すると竜斗からこんな質問が。
「司令、そのミサイル攻撃は恐竜帝国からでしょうか?それとも・・・」
どこか引っ掛かる言い方の彼に早乙女は、
「私達人間によるものなのか、か」
頷く竜斗。
「まだどこから発射されているか不明だから何ともいえないが確かに可能性がないとも限らん。だからとてこれ以上撃ち込まれて本当に被害が出るのを防がなければならん。分かり次第君達にも情報を伝える」
解散し竜斗達は司令室から出ていくと早乙女は席に座りパソコンを起動させ事件のデータを吟味する。するとマリア特製の淹れててのコーヒーを差し出しズズっと啜る。
「なあマリア。君の目から見て黒田がいなくなってから三人はどうだ?」
「・・・やはり、気に残る部分もあるでしょうね。マナミちゃんも地元から帰ってきてから物凄くいい子になったし一応竜斗君が二人を纏めるんですが――」
「黒田がいない今、そろそろ新しいリーダーを決めねばならん。私個人として竜斗か水樹の二人のどちらかがいいと思うのだが」
「私も同感です」
「エミリアはとてもじゃないがリーダーという器に合わないな。あと彼女は優しすぎる」
「ええ。まあそこが彼女のいい所なんですが」
「ふむ。竜斗も優しいがちゃんと能力はあるしまだまだ伸びしろがある。現時点ではまだまだ水樹のほうが一枚上手だがな」
コーヒーを飲み干し、一息つけると相変わらずの能面顔でパソコンのマウスをカチカチ動かす早乙女。
「さっき竜斗の言ってたこと、どう思う?」
ミサイル攻撃が恐竜帝国ではなく自分達人間によるもの、という彼の意見だが正直、まさか異種族と世界戦争をして劣勢を強いられているこんなご時世に喧嘩を売るような愚かな国は果たしているのだろうか、とマリアはそう考えている。
「・・・まあ否定はできませんね」
「しかしまあ、そう考えれるとは竜斗もなかなか視野が広いな、ククッ」
早乙女はなぜか嬉しそうだった――。
「怖いね。一体誰がミサイルなんか・・・」
食堂では竜斗達が朝食を取りながらその話題について話している。
「ふん。どうせあいつらの仕業に決まってんじゃない」
愛美は不機嫌そうに食パンにかじりついている。どうやら睡眠中にその騒ぎのせいで叩き起こされたせいである。
「けどリュウトはもしかしたらアタシ達人間の仕業じゃないかって言ってたけどそれって・・・」
「そんなわけないでしょ。こんな爬虫類の人間と戦ってる切羽つまった状況でわざわざ人間同士で喧嘩売るバカなんているかしら!」
やはりマリアと同じことを考えている愛美。
「まあ俺の憶測に過ぎないよ。多分恐竜帝国からの攻撃だと思う。けどもしこれがどこかの国からによるものだったら二人はどう思う?」
その質問に二人は、
「マナなら間違いなくその国を本気で潰したいわね。こんな時に何考えてんのよって」
「アタシもさすがに潰したいとまでは思わないけど間違いなく許せないよ。何の魂胆があって日本に攻撃したのよってなるよ」
「・・・そうだよな。普通はそう思うよな」
どこか腑に落ちないような竜斗に愛美は目を細めて彼を見つめる。
「なによイシカワ、なんか不服そうだけどそう言うあんたはどうなのよ?」
「俺も二人と同じ考えだよ。けど」
「けどなによ」
「なんか、悲しくてさ」
そう呟く彼に拍子抜けするエミリアと愛美。
「爬虫類の人間の仕業にしても、自分達人間の・・・どこかの国の仕業にしてもなんかさ、地球に生きる者同士何やってんだろうなって・・・」
「リュウト・・・」
「そりゃあ人間皆思想とか違うし、国によっても言語や文化が違うし友好的とは限らないからしょうがないんだろうけど・・・なんかこう、上手くいかないかなあって」
もの悲しげにそう答える彼に愛美は。
「・・・あっきれた」
と、無情にもそう吐き出す。
「前から思ってたんだけどアンタさ、いい加減現実を見なさいよ。こんな状況下で何をどうすれば上手くいくのよ?そんな都合のいいのがあるなら是非マナ達に教えてくれない?」
「・・・」
「石川が言ってるのは所詮綺麗事、何にも知らないクセに、どうすればいいのか分からないクセにそんな夢物語なことを聞いて正直吐き気がすんの。ほんとバッカじゃないのっ」
「ちょっと言い過ぎよミズキ!」
「本音を言って何が悪いのよ!こいつに現実を知らしめてやらないとダメなのがわかんないの!?」
また相変わらず啀み合う二人。すると、
「ハハッ・・・確かにバカだよな、俺」
自分自身に対し失笑する竜斗だった。
「水樹の言ってることは正しいよ。それに今は司令の言ったとおりこれ以上被害を防ぐことに集中しないといけないのにそんな気の滅入ることを言って悪かった、ごめん」
彼が謝り彼女達は啀み合いを止めてスッと席に座り込む。
「あ~あっ、何か食欲失せたからマナはもう行くわ」
まだだいぶ朝食の残ったトレーを返却口に返す愛美だが竜斗の後ろを通りかかった時、
「さっきは言い過ぎて悪かったわね」
と、一声添えて食堂から去っていった。
「・・・本当に変わったね、ミズキ」
「うん。前のあいつならこんなこと絶対言わなかったよな」
地元から帰ってきてからは相変わらず口は悪いが思いやりを持てるようになったというか、ちゃんと気遣いが出きるようになったというか、とにかく愛美は本当に丸くなったと思う。自分たちと凄く絡むようになったし――そう思うとほっこりと嬉しくなる二人だった。
「アタシはリュウトの言ったこと素晴らしいと思うな。こんな時にそう考えれるのはリュウトが本当に優しい証拠だし――アタシは・・・そんなリュウトが好きだし何があってもずっと味方だから。だから自分をバカとか思っちゃダメだよ。夢は諦めずに頑張れば必ず叶うんだから、ねっ」
「エミリア・・・」
「あ、アタシも先に行くね。訓練の準備しなくちゃいけないし」
照れ顔で食べ終わった食器のトレーを返却口に置いてそそくさと去っていくエミリアに竜斗は心のもやもやがに消えていき、寧ろモチベーションが上がる思いで優しい笑みを見せた。
(ありがとう、二人とも)
そう心の中で二人にお礼を言うのであった。
――オーストラリア大陸。南半球に位置するかつて自然に囲まれた巨大な大陸。だが今ではマグマによる膨大な熱とガスにより生態系が破壊されメカザウルスが一面に蔓延り咆哮が飛び交う混沌の地と化している。
その中央部に居座る巨大な建造物。巨大な骸を基盤に天に伸びる勢いの塔で構成された、第一恐竜大隊の本拠地『ヴェガ・ゾーン』。
「ゴール様。エゥゲ・リンモの発射実験は成功です」
内部にある四方八方コンピューターに囲まれたオペレーションルーム。その中で各仕事に就く多くの爬虫人類の中でも一際目立つ銀色のマントに身を包まれた厳格な男。
第一恐竜大隊長でありヴェガ・ゾーンの総司令であるリョドはモニター越しのゴールと話をしている。
『よくやった。これでいつでも長距離砲撃が可能になった。しかも超音速で飛行するから迎撃は困難なわけだな』
彼はいつも以上に興奮に満ちあふれている。
『作戦準備が出来次第、ただちに日本各地、特にゲッター線の機体がある猿どもの区域にリナリスを撃ち込め。分かっていると思うが何があっても奴らにエゥゲ・リンモの存在を知られるでないぞ』
「承知しております・・・」
通信が終わりモニターが外部映像に切り替わりそれを忽然と眺める彼の隣に側近のファブマが立つ。
「将軍。この作戦が成功すれば我々第一恐竜大隊はさぞ素晴らしい栄光が待っているでしょうな。必ずや成功させましょう!」
「ああ・・・そうだな」
モニターに映し出されたのは海底深くに鎮座する謎の建造物、一体何キロあるのかと思えるほどの超巨大な砲身の姿が。
「作戦開始まで絶対にエゥゲ・リンモを地上人類に知られるな。だが向こうもこの存在に気付き次第、確実に破壊しようとしてくるだろう。いつでも迎撃できるように戦闘準備をしておけ」
「はっ!」
「私はしばしこの場を離れる。ファブマ、ここの指示を任せるぞ」
ファブマにそう伝え、オペレーションルームから出ていく彼の向かった先はヴェガ・ゾーン内の兵器開発部門兼格納庫。着くなり近くにいたエンジニア、メカニックマン、そして調整にあたっていたパイロット達が駆けつけ片膝をつく。
「そんな堅苦しくしなくていい。立て」
「リョド将軍。どうなさいなましたか?」
「単に見回りに来ただけだ。作業中の者はすぐに戻ってくれ」
解散させた後、数人の者をつけて各兵器を視察するリョド。メカザウルス、メカエイビス、各固定砲台・・・この基地の全ての戦力に不備はないか念密に調べていく。
「リヒテラ、リナリスはどうなっている?」
「もうすでに完成しております。あとは将軍の一声さえあればいつでもエゥゲ・リンモに装填できます」
「そうか。先にリヒテラから使い日本各地を攻撃し混乱させろ。リナリスは・・・奥の手として最後まで残しておけ」
その時、すぐ近くの戦闘機区域のシャッターが開くと六機の翼竜、それも燕のように鋭角的なフォルムを持つ変わった戦闘機が順番に入ってきて一機ずつ並列に格納していく。それらが終わるとコックピットからパイロット達が降りてくる。パイロット達はヘルメットを脱ぎ汗まみれの清々しい顔を露見し外の空気を美味しそうに吸い込んだ。
「やっぱりすごいね。こいつは恐竜戦闘機とは全然比べものにならないよ」
六人のパイロットの内、唯一の女性パイロットの元に他のパイロットが集まってくる。
「無事に生きて帰ってこれたねアンタ達、まさかションベン漏らしたヤツぁいないだろうなあ?」
「ナメないでくださいよ隊長っ、そんな軟弱なヤツはそもそもこの部隊にいないッスよ」
「ちげぇねえやな。ハハハっ!!」
自分以外は全員男であるにも関わらず寧ろ下品な言葉と高圧的な態度で彼らをタジタジさせるその様はまさに女傑を感じさせるこの女性。ボーイッシュで爬虫人類としては珍しい銀髪を掻き分けて分厚いパイロットスーツを着こんでいても細いと分かるその体躯は華奢そうであるが、その顔はいくつもの修羅場を括ってきたタマを思わせる威圧的でその爬虫類独特の眼から鋭い眼光を放っている。
「しかしガレリー様の開発したこの新型機なら空戦闘においてアタイ達に敵うヤツなんざ世界じゅうどこ探してもいねえな・・・ん?」
彼女達はリョドがこちらに来ることを知るいなやすぐに横並びに整列し敬礼する彼女達。
「第六翼竜中隊所属戦術機甲航空小隊『ミュゥベン小隊』、キャプテン・リィオ以下六人は哨戒任務及び新型機の飛行テストを終え帰還しました!」
先程の立ち振舞いから一転して、厳格な態度で挨拶する彼女達に顔を崩さず接するリョド。
「新型機の乗り心地と調子はどうだ?」
「正直凄まじいものを感じ取れます。まだ全力は出していませんがこれなら間違いなく地上人類の航空隊、いや例のゲッター線の機体をも指一本触れさせずに圧倒できましょう。それに私達と相性はすごぶるいいです、まるで自分の手足を動かすような抜群の操縦性です」
「頼もしい。恐らく作戦が始まれば間違いなく敵はエゥゲ・リンモを一点集中で攻撃を仕掛けてくるだろう。例のゲッター線の機体も現れる可能性は非常に高い。そなた達は・・・」
「分かっております。我々ミュゥベン小隊は作戦遂行のために少したりとも奴等をこちらに近づけさせません。必ずや返り討ちにしてさしあげます」
自信満々にそう宣言するリィオに期待して頷いた。
「『天空の戦乙女』と讃えられたそなたと部下達の武勇、期待するぞ。健闘を祈る」
『恐竜帝国、爬虫人類の名誉と栄光をかけて!』
声高らかに彼女達の宣言は格納庫内に響き渡った。