……次の日の朝。昨日と同じくエミリアは竜斗を起こしに行く。
「リュウト、起きてる――?」
部屋に入った瞬間、彼女は凍りついて固まる。
「……リュウト!!?」
彼はパジャマ姿でベッドではなく床に倒れ伏せていた。彼女は慌てて彼を抱きかかえる。
「大丈夫リュウトっ!?」
意識はあるようだが顔色は真っ青で苦痛に染まり、身体中が冷や汗でびっしょりぬれ、腹部を押さえてひどく痙攣を起こしている。
エミリアは慌てて、部屋にある緊急用ボタンを押してマリアと早乙女を呼び寄せた。
「竜斗君!!」
「リュウトがすごく苦しそうなんです!!お願いです、助けて下さい!!」
「早く医務室へ!」
すぐに彼を医務室に運び、マリアの診察、治療を受ける。
その間、エミリアは隣の待合室で必死で手を合わせて竜斗の無事を祈っていると早乙女が入ってくる。
「やはり竜斗に何かあったな、昨日の時点で」
「…………」
あの女、愛美に原因があると確信し、いてもたってもいられなくなった彼女は待合室を飛び出して、愛美を探しに出かけた。彼女の部屋に向かいドアを強く叩くが出てこない。
彼女は歯ぎしりを立てて、 再び駆け出す。
「もう許さない、絶対に――!」
そう心に決めて、駆けていく。
「ミズキっ!!」
更衣室の隣にある女子トイレでちょうど用を済ませ、手を洗う愛美を発見。
「……なんの用?朝っぱらからデカい声出して、ウルサいっつの」
「……アンタ、リュウトになにかしたでしょ!」
「ハア?なにを?」
シラを切る愛美にエミリアはグッと彼女の胸ぐらをつかんだ。
「リュウトはね、さっき部屋で苦しそうに倒れてて医務室に運ばれたのよ。
昨日から様子がおかしかった……アンタ、またリュウトを傷つけたんでしょ!!」
しかし問い詰められても愛美は平然としたままだ。
「何もしてないわよ?ヘンな言いがかりつけないでくれる?」
「とぼけんじゃないわよ!!アタシはねえ、リュウトのことを誰よりも、人一倍分かるのよ。
どう考えてもアンタしか原因がないってことにねっ!」
エミリアの怒りは最高潮に達していた。
「……そもそもアンタ、何しにここにいるわけ?
ゲッターロボに乗るわけでもないのに、避難した人達と一緒に降りればよかったじゃない――まさかリュウトをいじめたいだけに残ってるんじゃ!!」
「ハアッ?イミわかんないんだけど。
そんなのマナの勝手でしょ、勝手に思い上がらないでくれる?」
「とにかくもう二度とリュウトに近寄らないで……次に何かしたらアタシ、アンタを本気で殺してやるからァ!!」
物騒なことを言い出すエミリア。だが一方の愛美は彼女を滑稽に見えるようにクスクスと笑い出す。
「何が『人一倍分かる』よ、笑い話にもならないわね」
「!!」
エミリアは彼女の頬に本気の右平手打ちをかます。
「……っ!」
「もう一発やってあげようか、アッタマきた!」
しかし今度は愛美が彼女に左平手打ちを浴びせた。
「く……うっ!」
「お返しよ。つかそもそもアンタ、石川の何よ?」
「何って……大切なヒトよ、これからもずっと守ってくんだから!」
「ハ?アンタら血の繋がった家族?それともバがつくほどの公式カップル?
どっちも違うくせにキモいこと言わないでくれる?」
「アンタこそ、アタシ達のことを何にも知らないくせに……何もかも知ったように……っ」
「じゃあ言ってあげる。
アンタが石川に対して善かれと思っている行動全てはほとんど逆効果になってんのよ。
そのせいでアイツはアンタがいないとダメな、ただの甘えたガキじゃん!」
「………………!」
愛美の言葉が彼女の心を大きく揺さぶる。
「アンタが石川を堕落させているのよ、そんなことも気づかないで何が大切な人よ。
アンタにとって石川は一生手放したくない可愛いお人形さんかなにか?
そんなの、一方的な自己満で喜んでるバカじゃない!」
「ち、違う……そんなつもりなんか……じゃない……っ!」
否定するが心は割り切れないエミリア。確かに早乙女に言われた、竜斗に対して過保護だと。
それ以前にも、実は友達からも言われたがある、彼を甘やかしすぎではないかと。
しかしそれは自分が、大切な彼を守りたい一心から顕れている行動であり、決して彼を自堕落させようなどと思っていない。
「どう言い訳しようとその結果が今のイシカワじゃない。
メンタル弱すぎるアイツを見てたらホントイライラしてくんのよ!」
「………………」
「だけど、なんてカワイそうなイシカワ。
こんなヤンデレなガイジンオンナの歪んだ愛情に包まれて、一生意気地なしのままで生きていくのね――」
エミリアは彼女を殴りかかる……が、寸での所で止め、そのまま怒りで震えた手を降ろしたのだった。
「フン、マナは正直に言っただけよ。まあアンタのこと大っキライだし、知ったこっちゃないし――ジャマだからさっさとどいてくれる?」
愛美は涼しい顔をして去っていった。
そしてエミリアはその場で立ち尽くしていた――。
「………………」
……しばらくして、エミリアはショックを受けて俯きながら廊下を歩く。
『アンタが善かれと思う偽善の行動全てが石川をダメにしているのよ』
その言葉が心にポッカリ穴を開けていた。
(アタシ……ミズキの言うとおりなのかも……確かにリュウトは――)
彼女は回想する。
確かにこれまで竜斗を幾度なくただ必死に助けて、そして庇ってきた。
しかしその結果、女にいじめられるような男らしくない弱気な性格になっていた。
もし前に早乙女の言うとおりに竜斗をあえて突き放す選択をしていたら……勿論相談など、心の支えになるのも大事だが。
冷静に考えると、愛美の発言が次々に的を得てると思えてくるのであった。
確かに自分はただの自己満足で竜斗をひたすら助けて、何も考えず、諭してあげずに結局、解決に導いてないただのイタい人間だと痛感した。
(……アタシ、実はすごく空回りしていることに気づかなかったんだ……)
意気消沈した彼女は一旦、医務室に戻ると、マリアが仕事用デスクで書類を書いていた。
「エミリアちゃん。竜斗君の治療を終わったわ」
「ありがとうございます……リュウトは、大丈夫なんですか?」
「……極度のストレスで多分、夜中に何度も吐いていたせいで胃が凄く荒れてたのよ。
けどどうやら倒れてからそこまで時間経ってなかったから安心して。
今いい薬を点滴して今静かに眠ってる。このまま十分安静、休養していれば治るわ」
「…………」
「司令と相談して彼の容態を考えて訓練はしばらく中止にしたの。
あなたも今日はお休みね、彼に付き添いたいでしょうから」
「すいません……ありがとうございます」
「エミリアちゃんは彼が大事ですものね、心配したくなる気持ちは凄く分かるわ。
あたし、ちょっと今から駐屯地内の医務室に用があるからここを空けるの、彼のそばにいる?」
「……はい」
マリアは彼女を安心させるような笑みを見せ、書類を持って医務室から去っていった。
エミリアはベッドで点滴を受けながら静かに眠りにつく竜斗の隣のイスに座り込む。
「リュウト……っ」
彼の顔を見つめる。ヒドくやつれた顔をしていて精気が全く感じられない彼にエミリアは哀しい表情をする。
(リュウト……ワタシのやり方って間違ってたのかな……。アタシね、リュウトを辛い思いさせたくないためだけにずっと助けてきたんだ。リュウトは日本に来てアタシと初めて友達になってくれてもんね。
けど、サオトメ司令やミズキに言われて今気づいた。
確かにアタシ、リュウトのためになることを一つもしてあげられてないってことに……それじゃあこんな性格になっちゃうよね……ゴメンねリュウト……かえって迷惑だよね……っ)
……次第に彼女の目から大粒の涙がポタポタ落ちて、膝を濡らす。身体を震わせてヒクヒク泣き出した。
(けどアタシは……リュウトが好きで好きでたまらないの、もう周りが見えなくなるくらい。もしリュウトになにかあったらアタシ………………どうすればいいの…………っ)
……彼女の彼を助けようとする行動は愛情から発生する。
しかし周りが見えない行き過ぎた愛だと、愛美の言った通り歪んだ愛情へと変わり、逆に害となることもあるのだ。
「……エミリア君?」
ふと現れたのは黒田である。彼も早乙女から事情を聞いて彼の見舞いにきたのだった。
「クロダ一尉……」
「どうしたんだ、そんなに泣きはらして……そんなに彼が心配なのか?」
泣きながら頷くエミリア。黒田は彼女のそばに寄り、眠る竜斗を見つめる。
「確かに昨日、顔色悪かったもんな。
それになにかに脅えてるような感じはしてた。
いじめられてた時のオレによく雰囲気が似てたよ……」
「…………」
「原因はなんだろうな、まさか例の水樹という女の子のイジメか……っ」
するとエミリアはまた嗚咽し、俯いてしまう。
「リュウト……アタシ……どうしたら……」
彼女の言葉にふと気にかかる黒田。
「……何かあったみたいだな。もし差し支えなければ教えてくれないか?
ここで話すのはなんだ、待合室に行かないか」
……エミリアは待合室で彼に全て明かす。自分の行ってきた行動とその理由、本音、自分は彼に対してどう接すればいいのか――。
すると彼はなぜか苦笑いする。
「……君ってオレが高校生の時、付き合った彼女とどこか似ているんだよな、思い出しちゃったよ」
「えっ……」
「そのコね、好きになった人に凄く一途だった。
確かにイイ子だったけど『オレといたい』って泣いて駄々こねたりして大変だったよ。
毎日電話かけてくるし眠くて出なかったら次の日とか『なんで電話出なかったの?』って怒るしさ。
その子、他の付き合っていたカレシにもそんな感じだったらしくて。
それに情緒不安定でリスカしてたしオレ、それに耐えきれなくて振っちゃったんだよね――」
彼女は一瞬、恐怖を感じ寒気が走る。自分も一歩間違たらそうなると。
彼の顔は思いだしたくないのか、なんとも言えない複雑な表情をしていた。
「……君はまだそこまで行ってないし、自分で気づいた分イイ方だよ。
あれだな、エミリア君にも竜斗君にも言えるのは、『愛』は『依存』と紙一重の関係にあって、取り間違えたりごちゃ混ぜにしてはいけないと思うんだ」
「依存…………」
「なんていえばいいかな、『愛』は互いに信頼しあって初めて出来るもの。
イチャイチャしたりして一緒に喜ぶで楽しんだりすれば、時に喧嘩で本音をいったりして、自分達をよく知り、少しずつ育むものかな。
『依存』は一方的な感じ……まあ無理に押し付けているような感じかな?
そうなると相手が嫌がったり自分が無理したりと、悪循環ばかり発生して、結果としてどっちのためにもならない――」
「…………」
「けどやっぱりエミリア君は彼が好きなんだな、あの駐屯地のベンチで聞いた時は否定してたけど――絶対に気はあるとは思ってた」
「……はい。けど竜斗はアタシをどう思っているか……。
単なる献身的なお姉さん役を演じる幼なじみしか思ってないかも……そう思うと怖くて今まで伝えられなくて……っ」
「なら一つしかないな、彼に思い切って好きだと伝えてみるべきだよ。
言っただろ、自分からいかなきゃチャンスはこないって――てかオレ、なに熱くなってんだ……」
「……フフフっ、クロダ一尉はさすがですね」
やっと彼女は笑い、彼は安心する。
「エミリア君、彼をそこまで大切にする気持ちはすごくいいコトだしそれほど愛しているってことが十分伝わるよ。
きっと彼も絶対君に感謝してると思う。
ただ『依存』をさせないように、助けに行きたいという気持ちを抑えてみて、一度自分の力で解決させてみて君は陰から見守るっていう方法をやってみるといいかも。
君自身にも無理しないことも踏まえてね。
頑張れ、オレは君達の恋路を応援してるよ」
「……はいっ!ありがとうございます」
「君にはそれが一番似合うよ、太陽みたいだから」
先輩として、経験談を踏まえて、そして分かりやすくアドバイスをする黒田は流石である――。