「まさか……こんな状態で使う気ですか司令!?」
信じられないような表情をするマリアに対し、早乙女は冗談とは思えない真剣な表情だ。
「どの道、こんな状態では基地まで帰還は無理だろう。幸い炉心と攻撃システムはまだ生きているし、この艦最後の底力をヤツに見せてやろう」
彼はフウと息をつき、ついにこの時が来たかと覚悟を決める。
「ついにこの艦を、そして私の命を燃やす時が来た。博士達や皆には悪いがもはや生きては帰れん――だが、あの恐るべき力を持つヤツを倒すために少しでもダメージを与えるにはこうするしかあるまい」
「しかし……」
「どの道、あのシステムは手動で操作しなければならん奥の手だ。結局誰かが残らねばならん」
すると早乙女は真剣な眼差しをマリアに見せた。
「これより私が艦の全てを担当する。君はここから脱出ポッドに乗り込み、脱出しろ」
「司令……っ」
「これまで本当にありがとう、君と一緒に仕事を出来たことに言い表せられないほどに感謝する。君は彼らと共に生きて帰り、私の分の人生を歩んでくれ――」
いつものような、まるで命を捨てることに躊躇いを持たないような不敵笑みでそう告げて敬礼する早乙女。
「しかし……私はあなたを見捨てて逃げることだけは絶対に出来ません、私も残ります!」
「マリア……」
「私はあなたとずっと全てを共有すると、最後までついていくと誓いました!だから――」
当然の如く、断固反対する彼女だが、早乙女は首を横に振る。
「いいや、マリアだけは生きていてくれ、あの子達には君が必要だ。
もし全てが終わればあの子達は恐らくこれまでの『ツケ』が一気にはね返ってくるだろう、彼らを癒やすには君の力が必要だ」
「………………」
「いくんだ、マリア!」
珍しく戸惑いオロオロする彼女に剣幕のような声を張り上げる早乙女。彼女もビクっとなる。
「すまないマリア、だが少しでも勝機を出すにはこうするしかないんだ、早く行くんだ!」
彼に促されたマリアは悩んだ末、断腸の思いで頷いた。
「……ホントにいいんですね、司令っ」
「ああっ、こういう仕事は怖いもの知らずが一番向いている」
「分かりました……っ、これまで本当にありがとうございました、私はあなたのことを一生忘れません」
彼女は複雑な顔で敬礼し、そして彼も応えるように再び敬礼した。
「元気でなっ」
去っていくマリアを見送り、すぐさまコンピューターの前に立つ。
「お前とは建造時からの付き合いだからな、最後まで一緒に付き合ってやるから安心してくれ」
開発して以降、戦闘、改造……無理をさせたこともあったが彼と共に死線を繰り広げてきた愛艦であると共に親友であり、そして家族でもあったこのヴェクサリアス、いやベルクラスに思いを馳せる早乙女。
(結局、ゲッター線の究明が出来なかったのが残念だが、致し方あるまい――)
それだけが気残りであるが竜斗達に少しでも勝たせるために、そして世界を救うためには、と割り切る早乙女はすぐさま目の前のキーボードをカタカタと高速叩き、各レバー、ツマミを動かしていくとコンソール画面にパスワード入力画面が現れる。
(これさえ入力すれば発動態勢に入る――)
早乙女はすぐさま英語で、
『SHINE SPARK』
と打ち込んだ。
(シャイン・スパーク……これを使えば間違いなく生きては帰れまい……)
エンターキーを押すとコンピューターがパスワードを認証確認し、合致した瞬間にヴェクサリアスの複合融合炉のリミッターが解除されフル稼動、出力が最大値に跳ね上がる。
「神よ。前に言ったよな、竜斗の代わりに私をくれてやると。今からその約束を果たしてやる。
待ってろ三人共、君達に勝利の活路を与えてやるからな――」
一方でマリアは脱出ポッドに向かっていたが、彼女は悩んでいた。本当にこれでいいのか、と――。
(考えたら司令、本当はあなたが一番無理をしているのでは……)
色々とエキセントリックで大胆不敵、そして本心の分からない性格であったが、充実した人生歩んでいたと思える。
だがその裏ではゲッターロボの開発、本職の自衛隊での業務、そして世界各地でに周った時の仲立ちなど……彼は少したりともサボらず働き詰めで安らぐ暇が少しもなかった。
だからこそ、彼の苦労と功績によって自分達がここまで来れたと言っても過言ではないが、マリアはそんな早乙女だけに最後の最後まで『重荷』を課せて自分は逃げ帰っていいのか……と思い悩んでいた――。
気持ちが揺れ動く中、脱出ポッドのある格納庫へ到着したがゼオ・ランディーグの攻撃によりほとんど潰れており、脱出ポッドへ目を向けたが――。
「竜斗、聞こえるか?」
早乙女は様々な場所に移動しながらゼオ・ランディーグと激しい攻防を繰り広げるエクセレクターに通信をかけるとすぐさま三人の顔がモニターに映った。
“司令、どうしました?”
「今すぐヴェクサリアスの直線上にヤツが来るように誘導してくれ」
“え……、何をする気ですかっ?”
「今から君達に少しでも勝率を上げるための活路を与える。すぐに誘導してくれ」
“は、はい!”
何をするか分からないが早乙女の言葉を信じて、すぐさまヴェクサリアスの目前に現れるとゼオ・ランディーグもエクセレクターを追って現れてそこでチャンバラを繰り広げる。
“司令、これでいいですか?”
「ああっ。竜斗、エミリア、愛美――」
早乙女の言いかけに三人は早乙女に視線を向けた。
「後は君達に託す。必ずこの戦いに勝ち、元気で未来を切り開いていけ。我が愛する子供達よ――」
“し、司令……”
「ヴェクサリアス、これより最終攻撃システム『シャイン・スパーク』を発動する!」
発動ボタンを押した瞬間、ヴェクサリアスの炉心のエネルギー量が最大値を突破して臨界。艦自体が真っ白に発光し包まれた。
「な、何あれ……っ」
「ヴェクサリアスが……」
「司令とマリアさんは!?」
嫌な不安に駆られた三人は通信をかけるが早乙女は遮断されているのか全く応答せず。
「私達の生涯最後の大勝負だ」
膨大なエネルギーによる巨大な白光と化したヴァクサリアスをレバーを押し込み、ゼオ・ランディーグ一点へ向けて最大戦速で前進しだしたその時、
「司令!」
「マリアっ!?」
脱出ポッドに向かったはずの彼女がこちらへ戻ってきたことに彼は目を疑う。
「な、なぜ脱出しなかったんだ!」
「それが……脱出ポッドが粉砕されていてもう……っ」
彼女さえも逃げ延びる術まで奪われていたことに彼は失望感でいっぱいになり、これまで積み重ねた物が全て崩れ落ちたような無気力感に陥り、フラっとなり倒れかけるがマリアがすぐに駆けつけて支えた。
「マリア……すまないな、君まで付き合わせてしまって……っ」
「いいえ、これでよかったんです。司令だけに苦しい思いはさせない、私もあなたと運命を共にしましょう」
「だが……これではあの子達が、竜斗達がかわいそうだ……」
「あの子達は凄く強い子達です、きっと何があって三人なら乗り越えていけましょう」
艦橋が光に染まり、もはや何も見えないこの場の中で二人は睦まじい夫婦のように寄り添いながら操縦レバーを共に握り合い、光の先の敵、ゼオ・ランディーグ一点に視線を向けた。
「マリア、私はずっと前にこんなことを言ったな。『あの子達を無理やりゲッターロボに乗せた私に、いつかその報いを受けるときが必ず来ると思う』と――今、それを償う時が来たのだ。そのために君までも巻き込んでしまったな」
「いいえ。償いではなく私達は肉親とは別でありますが親としてあの子達に明日を与えるための行動なのです――」
その時の二人の表情はとても澄み切っており、迷いなどもなくなっていた。
「まずあの世に言ったら、あの子らの親に謝らないとな――色々と巻き込んですいませんとな」
「ええっ、その時には私もお供致します――お父さん、お母さん、娘が一足先に天国に旅立つことをお許し下さい」
「ニールセン博士、いや父さん……あなたの元に生きて帰れなくて、本当にすいませんでした――では行こうか、マリア」
「はいっ!」
――極光に包まれたヴェクサリアスが凄まじい推進力と速度でゼオ・ランディーグに見事、体当たりをかました瞬間、恒星のような強烈な閃光と、水爆以上の衝撃波が北極圏全土に拡散した。
「し、司令!!!」
「マリアさぁん!!!」
吹き飛ばされたエクセレクターはすぐさま両翼を前に出して防御に入る。三人は目を凝らすが光が強すぎて中心部に何が起こっているか分からなかった。
「……ニールセン?」
テキサス基地の休憩所でコーヒーを飲んでいたキングは突然、強烈な不安に駆られてマグカップを落としてしまい地面に中身と破片が散乱してしまった。
「どうしたんだニールセン?」
「サオトメ……?突然サオトメがわしを呼んだような気がしたが」
「何バカなことを言っているんじゃ、ボケたのか?」
「なんじゃとう?それはどういう意味じゃ!」
呑気にも、そこで取っ組み合い喧嘩を始めようとする二人だが、
「大変です博士達、直ちに司令部へ来てください!」
突然、助手がすぐさま駆けつけるもその光景に慌てて止めに入る。
「バカモン、邪魔するなあ!」
「今、そんなことをしている暇などないんですってば!今、先発隊の向かった北極圏が今、とんでもないことになっているんですよ!」
「なにっ?」
助手の言葉に喧嘩っ気が消え失せた二人は助手と共に司令部へ走っていった。
「そ、そんな……っ」
「司令達まで……っ」
やっと光が収まったがヴェクサリアスの姿がどこにもなく、ついで早乙女とマリアの生体反応まで消え失せていた。
「ウソ…………なんで……なんで……」
「ああ…………」
自分達にとって一番死んではならない、失ってはならない二人までいなくなったことは三人の心を壊滅させるほどの精神的ダメージを与えて人形のように無気力となりダランとなるエミリアと愛美……。
「はあ……はあ……っ」
そして竜斗は息を大きく切らしてガタガタ震えている。
この耐え難き事実に脳が拒否しようとするがそれでも嫌でも分からせようと押し込んできて、涙がボロボロに溢れていた。
「なんで……なんで……みんな僕らのためにこうまで死んでいくんだ……」
自分達だけ取り残されたという凄まじい孤独感は、残酷にも三人に襲いかかる――何があった、何故こんなことになったか……そして、何故自分達がこうまで生き残らねばならないのか――しかし。
「!?」
竜斗はモニターをよく見ると信じられないような光景を目にする。なんとヴェクサリアスの特攻をまともに受けたはずのゼオ・ランディーグが焼け焦げた痕はあるがそれでも平然と、悠々と浮遊している姿が。
「う、ウソだろ……」
早乙女達が命を捨ててまで繰り出した特攻にも効いてないとは……三人は本当に勝てるのか、もう打つ手はないのか、と諦めかけていた。
“竜斗君!”
突然通信が入り、開くとテキサス基地の司令部から通信が入る。
“北極圏に君達だけしか反応がないのだが、一体何が起きているんだ?”
竜斗は失意のまま、これまであったことを伝えると、案の定司令部にいる全員、そして駆けつけたニールセン達も絶句する。
「竜斗君達以外が全滅……だと」
「あれジョナサン大尉だけでなく……サオトメ一佐やマリア君までもか……」
「ジャックとメリーもか……っ」
あまりにも悲惨なその状況を聞かされて信じられるはずもない。しかし北極圏の地図を映し出されたモニターにはエクセレクターしか反応がないのも事実……そして、そこまで追い詰めた敵についても、爬虫人類どころではない、もはやスケールの違いに訳が分からず、理解できず全員が一体何と戦っているのか疑いたくなるほどだ――。
“もう……僕達でも勝てるどうか……”
弱音を吐いてしまう竜斗に、ニールセンだけは急にカッとなりマイクにかじりつくように取り付いた。
「何をやっとるんじゃ、竜斗君達がやらねば誰がそいつを倒すんじゃ!
対抗できるのはエクセレクター、そしてゲッターチームしかいないんじゃぞ!」
“し、しかしエミリア達がもう戦意が……”
それに対しニールセンは「はあ!?」と納得いかない声を上げた。
「お前らはそれでもサオトメの教え子か!?そいつに全員殺されて悔しくないのかあ!!」
“博士……っ”
「よく聞け。今対峙している敵がそんなに危なっかしいのなら、君らが負ければ全世界は破滅は必須じゃろう、そうなればこれまでの苦労が水の泡じゃ。それはわしらだけでなく、今も必死で戦っている隊員達、ジェイド、サオトメ達のように死んでいった隊員、戦争で犠牲になった者、全てじゃ!
世界の命運は君らにかかっている、しっかりしてもらわないと困るんじゃよ!」
剣幕を立てて怒鳴るニールセンにエミリアと愛美もやっと我に帰る。
「それらを全て無駄にしたくなければ、地球上に住む者達の命をこれ以上失いたくないなら今だけでもいい、エクセレクターと言う名の剣を取って戦うのじゃ!」
“おじいちゃん……”
「大丈夫、君らなら、エクセレクターならきっとやり遂げてくれる。わしらが、いや世界中の人間が君らに全てを託して応援する。それに応えたいなら胸を張っていざ行け、さあ!」
「そうだ、ジャック、メリーの仇を取ってくれ!それをできるのは君達しかおらんのだ」
「ああ、そうだ!頼む、どうか世界中の命を守ってくれ!」
「君達ならできる、これまで活躍してきた力を存分に揮ってくれ!」
全員から嘆願と激励、応援を受けた三人についに変化が。
「……確かに俺達がやらなければ……アイツに対抗できるのはエクセレクターしかないっ」
「アタシ達が負ければ世界は終わる……」
「それを阻止するためにマナ達は……!」
瞬間、スイッチが入ったかのように三人のやる気は一気に最高に達し、エクセレクターの出力もそれに応じて急上昇していった。
「やるぞ二人共、俺達はここまで来て負けるわけにはいかないんだ!」
「ええ、アタシ達地上人類の底力を見せてやりましょう!そして皆の命を絶対に救うのよ!」
「ジョナサンや早乙女さん、マリアさん、いや死んでいたの皆の仇を晴らしてやるからっ!」
再び全力で戦うと誓った三人はすぐさまゼオ・ランディーグの目の前に移動、対峙して互いを睨み合うように威圧しあっている。