その夜――竜斗はベルクラスの右甲板上で一人寒い夜風に浴びながら黄昏ていた。昼間に起きたあの事に悩んでいた。
自分が殴られたことや囲まれたことについてではない、美麗の話についてである。
(俺は……結局ただ夢と理想ばかり思い描いてただけで、空回りしていただけだったんだ……)
ずっと前、あの栃木で戦いの後に早乙女から「人類同士でも人種や国家間で差別視やら争いなどのトラブルが日常茶飯事に起こりうるのが現状なのに、それに異種族ともなればさらに深刻化するだろう」という言葉を思い出す。
そしてあの事件の後に早乙女が言っていたが「たとえ爬虫人類があんな事件を起こさなくても、私達人類から仕掛けていた場合も十分考えられるしどちらにせよ、いずれそうなっていたことだろう」とも言われた。
その通りだ、自分達地上人類でさえこんな有り様なのに、生物自体や生まれ、育ち、環境も全く違う爬虫人類と共存なんて所詮、夢物語でしかないのかもしれない……彼はあの事件のこともあり、これまで自分が信じ頑張ってきた信念も、希望もほとんど失いかけていた。
「竜斗!」
彼の元に愛美が駆けつけるが夜の気温が低すぎて震えている。
「うう~さむいっ、あんたこんな場所にずっといたら風邪引くよ、近々作戦があるらしいのにこじらせたりでもしたら大変だわ」
「うん……っ」
「ほら、早く中に入る!」
無理やり竜斗を連れ戻していく愛美は暖房を入れた自分の部屋に招き入れてイスに座らせた。
「アンタ一体どうしちゃったのよ、最近元気無さ過ぎよ?」
「…………」
黙り込む竜斗に愛美自身もその原因を察しており、ふぅと息を吐いて腕組みする。
「あのさ、早乙女さんの言ってたようにアンタがそうやって悩んでるのは凄く分かるし理解できる。けどさ、エミリアは今のあんたがもう心配で心配でたまらないって。あの子を不安にさせるのはやめなさいよ、彼氏でしょ?」
「うん…………」
「マジで頼むからリーダーのアンタが気を持ち直してしっかりしてくれないと――今のアンタ、また昔の弱気へ逆戻りしてきてるよ」
「…………」
ウジウジしている彼についに痺れを切らしてくる愛美は、
「いつまでそうしているつもりよ。竜斗がこんなんじゃマナ達のやる気まで下がっちゃうの、マジウザイからやめてくんない?」
その言葉が彼の神経を逆なでしたのか、急にムッとなった。
「いいか愛美、そうやって毎回自分サイドで一方的に説教するのはやめろよ!俺の苦しみを知らないで!」
と、言われた愛美もカチンときてムっとなった。
「だったらマナ達に悩みやらなんやら遠慮せず打ち明けてくれればいいじゃない!!
アンタがいつもいつもそうやって全部自分だけで抑え込もうとするから悪いんでしょ!!」
また二人は対立し、互いにギロッした目で睨み合い火花を散らした。
「何のためにマナ達がいると思ってんの?竜斗がマナ達に泣きべそかいてでも悩みをちゃんと言ってくれればできる範囲なら全力で手を差し伸べてやるわよ、マナ達はそれだけアンタを信用してるし助けてあげたいのに、アンタ自身がそこまでして頑なに打ち明けないってことはそれだけマナ達を信用してないと同じことなのよ!」
「………………っ!」
「そうやって毎回悲劇のヒーロー面してさ、恥ずかしくならないの?アンタがそんなんじゃ一生誰も目にもくれず助けてくれないし、助けてやりたくなくなるのよ!」
「……じゃあもう俺をほっといてくれよ!!」
竜斗はカンカンになって愛美の部屋から出て行った。
「竜斗……なんでわからないのよ……」
一人残された愛美は燃え尽きたかのようにへたり込み、次第にボロボロと涙が溢れて泣き伏せてしまった。
一方、怒りと興奮が収まらない竜斗は自身の部屋に戻ると、まるで猛獣のライオンのように落ち着きなくうろうろ部屋中を歩き回る。
「何が悩みを打ち明けてくれだ、信用してないだ、じゃあみんなに話したところで何になるってゆうんだ、じゃあ何か解決できるのかよ、できないくせに……!」
今の彼は人生で一番怒の感情に溢れている。
「ゴーラちゃんやラドラさんが無事なのかどうかも全然分からないし、結局また向こうと戦うハメになって……しかも前以上に激しくなってるし……もうどうしろっていうんだよ……!」
彼はそう考える内に、もうゴーラ達は殺されているかもしれない、そして最終的にどちらかが滅びるまで戦うしかないという結末を考え、さらにやるせなくなり、虚しくなり、切なくなった――。
それが頂点に達した時、愛美と同じく彼もまた大粒の涙を流しはじめ、ベッドに倒れ込み泣き伏せた。
(もう……ワケが分からないよ……どうすればいいんだ……)
彼は自分ではどうすることのできない無力感を感じていた。ベッド横のチェア上に置いてあったジェイドの自分宛に遺した手紙とブラック・インパルスのエンブレムワッペンを掴むとぐっと握り締める。
(少佐……もう僕にはどうすればいいか分かりません……あなたならどうしますか……?)
竜斗は繰り返すように姿やおろかもはやこの世に存在すらしない彼、ジェイド、ジョージ、黒田達へ心の中で問いかけるが、答えなど返ってくるはずなどなかった――。
「……本体から連絡が入りました。ジャテーゴ様に、帝国に反逆した罪で捕らえられたリョド元将軍の処刑が執行されたとのことです――」
その事実がこのデビラ・ムー内を駆け巡り、唖然となる者、悲しみのあまり涙を流す者、だが中には何とも思わない者など、それぞれが様々な反応をしていた。
「リョドが処刑されたとは……本当かっ」
「はい。最後までゴール様の忠誠心を捨てなかったためにやむ得ず行われたということです」
参謀であるミュニからの報告にバットは目を瞑り彼を偲む。元とはいえ将軍として同格であり、そして良き仲でもあった彼の生き様について色々と思うことがあった。
(リョドめ、生きることよりゴール様の数少ない忠臣の一人として誇り高き死を選んだか――不器用なヤツめ)
しかしそんなことを思う彼も彼の死に心を痛め、同時に失望したとはいえあれほど忠誠を誓っていたゴールからジャテーゴへあっさり乗り変えたことを恥じており、武人として、そして将軍としてのプライドが傷つき、そして最後までゴールの忠誠に全うした彼を羨やんだりするのであった。
「そうか、リョドがいなくなり誠に残念である。それであやつの後任は?」
「それが……地竜族のクゲイクという男です」
「地竜族……だと?」
「はい。ジャテーゴ様から「使える人間なら地竜族だろうと誰だろうとどんどん使えない者と入れ替えていく。
我々には冬眠期がすぐそこまで迫ってきている、悠長なことはしていられない」と、おっしゃっていました」
「もうそんな時期か……だがそうなると作戦の失敗や失態は出来なくなったということか。その辺は結構寛大であったゴール様の時とは違い厳しいが各自、緊迫感を持たせるには最適か。
よし、大隊の兵士に伝えろ、『これからは失敗、失態については許されない、使えないと見なされた者は大隊長の私を含め、容赦なく淘汰されることとなるので、各人は気を抜くことなく常に覚悟の上で行うように』とな」
その号令が内部に伝わり、ほとんどの者から笑顔が消えてギラついた表情へと変化していった――。
――数日後。中、露、そしてゲッターチームによるユーラシア連合軍は、ゲッターロボを中心としたメカザウルスの殲滅作戦が始まろうとしていた。
今回は大雪山戦役、そしてアラスカ戦線と比べて最初から三機は固まって行動することになったのでそれだけでも幾分連携による攻撃、そして安心もある、はずであるが――。
“準備はいいか三人共”
「はい!」
「ええっ!」
「……はい……」
三人の様子がおかしい。エミリアと愛美からいつものいい声が聞こえるが、竜斗から全く覇気が感じられず。
“おい竜斗、本当に大丈夫か?”
「……はい、大丈夫ですっ」
大丈夫という割には明らかにいつもの彼と違うその調子と雰囲気を率直に感じた早乙女は、
“竜斗、具合が悪いのか?”
「い、いえ……何ともないです」
“何ともないわけないだろ、いつもよりヤケに元気がないぞ!”
「だから大丈夫ですって!」
と、いたちごっこをする二人に愛美は、
「早乙女さん、今回竜斗を外してください。これじゃ間違いなくマナ達と連携とれません」
愛美にまで竜斗の出撃を懸念されて竜斗は歯ぎしりを立てた。
「だから大丈夫って言ってんだろ!!」
「今のアンタの様子じゃ絶対にチームが危険に晒されるに決まってんじゃない!」
と、ついには二人の喧嘩まで始めてしまい、エミリアは完全にこの気まずい空気にもはや耐えられなかった。
「も、もうやめてよ二人共!出撃前からそんなんじゃ本当にアタシ不安だらけだよお!!」
彼女の震えるように訴える叫びが響いた。
「リュウトもマナミも最近おかしいよ!これじゃあ……最初の頃の……すごく仲が悪かったアタシ達に逆戻りしたみたいじゃない……っ」
「「…………」」
空気が酷く重くなったこの場は静寂な雰囲気に包まれた――。
“まあとりあえず竜斗、本当に大丈夫なんだな?”
「ちゃんと気を入れ直してやりますから大丈夫ですよっ!」
と、強く答える彼からはやはり無理やりな雰囲気を感じられるが早乙女は頷いた。
“分かった。私は君の言葉を尊重、信用してもう何も言わないからちゃんとしっかり団結して、そしてチームリーダーとしての務めを果たして頑張ってくれ。エミリアと愛美の二人も竜斗を信じて頑張ってくれ、頼む”
と、早乙女から言われて彼女達は無言で頷いた。
“ではこれから作戦の通り、これよりベルクラスは前進を開始する。私達ゲッターチームが先陣を切りこむことになっているのでメカザウルスとの接触区域に到着次第、竜斗から順に出撃しろ”
「「「はいっ!」」」
“よし、では三人へ健闘を祈る。恐らくアラスカ戦線のような激戦となると思われるから油断せず、そして冷静に対処していけ”
早乙女は通信を切るとハアと深くため息をついた。
「司令、今の竜斗君を出撃させるって……あなた正気ですか……っ?」
「ああっ、本人は大丈夫と言っている」
「そんなハズないでしょ、誰から見ても彼が情緒不安定になっているのは一目瞭然ですよっ」
「…………」
「いつもの冷静な竜斗君とは思えないし、そしてやり遂げられるようにも感じられない……本当に危険な状態です!」
と、彼女は訴えるも早乙女は平然としていた。
「竜斗本人が自分の身体、調子を一番知っている。彼が大丈夫と頑なに言うならそれを信用する以外ないさ」
「…………」
「だが、いつでも竜斗を収容するようにしておく――」
彼からも竜斗から感じる不安を打診されている中、三人はいつもと違い一向に喋らず相変わらず重く冷たい空気であった。いや、これは最初のような互いな険悪な関係だった時以上に、今までで最悪の空気である。
そしてその原因を作っている竜斗は、マリアの言うとおり落ち着きがなく、悶々としていつも彼とは思えないほどに冷静さを失っており、非常に険しい表情を取っている。
「やればいいんだろ……やればっ、もう戦う以外に選択肢がないなら――っ!」
ブツブツとそう呟いており、もはや危ない雰囲気が滲み出ていた……。