【第7話】
まほうの国の
[014]
黄金の兎は闇を携えて野山を走る。第二の任務を遂行するため、この獣は休む間も無く走り続ける。
5人の荷は降り、荷はあと6人。
次なる目的地は丘の上の変わり者。妄言を解き放つ父娘。
異なるものを好く月は、
[015]
オッタリー・セント・キャッチポール村の外れ。のどかな田園風景が立ち並び、緑の丘が幾つも聳え立つところ。勾配が激しい故にまともな人ならばまず訪れないであろう、人気の無い場所。ここに彼等は棲んでいた。
それは即ち、魔法使い。
魔法使い達は、基本的にマグル――非魔法族のことである――の目の届かないとこでひっそりと暮らしており、このキャッチポール村の外れも、マグルがまず行こうとは思わない場所だからこそ、彼等は棲んでいる。
ここに棲んでいる魔法使いの例を挙げるなら、まず十中八九、ウィーズリー家の名が挙がるだろう。ウィーズリー家は魔法族の名家の一つであり、ウィーズリー家を知らない者は基本的に居ない。尤も、今では色々あって他の名家から――特にマルフォイ家からは白い目で見られているが。
そしてもう一つ、例を挙げるなら、こちらはそこまで有名では無いが、とにかく目を引く家に棲んでいる一家――ラブグッド家である。
ラブグッド家は縦に長い家で、塔や、チェスにおけるルークを連想させる。庭にはヤドリギやその他諸々の植物が生い茂り、摩訶不思議な木の実のなる木が沢山生えている。魔法族であろうと非魔法族であろうと、まず近寄らないであろう家である。
今回の物語はこのラブグッド家から始まる。異界からの来訪者と、変人で有名なラブグッド親子が出会う時、果たして何が起きるのだろうか。
[016]
魔法のコピー機から次々と雑誌が刷られ、床に積み上がる。
ラブグッド家の家長、ゼノフィリウス・ラブグッドは、雑誌『ザ・クィブラー』の編集長である。片目はやや斜視気味で、綿菓子のような白髪を肩まで垂らしている。
魔法のコピー機から次々と雑誌が刷られ、床にまた積み上がる。
彼は幻の生物を全て信じている自然愛好家で、未確認生物の存在を心から信じて決して疑わない。それ故、周囲からは頭のおかしい人物と見られている。
魔法のコピー機から次々と雑誌が刷られ、床にまたもや積み上がる。
彼の雑誌『ザ・クィブラー』もまた、物好きが見る雑誌として見られ、売り上げは決して良好とは言えない。まあ、内容が内容だけに仕方ないと言わざるを得ないが。
魔法のコピー機から次々と雑誌が刷られ、床にどんどんと積み上がる。
ゼノフィリウスはコピー機に向かって杖を振る。もう十分刷り上がったし、無駄に刷り過ぎれば資源の大量消費となり、周り巡ってドラゴンとかしわしわ角スノーカックとかにも良くない。
魔法のコピー機から次々、次々と次々と次々と次々に矢継ぎ早に雑誌が流れ出て床に積みあがったザ・クィブラーの山を崩す。
「……ん?」
どうしたのだろうか、コピー機の調子がおかしいのか? 止めた筈なのだが――。ゼノフィリウスは不思議に思った。
魔法のコピー機から次々と次々と次々に次々に矢継ぎ早に立て続けに雑誌が雪崩のように流れ出て床を覆い尽くさんとする。
何かおかしい。ゼノフィリウスは思う。コピー機の不調というだけでここまでのことが起こるだろうか? 否、起こる筈がない。これは、何かおかしい――何か、まずい。ゼノフィリウスは直感でそう判断した。
魔法のコピー機から、一匹の兎――美しい黄金の毛並みの兎が転がり出てきた。
[017]
「う、兎ぃ!? なんでコピー機から兎が――それに、見たことも無い種類だぞ……! これは、もしや、新種の生物!?」
ゼノフィリウスは興奮して叫ぶ。
「そうだ! そうに違いないぞ! ルーナ! ルーナや! ちょっと来てごらん! 美しい黄金の兎だ! 新種だよ!」
「なに? どうしたのパパ――わあ、凄く綺麗な兎! 金ぴかに光ってる!」
奥の部屋から出て来たのは、ゼノフィリウスの一人娘、ルーナ・ラブグッド。ダーク・ブロンドの髪を腰まで伸ばしており、銀色の大きな瞳を持っている。また、耳には木の棒を挟んでいる。一際目を引くのは、バタービールのコルクの栓を繋げて作られたネックレス。
「どっから来たのかな!?」
「コピー機の中からだよ! 転がり出て来たんだ!」
「コピー機から!? あ、もしかして、この前パパが言ってたコピー機フェアリーってこの子の事!?」
「何? 何だって!? 言ったかなそんなこと――?」
「言ってたもン! じゃあ、早く捕まえようよパパ!」
「ああ! よし、ルーナはそっち、私は……っ!! ルーナ!! その兎から離れろ!!」
「え!?」
ゼノフィリウスが突如叫ぶ。ルーナは跳ねるようにしてすぐさま後ろへ下がる。
ゼノフィリウスの判断――否、直感は正しかった。兎は少し体を震わせたかと思うと、次の瞬間、真っ黒い闇に包まれていた。
「な、なに、これ――パパ!?」
「私にも分からん――ルーナ、早くここから逃げるんだ! 何かまずい――っ!? 」
混乱に包まれるラブグッド親子。その2人が眼中に無いかのように、暗闇は狂ったように動き始めた。
右へ。上へ。上へ。下へ。左へ。右へ。右へ。左へ。上、上、下、下、左、右、左、右――。行動範囲がどんどん大きくなっていく。暗闇の中に行動を阻害するものを呑み込みつつ、部屋の中を暴走する。
「くっ――こいつ! 私の部屋をよくもッ!」
「パパ! 後ろ!」
「うおおおっ!?」
背後からの突進を紙一重で避ける。
「危ない――危ないぞ! くそっ! こうなったらやってやるッ! ルーナ! 身を屈めるんだ!!」
「パパ! 右から来てる!」
「うおおおっ!?」
真横からの突進を紙一重で避ける。
「おのれッ!! 一度ならず二度までも――っ! ルーナ!! 危ない!!」
「えっ!?」
ルーナの左から闇が突進してくる。ルーナも気付いたが、遅い。避けられない。
「くっ――モビリコーパス・マキシマ!!」
「うわっ――」
ルーナの身体が見えない何かに引っ張られるようにして、一気にその場から離れた。間一髪、闇の突進から逃れることができた。
「いたた……ありがとう、パパ――」
「……よくも……」
「!」
「よくも――私の可愛いルーナに手を出したなッ!!」
闇の突進は止まない。
「もう、絶対に許さんッ!! 喰らえ!! アレスト・モメンタム!! 動きよ止まれェーッ!!!」
闇の動きは止まらない。
「パパ! その呪文成功したことなかったんじゃ……」
「くっ! こんな時くらい成功すると思ったんだが……!」
アレスト・モメンタムは相当高度な呪文であり、並大抵の魔力では使いこなすことは出来ない。
闇は動き続ける――訳も分からぬまま、理由も分からぬまま、ラブグッド父娘は闇の突進を避け続ける。
闇の突進が始まってから暫く経った後――不意に闇の中から、一つの影が飛び出した。
「!? な、なんだあれは!」
影は、よく見ると人の形をしていた。前髪をぱっつんにした黒髪の少女――。
少女は、そのまま落下し、痛そうな音を立てて床に墜落した。
「パパ!? なにあれ!?」
「わ、分からん! 分からんことだらけだ!」
第一の少女の放出を皮切りに、次々と闇は人影を解き放つ。
第二の影は、金髪でウェーブのかかったツインテールの少女。
第三の影は、黒髪でツインテールの少女。
第四の影は、赤茶髪が利発そうな印象を与える少女。
第五の影は、金髪で腰まで届くほどのロングヘアーの少女。
そして第六の影は、茶髪で右側に三つ編みを作った少女。
次から次へと闇から放たれ、そして、床へと落ちていく。既に気を失っていたのは幸いとしか言いようがない。
「な――な――」
ゼノフィリウスは言葉を失った。
6人を放出すると、闇は急に収縮し、跡形も無く消え去った。
闇に呑まれた筈のものは、元に戻っていた。
[018]
嵐のように現れ、荒らし尽くして闇が消えた後、ラブグッド父娘は闇から放出された6人の少女を介抱していた。
ゼノフィリウスは、彼女達をあの闇の被害者達であると結論付けた。そう考えるのは自然であり、そしてその結論は実際正しい。
「ねえ、この子達誰なのかな?」
ルーナが呟く。
「分からん――だが、あの闇に関わっているということは、間違いないだろうね。目が覚めてからゆっくりと話を聞こう」
「うん」
「…………ん……あれ、ここは……」
「!」「!」
1人が目を醒ました。そして1人、また1人と、次々に目を醒ましていく。
「えっと……学校……うーん……」
「……大丈夫かね?」
ゼノフィリウスが声を掛ける。
「気分が良くないなら無理に動かない方が良い。寝ていなさい」
「はい……って、貴方誰ですか!? ここは何処ですか!?」
「! シノ!」
「アリス! 生きていたんですね! 良かった……!」
「な、何で私こんな所で寝ているの!? って陽子!? 何で陽子が私の隣で寝ているのよ!?」
「むにゃむにゃ……もう食べられない……あはは」
「寝ぼけてるデース」
「カレンちゃん!? 何でここに!? 闇に呑まれたんじゃ!? 自力で脱出したの!?」(あ、カレンちゃんの髪の毛が跳ねてる……凄い、ただの寝癖なのに、カレンちゃんの髪っていうだけで、物凄く神々しいものに思えてくるよ〜!)
次々と正気を取り戻していく少女達。約1名ほど、起きていながら正気を取り戻していなさそうなのがいるが、これが彼女の通常状態なので、何もおかしいところはない。
「……君」
「ははは、アリス〜!! ……はい、何でしょう?」
「シノ、この人誰?」
「さあ? 私にも何が何だかさっぱりです」
「えー、少しばかり、君達に聞きたいことがあるのだが――」
「はあ。ではどうぞ。何処までお答え出来るかは分かりませんが……」
「君はあの闇について何か知っているかね?」
「何も知りません」
「では、あの闇とどういう関係が?」
「分かりません」
「…………」
少女は、即ち大宮忍は、答えられなかった。
「では――」
「あ、あの! 私から質問していいですか?」
忍の隣の金髪少女――アリスが言う。
「ああ、いいよ」
「じゃあ……えっと、ここは何処ですか?」
「オッタリー・セント・キャッチポールだ」
「オッタリー・セント・キャッチポール!?」
「ん? どうしたのかね?」
「オッタリー・セント・キャッチポール、って――ええ!? う、嘘――え?」
突如混乱しだすアリス。
「ど、どうしたんですかアリス――オッタリー・セント・キャッチポール……何処かで聞いたことがあるような……えっと……あああああ!?」
奇声をあげる忍。
「こ、こんな事って――え、えっと、貴方、お名前は!?」
「私は、ゼノフィリウス・ラブグッドだ。ザ・クィブラーの編集長を務め――」
「ゼノフィリウスさん! ここってもしかして、イギリスですか!?」
「え!?」
「え? イギリス?」
「むにゃ……ん? 何処だここ」
「急にどうしたデス、シノ」
「そうだよ、ここはイギリスだ」
ゼノフィリウスは肯定した。ここがイギリスであるということを。
[019]
「イ、イギリス!? な、何で私達そんなところに居るのよ!?」
ツインテールの少女、綾が言う。
「んー……どうしたー綾ー」
赤茶髪の少女、陽子が言う。
「What!? イギリス!? な、何で私達イギリスに居るデース!?」
もう一人の金髪少女、カレンが言う。
「イ、イギリスって……カレンちゃんの故郷!? そ、そんな! 私なんかがそんな高貴なところに来るだなんて!」
三つ編みの少女、穂乃花が言う。
「イギリス――はっ、シノ!」
アリスが言う。そして、隣の忍を見る。
「ひゃはははぁはぁはははぁ!! イギリス!! イギリスですよアリス!! 遂に帰ってきました!! はははっ!!」
イギリスを愛する忍は、勿論この有様である。忍を知るものであれば、まあ、誰でも予想できただろう。
「イギリスですよアリス!! さあ、キンパツエナジーを解き放って下さい!!」
「そんなのないよありえないよシノ!?」
「やれます!! やれると思えば、何でも出来るんです! だってここはイギリスで、貴女はアリスですからひゃはははぁ!!」
「キンパツエナジーデスね! 私出せマスよ!」
「きゃあ! カレン! 出来るんですか!?」
「そ、そんな力があったのカレンちゃん!? やっぱり金髪少女って凄いんだ……!」
「カレン! 嘘つかない!」
暴走するシノ、巻き込まれるアリス、便乗するカレン、そして、いつも通りの穂乃花。
「キンパツエナジーだったら、私出せるよ」
「「「「「えっ!?」」」」」
突如ダークブロンドの乱入者。ルーナである。
「あ、えっと、貴女は誰――」
「ひゃはぁあ⤴︎ひゃあ⤴︎はははぁ!! き、金髪!! 金髪です!! 金髪少女!!!」
「シ、シノ!?」
新たな金髪少女の登場に興奮を隠せないシノ。流石にこの笑い声を形容するには特殊記号が必要になってくるので、御容赦頂きたい。
忍は金髪少女を愛している。それが例え眩い程金色に輝く金髪でなく、ダーク・ブロンドでも、十分に忍の寵愛の対象なのである。
「私、ルーナ・ラブグッドだよ。出せるよ、キンパツエナジー。イギリス人だったらみんな出せるもン」
「現地原産金髪少女あはははは!!! え!? イギリス人ならみんな出せるんですか!? アリス!! 嘘つきましたね!!」
「いや嘘じゃないよ!? 寧ろその子が嘘吐いてるんだよ!?」
「ルーナ!! さあ、キンパツエナジーがどんなものかを見せて下さい!! 一目見てみたかったんです!!」
「シノはどこでキンパツエナジーなんて知ったんデスか?」
「見たことはありませんが――でも! 実在すると思えば、それは実在するのです!」
「!」
シノの言葉にゼノフィリウスが反応する。
「信じれば、必ずいつか叶うときが来るのですよ! それが例えどんなものだとしても! 追い求める心こそが重要なのです! 周囲から何と言われようが、それを心の底から追い求められるか――魂の芯から追い求められるか! 追い求め続ければ、理想は真実となるのです! そう、キンパツエナジーのように!!」
「感動したぞ、君ィ!!」
「へ?」
ゼノフィリウス・ラブグッドが、忍の手をがっしりと掴む。その眼にはうっすらと涙が浮かんでいるかのように見える。
「そう! その通り! 理想は追い続ければ叶うものさ! それがどんなものでも――他の連中が居ないと決めつけるものだって、きっと、いや、必ず居る筈なんだ!! そう思うだろう!?」
「はい! 分かりますとも! 自分の夢を追求すれば必ず叶う――そう信じる気持ちこそが大切なんです!!」
「君とは気が合いそうだ!!」
「奇遇です! 私もそう思いました!!」
「シ、シノ……」
「君達! 何処から来たんだね!?」
「日本です!」
「これからどうするつもりだい!?」
「まだ何も決めてません! そうですよね皆さん!?」
「ソーデスネー」
「よし、じゃあ、帰る目処が立つまで、私がここへ住まわせてあげよう!!」
「え!? 本当ですか!?」
「ああ! 幸い部屋には空きがある――好きにするといい!!」
「やりました! やりましたよ皆さん! 大宮忍、やりました!!」
「凄いよ忍ちゃん!」
「さ、流石シノだよ!」
「よし、決まりだ! これからよろしく、シノブ・オオミヤ!!」
「こちらこそ! よろしくお願いします、ゼノフィリウス・ラブグッドさん!!」
互いに手をがっしりと握る。その姿は日英の修好の証であり、忍にとっての大きな第一歩であった。
「…………なあ、何がどうなってるのかまるで分からない私は馬鹿なのか?……さっきまで金髪のこと話してたと思ったら突然条約が……訳が……」
「安心して陽子、急展開すぎて私もまるで分からないわ」
「凄い熱量でシタねー」
まるでマシンガンのように繰り出される変人二人のトークにまるでついて行けなかった綾と陽子とカレン。勘違いしてはいけない、これが正常な人間の姿である。アリスと穂乃花は忍と金髪に毒された結果、あの謎会話についていけたのだ。
部屋の熱気が引く。二人ともクールダウンしてきたらしい。
余韻に浸る忍――そこで、何かを思い出したかのようにルーナを見る。
「ん? 何?」
ルーナが首を傾げる。
忍は言う。
「さあ、お話は済みました――キンパツエナジーを是非! 私に見せて下さい!!」
彼女は忘れていなかった。全ての事の発端を。キンパツエナジー、それをルーナは、確かに『出せる』と言った事を。
「いいよ」
「え? 本当に出せるの?」
「マジデスか!? 見たい! 見たいデース!」
「キンパツエナジー……金色……ふふふ」
「……一応観に行くか?」
「……そうね」
「きゃはははは! キンパツエナジー!! 楽しみです!!」
ルーナの周りに6人が集まる。
「さあ、出してみて下さい! どうぞ!!」
忍が興奮を隠さずに叫ぶ。
するとルーナは、耳に挟んでいた木の棒を握り、そして、振った。
「アルムパーティクル――金の粒よ、出ろ」
木の棒の先から少量ではあるが、しかし確かに、金色の光――というより、金色の粒子のようなものが飛び散った。
その様子はさながら魔法の様であり、木の棒は魔法の杖の様であり、そしてそれを使うルーナは、魔女の様であった。
[020]
ここまでが導入であり、ここからこそがこの物語の真の始まり。
彼女達の常識は、いとも容易く崩れ去った。そして、ここからは新たな条約が支配する世界。きんいろの6人は、如何なる結末を迎えるのだろうか。それを知るものは、まだ居ない。
流石に一週間に6話連続投稿は疲れるわあ……何回も言ってますが(何回も言うな)、そろそろ更新頻度が下がる時期です。試読者のみなさんにはご迷惑をお掛けしますが、何卒御理解御協力お願いします。