※注意事項※
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円卓の死喰い人
【第闇話】
円卓の死喰い人
【001】
小道を月光が照らす。青白い光に包まれたその場所に、二人の男が姿を現した。どこからともなく現れた。さながら魔法のように。
「…………」
「…………」
二人は素早く杖を見せ合う。
判別は瞬間で済んだ。一瞬で互いを判別した二人は、小道を歩き始めた。
「面白い情報は入ったか?」
長身かつ厳つい顔の男――エイブラハム・ヤックスリーは言う。
「わざわざ騎士団なんていう、目障りな鼠共の巣に潜り込んでるんだ、さぞ色々な話が耳に入ってくるだろうね」
「……ヤックスリー、君に心配されるまでも無く、我輩は我が君に有益な情報を多数手に入れた――寧ろ、君は自分の心配をしては如何かね?」
脂っこい黒髪、鉤鼻が特徴のコウモリめいた男――セブルス・スネイプが返す。
「ふん、結構結構、負け惜しみはよせ。君が如何なる情報を手にしようと、この私の手柄を超えることは出来ぬ」
「それは僥倖。我が君も実にお喜びになられるだろう」
「はっ! 当たり前だ! なんたってこの私なのだからな」
「くっくっく……そうか」
「そうだ!」
煽り合いが続く。煽り合いとは言うものの、一方的に煽っているだけであり、スネイプは一切取り合っていないのだが。
幾多もの曲がり角を曲がる。イチイによって作り出された緑の迷路は、その『屋敷』に侵入する前から、侵入者を許さない。
迷路を抜けた先に現れたのは、巨大な鉄の門。その門は決して開くことは無く、侵入者を拒む。
二人は黙って左手を挙げる。そして、まるでそこに門など無いかのように、突き進む。
二人は門にぶつか――らなかった。
如何なることであろうか。二人はこの門を開かずに、さながら煙の中を抜けるかのように、容易く通過したのだ。
門より内部に広がっているのは、広大な庭であった。彼方此方に珍しい植物が生い茂り、手入れも完璧にされている。目の前に聳え立つ屋敷はエメラルドグリーンに輝き、蛇めいた輝きを放つ。
「相変わらず豪勢な家に住んでやがるなあ、あいつは」
「己の権威を示したくて堪らないのでしょうな」
「ふん! そんなんだから失敗して失脚するんだよ! 所詮あんな金持ちのボンボンが、闇の魔術の真髄を知る事は出来ないんだよ」
「……君は知っているような物言いですな、ヤックスリー」
「当たり前だ、私を誰と思っている? ヤックスリーの当主だぞ?」
「そうか……くっくっく……ではそんな闇の申し子たる君に一つ進言して差し上げよう。話に夢中になると周囲の気配に気付かなくなるのは、少々死喰い人としては情けない物ではないのですかな?」
「っ!?」
ヤックスリーは直ぐさま周囲を見回す――が、そこにはスネイプ以外の人の影は無く、真横で孔雀が悠然と歩いているだけであった。真横といっても結構近くまで来ており、人でないにせよ、ここまでの接近を許したのは実に愚かなことであった。
ヤックスリーは赤くなる。しかしながら、暗いのでよく分からないのが幸いか。
「スネイィプ……貴様ァ……」
「くっくっく……さて、闇の帝王がお待ちかねだ。小芝居なぞしている暇は無いぞ、ヤックスリー」
「ええい、分かっているッ! 畜生、ルシウスの奴め……無駄に贅沢な暮らししやがって……偉い奴にへーこらしてただけの雑魚の癖にな」
「…………」
「それに引き換え私はどうだ? なんせ私は今回、パ――いや、この話はまだだ。闇の帝王の御前でするのが相応しい話だからな……ルシウスなんぞとは格が違うのだよ格が! なんといっても、私はヤックスリーだからな! マルフォイなんかとは違う!」
「…………」
扉を開け、屋敷内に入る。中は暗く、奥から漏れる緑色の光が玄関ホールを照らすだけであった。
奥へ進む。
奥にあったのは、長机であった。机の上にはランプと蝋燭が置かれ、それらが緑色の光を放っていた。
「遅かったな。セブルス、ヤックスリー」
そして、その机の対角――家主のみが座ることを許される椅子に座った男が言う。
「遅刻寸前であった」
毛の無い、蛇のような顔、縦に刻まれた鼻腔、赤く光る眼――闇の帝王、ヴォルデモート卿である。
【002】
机に並んで座るのは、16名の死喰い人。この席に座ることを許されているのは、ほんの一握りの者達だけなのだ。
ヴォルデモートから見て左に座るのは、高名なるルシウス・マルフォイ。手入れの行き届いたブロンドの髪を持つ――が、いまやその髪には白髪が混じり、かつての姿を連想さえ、させはしない。
その隣に座るのは、同じく白髪の混じったブロンドヘアを持ち、後ろで一纏めにしている女。ルシウスの妻である、ナルシッサ・マルフォイだ。厚い化粧をしているものの、精神的疲労から来る肌質の劣化をまるで隠せていない。彼女は闇の印を持たないがこの会合に参加出来ている。それは飽くまで、ここがマルフォイ家の屋敷であるということ、ただその一点でしかない。
その横で隠れるように座っているのは、ルシウスとナルシッサの一人息子である、ドラコ・マルフォイ。ホグワーツ魔法魔術学校の生徒であり、今年を以て遂に最終学年である7年生となる。
マルフォイ一族三人の隣に座るのは、レストレンジ一族の三人。ヴォルデモートに近い側に居るのは、ベラトリックス・レストレンジ。豊かな黒髪と厚ぼったい瞼を持ち、やはり嘗ての美貌は見る影も無い。死喰い人の中でも屈指の実力者だ。
その隣に居るのは、痩せていて神経質そうな顔立ちの男、ロドルファス・レストレンジ。ベラトリックスの夫であり、死喰い人随一の頭脳を持つ参謀。軍師的な扱いを受ける彼の、仲間達からの信頼は厚い。
彼の左に座るのは、ロドルファスの弟、ラバスタン・レストレンジ。がっしりとした体型の巨漢でありながら、気配を消すことに長けており、専ら不意打ちを好む。彼等レストレンジ一族は総じて残虐であり、死喰い人の中では最も警戒すべき一族である。
レストレンジ一族の隣に座るのは、アミカス・カロー。ずんぐりとした男で、目が小さい。初対面の方ならば、まず連想する動物が豚になることは間違いないだろう。しかし冗談でもそんなことをこいつに言ってはならない。言ってしまえば最後、貴方は磔に掛けられ、廃人となる最期を迎えるだろう。
ティグリス・トラバース。魔法力は他の死喰い人に幾分か劣るが、しかし彼がこの会合に参加出来ているのは、偏にその並外れた身体能力にある。筋骨隆々としたその姿は、決して外見だけ、見せ掛けだけのフェイクでは無いのだ。
左側、一番端に座るのは、パラケルサス・グリース。彼女は研究熱心なマッドサイエンティスト。かつて、己の娘に様々な改造を施して人ならざる存在にし、人造人間は果たしてどこまで生きられるのか、というテーマの下に、仮にも自分の娘を、猛獣が蠢く『疫病の森』に捨て去ったことがある。狂人なのだ。
「ヤックスリー、ドロホフの隣に座れ。セブルス、お前はここだ」
ヴォルデモートは、自分のすぐ右の席を指差す。二人は指定された場所に座った。
セブルス・スネイプは、すぐ右隣に座ることを許されたことから分かるように、その地位は死喰い人の中でも相当に高い。ホグワーツ魔法魔術学校の次期校長にまで任命された彼の真意を知る者は、今や一人としていない。彼は、閉心術の達人なのだ。
スネイプの隣に居るのは、ソーフィン・ロウル。体躯の巨大な、黒人の男であり、ヴォルデモートに肉薄する程の強大な魔力を誇っている。何故そんな彼がヴォルデモートに従っているのか、それを知る者は居ないし、寡黙な彼もまた、語らない。
その隣に座るのは、アントニン・ドロホフ。そのひん曲がった顔は、彼の邪悪なるサディクティックな本性を如実に現わしている。そしてその実力もまた、申し分無い。
ドロホフの隣に座ったのは、エイブラハム・ヤックスリー。彼は大変な自信家で、己の血統を常に誇りとしている。そしてその過剰なる自信を裏付け出来る程度には、強い。
彼の横に座るのは、オーガスタス・ルックウッド。魔法省の最も謎めいた部署である『神秘部』に入ることが唯一許される存在、『無言者』の一人である。彼がこの会合に参加出来ているのも、その希少なる地位のおかげである。
ワルデン・マクネア。魔法省危険動物処理委員会の死刑執行人で、常に首刈り斧を携帯し、磨き上げている。その一撃はあらゆる物を裁断し、あらゆる者を断首させる。
隣に座るずんぐりとした女は、アレクト・カロー。前に座るアミカスの実妹であり、大のマグル嫌い。自分達より劣る物を潰すのが、彼女達の楽しみなのだ。真に彼女達より劣る物がどれだけしか居ないかは、読者の想像にお任せするが。
その横には、黒い髪をオールバックにし、如何にも高級そうな黒曜石のピアスをつけた男。ブルート・セルウィンだ。セルウィン家は代々貴族の血統であり、その資産はマルフォイ、レストレンジにも匹敵するという。
そして右側、一番端に居るのは、狼のような鋭い目、黄ばんだ爪、異臭を漂わせる汚らしい容姿の男。その凶暴性から死喰い人のローブを着ることを唯一許された狼人間。フェンリール・グレイバック。彼の腕には闇の印は無く、厳密には死喰い人では無い。
ヴォルデモートを含め、椅子に座るのは以上の19名。しかし、椅子に座らぬ者も居る。否、最早それは人間では無いなにかだ。
彼等を守護するように周囲を徘徊するのは、なんと一体の吸魂鬼。彼こそ、嘗て死喰い人だったものの成れの果てであり、狂気の鬼と化して尚、ヴォルデモートに忠誠を誓う存在。しかしその正体は未だ謎であり、この鬼がフードを脱ぐ時、その全貌は明かされるだろう。
また、死喰い人では無いが、彼等を凌駕する程の権力――ヴォルデモートに匹敵する程である――を持った生命体が机の上を這いまわっている。それは大きな雌蛇であり、名はナギニ。誰にも愛情を注がぬ闇の帝王が唯一愛を注ぐ飼い蛇である。尤も、その愛情は道具に対する愛情に等しいが。
彼等が、闇の陣営の頂点に立つ者達。邪悪にして残酷な、悪の幹部である。
【003】
彼等死喰い人は、本来こうして集まることはない。ましてやこの19名が一同に会するなど、前代未聞の事例である。彼等は皆ヴォルデモートに忠誠を誓っているものの、各々の性格的な問題がある。彼等を一箇所に集めると、何が起こるか分からないのだ。
失意の底に沈んでネガティブの極みにあるルシウス、死喰い人共をそもそも好まぬナルシッサ、豆腐メンタルのドラコ、ヴォルデモートラブの狂人ベラトリックス、妻を含め全員を道具としか見ていないロドルファス、嫉妬深く執念深いラバスタン、容姿を侮辱されると辺り構わず暴走するカロー兄妹、戦闘の事しか頭にないロウル、何を考えているのかまるで分からないスネイプ、すぐに自慢話を始めるヤックスリー、神秘部の狂気に当てられ正常な思考が出来ないルックウッド、ゴア好きな変態サディストであるドロホフ、退屈が頂点になるとすぐに斧を振り回すマクネア、比較的常識人なのが逆に浮いているトラバース、振る舞いがなんとなく貴族めいていて周囲を苛立たせるセルウィン、隙を見せればいつ何を採られるか分からないパラケルサス、そこに居るだけで異臭を放ち空気を悪くするグレイバック、意思疎通の出来ないディメンター、蛇のナギニ。錚々にして惨憺たるメンバーである。
「……それで?」
ヴォルデモートが口を開く。
「我が君! 我が君! まずはこの私から発言許可を! このヤックスリーに!」
「五月蝿いのは嫌いだ、ヤックスリー」
「申し訳御座いません。我が君、我が君、まずはこの私から発言許可を。この、ヤックスリーに」
少しテンションを下げて言う。これこそまさに偉い奴にへーこらしている態度なのだが、彼はそれに気付かない。おめでたい奴なのだ。
「良いだろう、言え」
「はい! ありがたき幸せ! ははは! さあ、聞くがいい愚民共め! 特に何考えてるか分からんコウモリ野郎! お前だよお前! 耳かっぽじって良く聞けい!!」
許しを貰い、テンションが再び最高潮に達したヤックスリー。五月蝿い。
「お前本当うるせえな」
「黙れドロホフ! 君に発言権はあるのかね? ん?」
「あ? なんだそれは挑発か? なんなら乗ってやるぜ――ケケケッ! 表出ろ」
「ああ良いだろうやってやるさ! ――だがまあ、今の私は気分が良い。快く君の無礼、許して差し上げよう。報告が先だ」
「こいつうぜえ」
「我が君! 私は本ッ当に努力しました! 努力といっても、それは並大抵の努力では無かったのですが――まあ、それを語るのは今では無いでしょう、後で武勇伝を聞きたい者は私に申し出なさい、たっぷり話してやろう!!」
「貴様!! 我が君への報告に私事を混ぜるな!! 必要な事だけ淡々と述べよ!!」
「黙って頂こうかベラトリックス!? 今は私に発言権が与えられているのだ、君ではないのだよ? ん? 何だねその目は? ここは帝王の御前だぞ? ん? ん? ん?」
「殺す」
ベラトリックスが杖をヤックスリーに向ける――が、その手をロドルファスが押さえる。
「離せ、ロドルファス」
「落ち着け、ベラ」
「離せ!! こいつが居るだけでどれだけ空気が悪くなっていると思っているのだ!? 概念的なものでも物理的なものでも、両方!! 我が君がお吸いになるものだ!!! それを奴は――存在だけで――汚している――!!!」
「まあ落ち着けよ、ベラ。今はその時じゃあ無い。もっと後――もっと先だ。こんなことでヤックスリーという駒――失礼――戦力を失うのは、少々都合が悪い」
「っ――――!!!」
「すまなかったな、続けてくれ、ヤックスリー。だが、皆が何度も言うように、ここは我等が君の御前だ、私事は謹め」
ロドルファスはベラトリックスを諌め、ヤックスリーに言う。その静かな物言いの裏に、少なからず苛立ちを滲ませながら。
「ははは、まあ良いよ、私は寛大だ。どうせ君達はこの私の報告を聞けば、今までの無礼をJapanese Dogezaして謝るだろうからね」
今やこの場で“こいつうぜえ”と思っていない者は、思う余裕の無いドラコと、心を持たぬディメンターのみ。蛇のナギニでさえ、思っている。スネイプは分からない。
「はっはっは……ではお教え致しましょう!! 我が君!! 実は先日、魔法法執行部部長である男、パイアス・シックネスに、『服従の呪文』を掛ける事に…………成功致しましたァーッ!! はっはー言ってしまいましたァー!! さあさあどうだ皆の衆!? 凄いだろう!? 恥ずかしがらず褒め称えてごらん! このエイブラハムを! 名門ヤックスリー家の当主を!! ハハハハハハァ!!!」
彼のテンションは天井が無いかの如く上昇し続ける。実際、彼のこの行動は『本来であれば』褒め称えられて然るべきものであり、『本来であれば』賞賛ものなのだ。『本来であれば』周囲の死喰い人は何人か歓声を上げ、『本来であれば』隣のドロホフ辺りが“良くやった”と言うかのように背中を叩くだろう。
だがそれは『本来であれば』の話。実際は誰も賞賛しないし褒めないし、歓声も上がらないしドロホフは動かない。完全に彼の性格に起因する状況だ。かと言って彼に罵倒を浴びせようにも出来ない。こいつの厄介なところは、その自信と自慢を裏付ける程の確かな実力があるというところなのだ。だからこそ、ヴォルデモートは(道具として)彼を切り捨てないし、ロドルファスは彼を(駒として)重要視している。
ただ一つ上がるのは、闇の帝王からの、
「手緩い」
厳しい一言だけであった。
「ハハハハハ――え?」
ヤックスリーの顔から笑みが消える。テンションは天井に到達する前に急降下した。ビッグベンのてっぺんから飛び降りるが如きスピードで。
「て――手緩いとは――え? わ、我が君?」
「シックネスは一人にすぎぬ――俺様が動く前に、奴をこちら側の人間で囲っておかなくてはならぬ。スクリムジョールを殺す事に失敗すれば、俺様は再び後退を余儀なくされるだろう」
「は、はい――閣下、その通りです――ですがご存知のように、シックネスは魔法法執行部部長として、魔法大臣その人だけでなく、他部全ての部長と連絡をとっております……つまり! このような高官を我等の意のままに動かせる今! 他の連中を支配することも容易い今! そう、今! 奴等を利用すれば、スクリムジョールを殺す事もまた、容易きことなのですよ、我が君!!」
「シックネスが他の奴等を操る前に発見されなければの話だがな」
「…………」
少しだけテンションが戻ったが、再び急降下。遂に押し黙った。そして全員が密かに、心の中でガッツポーズ。スネイプは分からない。
「……スネイプ、お前の話を聞こうか」
「はい、我が君」
スネイプはヤックスリーと対照的に、静かに口を開く。
「騎士団の連中に、我等の潜伏場所がバレました。何処からか情報が漏れていたものだと思われます」
「何ィーッ!!?!?!?」
ヤックスリーが叫ぶ。
「情報を漏らしていたと思しき人物は、始末致しました。名は、ピーター・ペテグリュー」
周囲が色めき立つ。
「奴の姿を見かけないと思ったら……あの鼠、我々の情報を漏らしやがっていたのか――くそッ!! この手で殺したかった!」
「騎士団の連中は、この屋敷へ総攻撃を掛けるつもりです」
「ふむ、では会合などしている場合では無いですな、我が君! 迎え撃たねば!」
トラバースが言う。
「話は最後まで聞く物ですぞ、トラバース」
「ほう?」
「しかしながら奴の企てはギリギリで阻止出来ました。ピーターから奴等へ与えられた情報の中に、ノイズを入れる事に成功致しました。具体的には、会合の偽の日付を」
「何時だ?」
「明後日――今度の土曜日、日暮れでございます」
「ふむ」
「これは逆に我々にとって有利な機会――寧ろあの忌々しい騎士団共を一層するチャンスと思われます――如何致しましょうか」
「土曜日……日暮れ……」
ヴォルデモートは反芻した。
そして、こう言った。
「それは――あの小娘共も、動くのか?」
ドラコが小さくなりながらも、少しだけ反応を示した。
[004]
「我が君!! あんな連中、ただのカスで御座います! マグル生まれの屑! 閣下がお気になさる程の事ではありません!」
「うむ――しかしその屑共が、こうして幾度となく我等の邪魔をしているという事は、紛れもない事実なのだ。そしてその度に、我等は後退を余儀なくされている――これもまた事実なのだ。しかしベラトリックス、お前がそれを言うのか? 俺様はお前が神秘部において、小娘共に辛酸を飲まされた事を良く覚えているぞ?」
死喰い人の内の何人かが笑った。ベラトリックスの顔がドス黒い赤に染まる。
「閣下――あれは――あれは――」
「騎士団が介入した所為、とでも言いたいか? ふむ、実際それもあるだろう。しかし、そもそもあの騎士団が到着する前の段階で、あの小娘共を始末出来なかったのはどう言い訳するつもりだ? ベラトリックス? ルックウッド? マクネア? ロドルファス? ヤックスリー? そして――ルシウス?」
「「「「「「…………」」」」」」
全員が押し黙る。返す言葉も無い。
「そう、騎士団は確かに厄介な敵だ――だがそれと同時に、騎士団のバックアップを受けているあの小娘共も、決して侮れぬ者共なのだ――奴等は早々に始末しておきたい」
「…………」
ロウルの腕が疼いた。ホグワーツ塔の戦いを思い出しているのだ。あのリゼ・テデザという連射魔法の優れた使い手を。
「あの小娘共に関しては、失敗が多過ぎた――事あるごとに、あいつらは絡んでくる。俺様が賢者の石を求めた時も、奴等は俺様を妨害し、優秀なるクィレルを殺した。俺様が蘇った時もそうだ、あの娘――マオ・クロカワとか言ったか――奴の所為で、折角の移動キーが無駄になった。神秘部の時はどうだ? 完全敗北だ。予言は壊れ、俺様の再帰は魔法省に完全にバレた。全てだ、全てに奴等が絡んでいる」
「…………」
グレイバックは激しく爪を噛み散らす。思い出すのは、桃色の髪を三つ編みにした女、宙に浮かぶ大量の剣、己の双肩から噴き出した血飛沫――。
「これら全ては俺様の不注意だ――たかが小娘と侮った、俺様の不注意。奴等は早急に排除せねばならん。ここで逃せば、俺様の運命に並々ならぬ禍根を残す。油断さえせねば、勝てる連中なのだ」
「……小娘共の情報については入っておりませんが、しかし我輩個人の意見を言わせて頂けるのであれば――恐らく、彼女達もまた、動くでしょう。奴等は目立ちたがり屋で、出しゃばりで、直ぐに首を突っ込む。今回の総攻撃にも、首を突っ込むだろうと思われます」
スネイプが言う。彼が何を思っているかは、誰にも分からない。
「そうか」
ヴォルデモートは呟いた。
「マグル生まれ――穢れた血。劣等なる血。奴等がこうしてのさばっている限り、我等の安寧は無い。純粋にして高貴なる魔法使いは、次々に腐敗し、何れその腫瘍は広がるだろう。そして、最後は皆が混血となる……そんな未来があっていいのか?」
「…………」
ベラトリックスの顔に怒りが過った。――ニンファドーラ・トンクス、あの屑め、一族の面汚し、夫の狼人間共々、必ず殺す――怒りは地獄の釜の如く、燃え盛る。
「そうなる前に、手遅れになる前に――家族の中に、そして社会の中に……我々に感染する腫瘍を切り落とす……正しい血統だけが残るまで――」
そう言うと、ヴォルデモートは杖を少しだけ振った。
テーブルの上から、1人の女が宙吊りになって降下してきた。先程まで静かだったのは失神していたからの様だった。意識を取り戻した女は、少しずつ、喚きだした。
「さて、この客人――誰か分かるか? セブルス?」
ヴォルデモートはスネイプに問う。
「セブルス……! た、助けてぇ……!!」
「ああ――成る程、貴女か」
スネイプは、自分に助けを求める女が誰か把握した。その上で、冷酷に、感情を表に出さぬ声で、ただ一言だけ述べたのだった。
「お前は? ドラコ」
ドラコの身体中から冷や汗が噴き出す。必死に首を振る。
「だろうな、お前はこの女の授業をとらなかったからな」
女の目には、絶望が浮かんでいた。声さえも、最早あがらない。
「知らない者達に紹介しよう。この方はチャリティ・バーベッジ教授だ。つい最近まで、ホグワーツ魔法魔術学校で教鞭をとられていた」
ヴォルデモートは静かに続ける。
「彼女が教えていたのはマグル学だそうだ――未来ある魔女や魔法使いの子供達に、マグルについて教えていた……奴等が如何に我々と違わないか、とやらをな」
「「屑め!!」」
カロー兄妹がバーベッジに唾を吐きかける。流石は兄妹、タイミングも台詞も、完全に一致している。
「いやぁ……助けてぇ……だ、誰か――」
「 黙 れ 」
ヴォルデモートが少し杖を摩ると、バーベッジの声は、完全に失われた。
「魔法世界の子供達の心を堕落させるだけでは飽き足らず、先週バーベッジ教授は、日刊預言者新聞に、穢れた血を熱烈に弁護する記事を書いた。彼女曰く、魔法使いは、穢れた血が、知識や魔術を盗むことを受け入れなければならない――純血の衰退は、バーベッジ教授曰く、最も望ましい状況である……我々は、マグルとも仲間にならねばならぬ、と……」
「クルーシオ!!」
我慢出来ず、ドロホフが叫ぶ。
磔の呪いを受けたバーベッジは、声をあげられず、ただ苦しみから逃げようとしてもがくのみ。
ドロホフの顔が、さらに醜く歪む。
「ケケケケェーッ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!!!」
狂気染みた笑顔で放たれる、連続した磔の呪い。バーベッジはもがき、悶え、苦しむ。声もあげず体をくねらせるその姿はまるで芋虫のようでありながら、身体中から滴る汗がまるで扇情的なものであるかのように、その光景を彩った。パラケルサスの頬が、紅潮し始めた。興奮しているのだ。
「クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!!!」
「クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!!!」
「クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!!!」
「クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!!!」
「クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!!!」
「クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!!!」
「クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!!!」
「クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!!!」
「クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!!!」
「クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!! クルーシオ!!!」
ドロホフに続いて、ベラトリックス、ラバスタン、ヤックスリー、マクネア、ルックウッド、カロー兄妹、グレイバック、パラケルサスが磔の呪いを撃つ。
最早彼女に動きは無かった。苦しみの狂気に苛まれ、痛みさえ感じぬ廃人と化したのだ。無慈悲なる磔の呪いは、生ある人をいとも容易く、壊す。
反応を無くした彼女に興味を無くした10人は、磔の呪いの手を止めた。
ヴォルデモートは、動きを無くしたバーベッジだったものに杖を向け、呪詛を放つ。
「 ア バ ダ ケ ダ ブ ラ 」
部屋を緑の閃光が覆い尽くした。目も眩むような光だが、それに怯んだのはドラコただ一人。歴戦の死喰い人達は、その程度では驚きもしない。
宙に浮いていたバーベッジは、浄瑠璃人形のように、机の上に落下した。
チャリティ・バーベッジは、死んだ。
「ナギニ、食事だ」
机を徘徊していた大蛇は主人の指示を受け、女の死体に近付き、そして――食らった。
瞬間、部屋を灯すランプと蝋燭は消えた。死喰い人は散る。後に残されたのは、あらゆる陰謀を覆い隠すような暗闇と、ゆったりとしたナギニの食事音だけであった。
突如始まる最終章第1話。まだキャラも全員出揃ってないし、そもそもホグワーツに入学してさえいないよ主人公組の22名!!
いや、本当、気分転換以外の他意は無いです、はい。すいませんでした!
さて、追加したタグ、R-18 及び R-18Gの正体が、この回です。如何でしたか? この物語は、ある一点だけを除けば、色々な意味で、ハードモードなのです。
追記 : 話数は第闇話に決定しました。主人公達が出ない話は、こんなかんじの話数表示にします。