※告知事項※
・約1万3千字。
・他に何かあれば書きます。
【第58話】
チマメ隊は闇の中に
[015] ダイアゴン横丁とチマメ
今日も客で賑わうダイアゴン横丁。ロンドン在住、否、イギリス在住の魔法使いならまず知らないなんて事はないと言われるほどの有名どころ故、通行人が少なくなるなどということはまずない。あったとすれば、それは『例のあの人』が勢力を伸ばしたあの全盛期くらいのものであろう。若しくはダイアゴン横丁創成期か。
心愛から離脱した香風智乃、条河麻耶、奈津恵の三人――通称:チマメ隊(智乃のチ、麻耶のマ、恵のメをとってチマメ)は、通行人の合間を縫って歩く。
「なんかドキドキするねー!」
麻耶が先頭を歩きながら言う。
「ここ全然知らない場所じゃん? そんなとこで、私達三人だけで行動するって、なんかこう……ドキドキするよね!!」
「それしか語彙が無いんですか……」
智乃が嗤う。
「でも確かにそうですね。私、一度もあの街から出たことありませんでしたし――アウトドアの時が初めてでした。いつもはココアさんやリゼさんが居ますけど、今日は居ない……不思議な気持ちです」
「でも大丈夫かな〜……?」
少し不安げに言う慈。
「大丈夫だって! 三人寄ればもんじゃのなんとかって言うし!」
「それを言うなら三人寄れば文殊の知恵です」
「ううん、そうじゃなくて……ココアちゃん、大丈夫かなぁって」
恵は後ろを振り返って言う。二人もつられて振り返る。
「ココアちゃん方向音痴でしょ? ……一人だと心配だな」
「あははは! 成る程ね、確かに!」
「妹に心配されている自称姉……ふっ」
麻耶は笑う。智乃は嘲笑する。
「あれでも一応私たちよりここには詳しい筈です。幾ら何でも迷うなんてことは……多分無いでしょう」
智乃が言う。
ここまで信用されていない姉が居ただろうか。心愛自身は自分の姉度をいつも気にしているが、気にするまでもなく元々そんなものは無いのでは……と思わせられるような妹たちの反応であった。
「ま、ココアなら自分でなんとかするさ! 私達は、この時間を全力で満喫しよう!!」
「おー」
「お〜!」
ダイアゴン横丁には様々な店が立ち並ぶ。先程のオリバンダー杖店を始め、魔法界唯一の銀行であるグリンゴッツ魔法銀行、豊富な種類の服を販売しているマダム・マルキンの洋装店、大抵の本は揃えることが出来るフローリッシュ・アンド・ブロッツ書店、ピンからキリまで多種多様な鍋を扱うポタージュの鍋屋、悪戯用品ならなんでもござれのギャンボル・アンド・ジェイプスいたずら専門店など――。どれもチマメ隊の興味をそそるものばかりであった。
当然、チマメ隊はその全てを訪れた――のだが、それを全て羅列していけば話数を増やすことになるので、ここでは敢えてカットさせて頂くとしよう。え? Part1のアレ? あれは最初なので……。
かといって一切記述しないというのも良ろしくないので、とある人物とのエンカウントがあった場所――『イーロップのふくろう百貨店』での出来事をここに記そう。
[016] イーロップのふくろう百貨店
――イーロップのふくろう百貨店。
その名の通り、梟のみを取り扱う梟専門店。このダイアゴン横丁にはこの百貨店ともう一つ、『魔法動物ペットショップ』という所がある。こちらは梟以外の動物を扱う店で、猫や蛇、蟇や鯉など、色々取り扱っている。
この魔法界において最も人気のあるペットは梟である。次点で猫だ。蟇は時代遅れとして蔑まれているし、蛇は闇の魔術の象徴として忌み嫌われている。売り上げ的には総合的に動物を売っている魔法動物ペットショップに群杯があがると思われがちだが、梟の人気度合いは次点さえも寄せ付けない。数々の機関から大量注文を大量に受けるイーロップのふくろう専門店は、他の追随を決して許すことはない。
[017] 小さなアリス
チマメ隊はイーロップふくろう専門店に入店した。
「おぉーっ!!」
麻耶が感嘆の声を上げる。
店内には沢山の檻が所狭しと並べられており、その檻一つ一つに個性的な梟が入れられていた。コキンメフクロウ、ウサギフクロウ、ワシミミズク、メガネフクロウ、コノハズク、メンフクロウ、ウオミミズク……そして、魔法界特有の魔改造によって作られたジェットフクロウやヘビフクロウなど。
「ホゥ」「ホゥ」「ホホホホ」「ホゥ」「ピイィーッ!!」「ホゥ」「ホゥ」「グッ」「ホホウ」「ホッホゥ」「ホホホホ」「ホゥ」「ホゥ」「ホゥ」「ホゥ」「ホゥ」「ホゥ」
フクロウたちの鳴き声が店内に木霊する。フクロウらしくそこまで声は大きくないものの、その多さ故、店内にかかっているbgmを打ち消す程度の五月蝿さはあった。
「こんなに沢山のふくろう……ここは魔法の国か何かなのでしょうか」
「ここ魔法の国だよチノちゃん」
智乃と恵。
三人は暫くそのフクロウ達を眺めていることにした。幸い客足はまだ少なく、また、ホグワーツに関する理由のお陰で、普段以上に様々な種類のフクロウが陳列されている時期であった。
「……抱いて寝たら気持ち良さそうですね。もふもふしたいです」
「お? なんだチノ、ココアみたいな事言うな」
「え? いやこれくらい普通の感想と思いますが……」
「いーや、確実に毒されてるね! もふもふするなんて言葉、今までのチノの辞書には無かった! 筈!」
「なっ……!?」
智乃は電流が流されたかのように飛び上がった。
「そんな……知らない間に調教されていたなんて……ココアさん恐ろしい……!」
「ココアちゃんといつも一緒にいるもんね〜。影響受けてもおかしくないよ」
「うわぁぁぁぁ……いつかはあんなもふもふもふもふ連呼する魔物になってしまうのでしょうか……」
「あり得なくはないんじゃね?」
「いやぁぁぁぁぁぁ……」
智乃は頭を抱えた。いつも通り冗談めかして二人が笑ってくれれば良かったのだが、何故か今回に限って妙に真剣な表情をしていたのだった。
その時、三人の近くにあったドアがギィと音を立てて開いた。
「わぁ! 見てシノ! フクロウがこんなにいっぱいだよ〜!」
「凄いですね〜。噂に違わぬ白銀世界っぷりです」
入店してきたのは二人の少女。コケシめいた黒髪おかっぱ頭の少女と、ふわふわとした金髪をツインテールにした少女。
二人はフクロウを一匹一匹物色し始めた。
「でもシノ、本当に飼うの?」
金髪少女が言う。
「勿論ですよ! ……この間アリスとカレンがルーナと遊びに行って居なかった時、尋常じゃなく寂しかったんです……」
目元に浮かぶ涙を拭いながら黒髪少女が言う。
「そして気付いたのです――私には、金髪と同等レベルの癒しが必要だと!!」
「っ!!」
黒髪少女は金髪少女の髪に顔を埋め、深呼吸する。
「……まあ、金髪と同等なんてものがまず絶対に天地逆転しても存在しない訳ですが……それでもです」
「シノ……」
黒髪少女は金髪少女の髪から顔を離すと、またフクロウ選びを始めた。金髪少女も後を追う。
「……なんか個性的な人たちが来たな」
麻耶が二人に耳打ちする。
「金髪と同等の癒しってなんだろうね〜」
恵が首をかしげる。
「……多分考えても無駄なことでしょう。あの人からはココアさんと似た何かを感じますし」
智乃は黒髪少女を見ながら言う。
二人は店内を何周かし、遂に一匹のフクロウの前に止まった。
「この子ですね」
黒髪少女は鳥籠を掴んだ。
そのフクロウは『コキンメフクロウ』。19〜23cm程のとても小さなフクロウで、その名の通り金色の目が特徴的。知恵や芸術を象徴する鳥と見なされており、女神アテネや女神ミネルヴァの従者とも言われている。
「ホーゥ」
コキンメフクロウは小さく鳴いた。
「あぁ〜可愛いです……今すぐ腕に止めたい」
「その子にするの? どうして」
「決まっています! コキンメフクロウだからです!」
「…………」
金髪少女は苦笑いした。
……まあ要はコ《キン》メフクロウだからに他ならない。金――金眼。そして《コ》――小。小、金。この何処かで見たことがあるようなワードに、この黒髪少女は釣られたのだ。
黒髪少女は鳥籠をカウンターへと持って行った。そして、店員から飼育上の注意事項などを聞き、フクロウの餌も購入し、漸くコキンメフクロウの代金を払った。お値段は200G――中々の大金だが、彼女たちの金庫には諸事情によりそれさえ安く見える程の大金が貯金されているので、問題なんて何もない。
「うふふ、可愛いです! では早速名前を付けなければなりませんねプチアリスです!!」
「早っ!?」
「ふふふ、プチアリス〜プチアリス〜ふふふ〜」
「あ、ちょ、待ってよシノ〜!」
満足気にコキンメフクロウ――プチアリスと共に出て行く黒髪少女。金髪少女はそれを追い、慌てて出て行った。
「……私達も、そろそろ出ますか」
「そうだね」
「次はどこへ行こう〜」
チマメ隊も、あの二人を追うかのようにイーロップのふくろう百貨店を後にした。
――その後も三人は彼方此方様々な店を渡り歩いた。外観は地味だが中身がイカれている店、豪華絢爛極まる店、まるで大きなドールハウスのような店――途中から妙に周囲が暗くなったような気がしたが、彼女たちはそれを意に解することはなかった。
そしてそれ故に、彼女たちは、暗闇に堕ちた。
三人は探検を続ける――だが、段々と店の内容が暗く、陰鬱なものとなっているのに三人は気付いた。気付くのが遅過ぎるが、しかしはしゃいでいる時というのはそういうものである。彼女たちがもしも普段通りのテンションであれば、智乃辺りが既に気付いて、Uターンすることを提案していただろう。
だから――もう遅いのだ。
「……あの……」
「……どうしたチノ」
「……ここ絶対ダイアゴン横丁じゃないですよね」
「…………」
三人は周囲を見回した。
そこは先程まで居た場所とは天地の差があるほどの場所。ダイアゴン横丁の裏側。夜の闇――。
[018] ノクターン横丁
――
ダイアゴン横丁に隣接するもう一つの横丁。闇の魔術に関する物品を扱う店が立ち並ぶ、ダイアゴン横丁の《陰》とも呼ぶべき場所である。そしてそれ故に危険な場所であり、間違っても子供だけで入るなど、あってはならない。
[019] チマメ隊は闇の中に
三人は不安げに辺りを見回した。ダイアゴン横丁と同じく人の往来は激しいが、しかしお世辞にもまともとは呼べそうにないような者共が歩く。
「ね、ねえマヤちゃん……こ、ここ、ここ絶対危ない場所だよ〜……!!」
恵が震えながら言う。
「そ、そんなこと言われても……!! ここどこだか――チ、チノっ!!」
「わ、私ですかっ!?」
智乃の手を掴む麻耶。二人に見つめられてさらに焦る智乃。
「と、とにかくどこかの店に入りましょう。絶対はぐれないように……」
震えながらも冷静に策を考える。実際、立ち止まっているだけではどうしようもなさそうな状況なのは間違いない。それに、この場所で立ち止まっているというのは生命に直結するのだ……。
取り敢えず手近な店に入るチマメ。ギラギラとした漆黒の外観で、まるで新店舗のような煌めき具合だが、どこか古臭い雰囲気のある奇妙な店。看板には『ボージン・アンド・バークス』と書かれていた。
扉を開けた。カラン、と、虚ろな鐘の音がなる。「いらっしゃいませ……」明るさとはまるで無縁な、陰鬱そのものの声がした。創立者の『ボージン』の声である。こちらを見ずに髑髏をひたすら磨いている。
恐る恐る、身を縮こめながらゆっくりと三人は入店した。黒を基調とした店内で、ギラギラとした煌めきがまるでゴキブリのような不快感が感じられる。中に置いてある品も、入り口にあるものだけでどういった店なのか感じさせるような品揃えとなっていた。
「……なんか気味悪いな」
麻耶が小さく耳打ちした。
磨かれすぎてガラスが磨り減ったショーケースの中には、数々の不気味な品が陳列されていた。例えば蝋で出来ているかのような萎びた手。例えば赤い燐光を放つ宝石を湛えたネックレス。例えば巨獣の腱に見える程大きく太い棍棒――。
「ね、ねえチノちゃん……違うお店に行かない?」
智乃の服を掴み、恵が言う。おどろおどろしい光景に震えている。そしてそれは智乃も同じ。
「……そもそもここら辺って……こういうお店、ばっかりなのでは……」
智乃は呟いた。
その時である。
――カラン。
「「「!!!」」」
虚ろな鐘の音が響き、扉が開いた。三人は慌てて近くにあった黒いキャビネットの中に飛び込んだ。
「ちょっ、チノ! 別に隠れること無かったんじゃねーの!?」
「そ、そういうマヤさんだって隠れてるじゃないですか!」
「つい体が勝手に動いちゃったよ〜!」
「狭いよ暗いよ帰りたいよ!!」
「もう怖いよやだぁ〜!!」
「ふ、二人とも静かにして下さい! 声が反響して五月蝿いです! あと動かないでください狭いんですから!」
三人はなんとか苦しくない体勢を発見し、そのまま静止する。キャビネットには覗き用の隙間があり、そこを小さく開けた。覗き窓から三人は外を見る。
入って来たのは二人の男だった。片方は青白い顔をした少年で、美しいブロンドの髪をオールバックにしている。もう片方は大人だった。同じく青白い顔をして、麗しいブロンドの髪は腰のところまで伸びていた。親子だろうか?
二人はカウンターへと向かう。その途中、息子と思われる少年が陳列されていた品物に触れようと、手を伸ばす――。
「ドラコ、一切触るんじゃないぞ」
男が少年を窘めた――そう、読者の皆様は既にお分かりだったであろう。この少年こそ、由緒正しきマルフォイ家子息、ドラコ・マルフォイである。と、いうことはこの男は――。
「何かプレゼントを買ってくれるのではなかったのですか」
不満そうにドラコが言う。
「競技用の箒を買ってやると言ったんだ」
男はカウンターを指で叩きながら言った。
「寮の選手に選ばれないと、そんなの意味ないでしょう」
ドラコはすねて不機嫌な顔をした。
「あのグリフィンドールの……なんだっけ……オオミヤじゃなくてあの……とにかくあいつ、去年ニンバス2000を貰ったんだ。グリフィンドールの寮チームでプレイ出来るように、ダンブルドアから特別許可も貰った」
「何度も同じ事を言うなドラコ」
男が押さえつけるような目で息子を見た。
「そしてそれは恥じるべきことだ。純血である筈のお前が、事もあろうに穢れた血なんぞに遅れをとるなどと、決してあってはならないこと――お前は敗北したも同然だ」
「……ちっ」
ドラコは吐き捨てるように舌打ちした。
「恥じるべきといえば、そもそもお前去年度末――やぁ、ボージン君」
髑髏を傍に置き、慌ててカウンターへとボージンがやって来た。猫背で脂っぽい髪。
「またおいで頂きまして嬉しゅうございます――ルシウス・マルフォイ様」
ニヤニヤとした媚びた笑顔を顔に貼り付け、ボージンは言った。
――ルシウス・マルフォイ。
聖28一族が一つ、由緒正しきマルフォイ家、その現当主である男。ドラコ・マルフォイの父親である。
「恐悦至極にございます――そして若様まで――光栄でございます。手前どもに何か御用でしょうか? 本日入荷したばかりの品をお目にかけなければ! お値段の方は、お勉強させて頂き――」
「ボージン君、今日は買いに来たのではなく、売りに来たのだよ」
ボージンを遮るようにしてルシウスが言った。
「へ、売りに?」
ボージンの顔からニヤニヤとした笑いが薄らいだ。
「当然聞き及んでいると思うが、魔法省が抜き打ちの立入調査を仕掛けることが多くなった」
ルシウスは内ポケットから羊皮紙の巻紙を取り出し、ボージンが読めるように広げた。
「私も少しばかり――あー、物品を家に持っておるので、もし役所の訪問でも受けた場合、少々都合の悪いことになるかもしれない……」
ボージンは鼻メガネをかけ、リストを読んだ。
「……なんか、悪の密談? みたいな事やってるね」
麻耶が智乃と恵に囁いた。
「もしかして私達……今とんでもないものを見ているのでは……?」
恐々としながら智乃が呟く。
「はわわ……」
恵はただただ震えている。
「……魔法省が貴方様に御迷惑をお掛けするとは、考えられませんが。ねぇ、旦那様?」
ボージンがニタニタと脂っこい笑いを浮かべながら言う。ルシウスもまた、ニヤリと嗤う。
「まだ訪問はない。マルフォイ家の名前は、まだそれなりの尊敬を勝ち得ている……が、役所の連中はとみに小うるさくなっていてねぇ……マグル保護法制定の噂もある――あの虱ったかりの、マグル贔屓のアーサー・ウィーズリーの馬鹿者が、裏で手を引いているに違いない――」
「あれを買ってくれますか?」
ドラコがショーケースの中にある萎びた手を指差し、二人の会話を遮った。ルシウスは横目でドラコを見る。
「あぁ、《輝きの手》でございますね!」
ボージンはリストを放り出してドラコの方へとせかせか駆け寄った。放り出されたリストはカウンターに乗っていたルシウスの指の上に乗っかった。
「それはですね、蝋燭を差し込みますと、手を持っている者にしか見えない灯りが灯るものでして、泥棒、強盗には最高の味方でございます! いやぁ、若様はお目が高くていらっしゃる――」
「ボージン、私の息子は泥棒、強盗よりはマシなものになってほしいものだが」
ルシウスが冷たく言った。……彼の真実を知る者からすれば、どの口が言うのかと言いたくなるに違いない――。
「と、とんでもない! そんなつもりでは。旦那様!」
ボージンは慌てて言い繕った。
「ただし、この息子の素行が良くないようなら、行き着く先は精々そんなところかもしれん」
ルシウスは冷たく言い放つ。
「…………」
ドラコは苦虫を噛み潰したような顔をする。――彼が想起したのは忌まわしき去年度末の記憶。大失態を犯し、スリザリンの点数を一気に消し去ってしまったあの大ミス――そして穢れた血に情けをかけられた――正しく黒歴史そのものである。
「……ふむ、では、私のリストに話を戻そうではないか。ボージン君――私は少々急いでいるのでね。今日は他にも大事な用件があるのだよ」
ルシウスとボージンの交渉はその後暫く続いた。その間手持ち無沙汰なドラコは、店内にあるものを物色して回っていた。段々とキャビネットに近付いてくる。
「……これ、見つかったら……わ、私達どうなっちゃうの?」
恵が震えながら言う。
「……もしかしたら、始末されるかも……」
麻耶が音程を下げて言う。恵は悲鳴をあげた。
「マヤさん、縁起でもない事言わないでください……」
智乃が麻耶を窘めた。
「ごめんごめん。……でも、あり得ない事じゃなくなくない?」
「……状況が状況ですし、まあ……はい」
「チ、チノちゃんまで〜!」
ドラコが向きを変え、キャビネット棚に目を向けた。三人はそれに気付かない。
「やだよ〜! 私こんなとこで死んじゃいたくないよ〜!!」
ドラコが近付いてくる。
「メ、メグさん泣かないでください! あくまでも仮定の話ですよ! そ、そんな問答無用で始末するだなんてそんな非常識な――」
ドラコはキャビネット棚をしげしげと眺めた。
「でもここ、魔法の国だよ? ……私達の常識は通用しないんじゃあ」
ドラコはキャビネット棚の取っ手を掴もうと、手を伸ばす。
「マヤさんちょっと黙って下さい」
手を伸ばす――。
「酷いっ!?」
取っ手を掴み――。
「決まりだ」
カウンターの前でルシウスが言った。ドラコは慌てて手を引く。
「ドラコ、行くぞ!」
ドラコはルシウスの方へと駆けて行った。あと少し交渉が纏まるのが遅かったならば、間違いなく三人は発見されていただろう。そして懸念は現実となったであろう――。
「ボージン君、お邪魔したな。例の物品は明日、館の方で」
ルシウスとドラコは足早に店を出て行った。ドアが閉まった途端、ボージンの張り付いた脂っこい笑いが消え去った。
「御機嫌よう、マルフォイ閣下さまさま――噂が本当なら、貴方様がお売りになったのは、そのお館とやらにお隠しになっている物の半分にもなりませんわな……」
ブツブツと暗い声で呟きながら、また髑髏を磨く作業に没入した。
「……行きましたね」
「行ったな」
「行っちゃったね」
三人は顔を見合わせた。
「「「出よう!!」」」
三人は音を立てないようにゆっくり、ゆっくりとキャビネットから出て、そしてゆっくり、ゆっくりと店から出て行った。髑髏磨きに没頭するボージンは、それにまるで気付かなかった。
店を出た三人は、再び人混みの中に紛れ込んだ。君悪いヒソヒソ声があちこちで聞こえ、気分が悪くなること甚だしい。
「出ちゃったけどどうしよう?」
心配そうに恵が言う。
「どうしようったってなー。……どうする?」
能天気気味に麻耶が言う。
「やっぱり私に振られるんですね……どうしましょうか」
疲れ気味に智乃が言う。
陰鬱な場所に居れば、自然と会話が少なくなるもの。雑談もなく当てもなく、ただひたすらに歩き続ける。その道中、
歩き続けるうち、三人はいつの間にか、人通りの少ない路地裏のようなところに来てしまっていた。さっきまで辛うじてあった少量の活気さえ無く、本当に闇に包まれたかのような、暗黒の場所。
「「「…………はぁ」」」
三人は思わず近くの壁にもたれかかった。そして溜息を吐く。
どうしようもない絶望が三人を蝕んでいく。恵の目には涙が滲み、麻耶からは笑顔が消えた。智乃は疲れたのか、目の焦点が合っていない。
「……こんなことなら、ココアちゃんと離れなければよかった」
恵が力なく呟いた。
「ココアちゃんと一緒なら、まだどうにかなったかもしれないのに――ずっと楽しかったはずなのに」
「それ、暗に私を攻めてんの?」
麻耶が恵を力なく睨む。
「そ、そういう訳じゃ……ないけど」
「そういう訳じゃないならどういう訳なんだよ……こうなったのは私の所為って言いたいんだろ? あ?」
「二人ともやめてください……誰が悪いとか、そういう話をしている場合じゃ」
「チノだって私の案に賛成しただろ? ……じゃあ悪いのは私だけじゃないと思うんだが」
「だから悪いとかそういう……はぁ……」
「何? 何だよその溜息」
麻耶が智乃に食ってかかる。
「冷静ぶるなよチノ。纏め役かなんかのつもりかよ?」
「誰もそんな事言ってませんし冷静でもありません。冷静というならマヤさんこそ冷静さを取り戻しては如何です? ……ああ、最初からそんなの持ってませんでしたね。はっ」
「喧嘩売ってんのか!?」
「先に仕掛けてきたのはマヤさんの方でしょう!!」
「ふ、二人ともやめて――」
「ああもうああもうああもうああもうっ!!」
麻耶は頭を掻き毟る。
「何だよこれ何だよこれ何だよこれ!!! 何でこんな気分になんなきゃいけないんだよっ!! 無性にイライラするっ!!!」
麻耶はその言の通り、苛立たしげに地団駄を踏みながら叫んだ。
絶望は人の心をいとも容易く破壊する。それが例え強固な絆であろうとも、絶望という破壊的な狂酸の前では、絆の鎖は難なく溶かされ、壊れてしまう。三人の精神は最早限界に等しかった。だが、誰が彼女たちを責めることが出来ようか? 彼女たちはこの魔法界のことを何も知らぬ。無知な者の無自覚な行動を、果たして誰が責められるのか。
路地裏に絶望の闇が蔓延する。叫び声と闇に釣られ、闇の住人達が三人の周囲へ集い始めた。
「「「っ……!?」」」
気付いた時には既に遅かった。闇の住人が三人を取り囲む。逃げ場は無い。そこに変わらずあるのは絶望だけ。
一人の老婆が話しかけた。
「あんた達迷子かい……?」
三人は何も答えない。答えられない。
「ヒヒッ……実は今、魔法薬の材料を探しているんじゃが、これがなかなか見つからなくてのう――」
気味の悪い嗤いを浮かべ、老婆が手に持った盆の中身を見せた。
「「「っ――――!!!」」」
盆の中、大量に入っていたのは――人間の爪であった。
「あんた達のもってるそれ――あたしらにくれないかねえ……?」
老婆を筆頭に、人々が三人ににじり寄る。恐怖に駆られた三人は、まるで縫い付けられたかのように動けない。冷や汗が額を伝う。恵の頬に涙が伝い、麻耶の顔は絶望に歪む。智乃はもう諦めたかのように、その目には光がない。
「寄越せ」「寄越せ」「欲しいんだ」「いいだろ」「寄越せ」「くれ」「くれよお」「寄越せ」「寄越せ」「寄越せ」「寄越せ」「寄越せ」「恵んでおくれ!」「寄越せ!」「寄越せ!」「「寄越せ!!」」「いいだろぅ!?」「寄越せ!!」「「寄越せ!!」」「「「寄越せ!!!」」」「「「寄越せっ!!!」」」
人々は手を伸ばす。今にも三人に届きそうな、邪悪な指先――だが、それが三人に到達することは無かった。何故なら――。
「おいお前ら、その辺にしときなァ」
突然路地裏に声が響く――人々は一斉にそちらを振り向いた。そして、その顔が畏怖に歪んだ。
そこに居たのは男だった。王冠のように見えるもじゃもじゃの白髪に、筋骨隆々とした体つき。
また、男に隠れるようにして、四人の少女がこちらを見ている。一人は桃色の髪で、足下に届きそうな程長い三つ編みの少女。一人は橙色の髪で、髪をサイドテールに纏めた少女。一人は紫に近い濃紺色のロングヘアーを持つ吊り目の少女。一人は水色のショートヘアを持つ半目の少女。
男は、虎のような目で群がる者共を睨み、ただ一言告げた。
「去れ」
まるでそれが合図であるかのように――寸分違わぬスピードで、人々はその場から去っていったのであった。
[020] 猛る虎と四人の漫画家少女軍
――猛虎。男はそう名乗った。
「こんなとこ、ガキ共だけで来るようなところじゃねぇぞ。なんだってこんなところに居る」
四人の少女を引き連れた猛虎はチマメ隊に近付いてゆく。三人は警戒するように身を寄せ合っている。
「警戒するなよ。何もてめぇらを食おうって訳じゃねぇんだ。穏便にいこうぜ」
「「「…………」」」
「……やれやれ」
三人は微動だにしない。助けられたとはいえ、ここは闇の吹き溜まりであるノクターン横丁。欺瞞と疑念が渦巻くこの場所で人を信じるというのは愚の骨頂であり、三人の判断は決して間違ったものではない。
猛虎は肩を竦めた。
「怖がらなくていいよ!」
猛虎の後ろにいたサイドテールの少女が出てきて三人に話しかける。
「私たちは貴女達の味方だから! いや、味方っていうか、もう友達だから!」
サイドテールの少女は三人にじりじりと近付く。
「私、恋塚小夢! よろしくね! 貴女達の名前は?」
物理的にも心理的にもどんどん近寄ってくる小夢と名乗る少女。圧倒され、違う意味で声が出ない三人。
「名前が分からないと呼びにくいの。だからお願い、教えて! 私はただ、貴女達と友達になりたいだけだよ〜」
小夢は両手を広げた。三人は唖然としてそれを見つめる。
「…………」
小夢は黙ると、ポケットから何か包みを取り出した。頭上に掲げる。
「名前教えてくれたら、これあげる!」
「ハイハイハイ!! 私マヤだよ!! 条河麻耶!! 漢字にするとカッコいいでしょ」
「マヤさん!?」
「本名は奈津恵で、メグって呼ばれてて〜」
「メグさん!?」
「それで、こっちがチノだよ!」
「香風智乃ちゃん!」
「巻き込まないで頂けますか!?」
お菓子に釣られてペラペラと喋る麻耶と恵。智乃の名前まで喋ってしまった。小夢は怪訝そうな顔をする。
「マヤ、メグ、チノ……? どっかで聞いたような」
小夢は顎に指を当て、思案する。が、彼女が思い出すよりも早く別の少女が回答した。水色ショートヘアの少女。
「……君達、心愛の妹だね」
「「「!?」」」
違う。
……いや違うのだが、まあそうである。心愛が勝手に言っているだけで、実際は違う。だが、心愛から伝聞で聞いた彼女はこの三人をそう認識しているのだ。
「あー! そうだったそうだった! ココアちゃんの妹さんかぁ! 初めまして〜!」
小夢は合点がいったように手を叩いた。残り二人の少女も、意外そうな顔をして三人を見つめている。
「あの……ココアさんを知っているんですか?」
「勿論! 友達だもん! 私達、ホグワーツの同級生なの! 翼ちゃんも、あそこにいる琉姫ちゃんとかおすちゃんも、みんな同級生!」
小夢は猛虎の背後に隠れている二人を示した。ロングヘアーの少女と三つ編みの少女――色川琉姫と、かおすこと萌田薫子はこちらへ歩いてくる。
「初めまして。私は勝木翼。よろしく」
水色ショートヘアの少女――翼が自己紹介した。
「翼!? なんかカッコ良い名前!」
「キャッチコピーは、天翔ける漆黒の翼」
「かっけえ!!」
「もしくは、闇に紛れし渾沌の翼」
「めっちゃかっけえ!!」
目を輝かせて興奮する麻耶。波長が合うのだろうか?
「私は色川琉姫よ。よろしくね」
琉姫が自己紹介した。
「は、初めまして〜……わぁ」
「……? どうしたの?」
「なんだか立ち振る舞いが色っぽいような……」
「え?」
「その腰つきとか、歩き方とか……大人の女の人ってかんじですね〜!」
「お、大人っぽい!? そうかしら!? 大人っぽいかしら!? そんなの初めて言われたわ!」
頬を赤らめて悦ぶ琉姫。胸がないにも関わらず大人っぽいと言われる所以は、その本質にあるいやらしさから来「無理矢理そのネタ被せるのやめなさいよ!!」
「は、初めまして……わ、わたひっ……」
「…………」
「もっ、もえ……」
「萌え!?」
「ハァハァ……も、もえっ……もえっ……!」
「へ、変質者か何かなんですか貴女!?」
「ひゃぁぁぁああっ!? ち、違いますっ! も、もえ……も、萌田、か、薫子です! やった言えた!」
「は、はあ……。よろしくお願いします」
第一声がこれである。人との出会いは大抵第一印象で決まるものというのが通説だが、それに基づくならば、中々の悪印象を智乃に与えたことになるだろう。凄まじいコミュ障っぷりである。
「この人は猛虎さん――っていうのは、もう言ったよね、確か」
翼が左手で猛虎を指し示しながら言った。
「この人は私の師匠でね。武術の達人なんだ」
「だから師匠じゃねえって言ってるだろ……」
猛虎は呆れたように溜息を吐いた。そして、改めてチマメを見る。
「お前らこっから出たいんだろ? なら付いて来い。俺たちもこっから出ようとしてたとこだからな」
猛虎は薄く笑った。その口の中に小さな牙のようなものが見えた気がしたが――きっと気の所為だろう。と、三人は思うことにした。
[021] 石像に転職した自称姉
「ごめんなさああああああぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」
猛虎に連れられ、四人の少女と共にチマメ隊は無事ダイアゴン横丁へと帰還した。そして八人は心愛を探そうとしたのだが……いや、意味深に三点リーダーを並べているが、そこまで意味深な事でもない。探すこと自体はすぐに終わった。
ただ心愛を見つけた場所がダイアゴン横丁の入り口の端っこで、心愛はそこで石のように三角座りのまま微動だにしていなかったというだけの話――。
「……あの、ココアさん?」
智乃が控えめに話し掛けた……が、心愛はビクともしない。
「おーい、ココアー」
麻耶が軽く心愛を叩いた……が、心愛はビクともしない。
「ココアちゃん……?」
恵が心配そうに覗き込んだ……が、心愛はビクともしない。
「「「…………」」」
茫然自失の心愛。絶望に身を焦がれ、無表情かつ目に涙を浮かべ、目の焦点は合っていない。
「「「…………」」」
「おーい、ココアちゃーん」
小夢が心愛の前で手を振った……が、心愛はビクともしない。
「うーん……どうしよう?」
「どうしようって言われても……」
「あわわわわ……」
困ったように苦笑する琉姫と、いつも通り混乱している薫子。猛虎は特に何もすることなく、ただその光景を見ているのみ。
「…………」
その時、翼が何かを思い付いたのだろうか。智乃に何か耳打ちした。
「えぇ……」
「多分これで上手くいくでしょ」
智乃は釈然としない顔。何を吹き込まれたのか――智乃は、心愛の耳元へと近付いた。
そして小さく呟く。
「――起きてくださいお姉ちゃん」
――そして、冒頭の台詞へと繋がるのである――この後の心愛の取り乱しようは並大抵のものではなかったと付け加えておこう。幾度となくコンクリートの地面に頭をぶつけ、頭から血を流す自称姉の姿は、チマメ隊の心に深いトラウマを作ったという。
更新頻度が酷いことになってますねー。なんたる事だ……。
それはともかく。
今回で登場した猛虎と翼の邂逅回、これはサブストーリーの方に書く予定なので、お楽しみに。いつになるかは不明ですけども。