※告知事項※
・何かあれば書きます。
【第47話】
Through the Trapdoor Area.1
-三頭犬 フラッフィー-
[150]
――三頭犬。その名の通り三つの頭を持つ魔法生物である。その凶暴さ故、飼うことができるのは特別なライセンスを持つ者にしか許されていない。
[151]
「ひっ……」
ぐうぐうと寝息を立てる巨大な三頭犬・フラッフィー。無意識ながらも放たれる圧倒的威圧感によって、かつてこの化け物と遭遇した時のトラウマがフラッシュバックし、跡形も無い筈の背中の傷が疼く。穂乃花は思わず呻いた。
「落ち着いて下さい、穂乃花ちゃん。……どうやら眠っているようですね」
忍が言う。
アリスとカレンは一人でに動くハープを見た。
「情報通り、音楽に弱かったみたいだね――尤も、もういらない情報になっちゃってたみたいだけど」
「誰かが先に来ていたようデスね……ホノカ、大丈夫デス?」
「……うん……ふぅ……よし、オッケー。大丈夫。ごめん、ちょっと気圧されただけ」
「無理もないよ。私達この犬とは今が初対面だけど、穂乃花は起きてるこいつに襲われたんだもん……そりゃあトラウマになるよね……」
「はは……大丈夫。大丈夫……うん、心配ないよ。アリスちゃん、カレンちゃん」
穂乃花は言う。頭の中で『大丈夫』と何度も言い聞かせる。恐怖で足を引っ張らないよう――。
――ザリッ。
突然、ハープの音にノイズが混じった。
「「「「!!」」」」
四人はハープに顔を向けた。ハープの動きがぎこちなくなっている。魔法が切れかけているのだろう。
「急ぎましょう……!」
「うん……!」
「行くデスよ、ホノカ……!」
「大丈夫……!」
四人は恐るべき三頭犬に近付いた。起こさないように慎重に、慎重に。
眠る番犬の足元にあるのは小さな扉。恐らくここが入り口だろう。
――ザリザリッ。
ハープのノイズが激しくなってきた。
「…………ggggg」
「っ――!!!」
フラッフィーが唸り声を上げる。さっきまでのいびきでは無い。ハープのノイズにより、眠りから覚めつつあるのだ。
「…………グググ……」
フラッフィーが心地悪そうに身じろぎした――そして悪い事に、フラッフィーの足が扉の入り口の上に乗っかってしまった。
「なっ――!!」
「……やばいですね」
「あの足動かすのは、ちょっと……」
「重そうデスし、絶対起きマスよね……」
焦る四人。最初の罠からこれである。先が思いやられること甚だしい。
「「「「…………」」」」
考える四人。じっくりと考えたいところだが、生憎彼女たちに時間はない。ゆっくりしている間にスネイプが石を手に入れるかもしれないし、それより差し迫った問題として、ハープの音色の問題がある。
――ザザザザザザザザリザリザリ。
明らかに音質がどんどん酷くなっている。フラッフィーの唸り声もどんどん大きくなっており、寝苦しそうだ。起きるのは時間の問題だろう。
「「「「…………」」」」
困ったもので、焦れば焦るほど思考というものは鈍る。必要な時に限って使えない、脳というのはそういうものなのだ。残念な事に。
「……グググ……gggrrrr……」
フラッフィーは呻く。その瞼が痙攣し始めた。六つの目が四人を捉えるまで、最早秒読み段階へと到達してしまった。
「…………! そうだ……」
アリスが何かを思いついた。
「……ねえ、シノ、カレン、ホノカ。物体浮遊の呪文とか、使えるんじゃないかな」
「! 何か思いついたんですね! 流石アリス!」
「本当? アリスちゃん!」
「うん――作戦って言うほど凝ったものじゃないんだけど――こいつの足を魔法で浮かすっていうのはどうかな」
アリスは言った。
「良いデス! nice idea!」
「時間も無いですし、それしかありません!」
「そうと決まれば早く!」
「うん!」
四人は再び扉に向かって歩く。心なしか歩調が速くなる――隠せぬ焦りが出ている。
――ザザザザザザザザリザリザリザザザザザザザザリザリザリザザザザザザザザリザリザリ!
「……グルルルルルルルル……!」
ハープのノイズが大きくなる。それに従い、フラッフィーの呻き声も大きくなる。どのタイミングで起きてもおかしくはない!
「――『ウィンガーディアム・レヴィオーサ』!」
アリスが呪文を放つ。フラッフィーの足が静かに浮き、扉が浮き彫りになる。
「OK……暫くここで浮かせてるから、三人とも中に入って。その後、誰かとこれ交代。中から呪文掛けて。その間に、私もそっち行くから」
「分かりました」
「Thank you Alice!」
「慎重にね……」
三人はゆっくりと扉を開けた。鍵は掛かっていなかった。
「よし……カレンちゃん、先入って。次に忍ちゃん、最後に私……」
「OKデス」
「了解です」
まず最初にカレンが扉の中へ落ちた。次に、忍。
扉の中は闇。外からは中の様子などまるで見えない。
忍が扉の中へと落ちた。次に、穂乃花。
――zzzザザジジザジザザサ――――。
その時不意に、ハープの音が止んだ。
「「っ……!!!」」
「――――グググ……グルるるるるるるるる……」
フラッフィーの目が、開いた。
[152]
「Damn it …… !!!」
目覚めてしまったフラッフィーの目――六つの宝玉が、アリスを捉えた。
「るるる……――グルルルルルルァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「ひぃっ――――!!!」
フラッフィーがアリスに牙を剥く!!
「アリスちゃん!!」
「ひっ――わ、私に構わないで――だ、だ、だいじょ、大丈夫だから――」
「っ!!!」
今のアリスはまさに蛇に睨まれた蛙。足がすくんで動けない。だが、それでも浮遊呪文を緩めない!
「アリスちゃん――!!」
――なんとかしないと! でも、どうやって――!?
穂乃花は必死に考える。時間は少ない。否、少ないどころではない。もう無いと言っても過言ではない――!
――考えろ、考えろ、考えろ――!!
そこで、不意に思い出したものがあった。
「っ!!!」
穂乃花は急いでローブのポケットの中に手を突っ込んだ。これがこんな所で役に立つとは――役に立つかわからないが――いや、立ってもらわないと困る!!
「――フラッフィィィィィィーーーっ!!!!」
穂乃花は全身全霊をかけ、フラッフィーの名を叫んだ。
「!!!!」
「ホノカ!!?」
穂乃花はポケットの中に入っていた物――テニスボールをアリスに向かって投げた!!
「アリスちゃん、受け取って!!」
「っ!!」
有無を言わさぬ穂乃花。テニスボールはアリスの手の中へ!
「アリスちゃん!!」
「っ――OK、ホノカ!!!」
アリスは受け取ったテニスボールを、さらに自分のすぐ隣へと投げた。フラッフィーの六つの目がそれを追う。
「grrrrrrrr……グルルルァ!!」
三頭犬だろうが、犬は犬。ボールを取ろうと、フラッフィーは動いた――が、その時!
「「『ウィンガーディアム・レヴィオーサ』! 身体浮遊せよ!!」」
「グルルルァァァァッ!!?」
唐突に浮いた後ろ足。タイミングが合わず、受身も取れぬままフラッフィーは大きな音を立て、倒れ込んだ!!
「アリスちゃん!!」
「Thank you , Honoka !!!!」
穂乃花が扉の中へと飛び込む――そして、アリスが滑り込むように扉の中へと飛び込んだ!!
扉が閉まり、光が閉ざされた。
第一関門――突破。
[153]
「ぐっ!」
「がっ!」
穂乃花とアリスが落下した先――衝撃で思わず声が出たものの、その床は思いの外柔らかく、落下以外のダメージを負うことは無かった。
「アリス、ホノカ! 大丈夫デスか!?」
カレンが見えないながらも二人に声を掛ける。
「うん、大丈夫……!」
「ここは……?」
「どうやら、次の関門のようですね……」
暗闇の中、辺りを見回す四人。だが、暗闇の中では何も見えない。ただズルズルという、気味の悪い音が響くだけ――。
「――音?」
そう、音がする。
彼女達四人はまだ気付かない。既に次の試練は始まっていることに。
第二の関門は、ポモーナ・スプラウトが仕掛けた罠――悪魔の植物群である!!