美月転生。~お兄様からは逃げられない~ 作:カボチャ自動販売機
「お待たせしました」
店に戻ると、女性はケーキセットを半分ほど食べ終えた所だった。時間は十分にあったはずだけど、遠慮があって、中々進まなかったのだろう。ちょっと申し訳ないことをしたなと反省。
「これ、靴です。サイズもたぶん合ってると思いますし、色や形状もほとんど同じものを選んできましたから」
「ちょ、ちょっと待って、修理をしてもらってきてくれたんじゃ」
「ああ、なんか修理頼んだら一週間くらいかかるって言われたんで、新しいの買ってきちゃいました」
なんだか女性は絶句している様で、固まってしまったので、靴の入った箱を開けて、女性の前に置く。
「あ、お金は良いですよ、ぼくが勝手にやったことなんで」
「そんなわけにはいかないわよ!これ、明らかにブランド品よね!?何千円で買えるようなものじゃないのよ!?」
慌てた様子の女性に美月ちゃん反省、セカンド。
確かに、普通に考えて見ず知らずの高校生から靴を受け取ってもらえるわけがなかった。良識のある大人なら遠慮するシーンではある。
しかもカッコつけて、この店で一番良いものを、とか注文したから、割と良い靴なはずだし。デザインも壊れたものに似ていたからそれにしたのだけど失敗だったね。余計に受け取ってもらえなくなってしまった。
ここはまた強引に行くしかないね。
「本当に良いですって、そんなに高くないですし」
「駄目よ、そんなわけがないのだから。それに、本当に高くないのだとしても、貴女が貴女のお金で私の靴を買う必要は全くないの。貴女のお金は貴女が欲しいものに使いなさい」
「ぼくがプレゼントしたいから買ったんですよ、つまりはぼくの欲しいもの、ということです」
「ねぇ、私もそろそろ怒るわよ」
「ごめんなさいです」
駄目だったよ。
怒る、と言いつつ若干涙目になってるし、ここで無理矢理受け取らせたりしたら、逆に女性に迷惑になると確信してしまった。ぼくなんかに負い目を感じる必要はないのだから、ここは適当に安い金額を言ってその金額を受けとればいいか。セールやってました!とか言えば誤魔化せるでしょ。
「じゃあ、3000円――」
「そんなわけないわよね?」
「丁度、セールをやってて――」
「そんなわけないわよね?」
駄目だったよ、セカンド!
ぼくが何言ってもNPCの様な言葉で遮られてしまう!3000円って安すぎたかな?ぼく、靴とか詳しくないから相場知らないし、というか本当にこの靴の値段知らないしね!
「はあ、そっちがその気なら、私にも考えがあるわ」
女性は名刺を一枚、ぼくに差し出してきた。
――それを見て、今度はぼくが絶句し、固まる番だった。
「私の所属している会社、すぐそこなの。ほら、ここからも見えるでしょ。そこで正式にお礼をさせて貰うわ。勿論!お金も受け取ってもらうわよ?」
正直、彼女の言葉は右から左だった。だからコクコクと頷くばかりで、彼女の示した何もかもに了承してしまったのだけど、それも仕方がない。
だって、名刺にはこう書かれていたのだ。
フォア・リーブス・テクノロジー管理部、司波小百合と。
この人、司波兄妹の義母だ。
◆
司波小百合さんという女性について、ぼくが二人から聞いているのは、二人の父である司波龍郎さんの後妻であり、つまりは、達也・深雪二人の義母であること。
そして――二人との関係は良好ではないということ。
「まずはありがとう。貴女が助けてくれなかったら、本当に大変だったと思うわ」
応接室なのだろう個室で、ぼくと小百合さんは対峙していた。小百合さんが淹れてくれたコーヒーを前に、ぼくはじっと小百合さんを
「でもね、人に親切にするのも程々にしないと駄目よ。助けて貰った私が言うのもおかしいけれど、貴女はまだ高校生なのだから、多大な損をしてまで、人を助けるなんてしなくていいの。自分のことを最優先に考えなさい」
きっと優しい人なのだと思う。
そして不器用な人なのだと思う。
ぼくのことを想って話してくれているのに、照れが先行しているのか、どうしても叱るような口調になってしまっているのだ。人によっては誤解させることもあるだろう。
この人の本質を理解し、愛しているのだろう司波龍郎さんも、きっと同じくらい不器用な人なのだろうな、と思う。
「貴女にいくら言っても教えてくれなそうだったから、さっきの靴屋に電話して値段を聞いたわ。びっくりしたわよ、高校生がポンと出していい金額じゃないのだもの」
小百合さんは呆れたように言いながら、封筒をすっと差し出す。きっと中には金額分のマネーカードが入っているのだろう。
「お金は自分のために使いなさい。人のためにお金を使うのは大人の仕事」
お節介かもしれない。ぼくがしゃしゃり出るべきことではないのかもしれない。
それでも思わずにはいられない。
あの兄妹は兄妹の中できっと完結していて、二人で家族で、だから、後妻の小百合さんのことなんて、本当にどうでもいいと思っているのかもしれない。家族ではないと思っているのかもしれない。
でも、血が繋がっていなくても、兄妹と小百合さんは確かに親子と言われるべき関係で、その事実が事実なだけでなくて、形になってくれたら、どんなに素敵だろうって思うから。
家族四人で食卓を囲んで笑い合える様になって欲しいって思うから。
今でも良く覚えている。
達也は、ぼくに言ったのだ。
ぼくとぼくの両親と食事をした時、こんな食事は初めてだから戸惑うと。家族が分からないから、どうしたら良いのか分からないと。
寂しそうに笑うのだ。
きっと本人に自覚はない。寂しいとすら感じていないのかもしれない。でも分かるのだ。
彼に足りていないのは、魔法力でも容姿でも感情でもない。
ただ愛が足りていない。
きっとろくに家族を知らずに育ったのだろう。
母が作る料理の味も、見守ってもらえる安心感も、褒められる高揚感も、叱られる罪悪感も。
父の背中の逞しさも、仕事終わりのやつれ方も、大黒柱としての威厳も、どうしたって妻には勝てない弱さも。
魔法師だからと、失ってはいけないものはある。
達也は魔法師を兵器にはしたくない、という。でも、魔法師が人間である証明は愛なのだと思う。
力を持ちすぎた彼に、本来与えるべきものは、制約でも契約でもなく、きっと愛だったのだ。
家族で笑い合って欲しい。
当たり前のことを当たり前のように、ただの高校生のように。
「小百合さん、やっぱりお金は要りません」
「な!貴女ここまできて今更――」
「その代わり!一つだけ、ぼくのお願いを聞いてくれませんか」
小百合さんの言葉を遮って、目を見つめて、ぼくはゆっくりと言った。
「……いいわよ、私にできることならね」
◆
達也を呼んで、もう少しで二時間。やっと現れた達也は、既にセレネ・ゴールドとして作業をしている部屋に来ていたぼくに疑問を投げ掛けた。
「美月、どうやって入ったんだ?」
「たまたま知り合いの社員の人が通りかかって、入れてくれたよ」
「知り合い?三課の人か?」
「まあ、そこは良いじゃん。それより早く仕事しないと終わらないよ」
「なんだ、妙にやる気だな」
「今日はディナーの約束があるんだよ、あ、達也も一緒だからね」
「俺もか?何故お前が勝手に約束を」
「良いじゃん、深雪も来るしさ」
「深雪も?」
「そ。ほら、約束に間に合わなくなっちゃうからどんどんやるよ!」
「こんなにやる気がある美月は初めてだな、明日、雪でも降らなければいいが」
「はいそこ無駄口叩かない!」
もうすぐ、春の雪よりも珍しい時間がやってくる。
――そのころのリーナさん――
٩(๑òωó๑)۶ヤルゾ リーナ「ランチは少し失敗してしまったけど、ディナーは完璧にこなしてみせるわ」
(・・;))) リーナ「レシピ通り……レシピ通り」
٩(๑˃̵ᴗ˂̵๑)۶ヤッター リーナ「出来たわ、オムライス!少し不恰好だけど、味は美味しいはず」
(๑˃̵ᴗ˂̵)وイケル リーナ「うん、ミヅキと比べては劣ってしまうけど、普通に食べられるわ」
(´・ω・`)サビシイ リーナ「……ミヅキにも食べてほしかったな」
後日、一人で夕飯を作ったことを美月にそれはそれは褒めてもらってご満悦のリーナであった。
(。 >﹏<。) 水波「…………………………ずるいっ」