美月転生。~お兄様からは逃げられない~ 作:カボチャ自動販売機
これは美月が誘拐されそうになった未亜捕獲事件の一週間後の出来事。丁度、柴田家にてリーナのお披露目が行われている頃。
夕方のファミレス。
昼食には遅く、夕食には早い、そんな微妙な時間帯でありながら、店内では、そこそこの人が食事を楽しんでいた。
「やはりおかしいのです。この何日か、明らかに美月はお兄様を避けています」
「うん、僕としてはまず、司波君と柴田さんが付き合っている、ということすら知らなかったんだけど……」
どこにでもあるような、なんでもないファミレスでありながら、彼女がそこにいると不思議と格の高いレストランのように感じられる。
この日、吉田幹比古は、一高の男子生徒にバレたら間違いなく裁かれるだろう幸運に恵まれていた。
すなわち――司波深雪と二人っきりで、放課後デートである。
◆
幹比古が深雪と再会したのはつい三日前のこと。
それは偶然であったと言う他ないだろう。
幹比古は何時ものように、1日の最後の授業が終わってすぐに教室を出た。
それが、いけなかった。
「……あっ」
「……あら、どこかで見たことのある顔ですね」
自分の授業が早めに終わり、教室の外で達也を待っていた深雪と鉢合わせしてしまったのである。
そして、さらに運が悪いことに、この日、達也はいつも通り風紀委員の仕事があって、生徒会は珍しく休みだった。
つまり、どんな状況かというと、深雪は達也の仕事が終わるまで学校から帰ることはなく、その間、暇なわけで、ここに良い
当然、どうなるかといえば――
「それで、言い訳なら聞きますよ」
「いや、明らかにもう僕の有罪が確定しているよね?」
「いいえ?自分から連絡先を訊いておいて、合格したのに私を無視していた正当な理由があるなら許します」
――
校内でもほとんど使われていない教室、そこでそれは行われていた。
にっこりと、極上の笑みは何故か極寒の吹雪を思わせる凍てつくような凶器で。
それを突きつけられた
「私は貴方が落ちてしまったのかと気に病んでいたのに……」
「うっ」
幹比古は当然、深雪が合格していることなど知っていた。そもそも、入学式に参加していたのなら、新入生総代である深雪の存在を知らないということはありえないし、何かと話題になっている、深雪の存在を知らないなんてことは、結局どうしたってありえないのだ。
それに比べて、深雪が幹比古の合否を知る機会は、そうあるものではない。
増して二科生では、達也と同じクラスなんてことが起きていなければ、滅多に会うことはなかっただろう。
幹比古からの接触がなければ、落ちてしまったのかと、と考えるのも無理はないことだ。
「だって君は新入生総代で、僕は二科生だったんだ。それで、合格しました、なんて言えないよ」
プライド、なんてものではない。
単に逃げていただけだ。彼女に落胆されるのが嫌で、なんだその程度か、とため息を吐かれるのが嫌で、ならばいっそ、もう会わない方が良いのだと、へたれていただけ。
「なっ、私がそんな嫌な女だと貴方は思っていたのですか!?」
幹比古がどうして合格を報告しなかったのか、その理由を察した深雪がキッと睨めば、幹比古はもう自分が助からないことを確信した。
「私のお兄様は二科生でしたが、私のお兄様に対する気持ちには何ら変わりはありませんし、そもそも私は、一科生でも二科生でも、その人の立場で差別し、接し方を変える程、矮小な人間でもありません」
「それは、君の交友関係を見れば分かるけど……でもこれは、僕がどう思うかの問題なんだ。僕自身が二科生なのに君に会うのが嫌だったんだよ」
自分が弱いことを改めて教えられる。
挫折、という言葉を知らなかったあの頃では考えられもしないことだが、あの、手のひらを返される感覚は、もう二度と味わいたくはなかった。
称賛は落胆に変わり、『
まるで、世界に一人になってしまったような孤独。
きっと、目の前の彼女には分からないだろう。
この世にまたとない奇跡のような存在である彼女には。
「そんな覇気のないことでどうしますか!そもそもです!私は貴方が合格できると確信していたからこそ、あんなことを言ったのですよ!勿論、一科生としてです!」
――だって、貴方が合格したらまた会えるじゃないですか
その言葉は、幹比古が合格できると思ったから幹比古を鼓舞する意味で発したもので、だからこそ幹比古が落ちてしまったのでは、と気に病んでいたのだ。
深雪は幹比古という人間のほんの少ししかしらないが、才能溢れる人間だと思っている。今は少しだけ足踏みしているだけで、一歩踏み出せば、後は駆け足で進んでいけると。
だから、この言葉がその一歩になればと思っていた。
「……そんなに期待されても困るよ。僕は結局僕でしかなくて、出来ることには限界がある」
「私は出来ないことは言いません」
「現に僕は二科生だったじゃないか。君の期待には答えられていない」
「それは貴方が自分を信じ切れていないからですよ。魔法とはそういうものです」
深雪の強い眼差しは、それが答えであるかのように感じさせる。
「頑張れとは言いません。貴方の努力は見て取れます。それを私がどうこう評価することは傲慢でしょう。ですから私からは一つアドバイスです――自分一人で思い詰めないこと。貴方は一人で抱え込み過ぎなのです。一人で考え、決断することは美徳でもありますが、その反面、客観的にものを見ることが出来なくなってしまいます」
人は間違う生き物で、それを繰り返さないことで少しずつ間違いを、欠点を補っていく。
深雪は、兄のことを思っていた。
何年も間違い続けた兄への対応。こうして兄と仲睦まじくいられることの感動。気がつくきっかけがあったからこそ、今がある。
が、もしそれがなかったら?
ぞっとした。
そうなったなら、自分の世界は母がいなくなったときに道標となるものを失っていたかもしれない。
孤独。
今の自分には耐えられそうもなかった。
兄のいない世界では呼吸も出来ない気がした。
幹比古はそんな世界で頑張ってきたのだろうか。
手のひらを返すようにいなくなった周囲の人間。失った力とそれ故の孤独。
そんな中でも努力を続けた彼は立派に強い人間なんだと深雪は思った。
ただ、人は一人では限界があるのだと、一人では間違いを繰り返してしまう生き物なのだと知らず、きっかけがなかっただけなのだ。
「今まで誰にも打ち明けられる相手がいなかったのかもしれませんが、それならば私がいるのです。こうして話を聞くことは出来ますし、自分で言うのはあまり好ましくないのですが、一応は主席ですから、何かお役に立てることがあるかもしれませんから」
こうして、深雪と幹比古は再会を果たした。
まさか断りませんよね?と深雪に半場押し切る形で交換した連絡先。
司波深雪という名前が不思議でならなかった。
この名前を押すだけで、彼女と繋がるのだという不思議。自分と彼女の間に接点があるのだという不思議。
もう切れてしまったと思ったものが、まだ自分の手の中にある不思議。
「僕ってもしかして、人生の全運を使い果たしたのかな?」
そう呟いた幹比古の元へ深雪から連絡が来たのは、次の日。
美月がお兄様を避けています!と、開口一番に告げられた幹比古が、思わず素で、はっ?と聞き返してしまったのも無理はないことだろう。
彼はまだ、世紀の美少女と放課後デートという幸運が待ち受けていることを、この時はまだ知らなかったのだから。
――そのころの美月さん、司波家にて――
(〃゚д゚;)アセアセ 美月「達也、水波ちゃんが激おこで許してくれないんだけど、どうしたら良いかな!?」
(´~`*)シラン 達也「いや、俺に聞かれてもどうしようもないんだが」
ヾ(´Д`;) ポチッタ 美月「とりあえず、水波ちゃんの好きそうなものを沢山注文しといたんだけど!」
(ノ`Д´)ノオイ 達也「おい、さっきから何度も届いてるこの荷物の山はお前か」
(*ゝ`ω・)キラッ 美月「後5倍くらい届くよ!」
( º言º)ブチッ 達也「よし、正座しろ」
この後、滅茶苦茶怒られた。
◆
ちなみに、深雪と幹久古の二人に恋愛感情は今のところありません。今後、女王と下僕みたいな感じになる予定です(笑)
美月が避けてた云々の話は別で用意しようと思っていますのでお楽しみに!