美月転生。~お兄様からは逃げられない~ 作:カボチャ自動販売機
三日目、欲しいグッズがあるので行きたいんですが行けるか微妙で心配してます……。
皆さんはどうですか?
「はぐれたなう」
ついさっきまで深雪と手を繋いで小走りしていたはずなのに、ショッピングタワーを出てすぐにとてつもない人混みに呑まれ、はぐれてしまった。
近くで
携帯端末で連絡出来れば良いのだけど、仕事の締め切りとかの電話が掛かってくるのが嫌で家に置いてきてしまった。今日は一日楽しく遊びたかったからね。
困った。
ぼくの深雪レーダーも全く反応しないし、こういう時に便利そうな魔法は教わっていない。そもそも魔法を無闇に使うなと言われているから使えないけど。
このまま一人で帰ってから、深雪に連絡すればそれで済む話なんだろうけど、ぼくは深雪と一緒に帰りたいのだ。帰りだけでもデート気分を味わいたい。だから、それでは意味がない。
ここは一旦戻ろう。
たぶん深雪もぼくとはぐれたとなれば、達也たちのところまで戻るだろうし、結構時間経ってるからもうお話を終わってるでしょ。
そんなわけで、ぼくはショッピングタワーへと戻ることにした。
◆
火災が発生した、という放送がされたのは美月と深雪がいなくなってから少ししてからだった。
「随分と大規模じゃねぇか。店から客を追い出すなんて」
「それだけ向こうも本気だということだろう」
火災報知器の音がけたたましく鳴り響く中、達也と薫は臨戦態勢で構える。
「敵は十八人、銃器を持っているのが十二人、残りは恐らく魔法師だろう」
「相変わらず便利だな、その眼」
イデアにアクセスし、存在を認識することができる知覚能力であり、アクセス能力を拡張したものだ。エイドスを認識して直接照準することもでき、存在さえしていればどんな獲物も逃がすことはない。
達也の先天的な魔法、分解・再成の副産物でもあるこの能力は、ESP術者でもいない限りまず感知されることはなく、1㎞程度の距離ならば人一人を探しだすことも可能という規格外の力。
多種多用に応用でき、深雪とは、精霊の眼の知覚情報などを、サイオン情報化されたイメージとして、身体の接触によりやりとりする事が可能。
この眼がある限り敵は忍ぶことなどできはしない。
「くるぞ!」
敵は四葉、であるならば、そんなことは理解している。故に忍ぶことはしない。物量で押しきることこそが最善であり唯一の手段だ。
ほぼ同時に鳴り響くいくつもの銃声。
達也と薫はすぐ近くの物陰に隠れてやり過ごすが銃声が止むことはない。
このままでは、その銃弾がふたりに届くのもそう遠い未来の話ではないだろう。
ゆえに、このまま防戦一方でいるわけにはいかない。
「武器には武器ってな」
薫は懐から円筒型の物を取り出すとそれに火を点けて投げ放った。
クルクルと回る筒は煙を吐き出しながら、達也によって看破されていた敵の密集している位置に綺麗に落ちた。
「派手に行こうぜ!」
爆発。
地面が揺れていると錯覚するような轟音と、視界が真っ白に染まる閃光。
そして、破片を撒き散らしながら弾けた筒から濃い煙が吹き出した。
それが達也と薫にとっての戦闘開始の合図。
轟音によって聴力を、光と煙によって視覚を、奪われた四葉の精鋭。
さらには爆発によって作動したスプリンクラーによって銃器の使用が抑えられ……すぐにバラバラとパーツになって『分解』された。
聞こえない音、見えない敵、そしてバラバラになる武器。
そんな中、まともに動けていたのは魔法師の者だけだった。
平均的な戦闘魔法師で通常の歩兵の一個中隊分に匹敵すると言われているだけあり、聞こえなくとも、見えなくとも、敵の位置を把握する手段はある。
他の十二人が無力化されたとしても、魔法師六人で中学生二人を狩ることなど、出来ないはずもない。
「いらっしゃい」
煙が晴れる。
魔法で煙を飛ばしたのだろう。
既に光によって奪われた視界も回復した彼らの目に映ったのは、何人もの倒れている仲間の姿と、無傷で立つ中学生二人の姿だった。
「魔法師以外は全員仕留めた。あとはこいつらだけだ」
「了解、ちゃっちゃと終わらせて帰るか」
二人の言葉は挑発とも言えるものだが、勿論そんなものには耳を貸すことはしない。
六人はそれぞれただ目の前の標的を狩ることだけを考えて動き出す。
「桐生薫は魔法を使えない」
囲まれて尚、動こうとしない二人、その片割れ、男の方が何やら話始める。
魔法が使えないなどと、わざわざ弱点を自分からバラす人間はいない。
ならばこれはブラフ、追い込まれた状況下で少しでも自分たちを有利にしようとする最後の足掻きだろう。
六人は何も疑問に思うことなく、ただいつも通り、命を刈り取る魔法を無慈悲に放った。
「──が、桐生薫に魔法は通用しない」
魔法師達の魔法は全て、正常に、十全に、発動していたはずだ。
何も失敗はなく、また阻まれるような魔法を使われたわけでもない。
まるで魔法など存在しなかったかのように消えてなくなったのだ。
「そして、桐生薫に魔法は必要ない」
それは明確な隙となった。
本人たちも自分がどうされたのか分からなかっただろう。
魔法が不発に終わり、混乱に陥っていた彼らは一瞬のうちに無力化され、ほぼ
「四葉っつっても大したことねぇーな。私特製爆弾一つで簡単に崩れやがった」
「対魔法師に特化したお前でなくては六人の魔法師を瞬殺することなど出来ないと思うがな」
対魔法師の
魔法を
それが桐生薫だ。
「流石、師匠が
「少し特殊な魔法を使えるだけだ、地力はたぶんアイツの方が上だろうな」
『
魔法の干渉を封じる魔法。
彼女を対象としたありとあらゆる魔法を無効にする魔法。そのため薫は他に一切の魔法を使えない。
魔法でありながら魔法を消し去る。
故に矛盾。
薫のBS魔法はBS魔法の中でも異質のものであり、その特殊性は達也の『分解』や『再生』以上だろう。
「さて、どうする?なんだか大騒ぎになっているみたいだが、脱出できんのか?」
戦闘を終えた二人はエレベータが停止していたため非常階段を使って一階まで降りてきたわけだが、火災の放送がされたために、警察や消防隊員、報道陣が詰めかけており、まともに出ていける状況ではなかった。
「関係者専用の出入口に行こう。そこも無理そうなら、ほとぼりが冷めるまで待つしかないな」
「それは面倒だな」
達也と薫は知らぬことであるが、火災の発生が誤報であることは既に警察、消防にも知れ渡っており、現在は確認といったところになっている。報道関係者も今は有名なショッピングタワーの不祥事に集まっているだけだ。
それゆえに、わざわざ関係者入り口にまで人がいることはなく。
「大丈夫そうだな」
そう。
関係者入り口にまで人がいる、なんてことはなく、
「達也!薫!」
だから、美月もここにこれたのだ。
ショッピングタワーに戻ってみれば、そこには警察や消防だけでなく報道陣までもが押し寄せており、火災があったらしい、なんて話だった。
そんな話を耳にすれば、居ても立ってもいられない。
近くにいた人から携帯端末を借りて、覚えていた達也と薫の番号に電話をかける……が連絡は一向につかない。
どこかに避難していて、単純に電話には気がついていないだけかもしれない。
でも、達也や薫が心配しているだろう自分や深雪に連絡をしないなんてことがありえるのだろうか。
この時、美月は混乱していた。
自分が携帯端末を持っていないことも、深雪との連絡手段がないのだということも、全て頭から飛んでいた。ただ、なんとかしなければと、それだけしかなかった。
美月は感情が高ぶると歯止めがきかなくなるときがある。楽しいときはより楽しく、悲しいときはより悲しく……そして不安なときはより不安になってしまう。
だからここまで来た。
関係者入り口なんてものがあることなんて知らなかった。ただショッピングタワーの周りを走り回って達也達を探していた時、たまたま見つけたのだ。
「なんでここに……深雪は?」
「はぐれちゃって、そしたら火事で、二人がいなくて、走って、それで……うぅ」
薫に抱きつこうとしたものの、達也を盾にすることで回避されるが、そのまま達也に抱きつく。
支離滅裂、ただ思いつくままに言葉を口にした。
今はただ二人が無事であったことを確かめたかった。
「火事は誤報だ……すまない、心配をかけた」
「うう、達也なんて心配してないからね!ぼくが心配していたのは薫なんだからね!」
二人が無事であったと分かると、泣きながら抱きつく自分が恥ずかしくなってきた。
達也に頭を撫でられ、安心している自分に顔が赤くなる。
つい、心にもないことを言ってしまう。
達也にもそれが分かった。
美月が自分を心配してくれたことが嬉しい……ような気がする。
いや、嬉しいというのとは少し違うような気もする。
これは……この気持ちは……。
「達也!」
達也も薫も、戦いに慣れているかもしれない。技術も経験も一流といって遜色ないレベルだろう。
それでも彼らは中学生なのだ。
この瞬間、この一瞬、美月という日常との再会が彼らを緩ませた。
精霊の眼の効果範囲外からの狙撃。
一流の狙撃手なのであろうスナイパーの銃弾は正確無比に美月の心臓へと飛んでいき……。
「……たつ……や?」
寸前で庇った達也の腹を後ろから貫いた。
美月の瞳に写る達也の血。
抱き締められていた達也の腕から力が抜けていき、自分の元を離れて倒れていく。
死んだ。
達也が死んだ。
視界の赤が、独特の鉄の匂いが、伝わる温かな熱が、美月にそれを感じさせた。
実際に達也が死ぬことはない。
一瞬後には無傷で美月を抱き締められたはずだ。
しかし、その事実を美月は知らない。
ただ目の前の事象が美月の現実で、達也が再生する前に美月は一言呟いた。
「……達也が死んだ」
その日、一つのビルがこの国から消滅した。
予兆もなく、音もなく、そこには何もなかったかのように、綺麗さっぱり消え去った。
そして、『魔神』は誕生したのだ。
─そのころの深雪さん─
Σ(゜Д゜)深雪「美月がいない!?」
(´・ω・`)深雪「携帯に連絡を!……出ない……」
ミヅキー! L(゚□゚ L)Ξ(」゚□゚)」ミヅキー!深雪「美月ー!美月ー!?」
(つд;*)深雪「はぐれた……」
美月を探し回った後、一人公園のベンチでショボくれていた……。