美月転生。~お兄様からは逃げられない~ 作:カボチャ自動販売機
自分を褒めたい。
長く美しい黒髪とスカートの裾をヒラヒラと靡かせて、ローラーブレードで坂道を
重力に逆らってそんなことができるのは当然、魔法を使っているからで、重力加速度を低減する魔法と自分の身体を道の傾斜に沿って目的方向へ移動させる魔法を使っているらしいんだけど……魔法というわりに派手さにかけて魔法感は全然ない。
深雪の少し前を時速六十キロは出ているんじゃないかというくらいの速度で暴走をしている達也も、路面をキックすることにより生じる加速度と減速力を増幅する魔法と、路面から大きく跳び上がらないように上向きへの移動を抑える魔法を使っているって言ってたけど……なんか魔法しょぼい。
「ねぇ深雪、もっと派手な魔法ないの?炎をバーンって感じの奴とか」
「それは今必要のない魔法でしょ?」
「でも飽きちゃったよ、この魔法」
ぼくは
「我慢なさい。これは移動手段であると同時に訓練でもあるのだから」
深雪は移動ベクトルを全面的に魔法で制御する訓練。
達也は走るという動作で移動の方向性を決定づけ、一歩ごとに術式を起動し続けなくてはならないという訓練。
そしてぼくも──。
「訓練ならもう死ぬほどやらされたよぉ」
ぼくも達也と
そう、ぼくも
「突然CAD?とか言う機械渡されて、二週間
「
二週間も、学校の放課後や休日にフォア・リーブス・テクノロジーとかいう会社に連れていかれて、魔法の訓練をさせられた。四角いロボットみたいな奴をひたすら上下に移動させたり、変な機械にサイオン?とかいうエネルギーを送りまくったり。とんでもなく不毛でつまらない作業とさえ言える訓練だった。達也からの
「ッ!?今寒気がしたのだけど……っ!」
「あー、幼女深雪もペロペロしたかったなー」
「何!一体貴女の頭の中で何が起きているの!?」
頑張って訓練をちゃんと受ければ達也からご褒美として、深雪の写真が貰えるのだ。ぼくが出会う前の幼き日の深雪なんて色々小さくて可愛い!小学生の深雪がランドセル背負ってる写真とか宝物だよね!
次は是非、水着写真をお願いしたい。
「深雪たん……はぁ……はぁ……」
「あら美月、やっと息切れしてきたわね」
「水着……むふっ…ペロペロ」
「な、何故か身の危険を感じるわ……!」
深雪が突然速度を上げたけど、まだまだ余力はある。どこまででも付いていきますよぉー!
「達也、先行ってるよー」
深雪が達也を追い越して先に行ってしまったので、達也に一声かけておく。すると、何故か苦笑いの達也。
「……才能か」
ぼくは深雪のスカートを追いかけて走った。
もうちょっとで見えそうなのにっ!
◆
深雪を追いかけてやって来たのは、今回の目的地らしい小高い丘の上にある寺だった。
山門からプレッシャーというか、威圧というか、そういうのを感じて中々に入りづらい。
なのに深雪は躊躇うことなく、ローラーブレードのまま入っていく。
「深雪、何かここヤバそうだよ、帰ろうよ!」
「そう怯えることはないわ、彼らの殺気は私たちに向いてるわけではないもの」
「えっ、じゃあ誰に……」
「お兄様よ」
深雪が答えた瞬間に遅れてやって来た達也が山門から入る。と、同時にどこからか現れたのは厳つい修行僧のような人たち、凡そ十五人……リンチだ!達也がリンチされる!
「達也逃げて!超逃げて!」
ぼくが慌てて達也に叫ぶがこういうとき一番心配してそうな深雪は何故か可愛いどや顔で傍観の構えだ。
「大丈夫よ、お兄様は負けないわ」
自信満々に深雪がそう言い放った直後、戦いは開始された。
一斉に襲い掛かるというわけではなく、数人ずつで達也に挑むスタイルなのか、それともコンビネーションを優先したのか、武術のことなんて毛ほども知らないぼくには良く分からないが、全員で一気に潰してやるぜ!というものではないようだ。
と、言っても結局は十五対一なわけで、圧倒的不利なのだ。いくら超人司波達也でも危ないんじゃ……。
そんな風に思っていたけどすぐに深雪が正解だったということを思い知らされた。
達也を取り囲むように出来た人垣から次々と人が飛んでくる。時折見える達也の表情は余裕とは言わないが、苦戦しているというようではなく、まだまだ余力を残しているようだった。
「んー、これなら数を後五人くらい増やしても大丈夫かな~」
「うひゃあぁ!?」
突然ぼくの顔の後ろからにょきっとキラキラ光っている頭が生えてきた!
何!?何なの!?誰なの!?ハゲなの!?
「ハゲじゃないよ、剃ってるんだよ」
心読まれてるぅうううう!?
えっ?何なの?エスパーなの?悟り開いてるの?
「先生……気配を消して忍び寄るのは止めてください」
「忍びに忍ぶなとは深雪くんも中々にユニークだね」
ツルツルの頭に、左目を上から下へ一直線に斬りつけたかのような傷。黒染めの胴着?みたいな服を着たこの人はどうやら深雪の知り合いらしく、格好からしてこのお寺の関係者だろう。
「やあやあ、君のことは聞いてるよ。僕は九重八雲。ここの住職兼忍びさ」
どうやらエスパーでも、悟りを開いているわけでもなく、『忍び』だったそうだけど、なんかぼくの思っている『忍び』じゃない。忍びってもっとこう硬派なもののはずなんだ。こんなに軽薄で飄々とした俗っぽいものじゃないんだ。だからとりあえずこの人のことは『忍び(仮)』としておく。
「疑ってるねぇ~。僕は『本物』なんだけど……うん、疑うことは良いことだよ。たぶん」
「師匠適当なことを教えるのは止めてください」
自称忍びのツルツルさんが、ありもしない髭を撫でるように顎を触りながら、うんうん頷いていると、どうやら全員を倒したらしい達也が後ろから手刀で襲いかかる。しかしそれをひょいっと簡単にかわして距離を取るツルツルさん。
このツルツルさん、ただのツルツルじゃないっ!?
「達也くんもう終わったのかい?うん、これなら本当に後五人増やしても大丈夫そうだね」
「そうですか」
達也が拳、蹴り、と何発も仕掛けるものの、全て簡単にかわされてしまう。それどころが、達也の腕を掴みまるで忍術のように不思議な動きで軽々と吹っ飛ばした。すごい!ツルツルさんすごい!
「うん、美月くん。僕も意外と傷ついているんだけど」
どよーん、と落ち込んでますオーラ全快で、頭を触りながらしょげているツルツルさん(あえて訂正しない)。
さっきまでのカッコいい忍びっぽい姿はそこにはもうなかった。
とりあえずこの人がなんか残念な人なのは分かりました。
「だからね、美月くん。僕も傷つくわけでね」
後、結構弄っていて楽しいのも。
◆
「改めて紹介しよう。この方が俺の師匠でこのお寺の住職でもある、『忍術使い』九重八雲先生だ」
「改めてよろしくね、美月くん」
達也の恋人(偽)になって二週間。
恋人関係(偽)になったその日から偽装のため一緒に帰ることにしたのだけど、あれよあれよという間にフォア・リーブス・テクノロジーに連れていかれて魔法についてとCADの使い方についての講習を夜までみっちり受けさせられ、それから毎日毎日魔法の訓練ばかり。
達也曰く魔法の訓練はデートらしいのだけど……そんなデートがあるかい!魔法の訓練しながらきゃっきゃうふふって想像できないでしょ!いや、男とデートなんてしたくもないけどね!
達也からのご褒美が欲しいので毎日きっちりメニューをこなしたけど。
……二人っきりで出掛けて、彼氏からご褒美をもらう。うんデートかもね!(言い訳)
でもそんなデートばかりじゃぼくのフラストレーションは溜まる一方。仕事以外は魔法の訓練や勉強ばかりだったんだから当然だよね。
それで、ぼくは言ってやった。
休日に深雪と遊びに行かせてくれないと、もう魔法の訓練はやらない!っと。
そうしたら達也が日曜日に深雪と三人で出掛けようって言うから喜んで集合場所に指定された時間、朝の六時の三十分前に到着。
で、深雪と達也が来て、どこにいくのか聞いてみれば着いてからのお楽しみだと。
ぼくはワクワクしながら、訓練しながら行こう、という達也の言葉に文句を垂れつつ、ここまで来たのだ。
そう、今日のお出掛けは頑張ったぼくへのご褒美!ぼくはもっと楽しいところを想像していたのに……。
到着してみれば出てくるのはむさ苦しい男ばかり!華の欠片もない寂れた寺!果てはなんか胡散臭い忍術使い(笑)のツルツルさん!
ぼく泣くよ!?泣いちゃうよ!?中学生にもなってぎゃん泣きしちゃうよ!?
「泣きたいのはこっちなんだけどね……」
落ち込んで本当に泣きそうな九重八雲先生(流石に可哀想なので)。なのに誰も慰めてはくれず、門人達は各々自らの勤行へと戻っていった。
扱いの酷さ……。
「ところで師匠、彼女は?」
「ところでって……はあ、うん、もうすぐ来るんじゃないかな?」
どうやらここに来たのは、達也がほぼ毎朝こなしているという稽古をするためというだけでなく、誰かを待つためでもあったらしい。
彼女、ということは女性……可愛いかな。ちょっとワクワクする。
「あっちょうど来たみたいだね」
達也同様、いや、それ以上の数の門人を蹴散らしながら堂々とした歩みでやってくる美少女。
誰もが想像する通りの大和撫子、どこまでも深い黒髪はさらりと風に揺れ、整った顔からは門人に襲いかかられようとも、余裕が消えることはない。
深雪と並ぶ美少女にしてぼくの親友、桐生薫。
どうやら待ち人とは薫のことだったらしい。
(´・д・`) 美月「魔法の訓練?そんなのなんでぼくがやらなくちゃいけないのさ?やるわけないじゃん」
(゜ー゜)達也「ここに深雪が小学校三年生の時の写真があるわけだが……」
(*`Д´)ノ美月「達也何してるの!早く訓練の準備して!急いで!」
(´゜ω゜) 達也「準備なら既に完了している」(計画通り)
Σ(゜Д゜)深雪「何故かしら……今とても大変なことが起こっているような気がする……」