「……はあ」
工廠から脱出した僕は、一つため息を吐き――
「――って、分かるわけ無いだろ⁉︎」
――盛大なセルフ突っ込みをした。
おい、よく考えろよ僕! 誰が、こんな可憐な少女の中身が、実は野郎だなんて分かるんだよ⁉︎ しかも、この世界がゲームとして存在する世界に住んでいたってんだぞ? 一から丁寧に解説したって、疑われる可能性の方が高いくらいだろうが! ちょっと黙り込んでたくらいでバレたら、そりゃもうサトリかエスパーだ!
「……何が?」
「ああ、いや、こ、こっちの話だ!」
――でも、だからと言って、怪しまれるような言動をして良いということは無い。真実とは異なろうとも、変な疑いをかけられる可能性はある。現に、皐月は非常に訝しげな視線を僕に向けているし。
「長月……ちょっと、変だよね」
「そ、そうか?」
いかん、冷静になれ僕。皐月がめっちゃジト目で睨んでるけど、それでも冷静になるんだ。ジト目の皐月がなかなか可愛いとか、考えている場合じゃないぞ。
「……イ級のお腹の中にいたくらいだし、少しくらい変わってても、普通なのかな?」
そう呟いて、皐月は訝しげな視線を止めてくれたが――どうにも、変人認定は覆らない様子だった。当たり前か。
「ま、いいや。次のところに行こっか」
「あ、ああ。そうしてくれ」
もっと、自然に振る舞えるようにしなければ。そう決意しつつ、皐月の案内で警備府の各所を巡って行く。
「――とりあえず、こんなところかな」
――意識しただけあってか、それからは特に怪しまれたりすることも無く、空が暗くなり始めた頃には、主要な施設の殆どを回ることが出来た。
「ありがとう、助かったよ」
歩き回ったおかげで、結構、土地勘が掴めた。やっぱり、実際に見て回るに越したことは無いらしい。百聞は一見にしかず、か。
「良いって良いって。――ボクも、新入りの頃、先輩に案内して貰ってさ。だから、自分でもやってみたかったんだよ」
なるほど、妙にしつこかったのは、そういうことか。まあ、おかげで助かったんだけど。多分、見取り図だけだと迷ってた。
「警備府の施設ばっかりじゃなく、分からないことがあったら、なんでもボクに訊いて良いから。早く慣れてね?」
そう言って、皐月は笑う。……あー、可愛いなーおい。いや、長月が一番なのは揺るがないけど、やっぱり皐月も可愛い。
「……長月? 聞いてる?」
「あ、ああ」
まずい。またやらかすところだった。だが、僕が悪いんじゃない。皐月が可愛いのが悪いのだ――なんて、さすがに言うつもりはないし、言っている場合でもないけれど。
「ぶつぶつ呟いたり、かと思ったら黙り込んだり……本当、長月って変わってるね」
「ほっとけ」
今のところは、『変わってる』くらいで済んでいるみたいだけど、これ以上評価を悪化させないようにしないと。なるべく変なことを考えないように、決して妙なことを口走らないように。
「――って、ああ! 一箇所、大事なところに連れて行くのを忘れてた!」
「うん?」
そんなことを考えていると、思い出したように皐月が叫ぶ。
大事なところ? どこだろう。
「入渠ドック、まだだったよね?」
「ああ、確かにまだだな」
そう言えば、見た記憶が無い。確かに、大事な施設だろう。ゲームでは、損傷した艦娘は、基本的に入渠させないと回復しないし。
「いやー、うっかりしてたよ。でも、今は丁度良いくらいの時間だし、結果的に良かったかもね」
「丁度良い? 何がだ?」
入渠ドックに、丁度良いも悪いもあるんだろうか――
「だって、ほら――お風呂入るなら、暗くなってきたくらいが良いと思わない?」
「……うん?」
――え? 風呂?
「あれ? その反応、もしかして知らないの?」
思わず思考停止する僕の姿を見て、皐月は言い――
「――入渠ドックって、お風呂のことだよ」
――簡潔かつストレートな説明をしてくれた。
……あー、そっかー。確かに、公式台詞で風呂だのなんだの言う艦娘は多いし、メディアミックスでも、大体はドックイコール風呂だもんなー。うんうん、なるほどなるほどー。
「……やべぇ」
――直面した現実の過酷さに、言語野がショートしたのだろう。口から出たのは、たった一言だった。
理性持つのか、僕。