「――いただきまーす!」
執務室を後にした僕たちは、三人で夕食をとっていた。
さて、大湊警備府敷地内には、二つの食事店がある。一つは、リーズナブルな価格とそれなりの味、そして健啖家揃いの大型艦達の胃袋を満足させられるだけの量を提供する、艦娘食堂。
そして、もう一つが、今食事をしている場所――
「はふっ、はむっ、むぐっ――」
「ちょっと清霜、そんなにがっつかなくてもいいんじゃない? 詰まらせるよ?」
「……ぷふぅ。だって、すっごく美味しくて――鳳翔さん、どうやったらこんなに美味しいお料理、作れるの?」
――軽空母鳳翔の店、通称、居酒屋鳳翔だ。
いや……今となっては、居酒屋鳳翔という呼びかたは、少しばかり正確ではないのだけれど。
「別に、変わったことはしていないんですが……それと清霜ちゃん、私は、『鳳翔』ではないですよ?」
「え? だって、みんな鳳翔さんって……」
「あー……うん、だって、未だに鳳翔さんは、鳳翔さんってイメージがさぁ」
軽空母鳳翔
「その……大丈夫なのか、身体のほうは?」
「ええ、もうすっかりよくなりましたよ。もっとも、お二人も知っての通り、二度と海には立てなくなってしまいましたが」
あの日、無理を押して実践に出撃したのが響いたらしく、鳳翔さんは数日間寝たきりになり――医者からは、決して再び艤装を背負うことがないように厳命されたらしい。そうなればもう、引退以外に道はない。
「とはいえ元々、後継者が見つかるまで、という話でしたから。予定が少し、早くなっただけです」
「私としては、また訓練に付き合って欲しかったんだがな」
ゆえに、この店を居酒屋鳳翔と呼ぶのは、適当であるとは言いがたい。けれど、誰もが今まで通り、彼女のことを鳳翔と呼んでいるし、ここを居酒屋鳳翔と言う。
「なので清霜ちゃん。私はもう、艦娘でもなんでもない、ただの女将ですよ」
「けど、みんなは鳳翔さんって呼んでるんでしょ? だったら、あたしもいいでしょ、ね?」
「まあ……清霜ちゃんがそう呼びたいのであれば」
少し困ったような、それでいて嬉しそうな、曖昧な笑みを浮かべ、彼女……いや、
「きっとこれからも、鳳翔さんは鳳翔さんだと思うよ、みんなにとってはさ。それとも、鳳翔さんは、それじゃ嫌?」
「いえ、そんなことはありません。ただ、もう艦娘ではない身としては、その名で呼ばれるのは申し訳ないというか」
「そんなことは、誰も気にしていないと思うぞ。少なくとも、私は気にしていない」
「長月の言う通りだよ。ボクだって気にしてない」
「あ、清霜も気にしてません!」
「そう……ですか。そう、なのでしょうね。でしたら、少なくとも今は、気にしないことにします。後任の方がいらっしゃれば、そうもいかないでしょうけれど。まあ、本当はもっと早くに引退していたはずの身ですから、ある意味、正しい形になったとも言えます」
確かに、そんなことも言っていたっけ。提督に頼まれて、後任が見つかるまでという条件付きで、引退を先送りにしてたんだっけか。
「まあ……あれだ、鳳翔さん」
「なんですか、長月ちゃん?」
「その、艦娘同士としては、短い付き合いだったが……世話になった。あの日も、助けてもらったし。ありがとう」
そういえば伝えていなかった感謝の言葉を、今更ながらに伝え、小さく頭を下げる。
「ふふ。なんですか、まるでお別れするみたいに。私はこれからも、ここにいますよ。正式に、職員として雇ってもらいましたし」
「ああ、いや、別にそういう意図はだな……」
「わかってますって。……こちらこそ、短い間でしたが、あなたのような才気あふれる若者と戦場を共にできたことは、去りゆく老兵としては、かけがえのない思い出です。どうか、強くなってくださいね」
「……当然だ」
握りこぶしを作り、鳳翔さんの前に突き出す。鳳翔さんも、それに応えてこぶしを差し出し、軽く触れあわせた。