――大湊警備府襲撃から、三週間の時日が流れた。
いや、正確に言うと、大湊警備府だけじゃなく、他の鎮守府や泊地なんかも襲撃されたらしいけれど、ともかく、あの日から三週間経ったのだ。
とは言え、特に何かが変わったわけでも、事件が起こったわけでもない。大規模作戦に、
ともかく、僕は長月として、もとい艦娘として、代わり映えしない毎日を過ごしていた。いや、代わり映えされても困るんだけど。さすがにまた死にかけたくはない。というかそもそも、長月として『艦これ』の世界に放り込まれている時点で、代わり映えどころの騒ぎではない――いや、やめとこう。今、そんなことは重要じゃない。
今重要なこと、それは。
「――長月師匠! いったい、どこへ向かわれるのでしょうか!」
「……風呂だ」
「なるほど! ではこの清霜、全力でお伴します!」
……なんか、新入りにめっちゃ懐かれていることだ。
――回想。
「おう、長月。ちょうどいいとこに」
今日の出撃を無事に終え、海の飛沫と潮風でヒリヒリする身体を洗い流そうと風呂場へ向かう途中、廊下で提督に声をかけられた。
「ん、司令官。何か用事か?」
「ああ。つっても時間はとらせねえよ。――おーう、こっちゃこい」
ちょいちょい、と、提督が後ろを向いて手招きする。すると、奥から一人の少女が駆け寄ってきた。
あの服は確か、夕雲型の――そして、灰色の髪。とすると、彼女は。
「――どうも! 夕雲型の最終艦、清霜です!」
――言って、清霜はびしっと敬礼をする。
「っつうわけで、新入りだ。お前さんからしてみりゃ、初めての後輩になるわけだし、挨拶させとこうと思ってな」
「なるほど」
ついに
それはそれとして、自己紹介されたからには、こっちも返さないといけないだろう。
「睦月型八番艦、長月だ。よろしく頼む」
自己紹介も敬礼も、そろそろ慣れてきた。後輩ができたことと同じく、複雑な気分――
「――長月、さん⁉︎ あなたが、あの⁉︎」
――え?
「長月さん――いえ! 長月師匠! お会いしとうございました!」
がっし、と、両手を掴まれる。
……あの、その。どういう状況だこれ。
「お噂はかねがね! まさか、こんなに早くお会いできるとは!」
「……ええっと」
清霜に両手を握り締められたまま、視線を提督のほうに向け、目で訴える。おい、どうなってるんだ。
「……じゃ、俺ぁ仕事があるから」
「ちょっと待て司令か――足速いな⁉︎」
面倒臭そうだと判断したのか、片手を上げて提督はすたこらさっさと去っていった。うん、その判断は正しいだろう。僕だって当事者じゃなかったらそうしていた。そうしたかった。
「ご指導ご鞭撻、よろしくお願いします、師匠!」
「……はは」
――回想終了。
ちなみに、つい数分前の出来事だ。とりあえず、手だけは離してもらった。
「……なあ、清霜」
「はい!」
「私は、お前の師匠じゃない」
「はい!」
「はいじゃない」
アヒルの雛のように、清霜は後ろからちょこちょことついてくる。どうしたらいいんだ。
「それで、長月師匠!」
「師匠はやめろ」
「じゃあ、長月先生!」
「先生もやめろ」
こっちの世界に放り込まれてからの三週間少しで、それなりに色々な経験をしたつもりだったが、今回みたいなパターンはさすがに初めてだ。対処に困る。
「では、やっぱり長月師匠!」
「だから師匠じゃ……はあ」
そろそろ疲れてきた。周りからの『なんだあれ』的な視線も痛い。そんなもん、こっちが訊きたい――ああ、そうか。
「なあ、清霜」
「はい、師匠!」
「その、『師匠』って、どういうことなんだ?」
そういえば、まだ訊いてなかったじゃないか。
「――ああ、そういえばご説明していませんでした!」
しまった、とでも言いたげなポーズをとる清霜。なんというか、いちいち騒がしい。騒がしいのは皐月だけで十分なんだけど。
「お前とは初対面のはずだし、そもそも尊敬されるようなことをした覚えもない」
「いえいえそんな、ご謙遜なさらずに! だって師匠は――」
清霜は、先ほどのように
「――駆逐艦から戦艦になった、大先輩ですから!」
――そう、言葉を続けた。
「……あー」
その言葉で、合点がいった。
そして、清霜は――戦艦になりたがる、駆逐艦である。
「そういうことで、師匠! どうか教えを!」
両手を掴んだまま、キラキラとした眼差しでこちらを見る、清霜。
「はは……」
さぁて――どうしたもんかなあ。
そういうことでお久しぶりの更新です。
ほんとはあっちの方をきりのいいところまで書きたかったんですが、なんか妙に筆が進まないのでいっそこっちに戻ろうかと。
更新ペースがどうなるかは未定です。