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「……ま、それ以前の問題だけどよ」
しかし、俺が長月の容態について殆ど気に留めていなかったのには、他にもっと大きな理由がある。そして、俺がわざわざ出歩いている目的は、その理由と深く関わりがあることだ。
――駆逐寮を出てしばらく歩き、第二工廠の入り口前で、立ち止まる。
「おい、明石! いるだろ、返事しろ!」
大声で、呼びかける。
「――提督ですか? なんでしょうか?」
少し置いて、明石のやつがひょっこりと出てきた。
「お前に、ちっとばかし話がある。今、いいか?」
「はい、大丈夫ですよ。上がります?」
「そうだな。少し長くなるだろうし、そうさせてくれ」
会話を交わして、工廠の中に入る。それから少し歩いて、隅っこの休憩室――第二工廠は明石しか使わねえから、事実上の明石の私室――に、お邪魔した。
「提督、何か飲みますか?」
「じゃあ、氷水」
畳張りの部屋には、流しとガスコンロに冷蔵庫、他はちゃぶ台と座布団に、仮眠用と思しき布団があるだけ。まあ、そんなに広い部屋でもねえし、明石の自室はまた別にあるしな。むしろ、別室としては豪華すぎるくらいだ。とりあえず、座布団に腰を下ろす。
「――それで、なんの話でしょうか? 新兵器の開発ですか? それとも、資材配分について変更でも?」
それから少しして、明石がコップを二つ、ちゃぶ台の上に置いた。片方は、俺の氷水。もう片方は、自分用の……ありゃなんだ、アイスカフェオレか? とりあえず、濁った茶色の液体だ。
「いや、どっちでもねえ」
まあ、飲み物なんてどうでもいい。俺は重要な話をしに来たんだ。
「と、なると、なんでしょう」
「なんでしょう、じゃあねえだろうよ。むしろこいつぁ、お前の方から言って来なきゃならねえ話だと思うんだがな」
俺は持参した資料を広げ、ちゃぶ台の上に置いた。
「これは?」
「昨日の戦闘中に記録された、長月のデータを印刷したもんだ」
――艤装には、戦闘記録確認用の録画機能や、装着者が肉体に負ったダメージおよびメンタル面の変動を記録する機能など、戦闘能力に直接関係しない機能がいくつか存在する。勿論、ただの飾りじゃなく、しっかりと有効活用されている機能だ。前者は艦娘の戦果を客観的に確認できるし、後者は艦娘が無理をしていないかのチェックができる。どっちもリアルタイムでの受信もできるから、その気になれば、執務室にいながら艦隊の様子を直接目で確認することもできる。もっとも、画質はあんまりよくねえし、当然遅延もあるし、あんまり使う機会はないが。
「……それが、どうしたんです?」
「とぼけてんのか、目を通してねえのか。ま、どっちでもいい。――ここを見やがれ、分からねえとは言わせねえぞ」
資料の一点を指差す。そこに記録されているのは、長月の肉体に溜まったダメージを、数分間ごとに記録、数値化したものだ。
「このタイミングで、長月はかなり大きなダメージを負っている。恐らくは、例の五十一センチ砲の反動で受けたもんだろうが――まず、ここからして既におかしい。これだけのダメージを受けりゃ、駆逐艦なら
「記録装置の、不具合という可能性は」
「ないだろう? それはお前が一番わかってるはずじゃねえか。修理ついでに近代化改修するっつって、わざわざ自分で修理を引き受けたのはどこのどいつだ? それとも、自分の仕事に不足があったっつう、自己申告か?」
「……まあ、ですよね。となると、彼女はそれだけのダメージを受けながら、戦闘を続行したと?」
明石の言葉に、俺は首を振る。
「半分正解だが、半分間違いだ。つーかお前、本当に何も知らないのか?」
「ええと……まあ。昨日の戦闘で発生した被害の補填に忙しくてですね。修理くらいなら整備班に任せればいいんですが、戦闘中に喪われた装備の補充なんかは、私がやらないとですし」
――工作艦は、特殊な艦娘だ。戦闘は得意とせず、整備や開発を主任務とする。勿論、普通の整備士だって、ここには大勢勤務しているし、個人の技術力がいくら高かろうと、数が多い一般整備班の方が仕事の効率はいいに決まっている。
だが、装備の開発や改造の実行は、工作艦にしか許可されていない。機密保持のためだとか、適性がどうとか、色々理由はあるらしいが、詳しくは俺でさえよく知らん。まあともかく、明石は他とは違う仕事があるってことだ。
「……ま、それもそうか。しかしお前なら、自分の試作した兵器が実戦で運用されたりすりゃ、真っ先にデータの確認をすると思ったんだが。その権限も持ってるしな」
「そうしたいのは山々でしたが、なにぶん忙しいんですよ。本当は、こうやってお話ししている時間すら惜しいんです」
「そいつは済まんな。じゃあ、とっとと続きを話すぜ」
氷水を一口飲んでから、さっきよりもやや下の箇所を指し示す。
「――ここだ。見てみろ」
「ええと――」
明石は資料を手に取って、まじまじと見つめ――
「――どういうことですか、これ」
――少しして、驚愕を顔に浮かべた。
「そいつぁ、俺が聞きてえな。どうして――
ダメージを負った、ほんの数分後に、長月の身体は、殆ど問題がないレベルにまで回復していた――データをそのまま解釈すれば、そういうことになる。
「真っ二つになるような損傷を受けても無事だったのは、運がよかっただけだと思った。無断出撃したって聞いた時も、どっかから鎮痛剤をくすねたんじゃねえかって考えてた――が。どうにも、見当違いだったらしい」
確かに、艦娘は普通の人間に比べちゃ治癒力は高いし、薬品やらで一時的に治癒力を高めることもできる。だが、さすがにこれは、異常としか言えねえ。
「――あいつは、本当に、ただの艦娘なのか?」
――だから、俺がそんな疑問を抱いてしまったのも、仕方ねえことのはずだ。
「……少なくとも、艦娘ではあるでしょう。普通の艦娘とは、間違っても言えませんが」
「んなこた分かってるよ。……確かにあいつは、深海棲艦の腹ん中から出てきたような奴だ。普通じゃなくてもおかしくはねえ。だが、それを踏まえても異常すぎるだろうよ」
深海棲艦の腹の中や、拠点やらから救出された艦娘は、他にもいる。長月が最初ってわけじゃねえ。だが、そいつらが長月みてえな回復力を持っていたかと言えば、もちろん違う。精々が、普通の艦娘より多少強いってだけだ。
「確かに、興味深いですね。私が調査しても?」
「ああ、やってくれ」
というか、そもそもそれを頼むつもりで来たんだが。
「話は以上だ。悪かったな、時間使わせちまって」
「構いませんよ。興味深い話でしたし。それより――どうするんです? 長月ちゃんの運用は。致命傷から数時間で復帰し、戦艦の主砲の反動にも耐える駆逐艦なんて、使い方次第では切り札にもなり得るでしょう」
「そう……だな」
確かに、明石の言う通りだ。今回の防衛戦にしたって、長月の戦果は決して小さくない。しっかりと計画的な運用をすれば、大きな戦果を叩き出してくれるだろうことは、容易に想像できる。
「……ま、あいつはまだペーペーだしな。しばらくは、このままだ」
しかし、新人は新人だ。驚異的な再生能力と頑丈さがあるたぁ言え、激戦区に放り込んだり、重要な任務を任せるには、あまりにも早すぎる。どういう扱いをするにせよ、まずは十分な経験を積ませてからだ。
「慎重ですね」
「賢明と言って欲しいな」
残りの氷水を、一気に飲み干して、立ち上がる。
「じゃ、お仕事頑張ってくれよ、明石」
「はい。提督も、頑張ってくださいね」
返事代わりに軽く手を挙げて、工廠を後にした。
「……仕事、なあ」
――大規模作戦開始直前だっつーのに、まったく。
「ま、頑張らせてもらうさ。ほどほどにな」
一区切りがついたので、『Fleet Is Not Your Collection』(http://novel.syosetu.org/48834/)の更新を優先するようにしようと思います。一応、あちらがメインのつもりなので。全く伸びてないですが。全く伸びてないですが!
そういうわけで、次回の更新は未定です。最低でも『Fleet Is Not Your Collection』を更新したらこっちをまた更新します。もしかしたらその前に気分転換にこっちを書くかもしれませんが。
少なくとも、僕の身に何かが起こらない限りそのうち続きはちゃんと書きます。