イベントはE-3まで終わりました。
出撃準備を整えて、桟橋に向かうと――水平線の向こうが、夕暮れでもないのに、赤く染まっているのが目に入った。戦闘音も、微かに、しかし、無数に聞こえてくる。想像以上に敵は近く、多いらしい。素人目に見ても、絶望的な状況だと、すぐに分かる。
それでも
それでも
「皐月、聞こえるか」
無線を開いて、皐月に呼びかける。
『――っ⁉︎ 長月⁉︎』
動揺した様子の、皐月の応答。今頃ベッドで寝ているはずの相手から、突然無線が入れば、そういう反応にもなるだろう。
「単刀直入に言うぞ。――私は今から、お前を助けに行く」
『な、何言ってるのさ⁉︎ 長月はまだ安静にしてないといけないはずだし、そうじゃなくたって、敵は強いし――』
「痛みは引いた。危険なのは分かっている。その上で、言っているんだ」
ゆっくりと、海面に降りる。
『なんで――』
「なんでかって?」
主機を起動する。艤装が低く唸りを上げ、勢いよく排気が放出される。
「――お前が、友達だからだ」
『……へ?』
呆気にとられたような、皐月の反応。いやまあ、自分でもちょっと、突拍子もないことを言っている気はするけれど。
「同じ釜の飯を食い、同じ部屋で眠り、同じ戦場に立ち、同じ敵と戦った相手が――友達でなければ、なんだと言うんだ」
――でも、事実だ。
「確かに、出会ってまだ数日だ。互いのことをよく理解したとも言い難い。だがな――」
『――あは、あはははっ!』
更に言葉を続けようとしたが、皐月の笑い声で遮られた。
「わ、笑うことはないだろう⁉︎」
確かに、おかしなことを言っているのかもしれないっていう自覚がないでもなかったけど、さすがに――
『だって――友達になれれば良いなって思ってた相手に、もう友達だなんて言われたら、笑うしか、ないじゃんかさ!』
――笑われるのは、心が、い?
『ほんっと、もっと仲良くなってからとか、そもそも、友達になって、なんて自分で言い出すのもどうなのかとか、そういうこと考えてたボクが、馬鹿みたいでさ――あははっ!』
そんなことを言って、皐月はまた笑い出し――
「――ふっ、はは、はははっ! そうかそうか、こいつはいいな!」
――僕も、つられて笑う。
『ふふふっ――で、助けに来てくれるって?』
「勿論。友情とは行動で示すものだからな」
『そりゃ参ったね、これで借りが二つ目なのに』
「何、無利子無期限で貸し付けておくさ。踏み倒してくれてもいい」
今から危険な戦場に向かおうとする者と、今まさに戦場に身を置いている者との会話とは思えないほどに、軽い調子で僕らは言い合う。
『そういうわけにもいかないよ――と。こっちの座標、転送したよ』
「ああ、了解だ」
海図に、味方艦を表す緑色の光点が表示される。警備府から、それほど遠くはない。
「では――また後でな」
『うん、また後で、ね』
その言葉を最後に、通信を切り――
「――さあ、行くぞっ!」
――主機を全開にして、発進する。
余裕を持って通信をしていたことからして、皐月の現状はそこまで危険ではないのだろう――という想像くらいは付くけれど、しかしそれは、あくまで現時点での話だ。菊月の言葉の通りならば、かなりの危険を伴う出撃のはずだ。今はまだ、強敵と遭遇していないだけなのだ、と考えるべきだろう。だから、比較的安全であろう今の内にこそ、合流しておきたい。
全力で稼働する主機は、あっという間に
「すまないが、通らせて貰うぞ!」
戦闘中の味方艦隊の脇をすり抜けるように、突っ切る。驚いた様子で声を掛けられるが、今は構っていられない。
「――■■!」
――正面に、敵艦隊。
「砲雷撃戦、用意!」
主砲も魚雷も、準備は済んでいる。肩に担いだ
「
そのままの航行速度で突っ込みながら、右手の主砲を正面に向けて連射する。ろくに狙いもせずに放った砲弾は、一発も命中せずに全て敵艦近くの海面に着弾した。
「――押し通る!」
――でも、それでいい。
「――■⁉︎」
――自分で立てた水柱を突き破るようにして、敵艦隊をすり抜ける。ぶっつけ本番だったけど、上手くいった。
「こっちは、忙しくてな!」
最初から、敵の相手をするつもりはない。道中で、時間を潰してなんかいられないんだ。
後ろから飛んでくる砲弾を、細かく蛇行して回避しつつ、先を急ぐ。
「――見えた」
そうして、ついに。視界の先に、みんなを捉えた。付近には、何隻かの深海棲艦、それも、棲姫クラスすら混じっている。
「照準合わせ――」
だったら――今こそ、
前方に向けて、肩に担いだデカブツを構える。左腕一本じゃ、さすがに重い。主砲をベルトの隙間に突っ込んで、自由になった右腕も使い、しっかりと正面に向ける。
「距離、速度、良し」
狙いは、敵艦隊の先頭、今まさにみんなと交戦している、戦艦棲姫。まだ、こっちには気付いていない。今なら――倒せる。
「――
この、大和型主砲をも超越する、超火力さえ直撃させれば。
「ひい――」
一つ、数える。
――あくまでも慎重に。連射が効くとは思えない。そもそも、一発撃った後に、
「ふう――」
二つ、数える。
――それでいて大胆に。ギリギリまで近く。確実に当たる距離で、ぶちかます。
「みい――」
三つ、数えて。
「――らぁぁぁぁああああああああああ‼︎」
雄叫びと共に、引き金を引いた。
――同時に、
『――長つ――今の――が――の⁉︎』
微かに、皐月の声が聞こえる。多分、無線越しだろう。ああ、だったらまだ、生きてるみたいだ。応答しようとする。口が動かない。そもそも身体、どうなってんだこれ。立っているのか転んでいるのか沈んでいるのか、やっぱり分からない。
「し――てよ――月!」
さっきよりも声が遠い。無線越しなら普通、声は遠くならないし、だとすると今度は、直接呼びかけられたのだろうか。せめて何か喋ろうとする。しかし、そもそも息ができない――
「――長月っ!」
――頬に、痛み。全身にはしる、強い痛みとは違う。優しい痛みだ。
「……う、ぁ」
ようやく、声らしきものが、口から出せた。視界も、元に戻ってきた。
……って、あれ。皐月。その振りかぶった手は何――
「――えいっ!」
「痛っ⁉︎」
思いっきり頬を引っ叩かれた。痛い。……でも、さっきと同じ、優しい痛みだ。
「……あ、起きてたの?」
「ああ、起きてたよ……」
口がしっかり動くようになった。叩かれた衝撃のせいだろうか? 僕は古いテレビか何かか。
「しっかし、無茶するもんだね長月。そのでっかいの、明石さんのとこにあったやつじゃん。駆逐艦に撃てるもんなの?」
「さあ、な。だが、少なくとも、私には、撃てたぞ」
腕を掴まれて、立たされる。……うん、大丈夫。今のところ、五体満足だ。身体中は、痛いままだけど。
「それ、よりも。皐月や、みんなは、大丈夫か?」
「――おかげさまでね」
返ってきた声は、皐月のじゃない。
「命令違反とか、無断出撃とか、装備の無断使用とか、言いたいことは山のようにあるけれど――今はそんな場合じゃないし、助かったのは事実だ。
皐月の後ろに、いつの間にかヴェールヌイが立っていた。
「どう、いたしまして……そっちの、状況は?」
「思わしくない、ところだったんだけどね。君のさっきの攻撃で、敵旗艦だった戦艦棲姫が轟沈した。結果、私たちの周りにいた敵艦隊は、撤退していったよ」
「そいつは、良かった」
さっきの砲撃は、しっかり当たっていたらしい。しかし、一発で戦艦棲姫を撃破できるなんて、とんでもない威力だな。
「でも、まだ終わりじゃない。この状況がなんとかなるまで、ここを死守するのが、六警の任務だからね」
「そう、なのか。では、私も、加わらねばな」
五十一センチ砲を担ぎ直す。主砲を抜いて、構える。
「……平気なのかい? さっき、派手に吹き飛んでいたけど」
「平気、とは言えないな。だが、問題は――ない」
全身の痛みは、概ね収まった。視界や聴覚も正常だ。腕や脚も、しっかり動く。
「私だって、六警の一員だ」
――だったら、戦うしかないだろう。
「なら、私は止めないさ。ただ……その明らかに規格外な砲を使うのは、もうやめておいたほうがいいと思うよ」
「だが、こいつのおかげで危機を脱したのも事実だろう。もう一度さっきのような思いをすると考えれば確かに使いたくないが、必要であれば、また撃つさ」
別に、撃ったら死ぬわけでもないし。
「……本当、私のところに来るのは、無茶が好きなやつばかりだな」
「――だが今は、無茶なくらいでちょうどいいだろう」
ヴェールヌイが呆れ気味に呟いた直後に、菊月の声がする。いつの間にか、六警のメンバーは、全員周りにいた。
「状況自体が滅茶苦茶だし、ね。それにヴェル、あなただって、人のことは言えないと思うわよ?」
「よくわかんないけどー、あいつらみんな、やっちゃえばいいんでしょー?」
「……はあ」
みんなの反応に、ヴェールヌイはため息を吐く。
「皐月、お前は?」
「無茶はして欲しくはないし、できればしたくもないけど――だったらやらなくても良い、ってわけじゃないよね」
諦めたように――覚悟を決めたように。皐月は答える。
「――と、まあ、そういうことらしいぞ、ヴェールヌイ」
「……ああ、まったく」
頭を掻きながら、ヴェールヌイは呆れ気味に呟き――
「――そこまで言うなら、私も覚悟を決めようじゃないか」
――帽子を深く被り直して、そう言葉を続けた。
「次の敵も、もうすぐそこだ。全艦、砲雷撃戦用意」
指示に従い、主砲を構える。前方を見ると、確かに近くまで、敵が迫っている。
「さあ――死ぬ気でやるよ。死なないために」
――ヴェールヌイの言葉を合図にしたように、戦闘が、始まった。