長月(偽)だ。駆逐艦と侮るなよ。   作:萩鷲

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実戦、そして-2

 ――生まれてこのかた、僕は努力というものをしたことがなかったし、本気というものも出した覚えがなかった。別に、天才だったわけじゃない。ただの努力嫌いのクズだっただけだ。平凡未満の癖に、平均程度の苦労すら放棄し、それでいてろくな結果を出せないことを嘆き、あげくに全ての責任を自分の才能だとか、体質だとかのせいにする。控えめに言って駄目人間で、どう擁護したところで無能には違いない。自分自身、そんなことはわかっていた。わかりたくもないけれど、わかっていた。わかっていてなお、改善しようとしなかった。しようとする気にもなれなかった。僕は自分が嫌いだったし、何よりも自分を諦めていた。そんな奴のことなんて、どうでも良かったんだ。結局、僕は変わらない。変われない。そんな風に、自分自身を見下していた。

 けれど。ああ。誰にだって、変化は訪れるのだ。それが、どんな形だったにせよ――

 

「…………う、ん?」

 

 ――目を覚ました。

 さっきまで、夢の中で何かを考えていた気がするけど、よく覚えていない。

 いや、そんなことより、ここは病室じゃないか。僕、出撃してたんじゃないっけか?

 

「……なん、で」

「――長月⁉︎ 目が覚めたんだね⁉︎」

 

 ――僕の言葉を途中で遮るように、誰かが顔を覗き込んできた。

 

「……さつ、き?」

 

 果たしてその誰かとは、よく見知った……とは、まだまだ言えないが、十分に見覚えのある相手。金の瞳と髪が眩しい――まあ、皐月だった。

 

「良かった……本当に、良かっ、た……」

 

 しかし、なんだろう。声は弱々しいし、顔なんて今にも泣き出しそうだ。おいおい、元気っ子の君らしくないじゃないか。そんな姿も、それはそれで可愛らしいと思うけれど。

 

「……なあ、皐月。一体、どうなっているんだ?」

 

 でも、今はそんなことを考えている場合じゃなさそうだということは、さすがの僕にも理解できる。そういうわけで、まずは僕の率直な疑問を皐月に問う。

 

「……ホ級の攻撃からボクを庇って、大破したんだ。覚えてない?」

「ああ……そういえば」

 

 ――思い出してきた。言われてみれば、そうだった気がする。と言っても、庇った記憶自体は残ってないんだけど。

 

「ボク、本当に、長月、死んじゃうかもって、心配で……」

「あー、ごめん、ごめん。な? ほら、こうやって、ちゃんと生きてるからさ」

 

 今にも泣き出しそうな様子の皐月に、手を伸ばす。

 

「……大丈夫、大丈夫だ」

 

 そうして、頬に手を触れた。あったかくて、柔らかい。

 

「……うん。よかった、無事で」

 

 少し落ち着きを取り戻した皐月は、僕から顔を離す。

 

「じゃあボク、長月が起きたって、司令官に報告してくるよ」

「ん、わかった」

 

 そうして、皐月は踵を返し、廊下へと姿を消した。

 ――静かになった部屋に、独り残される。

 

「……なんだかなあ」

 

 ――なんで僕は、庇ったりしたんだろうか。そりゃ確かに、あのままだったら、間違いなく皐月は被弾していただろう。けれど、皐月と長月(ぼく)は、どちらも駆逐艦で、それも同型艦だ。僕が被弾しようが皐月が被弾しようが、そこまで被害は変わらなかったに違いない。長月(ぼく)が大破するか、皐月が大破するか、その違いだけだ。

 もっとも、大破で済んだというのはあくまでも結果であって、轟沈の危険だってあったんだろう。けれど、仮に轟沈だったにせよ。いやむしろ、なおさらのこと、僕には庇う理由なんてなかったはずだ。だって、皐月とはついこの前会ったばかりで、殆ど他人と言ってもいい間柄だ。そりゃまあ、艦これプレイヤーとしては前々から馴染み深かったけれど、それが命を賭してまで皐月を庇った理由だということは、さすがにないだろう。そうなるとやっぱり、()()としてそうすべきだから? いや、あの一瞬で、そんなことを考えている暇なんてあったか?

 

「……うーん」

 

 わからない。考えれば考えるほど、わからない。

 

「ま、いいか」

 

 そういうわけで、思考放棄。考えてもわからないことを延々と考えても無駄なだけだし、ベッドの上でいつまでも悩んでいても仕方がない。とりあえず、起きよう――

 

「――痛っ⁉︎」

 

 ――身体を起こそうとした瞬間、全身に激痛がはしった。

 

「まだ動かねえほうがいいぞ、長月。損傷箇所を、元通りにしたばっかりだからな」

 

 廊下から、声が聞こえる。視線を向けて確認すると、扉を開けて提督が入ってきた。そういえば皐月、報告してくるって言ってたな。

 

「見た目こそなんともねえが、お前さんは重傷患者なんだ。自覚しとけよ?」

「ああ、たった今、自覚した……」

 

 腕や首を動かすぶんにはなんともないが、腰や脚を動かそうとすると、物凄く痛い。

 

「ま、痛みを消すだけなら鎮痛剤でも使えばいいんだが、その状態で身体動かしても悪化するだけだ。しばらく休んどけ」

「……了解だ」

 

 確かに今は、安静にしているべきだろう。素直に従っておく。もっとも、動こうにも動けないけど。

 

「しっかしまあ、よく生きてたなあ」

「そんなに、酷かったのか?」

 

 そういえば、大破したとは聞いたけど、具体的にどんな感じだったのかは聞いていない。

 

「――敵の砲弾は、お前さんのちょうど腰のあたりに直撃した」

 

 言って、提督は長月(ぼく)の腰を指差す。

 

「艦娘は、確かに普通の人間と比べちゃずっと頑丈だ。まして、艤装のサポートを受けている状態なら尚更な。だがそれでも、駆逐艦の低い防御力で、しかも近距離から巡洋艦の砲撃を喰らったら――」

 

 ――差した指を、縦に振った。

 

「――こう、だ」

 

 まるで、何かを、切るように。

 ――その仕草の意味を、少し考えて。

 

「……冗談、だろう?」

 

 ――理解した瞬間、さすがにぞっとした。

 

「冗談にしちゃブラック過ぎるっての。紛れもなく事実だ。お前さんの場合、処置の早さが命の分かれ目だったな。艤装には生命維持機能があるたあ言え、もしこれが、すぐには帰還できない遠方の海域だったら、死んでても不思議じゃなかった」

 

 口調こそ軽いが、しかし提督の表情は真剣だ。とすると、やっぱり本当なんだろう。いや、疑ってたわけじゃないけど、信じたくなかったというか。現に、痛みはあるとはいえ、見た感じ身体は普通だし。こっちの医療技術が高いのか、それとも艦娘だからなのか。

 

「ま、次からは上手くやれよ。しっかりトドメは刺すようにしとけ」

「……ああ」

 

 ――まあ、うん。結局、今回の事態の元凶は、僕自身の慢心に他ならない。提督の言う通り、きちんと倒していれば、こんなことにはならなかったのだ。ヴェールヌイに、慢心は禁物だと言われたばかりなのに。

 

「ヴェルも俺も、お前さんには期待してるんだ。つまんねえ死にかたはするなよ――長月」

 

 最後にそう言って、提督は病室から出て行った。再び、一人になる。

 

「……はあ」

 

 ――ため息。

 確かに、命の危機があることくらいはわかっていた。わかっていたけど――実感はしていなかった、ということか。今更、恐怖感が湧き上がってくる。僕にだって、死にたくないと思うくらいの、普遍的な感性は備わっている。ただ、あまりにも非日常すぎて、どうやら麻痺していたらしい。そして、実際に死にかけた今、その麻痺が治ってきた、というわけだ。

 

「帰りてえなあ……」

 

 思わず、そんな言葉が口をつく。そう、僕は本来、こんな世界で死にかける必要がある人間じゃない。平凡で平和な世界で、ありきたりの生活を送っていれば、それでよかったはずなのだ。なのに、どうして。

 とはいえ――帰る方法なんて、さっぱりわからない。どうやって来たのかもわからないのだから、当然だ。だったら、覚悟を決めてこの世界、この状況に順応してしまうのが、一番楽だろう。そんなことはわかっている。わかっているからこそ、僕は()()を全うしようとした。

 

「……その結果が、これか」

 

 ――さすがに、気が滅入る。だって、冷静になって、客観的に考えれば、今の状況は、地獄そのものじゃないか。駆逐艦かわいいなどと、思っている場合じゃない。

 けれど――

 

「――嫌だな」

 

 何が、嫌かって。死にかけたことでも、これからも死にかけるだろうことでも、元の世界に帰れないことでさえもなく。

 

「考えるの、やめた」

 

 ――こんな風に、ネガティヴな思考にふける長月なんて、嫌だ。

 ああ、やっぱり馬鹿だな、僕は。死にかけても治らないのか。本当に、死なないと治らないんだろうな。いや、死んだって治るか怪しいか――

 

「――長月、入って大丈夫?」

 

 ――扉の向こうから、声がした。一旦、思考を中断する。

 

「ああ、いいぞ」

 

 返事を返すと、ほどなくして皐月が入ってきた。

 

「なんだ、また来たのか。どうした、皐月? 何か用事か?」

「用事、っていうかさ。さっき、言い忘れてたことがあって……」

 

 そう言って、少し照れくさそうに頬を染める、皐月。

 

「なんだ?」

「……えっと、その、さ」

 

 少し、俯いて。それから、もう一度僕の方を見て――

 

「ありがとな、助けてくれて」

 

 ――そう、言葉を続けた。

 

「――えっと、それだけ! じゃあね、お大事に!」

 

 それから、少しだけ間を置いて、早口で言って。皐月は去って行った。

 ……うん。

 

「…………あー、あー、あー! あー‼︎」

 

 ――足音が聞こえなくなったのを確認してから、叫ぶ。

 元々、お礼とか言われ慣れてないんだよ僕! その上皐月の照れ顏滅茶苦茶かわいいし! 自分の慢心が引き起こしたことだ、とかなんとか、色々言いたいことあったけど、気恥ずかしさと皐月のかわいさで全部吹き飛んだ!

 

「あーくっそあー痛っ⁉︎」

 

 思わずじたばたしようとして、激痛。そうだ一瞬忘れてた、僕重傷者じゃん。何やってんだ。

 

「……はは」

 

 まあ、でも。

 

「礼を言うとしたら、こっちの方だよ。皐月」

 

 なんだか、一気に気が楽になった。

 

「……ふぁ」

 

 ――気が抜けたからだろうか。眠くなってきた。やることもないし、寝てしまおう。

 

「……おやすみ、なさい」

 

 瞼を閉じて――意識を、手放した。


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