長月(偽)だ。駆逐艦と侮るなよ。   作:萩鷲

20 / 32
気がついたらなんかめっちゃ日にち経ってました。申し訳ない。

夏イベはちゃんとオール甲でクリアしました。


実戦、そして-1

「――艦隊、原速維持のまま複縦陣に陣形変更」

 

 旗艦であるヴェールヌイが号令をかける。僕は僅かに左へとずれ、そのまま一瞬加速して、真正面を航行していた皐月と横並びになった。同じ動作を、文月と菊月、暁とヴェールヌイも行う。

 

Хорошо(ハラショー)。問題なさそうだね」

「とりあえずは、な」

 

 ――長月(ぼく)の、初出撃。言葉にしてみると、重大な出来事(イベント)のように思えるが、実態はそうでもなかった。

 

「連携も問題なし、となると――これで晴れて、正式に第六警備隊の一員ってところかしらね」

 

 僕は、連携を想定した訓練はしていない。出撃直前に、陣形や用語について、ヴェールヌイから簡単な説明を受けただけだ。けれど、僕は問題なく、艦隊行動をこなすことができていた。まるで、身体が最初から、動きかたを知っていたように。

 ――いや、『ように』なんて曖昧な言葉で誤魔化すべきじゃない。何も知らない僕を、長月は支えてくれている。結局のところ、僕の技術は借り物であり、偽物でしかないのだ。

 

「あらためて、よろしくな、長月!」

 

 でも、そんなことは別に、どうでもいい。どう言ってみたところで、今の僕は、駆逐艦長月に他ならないのだから。

 そして、僕が長月である限りは、情けない姿は見せたくない――見たくない。だからこそ、戦いから逃げ出すという、安全で安直な手段を取ることもなく、僕はこうしてここにいる。

 

「……ああ」

 

 ――要約すると、僕は馬鹿ってことだ。よくもまあ、その程度の理由で命を張れるもんだ。それとも、ここにきてもまだ、現状をしっかり認識できていないのだろうか? どっちにしろ、馬鹿には違いない。そして、馬鹿は死ななきゃ治らないのだ。

 

「……どしたの? なんか、元気ないね?」

「そんなことはない。ただ、少し、考え事をしていただけだ」

 

 怖くない――はずなんて、ないのに。

 本当に、馬鹿だ――

 

「――敵艦隊、見ゆ!」

 

 ――思考を遮るように、暁の声が鼓膜に突き刺さった。

 

「重巡、軽巡、駆逐、それぞれ二隻よ!」

「了解。――艦隊、第一戦速まで加速。敵艦隊を砲雷撃射程圏内に捉え次第、攻撃開始。宜候」

「宜候!」

 

 ヴェールヌイに従って、航行速度を上げる。第一戦速というと――十八ノットか。時速に直せば、おおよそ三十三キロメートルだ。速度計の類は存在しないが、現在の速度、あるいは燃料や弾薬の残量等は、艤装から直接、脳内にイメージとして伝わってくる。問題ない。少しずつ、敵艦隊へと近づいて行く。

 

「敵艦隊に動きあり。発見されたみたいだわ」

「そうか。でも、少し遅かったね。――全艦、砲雷撃戦用意」

 

 艦隊全員が主砲を構え、魚雷も発射可能状態にする。無論、僕もだ。

 

「砲撃、開始だ」

 

 ――号令と共に、一斉に主砲を放つ。山なりに砲弾が飛翔し、敵艦隊へと降り注いで行く。

 

「命中確認! 駆逐艦二隻を撃沈、軽巡一隻中破、重巡一隻小破!」

Это(エータ) хорошо(ハラショー)、まずまずだ――と。各艦、回避行動を」

 

 言うが早いか、ヴェールヌイは急に右へと進路を変える。慌てて僕も、方向転換し――少し遅れて、背中から水しぶきを浴びた。ちらと振り返ると、幾つもの大きな水柱が立っている。危なっ。

 

「全員、無事みたいだね。では、このまま散開し、各自の判断で残敵へ攻撃を仕掛けてくれ」

「つまりー、あいつらやっちゃっていいのー?」

「そういうことだな……」

 

 ヴェールヌイの言葉を聞くが早いか、文月と菊月の二人が敵艦へと突っ込んで行く。

 

「まったく、あの二人は……ほら、長月も行こう!」

「分かった!」

 

 皐月と共に、僕も前に出る。

 

「文月と菊月は重巡の相手をしてるから、ボクらは軽巡を叩こう! 長月は、あっちの中破してる方を!」

 

 示された方向を見れば、確かに軽巡の深海棲艦が一隻、煙を上げている。

 

「ああ、任された!」

 

 ――主砲を構え、引き金を引く。訓練通り、やればいいだけだ。

 

「当たれっ――!」

 

 僕が放った砲弾は――僅かに、敵艦から逸れた。いや、その表現は、正確ではない。敵艦に、回避されたのだ。訓練用の標的とは違って、あいつらには意思や判断力がある。狙いが正確だからと言って、必ずしも当たるとは限らない――

 

「■■■■――!」

 

 ――悲鳴とも雄叫びともつかない叫びが、不意に耳をつんざく。同時に、嫌な感覚が全身を巡り、僕は咄嗟に回避行動を取る。直後、すぐ傍に砲弾が落下し、全身に海水を浴びた。

 

「長月⁉︎ だ、大丈夫⁉︎」

「問題ない、ただの至近弾だ!」

 

 皐月の言葉に、僕はなるべく平静を保って返答するが、正直、今のは肝が冷えた。心の底へと押し込んでいた恐怖心が、僅かながら顔をもたげ始める。でも、ここで立ち止まるわけにはいかない。

 

「――長月、突撃するぞ!」

 

 偏差射撃でもできればいいのだが、残念ながら、僕にそんな技術はない。なら、相手に回避する余裕を与えない程度の距離まで、近づいてやればいい。

 

「■■!」

 

 もっとも、距離を詰めれば回避が難しくなるのは、敵だけじゃない。僕の方も、近づいた分だけ被弾のリスクが増える。さっきは距離が離れていたからなんとかなったけれど、僕がほぼ確実に攻撃を当てられる距離は、僕が敵の攻撃をほぼ確実に喰らう距離だと言い換えたっていいだろう。

 

「――今だっ!」

 

 だから、チャンスは一回。敵艦が、僕に照準を合わせてから、砲弾を放つまでの、ほんの一瞬。敵との距離、目測十数メートル。照準の先で妖しく光る、深海棲艦の眼を見つめながら、引き金を引く。

 

「■――」

 

 ――敵軽巡は、砲弾に眉間を貫かれて眼に灯った光を失い、活動を停止した。

 

「……ふう」

 

 機関を停止して一息つき、左の袖で、顔についた脂汗と海水を拭う。

 初めての実戦にしては、上出来だろう。もし外していたら、あるいはトドメを刺すことができていなかったらと考えると、恐ろしいが。いや、さすがに一発で轟沈したりしないとは思うけれど、でも絶対に痛いだろう。きっと、ヴェールヌイのキックや、演習用の模擬弾なんて目じゃないくらい痛いはずだ。

 

「長月、そっちは終わった?」

 

 我ながら今更感に溢れるとしか思えない思考を巡らせていると、すぐ後ろで皐月の声がした。

 

「ん、ああ。見ての通りな。そっちはどうだ?」

「当然、しっかり倒したよ。文月と、菊月の方は――」

 

 皐月がちらと視線を変え、僕も同じ方向を見る。

 

「――文月、こいつは私の獲物だぞ!」

「だったら、早くしたらー?  あたしがもらっちゃうよー?」

 

 二人は、何やら言い合いをしながら、損傷した敵重巡と対峙していた。敵が一隻しか見当たらないということは、片方はもう撃破したのだろう。

 

「――あの調子なら、問題ないか」

「問題……ないのか?」

 

 思いっきり揉めてるように見えるけど。

 

「そうそう。普段からああだから、あの二人は。文月にしろ、菊月にしろ、実力は十分なんだけど……一人で突っ込みすぎたり、ちゃんと連携してくれなかったりのせいで、未だにこの隊から卒業できないんだよね」

 

 呆れ半分、諦め半分といった調子で、皐月は言う。

 

「じゃあ、皐月はどうなんだ?」

「ぼ、ボク? え、えーっと……あはは」

 

 誤魔化すように、苦笑いする皐月。ああ、うん。なんとなく察した。

 

「――敵重巡、撃沈した!」

「あ、ほら、終わったみたいだよ!」

「……そうだな」

 

 ちょうど聞こえた菊月の声をいいことに、話題を逸らそうとした意思をひしひしと感じるが、それ以上の追及はかわいそうだし、やめといた。

 

『敵艦隊の全滅を確認。みんな、お疲れ。さ、警備に戻るよ。集まって』

 

 ――無線越しに、ヴェールヌイの指示が伝わる。

 

「だってさ、長月。戻ろっか」

 

 言って、皐月は踵を返す。それを追うように、僕は機関を再起動した。

 初戦闘としてはまあ、良いほうだっただろう。一隻倒したし、被弾もしてないし。次も、こんな調子で行ければ――

 

「――■■■‼︎」

 

 ――深海棲艦の雄叫びと、砲撃音が、すぐそばから聞こえた。

 なんだよ。お前、まだ生きてたのかよ。死んだふりでもしていたのか? それとも、最期に力を振り絞った? どちらにしても、してやられた。しかも、敵の主砲は僕ではなく、皐月に向いていた。深海棲艦をまだ視界に入れていた僕ではなく、既に振り返っていた皐月を、だ。つまり、皐月にとっては背後からの不意打ち。ましてこの距離では、避けようがないだろう。

 

「――皐月ぃぃぃっ‼︎」

 

 ――殆ど一瞬でそこまで思考した後、僕が何をしたのかは、正直よく覚えていない。

 

「…………長、月?」

 

 ただ――小さく長月(ぼく)に呼びかける、皐月の声だけは、しっかりと記憶している。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。