長月(偽)だ。駆逐艦と侮るなよ。   作:萩鷲

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言い訳をさせてください。
夏イベの準備やら攻略やらで忙しかったのです。

E-7はまだです。


特訓は続き-2

 ――そもそも、僕は本来はただの平和ボケした一般人でしかない。長月としての肉体を得たことによってなのか、戦いなんてど素人もいいところであるにも関わらず、一応なんとかなってはいるけれど、中身はそのまま、ただの僕だ。砲弾に魚雷、あるいは爆弾なんかが飛び交う海上を駆ける艦娘としては、知識も経験も度胸も根性も、何もかもが不足していると言っていい。

 

「う、おおお、おおおおお‼︎」

 

 だが、僕はそれでも、ヴェールヌイが課す無茶な訓練に、ギリギリとはいえ付いて行くことができていた。ああ、人は案外、腹さえ決めれば何だってやれるのかもしれないな――などと、他人事のようなことを考えながら、主砲と対空機銃を、空へと向けて乱射する。少しずつ、頭上を覆う艦載機が、減っていく。それでも、爆弾と魚雷の嵐は一向に弱まらず、対空射撃を続けながら、回避行動もこなさなくてはいけない。

 

「……想像以上、ですね」

 

 そんな最中、鳳翔さんがぽつりと呟く。ひょっとして、そろそろ勘弁して――

 

「では――少々、本気を出させて頂きます!」

 

 ――くれなかった! そもそも、本気じゃなかったのかよ、これで!

 

「――航空隊、()()発艦!」

 

 僕の内心などつゆ知らず、鳳翔さんは艦載機を放つ――って、温存してたのかよ、艦載機! そりゃ確かに本気じゃないな!

 

「くっ――!」

 

 それなりの量を撃墜したつもりだったけど、鳳翔さんが新たに放った艦載機は、明らかに僕が墜とした数よりも多い。

 

「まだ、まだぁああああ‼︎」

 

 それでも、僕は精一杯の抵抗を続け――

 

「――ああっ⁉︎」

 

 ――結局、思いっきり被弾する。艦爆の爆弾を、頭頂部にもろに喰らった。模擬弾なのだろう、爆発こそしなかったけれど、金属の塊が頭に直撃したわけで、滅茶苦茶痛い。艦娘じゃなかったら死にかねない一撃だ。

 

「う、うう……」

 

 その場にうずくまって、被弾箇所をさする。……たんこぶにはなっていない。陥没してもいない。さすがに艦娘、丈夫なもんだ。いや、痛いことには変わりないんだけど。

 

「大丈夫ですか?」

 

 艦載機を回収した鳳翔さんが、心配そうな顔で近寄ってくる。うん、心配してくれるのはありがたいんだけど、だったらもう少しくらい手加減して欲しかった。

 

「あ、ああ、なんとかな……」

 

 痛みを堪えながら、立ち上がる。ちょっとくらくらするけど、大丈夫だ。多分。

 

「さすがの長月も、鳳翔さんの本気は無理だったか」

「でも、頑張ったほうじゃない」

 

 呟きながら、ヴェールヌイと暁も近付いてきた。

 

「当たり前だろう……あんな嵐のような攻撃が、捌き切れるか」

「うん、だよね」

 

 分かってた、と言わんばかりの表情で頷くヴェールヌイ。いや、だったら止めて欲しかったんだけど。

 

「……というか、鳳翔さん、十分すぎるほど強いじゃないか。引退する必要はあるのか?」

 

 もっとも、この小さな鬼教官に、そういった優しさが期待できないことくらいは、既に僕は身をもって理解している。だから僕は、ヴェールヌイにはあえて何も言わず、代わりに鳳翔さんに問いを投げかけた。

 ――明らかに、鳳翔さんは強い。勿論、比較対象になる空母艦娘は知らないから、あくまでも僕の感想に過ぎないけれど。ただ、さっきの艦載機の動きが、空母として大したものではないのだとすれば、正直僕はこれから先を生き延びられる気がしない。ヲ級辺りと出会ったら最後だろう。

 

「確かに、実戦に耐えられないほどではないでしょう。――技術だけは、ですが」

 

 若干後ろ向きな想像を始めてしまった僕の思考を打ち消すように、鳳翔さんは答えた。……技術だけは? どういうことだろう。

 

「――おおよそ、一日一時間。今の私が、無理なく艤装を扱える限界だそうです。軍医さんが仰っていました」

 

 ――疑問の解答は、すぐに鳳翔さんの口から出た。

 

「ええと、つまり、実力は問題なくとも、身体が持たない、ということか?」

「そういうことです。さすがに、一時間では大した任務もできませんからね。できることといえば、こうして訓練に付き合うことや、新人の空母の指導をすることくらいです」

 

 どことなく残念そうに、あるいは申し訳なさそうに、鳳翔さんは語る。なるほど、そういう理由だったのか。

 

「……確か、後任の『鳳翔』が見つかっていないから、引退できないんだったか?」

「――正確には、鳳翔さんが自主的に引退()()()|と言うべきだね」

 

 記憶を頼りに呟いた僕の言葉に対し、ヴェールヌイが言う。

 

「司令官は、鳳翔さんに引退を勧めたし、反対する人なんて一人もいなかった。定年までしっかり戦い抜いたんだから、誰も文句なんて言うわけがない」

「けど、当の鳳翔さん本人が、続けさせて欲しいって言ったのよね。後任が見つかるか、全く艤装が扱えなくなるまでは、って」

 

 暁も、ヴェールヌイの言葉に頷きつつ、話し出した。

 

「あ、あの、お二人とも……」

 

 少し頬を赤くしながら、鳳翔さんはやんわりと話を止めようとする。

 

「活動時間が限られるとはいえ、訓練の付き合いくらいはできるし、防衛なら戦力になれる。艤装を余らせておくよりだったら、使える者が使ったほうがいいと、譲らなかったそうだ」

「司令官も、そう簡単には頷かなかったみたいだけど、結局押し負けて、空いた時間はご飯屋さんをやるって条件で、許可したのよね」

 

 しかし、二人は一向に話を止める気配はない。鳳翔さんは、頬を赤らめたまま、少し困ったように微笑んでいる。無理に止めるつもりはないらしい。

 

「あくまでも、スタッフとして再雇用という名目で、警備府に鳳翔さんを留めるため――と、司令官は言っていたけど、多分、鳳翔さんの料理が食べたかっただけだと思う。鳳翔さん、昔から料理上手で有名だったから」

「好きにお酒が飲みたかった、って理由もある気がするわ。ともかく、そういうことなのよ。鳳翔さんが、今もこうして海に浮かんでいるのはね」

 

 話しきった二人は、鳳翔さんの方に軽く顔を向けて、笑顔を浮かべて見せた。気付いていながら言っていたらしい。いや、そうだろうなとは思っていたけど。

 

「……昔のことを、目の前で赤裸々に話されるのは、少々恥ずかしいですね」

「鳳翔さんは立派なレディーなんだってことを、長月にも知って欲しかったのよ」

「……暁のレディーの定義については置いておくとしても、私も、鳳翔さんは凄いと思うよ」

 

 二人から褒め殺される鳳翔さん。なんだろう、僕の時といい、この二人は褒め殺しが趣味なのか? 確かに、話を聞く限り、凄い人みたいだけど。

 

「他にも、警備府近海で想定外の強敵と遭遇した艦隊を助けに行ったり――」

「――あの、みなさん。そろそろ、出撃のお時間じゃないですか?」

 

 再び喋り出した暁を制するように、鳳翔さんが口を挟んだ。

 

「確かに、そうだね。出撃準備にかかる時間も考えると――うん。訓練は、この辺で終わりにしよう」

「あら、もうそんな時間? 仕方ないわね」

 

 ヴェールヌイの言葉に、暁は残念がる。……僕の訓練がどうというより、もっと鳳翔さんのことについて話したかっただけにしか見えない。対空射撃訓練が終わった時点で、訓練は終了していたようなものだから、別にいいんだけど。

 

「それじゃあ、帰投しようか。――次はいよいよ、実戦だよ」

「……ああ、そうだな」

 

 正直、いざ実戦を目の前にすると、不安だらけだ。でも――結局、僕がどう思おうと、どう感じようと、やるしかないのだろう、と。そんな風に、ある種の諦めをつけながら、僕はヴェールヌイの後ろに続いた。


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