長月(偽)だ。駆逐艦と侮るなよ。   作:萩鷲

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初めての海-3

 何度も砲撃を繰り返すうちに、少しずつ狙いが正確になっていく。見当違いな場所に着弾していた砲弾は、標的近くを掠めるようになり――

 

「――やった、やったぞ!」

 

 ――遂には、目標に直撃した。

 

「やるじゃないか。――でも、ただのまぐれかも知れない。さあ、もう一度だ」

 

 ヴェールヌイが言うと同時に、僕が撃ち抜いた標的が再配置される。

 

「まぐれなんかじゃ、ないさっ!」

 

 感覚は掴んだ。狙いを定め、引き金を引く。――命中。そのままの勢いで、もう一段階遠い標的にも砲を向けて、砲撃する。

 

「――Хорошо(ハラショー)

 

 ――僕の放った砲弾は、見事に目標に命中した。

 

「やるじゃない! これだけできれば、バッチリよ!」

「正直に言って、予想以上の早さだ。これなら、今日の出撃には間に合いそうだね」

 

 滅茶苦茶褒められた。嬉しい。

 

「ふふん、私を凌駕する艦はいないからな!」

 

 調子に乗って、MVP台詞っぽいことまで言ってみる。

 

「――ほう。では、ここからは更に厳しく行こうか」

「……えっ」

 

 ――ヴェールヌイの目の色が変わった。あれ、もしかして僕、余計なこと言っちゃった?

 

「本当なら、次は雷撃訓練をするところなんだけど、その実力と自信なら、練習するまでも無いだろうからね」

「えっと、ひび……ヴェル? 顔が怖いわよ?」

 

 思わず暁も引き気味になるほどの、ヴェールヌイの強い眼光。いやあの、駆逐艦の目力じゃないんですけど。

 

「そうかい? まあ、そんなことはどうでも良いさ。――長月。次は、もう少し実戦的な訓練を行うよ」

「わ、分かった。な、内容は?」

 

 高く見積もっても、精々が十代前半程度であろう少女に気圧される、成人男性――なお、身体的には相手とどっこいどっこいである――が、そこにはいた。我ながら情けない。

 

「――とても単純な訓練だよ」

 

 ヴェールヌイは言って――主砲を、僕の方に向けた。

 

「――っ⁉︎」

 

 反射的に、身を屈める。直後、僕の頭上を砲弾が通過した。あ、危なっ⁉︎

 

「ヴェル、何を――」

「ただの模擬戦だ。暁は離れてて」

 

 暁にすら口を挟ませず、続けざまに、ヴェールヌイは照準をずらして、身を屈めた僕に狙いを付ける。――って、冷静に分析してる場合じゃないだろ僕! やばいってこれ殺されるってマジで!

 

「くっ――ああああああ‼︎」

 

 半ば自棄になって、屈んだままの姿勢で機関部を再起動し、ヴェールヌイに突撃する。一メートルも離れてないし、撃つよりも体当たりの方が早いかもしれない!

 

「遅いよ」

 

 ――そんな僕の浅はかな考えは、脇腹に走った衝撃と痛みで掻き消える。ヴェールヌイに、回し蹴りを叩き込まれたのだ。僕の身体は、蹴りの勢いで思い切り横滑りし、ヴェールヌイと大きく距離が開く。

 

「がっ……!」

 

 これまでの人生の中でも、かなり上位に入るであろう痛みに、僕は屈んだまま呻くことしかできない。艦娘じゃなかったら、恐らく骨くらいは折れていただろう。

 

「その程度? さっきの威勢の良さは、どうしたんだい?」

 

 そんな様子の僕に、ヴェールヌイは明らかに挑発と分かる言葉をぶつける。

 

「――そんなわけが、ないだろう!」

 

 でも、僕はあえて、その挑発に乗った。別に、僕自身には大したプライドなんて無い。負けるのも、馬鹿にされるのも、落ちこぼれるのも慣れっこだ。

 

「私を――ただの駆逐艦と、侮るな!」

 

 だが。今の僕は、長月だ。

 ――長月が折れるところなんて、見たくない。

 ――無様に敗北する長月なんて、見たくない。

 ――そんなのは、僕の知ってる長月じゃない。

 

「――久々に本気になったよ! 長月っ! 突撃するっ!」

 

 僕が、長月(ぼく)である限り。惨めな姿を晒すことは、許されない。誰よりも僕が、許さない。

 

Хорошо(ハラショー)。いい顔をするじゃないか」

 

 ヴェールヌイの放つ砲弾を、小刻みに蛇行して回避する。魚雷は、爆発させないように、気持ち多めに距離を取って、傍を通り抜ける。勿論、その対処方法が正しいのかなんて、僕には分からない。けれど、結果的にダメージを負っていないのならば、正誤なんてものはどうでもいいだろう。

 

「右! 砲雷撃戦用意っ!」

 

 主砲を構える。訓練用の標的と違って、相手は避けるし、抵抗もする。けれども、射撃の感覚そのものは、変わりはしないはずだ。照準が合った瞬間、躊躇いなく引き金を引く。

 

「無駄だね」

 

 しかし、ヴェールヌイは僅かな動きだけで、砲弾を回避してしまう。立て続けに連射しても、そのことごとくはヴェールヌイの身体にかすりもせず、水柱を立てるだけだ。

 

「――酸素魚雷の力」

 

 ――そうなることくらい、最初から分かり切っている。

 

「――思い知れえええええええっ‼︎」

 

 初めての、魚雷発射。練習も何もない、ぶっつけ本番で放った魚雷は、果たして僕の思い描いた通り、放射状に広がってヴェールヌイに襲いかかる。距離は、回避や砲撃をしながら詰めた。これなら、逃げ場はない!

 

「……正直、驚いたよ」

 

 迫り来る魚雷を目にしたヴェールヌイが、ぽつりと呟く。……もしかして、僕、勝っ――

 

「――新人相手に、一瞬とはいえ本気を出させられるとはね」

 

 ――直後。ヴェールヌイは主砲を海面に向けて連射する。炸裂音とともに、幾つもの水柱が立った。

 

「うわっ――⁉︎」

 

 水飛沫をもろに被って、一瞬視界が奪われる。

 

「――Ура(ウラー)!」

 

 ――そして、その一瞬は、僕の敗北が確定するのには、十分だった。

 

「……ああ、負けだ。私の、負けだよ」

 

 水柱を突き破って現れたヴェールヌイが、僕の額に主砲を突き付けている。もう、負けを認める以外には無いだろう。諸手を上げて、降参の姿勢を取った。

 

「……長月」

「なんだ? ヴェールヌイ」

 

 結局、負けはしたけれど――少なくとも、無様じゃなかった。長月(ぼく)は立派に戦って、立派に負けたんだ。

 

「君はきっと、強くなる。強くなれる。この警備府の誰よりもね」

「――当然だ」

 

 ――だから、今はこれで、満足しよう。


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