「――お、おお! 浮いてる! 浮いてるぞ!」
――不安半分、期待半分で海に降りた僕は、沈むことも転ぶこともなく、見事に海面に立っていた。
「長月。少し、自由に動いてみて。やりかたは――ただ、そう念じればいい。普段、地面を歩くように、腕を動かして物を掴むように、海上を滑る自分の姿を、イメージするんだ」
「分かった、やってみる」
言われた通りに、海の上を進む自分を想像する。すると、背部の機関部が唸りを上げ、僕の身体は前に進み出した。
「凄い――!」
――風を切るのが気持ち良い。加速、減速、旋回も思いのままだ。スラローム、スピン、ジャンプまで成功させる。運動神経には、自信がある方ではないけれど、きっとこのテンションと、何よりも長月の身体であるが故に成せる技だろう。そのまましばらく、僕は気が済むまで辺りを駆け回り、満足したところで二人の元に戻った。
「こんなもので良いか?」
「ああ、上出来だ。――いわゆる『海域ドロップ』の艦娘は、艤装との適合率が高いとは聞いてたけど。どうやら、事実みたいだね」
「本当。一発でここまでできる子なんて、そうそういないわよ?」
褒められた。結構凄いらしい。
「じゃあ、次は砲撃――と、その前に。砲の扱いについて、説明しておかないといけないね」
言って、ヴェールヌイは右手に持った砲――多分、十二・七センチ連装高角砲――を構える。
「君が装備している十二センチ単装砲は、手持ちタイプの砲艤装だ。自分の腕で狙いを付け、自分の指で引き金を引く必要がある。利点は、艤装直結式よりも速やかに狙いを付けられることと、整備・交換が容易なこと、そして信頼性が高いこと。反対に欠点は、単純に手が塞がること、腕を負傷すると撃てなくなること、リロードの必要があることだ。利点でもあり欠点でもあるのは、本人の射撃技術が命中精度に直結すること、かな」
説明しながら、ヴェールヌイは引き金を引き、砲弾を放つ。遥か遠距離に突き立てられた標的が、音を立てて砕け散った。
「リロードは、弾倉を交換することで行う。ここをこう操作して、弾倉を取り出し、背部艤装に取り付ける。代わりに、予備の弾倉を取り外し、砲に差し込んで――こう」
がちゃん、と音がして、再度砲撃可能な状態に戻ったらしい、ヴェールヌイの十二・七センチ連装高角砲。
「……なるほど」
正直、よく分からないけれど、まあ、やってみるしかないだろう。
「ああ、間違っても弾倉を棄てたりしないでね。艤装に取り付けた弾倉には、弾薬形成用の液体金属と液体火薬が再充填されるから」
「……液体金属? 弾薬って、液体なのか?」
弾倉には弾薬がそのまま入っていて、それを直接発射しているのだと思っていたけれど、どうやら違うらしい。
「うん。液体金属と液体火薬を、砲や魚雷発射管の中で、砲弾や魚雷として形成するんだ。機構は複雑になるけど、おかげでいちいち大きさの違う砲弾や魚雷を携帯する必要も、製造する必要も無くなった。現行型の艤装は、全部そういう構造になっている」
「凄いわよねー。暁も、最初聞いたときはびっくりしたわ」
なんだそのハイテク。いや、艦娘自体がそもそもハイテクだから、今更か。かがくのちからってすげー!
「――話を元に戻そう。とにかくそういうわけだから、弾倉は投棄しないように。分かった?」
「ああ、了解だ」
機械やらに興味がある身としては、是非とも艤装の詳しい構造について知りたいところだけど、それは後でも良いだろう。いつか、明石さんにでも聞こう。
「じゃあ、今度は長月が撃ってみて。目標は、そうだね――あれを」
ヴェールヌイは、先ほど自分が撃ち抜いた物よりも、ずっと近い位置にある標的を指差した。僕は初心者だし、そのくらいが妥当だという判断なんだろう。
「あれだな。よし――」
見よう見まねで、主砲を構える。ぎこちなく照準を合わせて――引き金を引いた。
「――ああ、くそっ」
しかし、砲弾は標的のずっと横を通過し、見当違いな場所に水柱を立てた。
「大丈夫、最初っから上手くいく艦娘なんていないわ。練習あるのみよ」
「その通り。――さ、続けて。この距離から静止目標にも当てられないようじゃ、実戦ではなんの役にも立たないよ」
「言われなくても、やってやるさ!」
――それからしばらくの間、警備府正面の練習海域に、十二センチ単装砲の砲撃音が、断続的に響き続けた。