「――今のうちに、長月に今日の予定について話しておこう」
早くも朝食を食べ終えたヴェールヌイが、そう話し出した。
「私たち第六警備隊は、ヒトヨンマルマルからヒトナナマルマルまでの三時間の間、警備府近海を警備することになっている。もっとも、最低でも月に数日は休日があるし、事情によって時間帯が変更されたりすることもあるけどね」
うどんをすすりつつ、ヴェールヌイの説明を聞く。ヒトヨンマルマル、つまり十四時から、ヒトナナマルマル、要するに十七時までの、三時間――か。長いのか、短いのか、僕には客観的な判断材料が無いのでなんとも言えないが、しかし個人的な感覚としては、海の上に三時間は辛そうだ。
「今日も、予定通りに近海警備を行う。今は、ええと――マルハチニイナナか。つまり、あと五時間半は時間がある、わけだけど」
「……わけだけど、どうした?」
やや含みのある言い方をするヴェールヌイに、問いかける。
「――いくら危険の少ない海域とはいえ、砲雷撃や対空射撃、そもそも航行の訓練すらも無しに出撃しては、何が起こるか分からない」
……言われてみれば、その通りだ。事前の練習も無しにぶっつけ本番でこなせるほど、僕は器用ではないだろう。下手をすれば、深海棲艦と交戦することすら無く、一人で勝手に沈んでしまうかもしれない。そんなのは嫌だ。
「よって、長月には、警備任務とは別に訓練を受けて貰う。朝食を食べ終えたらすぐ、第一格納庫前まで来てくれ。私と暁の二人で、徹底的に基礎を叩き込んであげるよ」
「……うわぁ」
――ヴェールヌイの言葉を聞いて、何故か皐月は哀れむような視線を向けてくる。
「……えっと、長月」
「な、なんだ?」
「死なないでね?」
「えっ」
おい待て皐月。どういう意味だ。
「馬鹿なことを言わないでくれ、皐月。なんでわざわざ、味方を殺さなくちゃいけないんだ」
「えー? ボク、あの時は本気で死ぬかと思ったんだけど」
「生きてるじゃないか」
おい。物騒な話をするな、おい。
「まあ、気を付けてね、長月」
「お、おう」
なんだ、何をされるっていうんだ、一体。
「――大丈夫だよ。皐月が大げさなだけだ。ただ、ちょっと駆け足でやるってだけさ。基礎訓練に時間を取りたくないからね。できれば、今日の出撃までに間に合わせたい」
ヴェールヌイは、そう言うけれど――正直、嫌な予感しかしない。
「な、なあ暁。ヴェールヌイはこう言ってるが、本当に大丈夫なんだよな?」
とりあえず、もう一人の教導艦である、暁に訊いてみる。
「そうね――」
暁は、一旦箸を置き――
「――あんまり、大丈夫じゃないかしら」
――苦笑いしながら、呟いた。
「……ははは」
もはや、乾いた笑いしか出ない。やべえよ。これ絶対滅茶苦茶きつい奴だよ。
「ねえ、ちょっとは手加減してあげたらどうなの、ヴェル? 別に、絶対今日中に仕上げなきゃいけない、ってわけじゃないんだし」
「同じ台詞を深海棲艦に言って聞いてくれるなら、考えるよ」
――暁の言葉に、冗談めかして返すヴェールヌイだが、表情は至って真剣だ。
「敵は、こっちの都合なんて聞いてくれやしない。長月には――いや、長月だけじゃない。菊月に文月、皐月にも。早く、一人前になって貰わないといけない。深海棲艦は、君たちが一人前になるまで、待っていてはくれないんだ」
「……そう、ね」
ヴェールヌイの言葉には、酷く実感がこもっていた。さすがの暁も何も言い返せなかったようで、食事に戻り――当然、僕も、何も言うことはできなかった。
「ああ、でも大丈夫。命は保証するから」
「……そうか」
そういう問題じゃないんだけどなあと思いつつ、でも、ヴェールヌイの言うことももっともだし、などと考えながら、僕はてんぷらの衣の欠片だけが浮いたうどんの汁を、一気に飲み干した。