(ネタバレ)
注意:スピードスペルが登場します。
《スピード・ワールド・ネオ》についてオリジナルルールを生やしました。
雲一つない快晴の空の下。不動遊星と榊遊矢は鬱陶しいくらいの陽光を浴びつつ、Dホイールに跨っていた。
共に色は赤。片方は長年使い込まれているらしく、所々小さな傷が目立つ。修理された痕もいくつか残っており、持ち主に大切に扱われていることが読み取れる。
対してもう片方――遊矢が乗っているD・ホイールは傷一つない新品。遊星自身の手で製作されたからか、形状は似通っている。
とはいえ遊矢の方は、倉庫の奥で眠っていたものを引っ張り出してきただけだ。毎日ハイウェイを走っている他のDホイールに比べるとやや古い。
しかしその中身は別だ。この二車には、新型のあるシステムが組み込まれている。
「遊矢、調子はどうだ」
「はい……なんとか」
遊矢はデッキをDホイールにセットし、ディスプレイを操作する。
Dホイールが変形し、デュエルモードに移行。人工ボイスが遊矢のDホイールから発せられる。
『――デュエルモードON。オートパイロット、スタンバイ』
無事起動したことを確認し、遊星もまたデュエルモードに移行させる。
「遊矢はライディング・デュエルは初めてだったな?」
「はい。……ここまで来て今更ですけど、本当にこれでデュエルができるんですか?」
「ああ。使用するフィールド魔法は《スピード・ワールド・ネオ》。《スピード・ワールド2》なら専用の免許が必要になるんだが、オートパイロットのこれは必要ないらしい。最高速度も大幅に制限されて、何より“転倒しないこと”が重視される」
「そうなんですか。いえ、ですけど……」
遊矢は不安げに自分のDホイールを見つめる。
当たり前だが、十四歳である遊矢はDホイールに乗ったことがない。当然バイクもない。本人的に二輪と言えば自転車なのだが、流石にあれとは速さの次元が違う。不安になるのも仕方ないだろう。
「初めては誰にでもある。少しずつ慣れていけばいい」
遊星はヘルメットを被った後、出来るだけ穏やかに、遊矢に呼び掛ける。
「好きなタイミングで始めてくれ。俺は後から続く」
「……はい」
遊矢もまた、遊星に習ってヘルメットを被った。
強烈な日差しとライディングスーツ。全身に熱を感じながらも、思考をクリアにする。
「――……」
深呼吸の後、遊矢は愛用のゴーグルをかけ、走る先を見つめた。
道はどこまでも続いていて果てがない。邪魔な障害物もなく、遊矢と遊星以外の走行車もない。
……自由の象徴。ふと、そんな言葉が浮かんだ。
ネオ童実野シティ。街の規模からして、総人口は故郷である舞網市と同等……いや、それ以上だろう。
にも関わらず、道は拓けている。ここに住んでいる誰もが、思い思いに生きている。
遊矢はただ、漠然と感じる。
――大きいな、と。
具体的に何が、と聞かれたら返答に困る。
答えは“何もかも”だからだ。
D・ホイールに怖気づく自分など、なんと小さいことか。
「――よし」
迷いが消える。
肺に溜まった空気を吐き出し、思考をクリアに。
もう一度走る先を見据え、遊矢はハンドルを握り締める。
「行きます!」
アクセルを踏み、エンジンを鳴らし、遊矢は走り出した。
「っ――――!」
経験のない風の抵抗が遊矢の全身を襲う。
アクション・デュエルでモンスターに乗るのとはワケが違う。
モンスター独特の揺れはない。しかし速度は段違いだ。圧倒的な速さで流れていく景色。そして、固まった空間を切り裂くかのように疾走する己自身。
そのえも言われぬ感覚に、遊矢は酔う。恐怖とスリルが絶妙に絡み合い、クリアになったはずの思考は一気に沸騰する。
遅れて遊星が後ろに続く。
両者は縦に並び、ディスプレイを操作。
――瞬間、世界は塗り替えられる。
フィールド魔法《スピード・ワールド・ネオ》。
エンタメを志す少年は、新たな世界へと足を踏み入れた。
「「ライディング・デュエル、アクセラレーション!」」
◆
時間は少し遡る。
ランサーズの四人が不動遊星を訪れ早二日。遊星、遊矢、零羅の三人は、いつものガレージで留守番をしていた。
セレナと沢渡は柊柚子・ランサーズの捜索、強い
箇条書きにすると働き者に聞こえてしまうが、実際は捜索二割、聞き込み二割、そして街歩き六割といったところである。
というのも、前者二つは既に目星がついているからだ。柊柚子に関してはセキュリティに探してもらっているし、何よりフレンドシップ・カップがあるため問題は無い。ならば、遊び呆けてしまうのも致し方ないだろう。
遊星は専用のケーブルでパソコンとDホイールを繋ぎ、あるプログラム――《スピード・ワールド・ネオ》をインストールしている。
遊矢はテレビを借り、以前牛尾が持ってきた“ジャック・アトラス”のDVDを眺めている。
エンターテイメント。ジャックのお決まりの台詞となっているこの言葉が彼には響いたらしい。
人見知りの激しい性格をしている零羅は、細かく気に掛けてくれる遊矢に付きっきりだ。従って零羅もまた“ジャック・アトラス”のDVDを視聴していた。
各々の時間を思うまま過ごすその光景は、まさに平和そのもの。
しかしその平穏は、ある人物の来訪により崩れ去る。
「邪魔をするぞ、遊星!」
「「「!?」」」
気持ちが良いくらい豪快にガレージの入口が開かれた。
三人はそれぞれ驚く。
集中していた遊星は突然のその大きな音に。残りの二人はその人物の正体に。
「……
――ジャック・アトラス。
かつてネオ童実野シティに君臨した
遊矢と零羅は、何が何だか分からないといった体で硬直している。
無理もない。今まさにテレビに映っているはずの人物が、自分達の目の前に現れたのだから。
「お前はいつも突然だな。いつここに?」
「先程この街に着いたところだ。早速で悪いが、頼めるか?」
「ああ、構わない。遊矢、少し席を外す。用事があったら呼んでくれ」
「あ……はい」
狼狽える遊矢。輪にかけて沈黙する零羅。
しかし遊星の態度はいつも通りである。
「ホイール・オブ・フォーチュンの整備か。ジャックの立場なら、専用の整備士が何人もいるんじゃないのか?」
「確かにいるが、最も信頼できるのはお前の腕だからな。といっても、半分はファンサービスみたいなものだ」
「そうか。まあ、俺としても願ったり叶ったりだ」
雑談を交えつつ、遊星とジャックはガレージを出る。
今日は天気もいい。気分転換も兼ねて、Dホイールの整備は外でやるのだろう。
世界で活躍するDホイーラー、ジャック・アトラス。この街の人間にとってその男はヒーローそのもの。
ヒーローとは一種の偶像。偶像とは理想の権化。故にそれは、この世の何よりも美しい。
だからこそ手が届かないのだ。どんなに美しい“理想”も、手が届いてしまえば“現実”に堕ちる。
……それほどの存在が目の前にいて尚、遊星は普段と変わらない。
「……本当に、仲間なんだなぁ」
多くの人やファンにとって、ジャック・アトラスとは理想だ。
輝いて見える反面、決して手が届かない。目指すべき目標として、常にこちらに背を向けている存在。
しかし遊星にとってジャック・アトラスとは現実であり、仲間だ。
手を伸ばせば確実に届く。いつでも抜くことができ、いつ抜かれてもおかしくない好敵手なのだ。
「……ジャック・アトラス」
「零羅?」
零羅はぬいぐるみを抱えたまま、弱々しくテレビを指す。
停止し忘れていたからか、映像はまだ続いている。
テレビの中のジャック・アトラスは、特徴的な白のDホイールに乗り、天高く指を突き上げ声を張り上げる。
――“キングは一人、このオレだ”
――“キングのデュエルは、エンターテインメントでなければならない”
「エンターテイメント。エンタメ……か」
遊矢がDVDを食い入るように見ていたのは、この発言が気にかかったからだ。
実際ジャックのデュエルは、会場を何度も沸かせていた。
「……零羅」
遊矢は零羅の身長に合わせてしゃがみ、話しかける。
「俺、ちょっと出てくるよ。少しだけ一人にしちゃうけど、いいか?」
「…………」
答えはない。
けれど小さく……ほんの小さくだが、零羅は頷いた。
「っ……ありがとう、零羅!」
何に対しての“ありがとう”なのか。
わがままを許してくれたことに対してか。それとも、ようやく返事をしてくれたことに対してか。
……おそらくはどちらもだろう。
遊矢は零羅なりの返事を確認した後、ガレージの外へ飛び出した。
「――エキシビション・マッチ?」
遊星はDホイール“ホイール・オブ・フォーチュン”の整備点検をしながら、ジャックの言った言葉を訊き返す。
「ああ。フレンドシップ・カップは、キングであるこのオレとのエキシビション・マッチで幕を上げるらしい。年に一度の祭典だ、出来るだけ派手に盛り上げたいのだろう」
「……」
ズズ、と飲み物をすする音。
遊星は聞こえないフリをして作業を続ける。
「そうか。確かに、使用するフィールド魔法は《スピード・ワールド・ネオ》。アピールも兼ねてるんだろうな。
それで、その相手を俺に頼みたいと?」
「そういうことだ。――フッ」
「……」
ジャックの謎の笑み。遊星は手を止めない。いつものことだからだ。
「どうして俺を選んだんだ?」
「並のDホイーラーにオレの相手は務まらんからな。それに、他に手応えのあるヤツも思いつかん。
……ん、もうなくなったか。“ブルーアイズ・マウンテン”、おかわりだ!」
ジャックは空になったカップを置き、追加注文を頼んだ。
“ブルーアイズ・マウンテン”とは、超高級なコーヒーのことである。値段は一杯三千円ナリ。
……その光景、実に異様。
遊星はDホイールの点検を行っている。が、何も喫茶店の前でやっているわけではない。遊星にも一応の常識はある。
たった一杯の、三千円のコーヒーを、わざわざ噴水広場の向こうから。
“あー……この人、本当にキングなんだなぁ”
そんなことを漠然と思う遊矢であった。
思い描いていた理想が崩れた気がする遊矢でもあった。
そして店員も店員でヒドイ。
ジャックの後ろに付き添い、おかわりと聞けば本当におかわりを用意してくるのだから。
完全にジャック専属のメイド気取りである。
「はっ――そうか。これが……これこそが、カリスマの成せるワザ。究極の精神汚染。即ち、エンタメの局地――!」
「違うぞ遊矢、惑わされるな」
「あっ、はい」
ちなみに、ジャックのこの振る舞いはいつものことである。
「遊星、この子供は誰だ。他にもう一人いた気もするが」
「榊遊矢。もう一人の子は赤馬零羅だ。今はあのガレージで居候させている」
「ガレージか。そういえば、どうしてお前は相も変わらずあの部屋を使っている? その気になればもっといい場所に住めるだろうに」
「なんだかんだ言ってあそこが一番落ち着くんだ。俺に豪華な暮らしは似合わない。それに、この場所だからこそできることもある。
……よし、いいぞジャック」
作業を一通り終え、遊星は立ち上がる。
「速いな。もう終わったのか」
「特に異常は見当たらなかったからな。だが、外装は以前より小さな傷が目立つ。もう少し優しく扱ったらどうだ」
「許せ、名誉の負傷というやつだ。おそらく、お前とのデュエルでまた傷が増えることになるだろうな」
「エキシビション・マッチか……ん?」
「?」
遊星はちらりと遊矢を見やる。
しばらくして、遊星は意味深に微笑んだ後。
――とんでもないことを提案した。
「ジャック。エキシビション・マッチの件だが、遊矢にやってもらうというのはどうだ?」
「何?」
「えっ!?」
世間話のような軽い口調だが、遊矢本人としてはただごとではない。
エキシビション・マッチ。フレンドシップ・カップ開催と同時に開かれる模擬戦。
戦績には一切関与されないが、祭典の開幕戦としてそれ相応の期待が集まる。
「ちょっと待ってください! どうして俺がその大会に……それもエキシビションで――ジャック・アトラスと」
「君達の目的は強い
「それは……確かに」
「何より、この一戦は特に注目を浴びる。エンタメを目指しているのならいい練習になるだろう」
「エンタメ……だと?」
いつかカメラの前で言ったその言葉に、ジャックが反応する。
「ああ。前にDVDを見せてからお前に興味を持ったらしくてな。それ以来、彼なりに“ジャック・アトラス”を研究している」
「ちょっと! そこまで言う必要ないでしょう!」
「フン。研究された程度で負けるようならキングは名乗れん。それで、他にはなんだ? 遊矢とか言ったな。お前が俺との対戦でそいつを勧める理由は、まさかそれだけじゃないだろう?」
「勿論だ。デュエルに関しても遊矢は負けていない。勝敗はともかく、確実にお前を驚かせるだろう」
「――ほう」
「っ……!」
ジャックは遊矢を観察する。
榊遊矢がどれほどの
ぱっと見た感じ、そこまで強い印象は受けない。しかし、不動遊星ともあろう男が自ら勧めた男。
ならば“何かある”。ジャックはそう感じ取っていた。
「……仕方あるまい。お前がそこまで言うならよかろう。榊遊矢、貴様の挑戦を受けてやる」
◆
そんなこんなで、二人はこうしてD・ホイールに乗っている。
零羅は外出中の二人が帰ってきても問題ないように、ガレージのテレビを通して見学している。
ジャックはD・ホイールの点検が終わった後、早速それに乗ってどこかへ去っていった。遊矢の戦術を見ないようにするためだろう。
「……けど、まさかあんなことを言う人だったなんて」
先程の発言を思い返し、遊星に聞こえないように一人で愚痴る。
遊矢自身、“不動遊星”は大人しい人だと思っていた。ジャック・アトラスと対戦させる、なんて大胆な提案をする人だとは思わなかったのだ。
けれど思い返せば、彼の提案は遊矢にとって有難いことだった。
――ジャック・アトラス。
成り行きとはいえ、彼と対戦できるのはまたとないチャンス。
他次元だからという理由もあるが、何しろ相手は彼と同じエンタメを志す
どこまで自分の力が通用するのか、遊矢としても試したいのだ。
……まずは、慣れること。
今の榊遊矢とジャック・アトラスが
なにせ立っている土俵が違うのだから。
だからこのデュエルで、ライディング・デュエルの経験を積む。それが遊矢の第一目的。
「行きます、俺のターン!」
遊矢
LP:4000
SPC:1
遊星
LP:4000
SPC:1
遊矢はD・ホイールから片手を離し、バランスを取る。
現在展開されている魔法は《スピード・ワールド・ネオ》。オートパイロット機能を搭載したフィールド魔法。
とはいっても、片手でバランスを取ることは容易ではない。アクション・デュエルの経験がある遊矢だからこそ対応できるのだ。
「よし。俺は《
《
星4/闇属性/獣族/攻1800/守 700
「カードを一枚伏せて、ターンエンド!」
銀色の狼と
召喚されたシルバー・クロウは遊矢の隣を並走している。
ターンプレイヤーが変わり、次は遊星のターン。
「俺のターン!」
遊矢
LP:4000
SPC:2
遊星
LP:4000
SPC:2
「わっ……っと!」
つまり、デュエルが進むほどD・ホイールの速度も上がっていくのだ。
しかし遊星は、スピードの中でも容易に片手を離し、手札から二体のモンスターを選択する。
「手札のモンスターカードを一枚墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚!」
《クイック・シンクロン》
星5/風属性/機械族/攻 700/守1400
「そして、墓地に送った《レベル・スティーラー》の効果発動! 自分の場のレベル5以上のモンスターのレベルを一つ下げることにより、墓地から特殊召喚!」
《クイック・シンクロン》
星5 → 星4
《レベル・スティーラー》
星1/闇属性/昆虫族/攻 600/守 0
「レベル1の《レベル・スティーラー》に、レベル4となった《クイック・シンクロン》をチューニング!
集いし星が新たな力を呼び起こす。光射す道となれ! シンクロ召喚! いでよ、《ジャンク・ウォリアー》!」
《ジャンク・ウォリアー》
星5/闇属性/戦士族/攻2300/守1300
――《ジャンク・ウォリアー》。以前のデュエルでも姿を見せた瓦礫の戦士。
しかし、遊星の場にレベル2以下のモンスターはいない。攻撃力はそのままだ。
「レベル・スティーラー》の効果を再び発動! 《ジャンク・ウォリアー》のレベルを1下げ、墓地から特殊召喚!」
《ジャンク・ウォリアー》
星5 → 星4
《レベル・スティーラー》
星1/闇属性/昆虫族/攻 600/守 0
「バトル! 《ジャンク・ウォリアー》で《
《ジャンク・ウォリアー》の拳が唸りを上げ、シルバー・クロウが破壊された。
その衝撃は当然遊矢自身にも襲い来る。
遊矢
LP:4000 → LP:3500
「更に《レベル・スティーラー》、遊矢にダイレクトアタック!」
遊矢
LP:3500 → LP:2900
「ぐっ……まだまだ!」
猛攻を耐えつつ、遊矢はD・ホイールを走らせる。
勝機はまだ尽きてはいない。《レベル・スティーラー》の攻撃力はわずか600。これを利用すれば大ダメージを与えられる。
「カードを二枚伏せて、ターンエンド」
「俺のターン、ドロー!」
遊矢
LP:2900
SPC:3
遊星
LP:4000
SPC:3
「――来た!」
ドローしたカードは《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》。
攻撃力は2500を誇り、戦闘で与えるダメージを二倍にする効果を持っている。
これにてピースは揃った。
遊矢は一転、攻勢に入る。彼の十八番である“ペンデュラム召喚”を用いて。
「俺は、スケール1の《星読みの魔術師》と、スケール8の《時読みの魔術師》で、ペンデュラムスケールをセッティング!」
ペンデュラム召喚は、上級モンスターを一度に大量召喚する新たな召喚法。
しかし、その真価は別のところにある。
つまり、除外するか、デッキに戻すか、何らかの手段で墓地に送られない限り、何度でもフィールドに特殊召喚されるのだ。
遊矢のエクストラデッキには、先程破壊された《
ただし――あくまでもこれが、通常のデュエルだったらの話だが。
D・ホイールの速度が落ち、同時にデュエル・ディスクから人工ボイスが発せられる。
『エラーが発生しました』
「え……?」
遊矢の画面には赤い文字でエラーが表示され、デュエルの続行が不可能なことを知らせている。
「エ、エラー!? そんな、どうして……!」
「どうかしたのか?」
「わかりません。なんかエラーが発生したみたいで……」
「エラー……? いや、しかし……」
遊星は遊矢のD・ホイールを見回す。
見る限りおかしなところは見当たらない。D・ホイール自体は乗り物として機能している。
「……ん?」
しばらくして遊星はある一点……このターンの最初とは異なる箇所を見つけた。
それは
遊矢
SPC:3 → SPC:1
「……遊矢。
「処理?」
「ああ。モンスターの召喚として扱うのか、
「ええっと……一応は、永続魔法の発動として処理されます」
「それだ。遊矢、セットしたPモンスターを一体、手札に戻してみてくれ」
「? はい」
遊矢はセットした魔術師――《星読みの魔術師》を手札に戻した。
途端、画面は正常に戻り、再びフィールドの状況がモニタリングされる。
「戻った……? でも、どうして?」
「これが《スピード・ワールド・ネオ》の新しい効果だ。スピードスペル以外の魔法を使う場合、自分の
つまり今の遊矢は、
「なるほど……あれ? ということは、もしかして……」
カクカクと、遊矢はロボットのように遊星の方を見る。
遊星は心底言いづらそうに、その疑問に答えた。
「……はっきり言ってしまうと、ペンデュラム召喚はライディング・デュエルに向いていない。更に言ってしまうと、それを得意とする君や沢渡は、ライディング・デュエルに向いていない」
「そんなぁ!? 俺、確かジャック・アトラスとデュエルするんですよね!?」
「すまない。
「うぅ……」
遊矢はがっくり項垂れる。
……今更対戦相手の変更はできないだろう。
ジャックは既に立ち去ったのだ。おそらく今頃、運営相手にゴリ押ししているに違いない。
榊遊矢という無名の
「……とりあえず、このデュエルは完結させよう。どうする遊矢。一ターン待ってもいいが」
「……!」
申し訳無さから出た温情。しかし、それをどう受け取るかは相手次第。
遊矢にとってはそれが“余裕”に見えた。
遊星は遊矢のことを“ペンデュラム召喚の使い手”と認識している。それ自体は間違ってはいない。
――だが、それだけではない。
悔しい。そう思った遊矢は、意地を張って答えた。
「その必要はありません」
「遊矢?」
「確かに、この状況でペンデュラムは使えません。でも、俺だってランサーズの一員だ。それだけで諦めるつもりはないし、手を抜く必要もありません」
遊矢は自分の手札、そしてセットされたカードを確認する。
――まだ、手は尽きていない。
「……そうか。いいだろう、ならば手は抜かない。デュエルを再開する」
遊星はアクセルを踏み、遊矢の前を先行する。
追う者と追われる者。即ち弱者と強者。
いつだって追う者には、強者に食らいつく権利がある。
「永続
この効果により《時読みの魔術師》を破壊し、一枚ドロー!」
宙に浮く《時読みの魔術師》が消滅し、遊矢はカードを引く。
現在の遊矢の手札は三枚。そのうち二体は
「――……」
遊矢は引いたカードを恐る恐る確認した。
――《
遊矢が愛用するカバの
けれど今は違う。このカードこそがキーカード。遊矢の逆転の一手となる。
「よし! 行きます、遊星さん!」
「ああ、来い!」
遊矢の顔に笑みが戻り、釣られて遊星もまた微笑む。
「まず俺は《
《
星3/地属性/獣族/攻 800/守 800
「
《
星4/闇属性/戦士族/攻1200/守1200
ディスカバー・ヒッポはドタドタと遊矢の隣を走り、ヘルプリンセスが後ろに続く。
これがアクション・デュエルだったらなぁ、と遊矢は心の中で思う。
「壁モンスターを召喚したか。だが、それでは俺は止められないぞ」
「いいえ。彼らこそがこの状況をひっくり返すキーカードです!
ヒッポの効果発動! このカードの召喚に成功したターン、通常召喚に加えてもう一度、自分はレベル7以上のモンスターをアドバンス召喚できる!」
「何っ!」
「ヘルプリンセスとヒッポをリリース! 輝きと共に現れろ! 《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!」
《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》
星7/闇属性/ドラゴン族/攻2500/守2000
二色の眼を輝かせ、榊遊矢のエースモンスターが降臨した。
「バトルだ! オッドアイズで《レベル・スティーラー》を攻撃! “螺旋のストライク・バースト”!」
二体の攻撃力の差は1900。《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》の効果を加味すれば、与えるダメージは3800。
けれど遊矢は知らない。不動遊星の
――“この一撃で決まる”
それを何度も躱し、反撃を伺うのが彼のスタイルだ。
「
ブレス攻撃を受けて《レベル・スティーラー》が焼き尽くされるが、遊星にまでダメージは届かない。
「《ガード・ブロック》の二つ目の効果により、カードを一枚ドロー」
「っ――やっぱり、そう簡単には行かないか。ターンエンド」
「俺のターン、ドロー」
遊矢
LP:2900
SPC:2
遊星
LP:4000
SPC:4
「遊矢。一つ手本を見せよう」
「手本?」
「ああ。
まずは永続
《レベル・スティーラー》
星1/闇属性/昆虫族/攻 600/守 0
「そしてチューナーモンスター、《ニトロ・シンクロン》を召喚!」
《ニトロ・シンクロン》
星2/炎属性/機械族/攻 300/守 100
「チューナーモンスター! ということは、またシンクロ!?」
「行くぞ! レベル4の《ジャンク・ウォリアー》と、レベル1の《レベル・スティーラー》に、レベル2の《ニトロ・シンクロン》をチューニング!
集いし思いがここに新たな力となる。光射す道となれ! シンクロ召喚! 燃え上がれ、《ニトロ・ウォリアー》!」
《ニトロ・ウォリアー》
星7/炎属性/戦士族/攻2800/守1800
新たなシンクロモンスターが遊星の場に現れる。
ニトロの名を冠するだけあって見た目は緑一色。加えて、悪魔のような強面が特徴だ。
「《ニトロ・シンクロン》の効果により、カードを一枚ドロー。
更に《
「スピードスペル。ライディング・デュエルの専用の
「そうだ。このカードは自分の
電撃のエフェクトが遊矢を襲い、ライフを削る。
遊矢
LP:2900 → LP:1900
「うっ――くっ!」
「そして、《スピード・ワールド・ネオ》の効果を発動。
手札のカードは、これだ!」
遊星が公開したのは《
よって、遊矢のD・ホイールに再び衝撃が奔る。
遊星
SPC:4 → SPC:0
遊矢
LP:1900 → LP:1100
「っ――そんな、一気にライフが」
「《ニトロ・ウォリアー》の効果発動!
《ニトロ・ウォリアー》
攻2800 → 攻3800
「攻撃力、3800!?」
「バトル! 《ニトロ・ウォリアー》で《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》を攻撃! “ダイナマイト・ナックル”!」
《ジャンク・ウォリアー》を上回る巨大な拳を受け、《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》は粉砕された。
攻撃力の差、1300が遊矢のライフから削られる。
遊矢
LP:1100 → LP:0
「わっ……!」
スモークが吹き出し、画面に“
ライフがゼロになった瞬間、遊矢のD・ホイールは緩やかに停止した。
◆
「大丈夫か、遊矢」
しばらく走った後Uターンし、遊星が遊矢の元へ戻ってきた。
遊矢は自分のD・ホイールを見つめつつ言う。
「はい。すごいですねこのD・ホイール。こんなにゆっくり止まってくれるなんて」
「安全性重視の設計だからな。最高速度は遅いが、《スピード・ワールド・ネオ》自体が全体的に遅めだから、問題ないと思ってこれを選んだんだ」
「あれで遅いんですか?」
「経験を積めばそのうち慣れるさ。とは言っても、その恐怖心は大切だから、なくさないようにな。あまり慣れすぎて恐怖がなくなると、事故を起こして大怪我することになる。昔のあいつのように」
「あいつ……?」
「ジャックだ」
「そ……そうなんですか。とてもそうは思えませんけど」
半信半疑で遊矢は返す。
世界を舞台に活躍するあの男が、そんな初歩的な事故を起こすとは思えなかったからだ。
「君はキングとしてのあいつしか知らないからな。実際はそうカッコイイものでもない。昼間のジャックを見ただろう? あれが素だ。あいつは少々常識が欠落している」
「……あぁ」
二人は昼間のジャック・アトラスを思い出す。
自分が世界の中心にいるような、“傲岸不遜”な振る舞い。いや、あの場合は“厚顔無恥”だろうか。
どちらにせよ、確かに
「だが、デュエルの腕は本物だ。慣れていないハンデがあるとしても、このままでは一方的にやられるだけだろう。
とりあえず、今日は一旦帰って反省会だ。そろそろ他の皆も帰ってくるだろうしな」
「……あの、遊星さん」
「ん?」
走り出そうとした遊星を遊矢は呼び止める。
「俺……運転できません」
「…………。
待て、じゃあさっきまでのデュエルは?」
「オートパイロットでしたから……」
「そうか……そういえばそうだったな」
「……ごめんなさい」
「気にするな。……なら、歩いて帰るしかないな」
最初は遊矢にダーク・リベリオンを使わせる予定だったけど、魔が差してヒッポを使わせたくなった。
「通常の魔法を使用する時、SPCを二つ消費」にした理由は、DSのゲームがそんな感じだった……ような気がしたからです。あとサーチ系、ドロー系は四つだった気がする。(うろ覚え)
軽いように見えて割と重いんですよねこれ。とりあえず【HERO】は確実に弱体化する。あとは【魔術師】とかも。
ARC-Vのジャックと5D'sのジャックの一番違いは「親しみやすさ」だと個人的に思う。
つまり、とりあえずアホっぽいことさせとけば5D'sジャックとなるのだ!(極論)