主人公の立ち位置的に原作の話にどこまで関わるか分かりませんが、大筋を改変したり無視したりはしないように気をつけます。
では、どうぞ!
新学期が始まって数日、穏やかな晴れの日の朝だった。
「失礼します」
「あれ、絵里さん?どうしたの?朝早くから」
「理事長に話がある、とお呼びを受けまして…命さんも連れてくるようにと」
「へ?……あっ、ゴメン、メール来てたよ。気づかなかったな」
「朝の内に話がしたいそうなので、命さんが良ければ早速…」
「うん、大丈夫。行こう」
そうして他愛ない話を交えて理事長室へ
「「失礼します」」
理事長室で待っていたのは、いつになく重苦しい雰囲気を醸し出す南理事長だった。
「理事長、お話とは?」
「ええ、これは後で全校に知らせることなんだけど…落ち着いて聞いてね?」
なんだろう…無意識に姿勢を正す。
「来年度の入学希望者が少なかった場合、この学院は3年後…今の一年生の卒業をもって廃校となることが決定しました…」
……………………、はい?
「廃校…?学校がなくなる?来年から新入生が来ない、ということですか?」
私自身混乱しているが、隣で顔面蒼白状態の絵里さんに代わって話を進めなくては。
「ええ、年々生徒数が減少していく現状…私もこんなことは避けたかったのだけど…どうにもできなくて」
南理事長…鶏子さんがこの学院を大切に思っていることは知っている。だが、彼女でもどうにもできなかったのだろう。
その後も二、三確認作業のような質疑応答を重ねていると、なんとか落ち着いたらしい絵里さんが話に入ってきた。
「理事長…それはあくまで今年度の入学希望者が少なかったらの話で、決定ではないのですよね?」
「綾瀬さん…ええ、まだ決まったわけではないわ…」
「お話は分かりました。では、私は失礼します」
理事長が言い切るや否や、絵里さんは理事長室から出て行った。いつも礼儀正しい彼女らしくない、慌てた様子だった。
「ふぅ…この話をすれば綾瀬さんがあんな反応するのは分かってたんだけど…ごめんなさい、命くん。彼女のこと、お願いできる?」
理事長はわたしと目線を合わせるように屈み込むと申し訳なさそうな表情で私を見つめる。
「大丈夫です。どこまでできるか分かりませんが、フォローはするつもりです。絵里さんだけじゃなく、それを必要とする人全員分…とりあえず早めに話しておきたいので、今日は失礼します」
言葉ほど自信があるわけじゃない…だが、これはきっと私の役目だ…
絵里さんに追いつくべく、私も理事長室を出て行く。
出てすぐに彼女の後ろ姿が確認できた。早速思い悩んでいるようで、歩速が遅い。
「待って絵里さん。考え事しながら歩くのは危ないよ」
「命さん…」
声をかけると、振り向いて私が追いつくまで待ってくれる。いつもなら彼女の方から近づいてきてくれるのだが…
「絵里さんは、さっきの話聞いて、どう思った?どうしたい?」
「もちろん、廃校の阻止です。そのために何をすればいいかを今考えて…」
「うん、もちろんその思いは間違ってないし、考えなきゃいけないことだよ。でも、理事長達だってこうなる前にやれることはやってきたはずさ。それで現状こうなっているんだから、今から絵里さんが1人で何かしようとして、正直どうにかなるとは思えないよ」
少しキツイ言い方になったが、ここでしっかり自覚を促さなくては、彼女はきっと1人で思考の渦に沈んでしまう。
「だから、前にも言ったでしょ?周りの人に頼るんだよ。さっきはああ言ったけど、きっと生徒だからこそできる手段もあると思うんだ。だから絵里さん、自分の中で完結させないで、口に出して助けを求めるんだよ。当然私も話を聞くぐらいならできるしさ」
「命さん…ありがとうございます…」
「うーん、やっぱりまだ顔が固いなぁ…もっと表情柔らかくしないと、人と話そうって顔じゃないよ?」
「そ、そう言われても…」
自分の顔に触れて色々動かしてみる絵里さん。口角は不自然に震えているし、眉間のシワは中々とれない。
「絵里さん、ちょっとしゃがんでみて」
「え?あ、はい……ヒャッ⁉︎」
絵里さんの頬を両手でつまんでゆっくり優しくこねる。
うわぁ、モチモチ、これが女の子の肌かぁ…
頰のマッサージを終えたらまぶたとおデコのあたりも撫で回す。眉間のシワが取れていく。
「よし、いつもの絵里さんだ。美人さんはやっぱり、笑っているのが1番だよ」
「ふぇぇ…?えっと、その…」
赤面しながら、どこか辛そう、というか泣きそうな顔をしている絵里さん。仕方ない、誰もいないしここは…
後で殴られるのも辞さない覚悟で、絵里さんの頭を胸に抱き寄せる。一瞬驚きで体を硬直させた絵里さんだったが、すぐに抵抗は無くなった。
「あはは、ゴメンね、他の生徒にはやってないから、許してくれる?」
「あ、…もう、ふふっ、そうですね。頭を撫でてくれたら許してあげます」
真姫さんもたまに要求してくるので、そのくらいでは焦らない。………髪もサラサラだなぁ、この子。
「絵里さん、まだ時間はあるんだ。焦っても解決はしない。冷静に考えて、みんなと協力して、頑張っていこう」
「………。はい、ありがとうございます、命さん」
若干名残惜しげに私から離れる絵里さん。殴られずに済みそうだ。
「まずは希に相談してみようと思います。こんな事態になれば、あの子も本気で協力してくれるはず…」
「そうだね。私も他の生徒とかにも話をしてみるつもりだよ」
完全にいつも通りとはいかないが、随分空気が柔らかくなったのを感じ、ひっそりガッツポーズ。
そうこうしているうちに相談室に着いていた。
…別れる前にこれだけ聞いておこうかな。
「絵里さん、君が音ノ木坂を廃校にしたくないのはどうして?今年卒業の君には来年度の新入生も3年後の廃校も直接は関係ないよね?」
「…私は、生徒会長ですから。それに、私の妹が今年高校受験なんです。祖母もここの卒業生で…あの子も私と祖母が通った音ノ木坂に通いたい、って言ってくれて。2人のためにも、私がなんとかしなくちゃ」
『なんとかしなくちゃ』
気になる言い方だが、ここでこれ以上は追求しない。今の所精神状態は落ち着いているし、説教じみたことを言っていきなりモチベーションを落とすのもよろしくない。
「そっか。じゃあお互い、できることを頑張ろうね」
そんな当たり障りのない言葉で話を打ち切り、私は相談室に入った。
放課後、聞きなれた三人分の足音が廊下から響く。どうやら今日は随分慌てているようだ。
「ミ、ミコちゃん先生!この学院が廃校になるって‼︎」
「こんにちは、穂乃果さん、ことりさん、海未さん。その話は私も知ってるよ。でもとりあえず落ち着いて。そんな息切らしてたら話せないよ」
いつものようにティータイム。後で知らせるとは言っていたが、今日の内だったとは…思ったより早かったな…
「じゃあ、ことりさんも理事長から聞いてなかったんだね」
「はい、さっき貼り紙を見て。ホントにビックリしました」
娘相手でも公私混同はしない。鶏子さんらしいな。
「それで、君たちはどうしたいの?その話を聞いて、私にも事実だって確認が取れたわけだけど」
「音ノ木坂を守りたい!私、この学校大好きだもん‼︎」
『大好きだから守りたい』、なるほど。彼女らしい。
「2人も同じ気持ちってことでいいのかな?」
「はい、ことりもこの学校になくなってほしくないです」
「私も…しかし、廃校を止めるにはどうすればいいのか」
3人共通でこの学校を守りたい。けど方法が思いつかない…そんなところか…
「そうだね。理事長達だってなんとかしようと動いてはいたはずたし。簡単に解決できる問題じゃないよね」
「そうなんだよ〜。学院の歴史とか調べてもパッとしなくてさ〜。何にも思いつかなくて…」
そうだなぁ…こういう時は。
「これは私の個人的意見なんだけどさ、やっぱりおおきな物事を動かす上で必要なのは人数だと思うんだ」
「人数…来年度の入学希望者のことでしょうか?」
「もちろんそれもあるけどさ、まずは何をするにも協力者が必要でしょ?そのためにも、何か内外にアピールできる派手なことがあればいいんだけど…自分達は廃校阻止のためにこんなことしてます!ってアピールと、外部に音ノ木坂の宣伝ができる…そんな手はないかなぁ…ないよなぁ」
「アピール、かぁ…」
「ゴメンね、具体性のない話しちゃって…」
「いえ、今の話も参考に、何か考えてみましょう…今日はもう遅いですし、帰りますよ、穂乃果、ことり」
「そっか、今日は私まだ残るから。さようなら、3人とも。またね」
「はい、失礼します。命先生、また♪」
「またねー、ミコちゃん先生!」
「失礼します。命さん、また来ますね」
相談室には、私と深山先生の2人しかいない。こんな時、私にできることはホントに少ない、ないと言ってもいいくらいだ。自分の無力さにイライラする。と、ふと気になったことが。
「深山先生、先生方は廃校の話、いつ聞いたんですか?」
「アー、私たちも、昨日聞いたばかりでス。教頭はじめ、一部の職員は前から知っていたようでしたけどネ」
「そうですか。職員の皆さんはどんな感じですか?」
「ン〜、まぁみんな戸惑ってはいましたが、もう大人ですかラ。いつもとそれほど変わりはありませんネ」
「そうですか…」
沈黙が続く。綺麗な夕焼けが見えるが、いつもより霞んで見える。
「命先生」
深山先生に名前を呼ばれ、体を向ける。
「私たちは教師ですかラ。日々生徒を導くことに手一杯で、学校の未来にまで意識を割いてはいられませン。ですが、私たちも音ノ木坂が好きなのは同じでス。だから、さっきのあの子達の言葉、嬉しかっタ。命先生には、私たちの分も、あの子達の力になってあげてほしいでス」
私の無力に嘆く思いに気づいていたのか、そうでないかは分からない。ただ、その言葉に確かに力をもらえた。
「さっきの話、聞こえてたんですか?」
「ふふっ、高坂サンの声、大きすぎまス。他は聞こえなかったけど、アレと命先生の様子で、大体の内容は分かりまス」
「そっか…ありがとうございます、深山先生。私に何ができるか分かりませんが、精一杯、あの子達に協力します」
「Yes、命先生、頑張ってくださイ」
生徒でも教師でもない私にできることなんてない…そう思っていたが、逆だ。生徒でも教師でもないからこそできることがあるはず。それを探すことからだな。
夕焼けが、さっきまでとはまるで違って見えた。
【おまけ 三年生の教室で】
「おっはよ、エリチ♪」
「おはよう、希。ちょうどよかったわ、話したいことがあって…」
「へー、奇遇やね。ウチもエリチに聞きたいことがあったんよ。これ見て」
そう言って携帯の画面を見せてくる希。そこには…
「エッ、ちょっ、の、希…あなた、これ見てたの⁉︎」
「ふふ〜ん、随分仲良さげやん。いつの間にこんな仲になったん?」
命の胸に顔を埋める絵里の姿が写っていた。
「これは、一大スクープやで〜?今日の生徒会の議題はこの写真で決定や!」
「いや、ちょっと待ってよ希‼︎もっと大事な話があるの!お願い、希、話を聞いて!待ってよそれ送信するつもり⁉︎誰に送るのよ⁉︎いや、誰でも止めてよ!ちょ、待って、止めて、の、希ぃぃぃぃ‼︎」
閲覧ありがとうございます。
おまけを書いてみました。これは書きたかったんですけど、本編だとハサミどころが難しくて…
次回も読んでいただけたら嬉しいです。
ではまた!