半端に長いし、もっとまとめていく力も必要、ってのを実感しました
では、愚痴はこの辺で、どうぞ!
昼食を食べ終えて絵里さんが退室し、後10分程で昼休みが終了というところで
「失礼します〜、笹原先生、交代で〜す。午後からは私がお手伝いしますよ〜、メイさ〜ん」
「………。あ、山内先生が午後の担当なんですね。よ、よろしくお願いします。」
このやたら間延びした声の主は古文教師の山内先生。度を超えた天然さんで、いい意味でも悪い意味でも予想を裏切るタイプの人物だ。人に勉強を教える、という意味での教師としてはこの上なく優秀で、私もお互い暇な時間に古文を教わっている。ただ、生徒を導く、という意味での教師としては正直危なっかしすぎる。
届け物を頼めば道中の自販機で飲めない炭酸飲料を頼んでもいないのに「奢りですよ!」と満面の笑みで渡された上に届 け物は自販機の横に置き去りにされていた。(S先生談)
ソフトボール部の生徒が窓ガラスを割ってしまい、片づけをしている本人達に代わりとりあえずの報告をしたら書類に私がやったこととして記入されていて、訂正に奔走する羽目になった。(A生徒会長談)
等々、多くの逸話を持ち、音ノ木坂では生徒を抑えて要注意人物No.1として全校に警戒されている先生だ。
私自身も、山内先生に渡されたカウンセラーとしての必要書類の中になぜかある生徒の成績表が紛れ込んでいて、かなり焦ったことがある。ギリギリ中は見なかったが、もう少しで教師でもない人間が本人の預かり知らぬところで生徒の成績を覗き見るという暴挙に出るところだった。
それ以来、山内先生が近くにいる時は常に周囲を警戒するようになってしまった。
職員室の皆さんにとっては、学院に勤務してから1週間以内に全員が習得する必須スキルで、通過儀礼のようなものらしい。話を聞いた時は涙を禁じ得なかった。
ついた渾名は「人間びっくり箱」、言い得て妙だ。
「で、では私はこれで失礼します。……紡屋さん、頑張ってください」
後半は私だけに聞こえるように小声で呟き、笹原先生は相談室を後にした。
「それじゃ〜私はお仕事してますから〜、何かあったら声をかけてくださ〜い」
「………ハイ、アリガトウゴザイマス……」
何事も無く済みますように…!
基本神仏の類は信じない私だが、この時は本気で神様に祈った。
放課を告げる鐘が響く。私の3度目の勤務時間開始の合図だ。
あの後山内先生は特段問題なく業務をこなしてくださっていた。こちらもあまり動かず、手を煩わせないようにしていたのが勝因だろう。まぁ、先生がお茶をこぼして書類をダメにする、目の前にいるはずの私に気付かずに車椅子に足を引っ掛けて私に覆いかぶさるように転倒する、といったアクシデントはあったが、許容範囲だ。
……本当に普段どうやって生活しているんだろう、あの人……私よりも危なっかしい気がする…
何はともあれ相談室開放である。放課後はまとまった時間が取れるため、大事な相談事や緊急性のある話などのために予約制度をとっている。予約が入っている日はその旨を入り口に貼り付けて他の人には来室を遠慮してもらうか、外で待っていてもらうという仕組みだ。
3回に1回くらいの割合で予約が入る相談室だが、今日はなにも入っていないので、自由開放だ。相談事を持ってきた生徒が来なければ、あまり大人数ではお断りだが、好きに入室して、勉強するなり、おしゃべりするなり、自由に使っていいことになっている。図書館の本を借りて、人の少ないここまで読みに来る生徒もいる。
これは放課後限定の話で、朝や昼休みにここで寛ぐのは禁止なのだが、最近は希さんを始め、その辺りがユルユルになってきている。私も楽しんではいるのだが、一応日当をもらっている身としてはやはり働く時はちゃんと働きたい、と思うものだ。
などと物思いにふけっていると、大きく力強い足音が1人分、それを追うように2人分の足音が続くのが聞こえる。若干小走り気味になりながらこちらに近づいている。来客に当たりをつけてお茶の準備を始めておく。
「失礼します!あっ、いた!ミコちゃん先生!」
「失礼します♪今日は身体大丈夫なんですね、命先生」
「失礼します…すみません、命さん、いつも騒がしくて…」
「3人ともいらっしゃい、私はこの通り元気だよ。でも穂乃果さん、廊下は走っちゃいけません。元気すぎるのも考えものだね…」
「えへへ、ごめんなさい。ミコちゃん先生先週休んでたから、つい心配で」
予想通り、入ってきたのはここの常連と言ってもいい1年の仲良し3人組だ。
真っ先に飛び込んできたのは高坂 穂乃果さん。
全身から「私、元気です!」といったオーラを感じるまさしく元気印と言える美少女だ。
実家の老舗和菓子屋「穂むら」の看板娘でもあり、以前学院からの帰り道に頼んで寄ってもらった時には、妹の雪穂さんとじゃれ合いながらも仲良く店番をしている所を見た。
本人はパンが好きだと言うが、穂むらの和菓子を食べているときの方が幸せそうな顔をしていたと思う。きっとお店も和菓子も大好きなんだろう。
ニコニコと擬音が付きそうなくらいの笑顔を浮かべて入ってきたのは南 ことりさん。
常に穏やかな、和やかな雰囲気をまとっている美少女で、最初にあった時はこういう人を癒し系って言うのかな、と思った。南理事長の娘さんで、学院に勤務する前から何度か会っており、他の生徒よりも少し付き合いは長い。
裁縫が好きらしく、1度手編みのマフラーをプレゼントされたことがある。あまりの完成度の高さにビックリしたものだ。マフラーの出番はもう過ぎてしまったが、病室で大切にしまってある、持っているものが少ない私にとって、大事な宝物の一つだ。
前2人よりも少し静かに入室してきたのは園田 海未さん。
青みがかったキレイな黒髪をストレートに伸ばした和風な印象の美少女だ。言動や立ち振る舞いが凛とした、「大和撫子」という言葉が似合うカッコいい子だ。
弓道部に所属し、家は日本舞踊の家元で、日々稽古に励んでいるらしい。聞いた話では学業も優秀な勤勉家だそうだ。確かに話していると頭の良さと育ちの良さを感じることが多々ある。
高校生にしては随分過密な日々を過ごしているとは思うが、本人が納得しているなら私から言うことはない。現にここで私たちと言葉を交わす彼女は確かに楽しそうにしている。ならそれでいいのだろう、少なくとも今のところは。
この3人は幼なじみで、小さい頃からいつもいっしょに過ごして、高校まで関係が続いているそうだ。正直羨ましい。
小学生の頃に発病し入院。最初はお見舞いに来てくれていた友達もやがて顔を見せなくなり、今会える1番付き合いの古い知人となるともう病院関係者になってしまう。
とにかく突っ走る穂乃果さん、ブレーキをかけようとしつつも止められず、なんとか悪い方向に行かないように修正をかける海未さん、周りを見て、双方のフォローにまわることりさん。
きっとこの3人はこの3人だからこそ今でも友達として並び立っていられるのだろう。3人揃った時のバランス、相性の良さが彼女たちを成り立たせ、絆を深めていったのだろうと思う。
「先週も来てくれてたんだね。休んでしまってゴメンよ。ちょっと風邪をひいて熱を出しちゃってね。」
「それは大変でしたね。冬が過ぎたとはいえ体調には気をつけなくてはいけませんよ?命さんは本来入院患者なんでしょう?」
「あぁ、全くその通りだよ。もっと気をつけないと、たね。」
「まぁまぁ海未ちゃん、風邪をひいちゃったのは仕方ないことだよ。ことりだって気をつけてても毎年1回は体調くずしちゃうもん」
「確かに不可抗力な面もありますし、別に責めているわけでもありません。ただ、できることはあるのだから、気をつけられるだけ気をつけてくださいと言っているんです。……………私は2人と違って、基本木曜日にしか会えないんですから、休まれると困るんです……」
後半海未さんが顔を赤くしてボソボソとつぶやいたところはなんと言ったか声が小さくて聞き取れずに、穂乃果さんと2人、首をかしげる。しかし、心配してくれていたのは確かだ。心が温まるのを感じる。
………全部聞き取れたらしいことりさんの笑顔がますます深まっていくのが気になるが。
「そうだね〜、海未ちゃんは私たちより会えない日が多いもんね〜」
「こっ、ことりぃ!」
会えない日?…あれ?そういえば…
「海未さん、今日は弓道部どうしたの?休みは木曜日だったはずだよね?」
海未さんは3人の中で唯一部活に所属している。そして私の生活相談室は火曜と木曜の週2回開いている。木曜日は弓道部が休みのため海未さんも放課後が空いているのだが、火曜日には部活があるため、ここには来れないはずなのだ。
「今日は弓道場の整備だとかで、練習はお休みなんです。」
「で、ちょうど火曜日だし、ミコちゃん先生のトコに行こう!ってなったんです。」
「なるほどねぇ、火曜日に3人揃って来たのはそういうわけか」
海未さんの説明に穂乃果さんが続く。海未さんが火曜日に来たこともそうだが、穂乃果さんとことりさんも実は火曜日には来ない日の方が多いから、違和感を感じた。きっと海未さんに遠慮している、というよりは3人じゃないと本当に楽しくはないのだろう。
そんな話をしている内に5人分入れ終わった。私たち4人の分はことりさんに渡して、山内先生のいる机に向かう。
「……んーぅ、スゥ〜…」
眠っていらっしゃった。まぁ今日の仕事はもう終わったと言っていたし、もう少し様子を見て、起きなかったら起こすとしよう。
……というか、できれば起こしたくない。寝起きの山内先生なんて何をしでかすかわからない。触らぬ神に祟りなし、机にコーヒー(激甘)を置いてその場を静かに離れる。私が帰るまでに自分で起きてくれることを願う。
3人のいるスペースに戻ると、新学期に入ってくる彼女たちの後輩、新入生が話題に上がっていた。
「いよいよ私たちにも後輩ができるんだね!」
「後輩なら中学でも普通にいたではないですか。まぁ穂乃果はあまり先輩らしくはありませんでしたが。」
「そうなんだよ!中学ではちょっと友達感覚で近づきすぎたから、高校ではもっと先輩っぽくなりたいって思ってるんだぁ」
「う〜ん、穂乃果ちゃんが思う先輩らしさってどんなの?」
「そうだなぁ…例えば部活で1人居残り練習してる後輩に優しく声をかけたりとか…」
「穂乃果は帰宅部では?」
「うっ、……じゃ、じゃあ、勉強が分からなくて行き詰まってる後輩にサラッと教えてあげたりとか!」
「穂乃果はこの前の期末テスト赤点があったではありませんか。他の教科も私とことりが教えなかったらどんな悲惨な結果になっていたか…第一毎度毎度私に宿題を見せて、と頼んでくるような人が誰かに勉強を教えるなんて出来っこありません」
「うぐぅっ!……じゃ、じゃあ、帰り道で迷子になってる後輩に道を教えてあげたりとか!」
「穂乃果には住所を知っているような後輩が音ノ木坂に来る予定があるのですか?」
「ううぅ〜…、ことりちゃん、ミコちゃん先生、海未ちゃんがいじめる〜‼︎」
「だ、誰がいじめてますか!事実をいったまでです!」
「あはは…うん、でも穂乃果ちゃん、高校生にもなって帰り道で迷子になる人はあんまりいないんじゃないかな〜…」
「うぅっ、ことりちゃんまで…」
微笑ましいやりとりを眺めつつ、もうすぐ入学式、新生活の時期だなぁ、とぼんやり思考していると、不意に私のお話友達二号の顔が思い浮かんだ。そうだ、彼女は…
「ふふっ、そうか、もうすぐ新入生が来るんだねぇ…」
「新入生がどうかしたんですか?命さん」
「あぁ、うん。実は友達が1人入学してくるんだよ」
「へぇ〜、ミコちゃん先生の友達かぁ、どんな子?どんな子?」
「ちょっと穂乃果、そんなグイグイと…」
「え〜、いいじゃん!海未ちゃんも気になるでしょ?」
「そ、それはそうですが…」
「あれ?でも命先生って学院に来る時以外は病院にいるんですよね?もしかして…」
「うん、ことりさんは知ってる人だよ、お世話になってる病院の先生の娘さんなんだ。ちょっと素直じゃないところがあるけど根は純粋で優しいいい子でね。名前は本人のいないところで広めるのもあんまり良くないし控えておくけど、君達と同じく色々目立つ子だからきっとすぐ分かるよ…会えたらよろしくね」
「そっかぁ、楽しみだねぇ!海未ちゃん、ことりちゃん!」
「え、ええ。しかし、私たち、目立ってますか?そんな気は無いのですが」
「う〜ん、ことりはともかく2人は目立つ方だと思うよ?色々と」
「私から見たら3人ともそうだよ。一人ずつでも目立つのに3人揃って動くことが多いからね…この前ここからグラウンドでサッカーやってるトコロ見たけど遠目でも分かるよ、君達は」
「へ〜、それじゃ穂乃果がカッコよくシュート決めたとことか、見てた⁉︎」
「うーん、覚えてるのは穂乃果さんが滑ってボールを後ろにやっちゃって、それをことりさんが取って海未さんにパス、そこから海未さんが鋭いシュートを決めたところだったかな?」
「あ、あれ〜?そうだっけ?」
「穂乃果はあの日シュートなんて一本も決めてません、適当なことを言わない!」
「ご、ごめんなさ〜い…」
「あはは…、命先生、他に何か新入生について知ってることとかありませんか?」
ちょくちょく誰かが話を脱線させつつ誰かが話を戻す。彼女たちと話すと大体いつもこんな感じである。
うーん、新入生、新入生……、あっ、
「そうだ、確か今年は新入生が少なくて1クラスになるかもしれないんだとか…職員室で聞いたんだけど」
「えぇっ!穂乃果たちの代も2クラスしかないのに、さらに減っちゃったの⁉︎」
「それは…この先大丈夫なのでしょうか…この学院は…」
「う〜ん、お母さんは何にも言ってなかったけど…このまま、っていうのはよくないよねぇ…」
全員が漠然とした危機感を抱き、沈黙が続く……しまった、言わないほうがよかったか……この空気を払拭しようと口を開いたところで電子音が鳴り響いた。
「?…何か鳴っていますね?」
「あっ、私の携帯だ、ちょっと失礼」
確認してみると、西木野先生の奥様の
そうだ、今日は西木野家で夕食をご馳走になる約束だった。3年前、両親を亡くしてから、西木野先生は前より一層私を気にかけてくださるようになった。
奥様の美姫さんや娘の真姫さんと知り合ったのもその過程だ。今でも時々2人は私の病室に来てくれるし、こうして一緒にご飯を食べることもある。本当にありがたい話だ。両親を失って、限られた未来だけを与えられた私が折れずに今日まで来られたのは西木野家のおかげだ。あの一家が私を家族として迎えてくれたから、こうして充実した日々を過ごせている。
どうやら学院まで迎えに来て下さったらしい。いつもは看護師の方の車で送ってもらうのだが、美姫さんが来たということは病院に話は通っているのだろう。
気づけばもう約束した時間の15分前だった。思ったより話に熱中していたようだ。
「 私はもう帰らなきゃいけないんだけど、君達はどうする?残るようなら鍵を預けるけど」
一応この部屋の管理者は私になっているが、こうして生徒に鍵を預けることも少なくない。見られて困るものは置いていないし、病状や出勤状況が不安定な私1人が管理するよりよく使う生徒が把握しておいた方がいいだろうという理由だ。
「いえ、私たちも帰ります。もういい時間ですし」
「わっ、ホントだ!気づかなかったね〜」
「それじゃあ玄関まで命先生と一緒だね♪ジャンケンしよっか」
彼女たちを含めた何人かの常連は私と同じタイミングで帰ることが多い。毎回用務員さんを呼んで運んでもらうのを見たある生徒が提案した「命さんタクシー」
私と同じタイミングで帰る生徒の中でジャンケンをして勝った2人が私と車椅子を運ぶ、というものだ。車椅子を運ぶ係は廊下を渡る時に私の乗った車椅子を押す係も兼任する。押してもらう必要はないんだけど…
何が楽しいのかサッパリだが、彼女たちはいつも真剣にジャンケンに臨み、何故か楽しげに私を運んでいる。最初は抵抗があったものの、今はもう成るがままにしている。なんだかんだ彼女たちの楽しげな顔を見ているこちらも得をしているのだろう、用務員さんの負担を減らせるし、本人たちがやりたいなら、と好きにさせている。
「はい、それじゃあ命先生、つかまって?」
ジャンケンに勝ったのはことりさんだったようだ。車椅子の後ろに回ったところを見るともう一人は海未さんか。
「それじゃあ、よろしくね」
私は釈然としないものを抱えつつもことりさんに身体を預けた。