ライブを間近に控え、練習にも熱が入っているだろうμ'sの3人。そんなことを思いながら、それに比べて私は朝から何をやっているんだろう?と、ムダだと分かりつつも目の前の人物に現状の不満を表情にしてぶつけてみる。
「なによその顔?もしかしてこのDVDが欲しいとか言うわけ?あげないわよ、絶対!」
やはりダメだった。聞いてもらうどころか意思が通じなかった…そこからか…
私は、朝一番にその小さな体のどこに隠されているのか分からない力でにこさんに強制連行され、アイドル研究部の部室に拉致された。そしてアイドル研部長秘蔵のコレクション映像を鑑賞させられている。もうすぐ予鈴が鳴る時間…1時間以上こうしていたのか、私は…
「いや、確かに素人の私にも分かるいいモノを見せてもらったんだろうけど、さすがに朝イチで鑑賞会してたら疲れるよ。この人たちのパフォーマンス、なんか激しかったし」
不満の表情はそのままに、端的に言ってみると、
「はぁ〜…今のを見て激しかった、なんて言葉しか出ないなんて…アンタヤル気あるわけ?そんな体たらくであの子達のマネージャーが務まるの?」
…えっ?
今の映像と私の役目に関係があるのか?とか、ヤル気ってなんだ?とか、色々聞きたいことはあるが、それよりもなによりも、どうしても聞き逃せない一言があった。
「マネージャー?私、そんな大役やってる覚えないよ?」
「へっ?違うの?今後の計画立てたり、私みたいなのの説得に回ったり、裏方全般を支えるマネージャー業を担当してるんだと思ってたんだけど」
「そんな立派なものじゃないよ。勝手におせっかい焼いて手出し口出ししてるだけさ。そもそも私が君に話したことは彼女たち知らないしね」
そう言うと、にこさんは何か納得いかない、というような表情で曖昧に頷いた。
「まぁ、別にどうでもいいか…それよりもアンタ、どの道あの子達のサポートしてあげるんでしょ?だったらもっとスクールアイドルについて知って、魅力を感じなきゃダメよ!」
「うーん、私が言ったのはμ'sの協力で、私をどうこう、って話じゃなかったんだけどなぁ」
「それはライブを観てから判断するわ。でもね、その前にニコにあんな自信満々に言い切ったんだから、当然アンタにも責任が発生するのよ。メンバーの子達はライブまで待つにしても、アンタの判断材料はまた別にあるんだから。アンタが口先だけで何もしない情けない男じゃない、っていうところをこのニコニーに見せてみなさい」
どうやらそういうことらしい。協力するにはメンバーだけでなく私の見極めもする、という話か…そこはまぁ30歩ほど譲れば納得できなくもないが、その判断材料がなぜアイドルDVD鑑賞会なんだろう?私はμ'sだから応援するのであって、特別スクールアイドルに興味はないのだけれど…
本音を言えば間違いなく怒られるので、悶々とした気分で唸っていると
「おー、いたいた、こんなところで何してるん?二人とも」
いつも通りびっくりするほど急に現れたのは希さん。なんだろう?私を探していたのかな?
「希?アンタこそなんでこんなところに…」
友達として、突然の登場には慣れているのだろう。にこさんは驚きより呆れの色が強い声で尋ねる。
「んー、朝はヒマやったから相談室に行ったらセンセがおらんくて。生徒とお話ししてきます。って置き手紙あったから、学校のどこかや思て探してたん」
朝来てくれる先生宛ににメモを残していたのを見てきたらしい。ヒマだから、って…相変わらず希さんは相談室を休憩所のように思っているようだ。
「それより、2人が仲良いなんて知らんかったよ。にこっちの大事なアイドルDVD見とったみたいやし。いつの間にそんな深い仲になったん?」
「ふ、深い仲ってなによ⁉︎ちょっとこの前話してみて、このニコが色々教えてあげないとダメだなって思って引っ張ってきただけよ」
「色々教える…や〜ん、ますます意味深やん、さすがにこっち」
だから違うわよ〜!という怒声を聞きながら、当事者なのに一瞬で置いてけぼりになった虚しさを噛みしめていると、
「でも、もう始業時間近いし、戻った方がええんちゃう?ウチもここにおらんかったら諦めて戻ろ思ってたし」
時計を改めて確認すると、確かに予鈴が鳴る頃だ。
「そうね。それじゃ今日はこれくらいにしておいてあげる。けど、また抜き打ちでテストするからね。もっと勉強しておくこと!それと逃げたら許さないからね」
これはなんのテストで、何を勉強すればいいのかサッパリだが、とりあえず頷いておく。
すると希さんがゆっくり私の後ろに回り、
「にこっちはここ片付けてから戻るやろ?そしたらセンセはウチが送ってくわ」
階段もないし、1人で大丈夫だと言いたかったが、満面の笑顔を浮かべて見つめられたら言葉が出ない。結局1人の時よりずっとゆっくりと2人は廊下を進んでいた。
「その後、生徒会の方はどうなの?」
「うーん、正直あんまり進展はないなぁ。先の話やけど、オープンキャンパスで何かやろうって話にはなっだとこやね…でも…」
「具体的な話にはまだ入っていないと…絵里さん、大丈夫かな?」
「ウチやセンセには色々話してくれるし、まだ大丈夫や言うてるけど、追い詰められてはいるやろなぁ…なんとかしたいんやけど」
それからなぁ、と希さんが続けようとした時、遠目でも分かる金髪が向こうの角から見えた。噂をすれば影、というやつか。
「あら、希…命さんも…おはようございます」
やはり疲れているようだ。よし、ここは…
「おはよう、絵里さん。急だけど、今日の昼休み空いてる?またお話し聞くよ。吐き出して、ちょっとでもリフレッシュしたほうがいい」
彼女の様子が心配な時は、こうして私から約束を取り付ける。絵里さんから言うことはほとんどないからだ。一時崩れかけたが、これは彼女が生徒会長になったときに決めた、2人の付き合い方のルールのようなものだ。
「…命さん…でも…」
「ええから、行っといで、エリチ。昼休みにする予定だった仕事はウチが変わるから」
希さんからの援護射撃が入る。こうなるとだいたい…
「わかりました。それじゃ、昼休み…お邪魔しますね、命さん」
微かに、それでも確かに笑顔を浮かべて約束してくれた。
「うん、待ってるよ、絵里さん」
…お茶を用意しておかなくては…
昼休み、昼食を一緒にとりながら、一通り絵里さんの話を聞いた。
生徒会、と言っても、廃校問題に真剣に取り組んでいるのは半分もいないらしい。それよりも生徒会の通常業務に打ち込みたい、という意見が言葉ではないが態度に出ているそうだ。
希さんが言おうとしたのはこれかな、と思いながら、私も考えてみる。確かに廃校問題は本来学校運営に携わる経営者の問題だ。生徒会だからと言って生徒がなんとかしろ、と言われる筋合いはない。だがそれは客観的に見た意見だ。
心情からすれば、これは生徒全員でもっと真剣に考えるべきことではないのか。他人事のように構えている生徒が多いのは、私も気になっていた。まぁ、私は学生じゃないし、μ'sや絵里さんを見ているからそう思うだけかもしれないが。
「命さん、私って押し付けがましいことしてるんでしょうか…?私はただ、生徒会長として、この学校を守らなきゃ、って思っているだけなんですけど」
…さて、どうするか…言っておきたいことはある。私から言えば、絵里さんも少しは意識を変えるだろう。そのくらいには彼女に対する私の影響力があるのは自覚している。
しかし、それでいいのか?今の彼女が間違っているわけではない。ただ生来の責任感の強さが彼女の視野を狭めているだけだ。これまでずっとその責任感を柱に頑張ってきた絵里さんを私は知っている。
教育者でもない私の不用意な一言でこれまでの彼女を否定することにならないか…そう思うと躊躇してしまう。これ以上絵里さんを傷つけることは、どうしても避けたかった。
「うん、絵里さんは間違ったことは何もしてないよ。ただ、絵里さんと他の人たちの間で認識に齟齬があるんだと思う。まずは、話し合ってみるといいんじゃないかな?廃校問題について、どう思っているのか」
結局自分の口から大切なことは何も言わず、自分で気づくことに期待している。
南理事長や先生方を見ていると、なんでも教えてあげるだけが教育じゃない、自分で考える環境を作ることも大事、ということは分かる。
だが私はそれとも違う。ただ絵里さんを傷つけるのを恐れているだけ。何のためのカウンセラーだ。
そんなことをエンドレスで考えながら、2人のランチタイムは終わった。
絵里さんは私に目線を合わせるように屈みこんで、
「命さん、ありがとうございました。聞いてもらって、楽になりました」
笑顔で礼を述べる絵里さんを不安にさせないために、こちらも笑顔で彼女の頭を撫でる。
「御礼はいいよ。何もアドバイスできなくて、ゴメンね」
首を横に振って本心から私の言葉を否定してくれる絵里さんがいて、それが本当にうれしかった。
絵里さんが出て行って、静かな部屋で考える。すると、扉が開いた音がした。いつもなら人が近づいてきた時点で気づくのだが…
「今の、生徒会長よね?仲がいいみたいね…長いことお話しして…って、どうしたの?命、思いつめた顔してるわよ?………。私で良ければ、話してみない?」
ここの生徒の中では一番長く共に時間を過ごした
閲覧ありがとうございます。
今回は、ファーストライブに向けて、μ'sと命くんの繋がり、みたいなのを描写してみよう、という回です。前後編に分かれる形になってしまいました。正直あまり読み応えのある話ではないかもしれないので、原作のおおきな見せ場だったファーストライブまで、次回と次次回、早めに上げられるように、頑張ります。
意見、感想、お待ちしております。
ではまた!