…久しぶりだってのにこのクオリティの低さよ…
「ライブやりまーす!」
「音ノ木坂学院のスクールアイドル、μ'sです、よろしくお願いしま〜す」
「あ、あの、えっと…ラ、ラ、ライブを…」
「ほら海未さん、もっと声張って。誰も止まってくれないよ」
講堂ライブを間近に控え、μ's+私は登校する生徒たちに向けてチラシ配りをしていた。名前も決まり、勢いのある二人はなかなかのペースでチラシを消費していく中、海未さんだけは気恥ずかしさが先行して声をかけられずにいた。
私がフォローに着いてから多少ペースは上がったが、私があまり出しゃばっても意味がないので控えめにしていると、またペースが落ちた。この分だと始業までに配り切るのは無理かもしれない。
そんな中、一人の生徒と穂乃果さんが何やら揉めていた。というより穂乃果さんが突っかかられているようだった。
「どうしたの?穂乃果さん」
「あっ、ミコちゃん先生」
「…んっ?あんた、たしかスクールカウンセラーの…」
近づいてきた私の存在に気づいた生徒が顔をこちらに向ける。小柄だったので1年生かと思ったが、リボンの色は3年生のものだった。
よくよく見たら覚えのある子だった。まず目に入ったのが、ツインテールにしているきれいな黒髪。少し子供っぽい印象を受けがちな髪型だが、彼女の場合は本人の雰囲気にマッチしている。体全体も、それぞれのパーツも小さくまとまった感じだが、内側からにじみ出る活力が目に見えるようで不思議な存在感があった。
…そうだ。いつだったか希さんが話してくれた…「にこっち」…じゃなくて…
「えっと、確か…矢澤にこさん…だったよね?」
「?ニコの名前知ってるの?」
「希さんのお友達、だよね?…それで、どうしたの?二人とも」
「っと、そう、そうよ!あんたたち、ホントにライブなんてやるつもり⁉︎」
「…えっと、はい、そうですけど…」
急に勢い込んで穂乃果さんに突っ掛かり直す矢澤さん。その勢いに呑まれ穂乃果さんも若干引き気味になっている。珍しい光景だ。
「ふーん?始めたばっかの素人の集まりが?まさしく無謀、ってヤツね。…悪いことは言わないわ、止めといた方が身のためよ」
どういう目線から言っているのか分からないが、やたら上からモノを言う子だな。少し鼻に付く言い方だが、バカにしている感じはしない。どちらかと言うと忠告という意味合いを感じる。…選んだ言葉はどうかと思うが。
「…確かにまだ始めたばかりだし、上手とは言えないかもしれないけど、私たちは本気です!やらなきゃいけないし、やりたいって思うから、全力でやります!」
力強く言い切った穂乃果さん。ここまで真正面から返されるとは思っていなかったのか、少し後ずさる矢澤さん。
「フ、フン!本気、なんてのは当たり前のことよ!アイドルってのはそんな甘いもんじゃないのよ?わかってるの?」
まあこのままだと妙な意地を張って平行線になりそうだ。そろそろ私も口を挟ませてもらおう。
「そこまで言うなら君もライブ観に来てくれないかな?彼女たちの意志を確かめるならそれが一番だと思うんだ」
持っていたチラシを半ば強引に矢澤さんの手に渡して誘いをかけてみる。
「なんでニコが…素人のライブもどきを観に行くヒマなんてないわ!残念ながらね!」
若干顔を赤らめながら言い切ると校舎の方に歩き出す矢澤さん。言葉とは裏腹に渡したチラシは落とさないようにしっかり握っていてくれた。これは脈アリ、かな?あとは一押し…
「矢澤さん!今日の放課後、時間空いてたら相談室に来てくれないかな⁉︎」
私の体では限界に近いくらいの大声で呼びかける。
「っ!ハ、ハァ⁉︎なんでニコが?お断りよ!」
こっちは完全に脈ナシだな…だけどライブまであまり日もない。希さんから聞いた話と直接見た感じから、アイドルに詳しい子なのは分かった。そんな彼女がμ'sを応援、せめて見てくれたらきっとプラスに繋がるはずだ。
……しょうがない…ちょっと強引だけど…
その日の終礼を終え、放課後になったことを告げる鐘の音。いつもは相談室で聞いている音だが、今日は特別…
私は3年生の教室の前の廊下にいた。…そう、待ち伏せだ。
「……うわっ⁉︎なによアンタ!なんでこんなところに…」
「こんにちは、矢澤さん。ちょっとお話ししたいことがあってさ、急ぎの用事がなければ付き合って欲しいんだけど…」
「………。ハァ、分かったわよ。教室の外で待ち伏せなんてこれっきりにしてよね」
良かった。あまりいいやり方ではない自覚はあったし、こんなつきまとうようなことは私自身何度もやりたくはない。
相談室に到着。お茶を淹れて一息。
「…それで、ニコに用って何よ?」
「うん、あの3人…μ'sって言うんだけど、彼女たちのこと、どう思う?…アイドル研究部の部長さんとして」
「…!……なんだ、知ってたのね?だったら遠慮なく言わせてもらうけど、やっぱり無謀よ。現実見ないではしゃいでる風にしか見えない。スクールアイドルってのはそんな甘いものじゃないの」
「…そっかぁ。やっぱりそう思うよね…でもさ、初めの頃って誰でも未熟なものじゃない?それでも時間がない中頑張ってるんだよ。この時期のライブも考えた結果さ」
「だからってね、お客さんはアイドルの事情なんて知ったことじゃないわ。どれだけキラキラしてるか、輝いて見えるか。この時期にしては、なんて注釈が必要なアイドルなんて誰も求めちゃいないのよ」
やっぱり彼女は手厳しい。そしてそのストイックな考え方はアイドル、さらにはスクールアイドルというものに対して真摯に向き合っているからこそだ。そんな彼女だからこそ…
「ならさ、賭けてみない?今度のライブ、彼女たちが君の心を動かすことができるかどうか」
矢澤さんは胡乱な目つきでこちらを見てくる。…目力すごいな、この子。
「もし何も可能性を感じなければ、なんでも言うことを聞くよ。もう関わるな、って言うなら話しかけないし、欲しいものがあるなら私が用意する。ただし、君の中で何かを感じたなら、君にはμ'sに協力してもらう」
「……協力って?なにしろっての?」
「1番理想的なのはメンバーになってもらうことだけど、そう簡単なことじゃないし、半ば強制的な形で入ってもらっても仕方ないしね。君のアイドル知識や、練習経験。そういったものをμ'sにも活かせるように提供して欲しい。まぁコーチ、みたいなものかな?」
「……ふーん。アンタ、色々考えてるのね」
まあ、私も協力者、って立場で動いてるし。…反応は悪くない、かな?
「それで、どうかな?」
「…いいわ、乗ってあげる。校内で評判のカウンセラーさんに、何してもらうか考えておかなきゃね」
「…ふふっ、約束は守るよ。そうはならないと思うけどね」
「……そもそも賭けとして成立してないわよ、これ。あり得ないけど、万一ニコがあの子達に何かを感じたとして、それを言わなければいいだけじゃない」
「…うん、そうだね。でも、矢澤さんはそんなことしないよ。スクールアイドルに関しては君は嘘をつけない。その証拠に、今私に賭けのアンバランスさをわざわざ教えてきた。黙ってればいいのに、それができなかった」
「!……アンタ、見透かしたようなこと言うのね」
「気に障ったなら謝るよ。でも、矢澤さん。自分で思ってるよりいい子みたいだからね。信用してるよ」
「……フン。話は終わりでしょ?ニコはもう帰らせてもらうわ。じゃーね、カウンセラーさん」
そういうと足早に出口に向かう矢澤さん。その背中に私は…
「矢澤さん、私の名前は紡屋 命。次に会った時は名前で呼んでくれると嬉しいな」
一瞬足を止めた矢澤さんは、小さくため息をついて、ドアを蹴飛ばすような勢いで出て行った。
これで、確実にライブを観に来てくれるだろう。まぁ、あの様子じゃ黙ってても来てくれたと思うけど。ライブが差し迫った今はメンバーを増やす、なんて博打は打てないが、後々を考えれば、新メンバー候補、並びに協力者は可能な限り多く居て欲しい。強引なやり方ながら、1人の有望株の関心を集めることができた。
…こう打算的な思考をしていると、自分が嫌いになりそうだ。でも、μ'sの子たちにできなくて、私にできることとなると、こんなことばかりだ。
確か今日は放課後もチラシ配りだったはず…手伝いに行こうかな…
私は先生に声をかけて、外出の支度をする。
目に見える形での手伝いをすれば、自分の気持ちが軽くなるような気がしたから。
閲覧ありがとうございます。
ニコちゃんは1番扱いが難しく感じてます。今回もやっと出番だってのになんか雑になっちゃって…反省。
今後もまた更新が遅れることはあると思います。こんな駄作を楽しみにしてくださる方がいらっしゃったら申し訳ありません。更新したのを見かけたらチラッと見てみるか、くらいの気持ちで見守ってもらえるとありがたいです。
感想、評価お待ちしています。では、また!