では、どうぞ!
控えめなノックの音が響く。いつもそう。彼女は毎回どこか遠慮気味に入ってくる。
「いらっしゃい、真姫さん、早かったね」
「命が呼んだんじゃない。あら、何か聴いてたの?」
真姫さんは私の膝の上に置いてあるヘッドホンを見て聞いてくる。
「あぁ、今まで真姫さんに聴かせてもらった曲をちょっとね」
「私の曲?なんでまた…」
話をする前に少しでも真姫さんの気持ちに近づけたら、と適当に流していたが、一つ気づいたことがあった。
「真姫さん、君がつくるのは、なんていうのかな…いわゆるアイドル調の曲が一番多いね」
不定期に時々聴かされていたので分からなかったが、特に最近はそういった曲、A-RISEの曲とかにも近いものがあったと思う。
「……?それがどうかしたの?…………。あぁ、なるほど、南理事長の娘って先輩もいたんだったかしら?じゃあ私と命のことも知ってるか」
真姫さんは本当に察しがいい。こういったところも含めて、他人を寄せ付けない雰囲気が出てるってことなのかな…
「珍しく命から連絡よこしたと思えば、あの人達に協力するように説得するためだったわけね」
「まぁそうだね。あの3人とは前から仲良くしてるんだ。私も廃校阻止のために何か力になりたいし、今はあの子達に協力してる」
「ふーん、あっそう。良かったわね、あの人達美人だもの。さぞかし楽しいんでしょうね」
おかしい。予想してた反応と違う。反発されるとは思っていたが、何故彼女たちが美人だという話になるのか…いや、確かに3人ともタイプの違う美人ではあるが。
「ちょっと話が変な方向に行ってない?私はただ廃校阻止のために頑張ってる彼女たちを応援しようと…」
「そこがまずおかしいわよ。なんであなたが協力してるの?命なら分かるでしょ?あの人たちの目標は現実味がなさすぎるわ。不可能よ」
バッサリ言うなぁ。流石真姫さん。
「難しいのは確かだけど、あの子達は本気なんだ。それは君にもわかったでしょう?ゼロじゃない可能性にかけて努力してるあの3人を手伝いたい、って私が思って私が決めたことだよ」
私の言葉を聞いて、真姫さんはしばらく沈黙してから深いため息をついた。呆れた、というより根負けした感じだ。
「真姫さん、どうして作曲のお願い、断っちゃったの?君だって、音ノ木坂がこのまま無くなるのはイヤでしょう?」
聞いてはみたが、彼女の答えはおおよそ見当がつく。それでも聞いたのは、真姫さんの口から心の内を聞きたかったから。
「……命は知ってるわよね?私の音楽は趣味だって。それ以上にはならないし、なっちゃいけないって」
「うん。真姫さんにはハッキリした未来がある。この病院を継ぐ医師になるっていう未来が」
「そう、私はそのためにずっと勉強してきたわ。音楽も頑張ってきたとは思うけど、将来音楽の道に進むわけじゃない…そう決めて、ずっとそう思って続けてきたの」
真姫さんは小さく唇を噛んで俯いた。言いづらいことを言わせてる、ひどい男だ、私は…
「今あの人たちに曲を作ったりしたら、私が作った曲を私以外の誰かが歌ってるのを聴いたりしたら、私はきっとさらに音楽にのめり込んでしまう。切り離せなくなるくらい、自分にとって大切なものになってしまう…」
無意識だろうが、彼女はずっと拳を強く握りしめている。手を痛める前に私の両手で包んで解させる。
「だから、私はあの人たちに曲を作ることはできない。悪いけど、他を当たるように命の方から言っておいてくれる?」
「君の気持ちはわかったよ。やっぱり彼女たちが気に入らない、とか興味がないとかそういう話じゃなかったんだね」
基本良い子でアイドル好きの彼女だから、ないとは思っていたが、もしそんなことを言われたら私にはもうどうしようもなくなっていた。
「そうね。命に嘘ついてもしょうがないわね…あの人たちはスゴイと思う。歌っているところを見たいとも思うわ」
よし、真姫さんの想いは聞けた。ここからは…
「そっか。………ねぇ、真姫さん。どうして切り捨てる準備をしながら音楽を続けてるの?」
ハッと表情を変えて私の顔を見る真姫さん。あぁ、今からスゴイ嫌なことを言うんだよなぁ、私…
「もっとやりたい、って気持ちを押さえ込んで中途半端に続けて、嫌なのにどうしても人の期待を受けてしまう…そんな状態で音楽を続ける必要ないと思うけど」
「そ、それは…」
「真姫さんはもう既に、自分で思っているよりずっと音楽にのめり込んでるんだよ。切り離すことができなくなるくらいにね」
それを認めてしまえば、両親を、さらに言えば今までの自分を裏切ってしまうような気がしてどうしても認められなかった…そんなところだろう。
「でも、それはそんなに悪いことなのかな?大好きなことに思い切り打ち込む。誰に迷惑かけてる訳でもない、当たり前のことだよ」
「それは…でも私は、やらなきゃいけないことがあるの!そのためには、いつまでも一つのことにこだわってられないのよ!それとも命は、病院を継ぐのなんて辞めて、音楽に打ち込めばいいって、そう言うの⁉︎」
触れられたくないところを思い切り殴りつけられたようなものだ。ヒートアップする真姫さんの口調も荒くなる。
「そんなことは絶対に言わない、言えないよ。真姫さんが本気で医師を目指しているのは知ってる。ご両親がずっと期待をかけてくれてたことも、その期待に応えようと努力してきたことも…全部知ってる」
「じゃあ、どうすれば…」
自分で自分を相当追い詰めているようだ。簡単な話なのに
「真姫さんは、どちらかを切り捨てなくちゃいけないと思ってるみたいだけど、必ずしも二者択一って訳じゃないんじゃないかな?勉強を疎かにせずに音楽にもこれまで以上に打ち込む。難しい話じゃないでしょ」
大きく目を見開く真姫さん。まさしく目からウロコって感じだ。
「…ムリよ。そんな都合のいい話」
「そう?なんでムリだって思うの?やってみてもいないのに」
「…………。」
「真姫さんは両立できるかどうかなんて考えたことはないはずだ。君はムリだと諦めたいだけだよ。そうした方が楽だから、自分に嘘をついている、でもこのままだと、いつか絶対に後悔する。だから、ちゃんと考えてみて欲しいんだ。本当に自分にはできないのか…もしそれでやっぱりムリだって思うなら私はもう何も言わない。けど、真姫さんならできるって、私は信じるよ。君自身がなんて言ってもね」
ひどく強引な物言いだ。とてもカウンセラーの発言とは思えない。それでも真姫さんが少しでも考えてくれるなら…
「……あなたはどうして、そこまで私を信じてくれるの?」
長い沈黙の後に真姫さんが呟く。なんだ、そんなことか。
「真姫さんは、私の知る誰よりも才能があって、努力を重ねてきた人だから。君なら大切な
言い切って、彼女の顔を見たら、何故か静かに涙腺崩壊していた。な、何故に⁉︎
静かに泣き続ける真姫さんの頭を撫でながら思いつく限りのなだめ文句を紡ぎまくる。
やがて、どうにか落ち着いてくれた彼女は、いつものように少しツンとした態度で…
「命の言いたいことは分かった。きっと私は怖がってただけなのね…当たり前のようにあったものを捨てる時が来るのを。ありがとう、先のことはもっとよく考えてみることにする…まずは新しい曲、作りながらでも、ね」
「ッ!本当に⁉︎ありがとう、真姫さん!」
「フ、フン!感謝しなさいよね!」
どうにか役目を果たせたようだ…前々から気になっていた真姫さんの心情も少しは晴れやかにできたか…上々だな。
「それじゃあ、話がついたらあの子達の連絡先を教える手はずなんだけど、今教えるから、真姫さんからメールしてみない?これからのお付き合いの第一歩として」
「なっ!う、うーん……ってちょっと!人が考えてる間に携帯獲るんじゃないわよ!質問したのにまるで答え聞いてないじゃない!」
ちょっとしたドタバタを挟んで、無事に穂乃果さんたちにも話を伝えられた。
その後も少し話をして、真姫さんが帰る頃合いになった。
扉に手を掛けたところで、真姫さんが振り向いて…
「…ねぇ…あくまで参考までに聞きたいんだけど…あの人達の事情とか、私の事情とかを抜きにして、私があの人達に曲を提供したら嬉しい?あの人達が私の曲を歌ってたら、聴きたいって思う?」
妙なことを聞く…答えは決まっている。
「もちろんだよ。私はあの子達のことが好きだし。知ってる曲なんて少ないけど、私はどんな名曲よりも真姫さんの作る曲が好きだからね」
前半で若干不機嫌な空気を感じたので、早口で後半を続けた。最終的には今の発言は合格点だったらしい。なんだか慌てた様子で挨拶もソコソコに出て行ってしまった。
とにかく、「音ノ木坂のスクールアイドル」にまずは一つ、貢献できたな。
……そういえば、グループ名って決まってないのかな?私も真姫さんも、「あの子達」とか「あの人達」とか呼んでたからなぁ…今度聞いてみよう…
そんなことを考えながら、その日は真姫さんの曲を聞いて過ごした。
閲覧ありがとうございます。
真姫ちゃんお説教(?)回でした。この回は真姫ちゃん加入時に回そうかとも思ったのですが、花陽ちゃんや凛ちゃんのことも考えて早めに消化することにしました。
次回も読んでいただけたら嬉しいです。
ではまた!