玉狛支部へと向かう東堂、辺りはすっかり夕暮れに包まれている。『宇佐美さんには悪いですが、徒歩でのんびり向かいましょうか』と、トリガーの入ったショルダーバッグを肩にかけ、東堂は夕暮れを堪能していた。
「たまにはこういうのもいいですね…」
時折すれ違う猫、鳥の鳴き声、街の喧騒…普段であれば、それらから得る知覚的情報は限りなくシャットダウンし、自分が行っている研究・開発室で行っているプロジェクトに思考を回してしまう。だからこそ東堂にとっては、こういった些細な散歩はたちまち日々の疲れを取る癒しに変わるのだ。
玉狛支部まであと少しというところで、東堂の携帯に着信が入る。ディスプレイには「米屋 陽介」の文字
「もしもし、どうかしましたか?米屋君」
『東堂さんもしかして、これから玉狛に行く感じっすか?』
「えぇ、そのつもりですが…もしかして監視役だったり?」
『そうなんっすよ…うーん、なんて報告すっかな~』
電話口の向こう側から、古寺の声も聞こえる。恐らく城戸司令から、空閑の行動パターンを把握する為の監視命令が下ったのだろう。
「そこまで難しく考えることはないでしょう。僕は内部にて潜入捜査でもしているとか、適当に報告しておいてください」
『なるほど、じゃあそんな感じで』
ふと振り返ると後ろのビルから手を振る米屋が見えた、こちらも倣って軽く手を振り再び玉狛支部へと向かう。それにしても先程の軽い会話だけでも、グッと現実に引き戻された感じがする。再び東堂の頭は『下された命令をどう処理するか』で埋め尽くされていくのであった。
川の中央に建てられたいかにもな建物、ここが玉狛支部である。外側を覆っていたはずであろうレンガが、隅のほうに少し残っている。なかなか味のある基地だと東堂は毎度思わせられる。
ボーダー本部のきっちりとした近代的な基地も魅力的だが、古めかしい味のある基地もまた魅力的だ。「どちらが好みか」というアンケートを取れば、なかなかにいい勝負をするのではないだろうか?
と、そんな事よりも早くトリガーを渡さねばいけないと我に返る。架けられた橋を少し早歩き気味に渡り、基地のインターホンを鳴らす。
『は~い、今出ますね~』
中から元気のいい声が聞こえる。待つこと十数秒、やがて勢いよく扉が開けられる。
「あっ、東堂さん!待ってたよ~。とりあえず中入ってて?お茶の準備しなきゃ」
ただ渡して帰る予定だったのだが、もう中に入ることが決定していたらしい。東堂が呼び止めようとするも、宇佐美は既に玄関からいなくなっていた。少し困った様子を浮かべるも、こうなってしまったらしかたないと支部の中に入っていく。
玉狛のリビングに繋がる扉に手をかけた時、不意に後ろから声を掛けられる。
「よう要。こっちの支部にくるのは結構久しぶりだな」
「そうですね…半年振り位でしょうか?お邪魔しますね」
「おう、ゆっくりしてけ」
軽く会話をし、中へ入っていく。その後ろ姿を見ながら、やれやれといった面持ちになる迅。
「まだ5分5分っていったところか。さて、どうなるかな」
リビングに入ったはいいのだが、聞いていた新人どころか誰もいない。これから教えると言っていたはずなのだが、聞き間違いでもしたのだろうか。小首を傾げていると、宇佐美がトレーに3人分のお茶を乗せてリビングに入ってきた。
「東堂さんわざわざありがとうね」
「いえ、ところで例の新人の人達は?」
「…あのね?凄く申し訳ないんだけれど」
どうやら時間を忘れて盛り上がってしまったらしい。急いで持ってくる必要が無いことに気付いたのは、間が悪いことに新人が帰った後だったので、そわそわしながら待っていたそうだ。
その話を聞いてなるほどと苦笑してしまう。別にだからといって怒るほどでもないので、柔らかい表情のまま返答をする。
「大丈夫ですよ?僕もそういうことたまにありますし、気にしないでください」
「ホントに申し訳ないです…」
「と、そしたら僕はそろそろ帰りましょうか」
「まぁ待てよ」
ゆっくりとソファーから立ち上がり、扉へ向かおうとしたところを迅に呼び止められた。
「はい?」
「明日予定無いんだろ?どうせなら今日泊まってかないか」
急な誘いに少し困惑してしまうが、この誘いにも何か理由があるのだろう。その理由を聞いてからでも、決めるのは遅くはない
「何か他にやってもらいたい事があるんですね?」
「じつは…今日トリガーを持ってきてもらったついでに、東堂さんにトリガーの種類を教えるのを手伝ってもらおうと思ってたの…」
その言葉に、思わず笑ってしまう。
「なるほど、流石にこの流れからは呼びにくいと思ったんですね」
「…はい」
かなりしおらしくなってしまった宇佐美。これはいけないと、今日一番の笑顔を作りながらこう言うのだった。
「そんなの気にしなくても大丈夫です。それじゃあ今日は僕が晩ごはんを作りましょうか」
キッチンの方へと向かっていく東堂に呆然とする宇佐美であったが、それに続く迅にこう言われるのであった。
「な?だから大丈夫って言ったろ」
それを聞きいつもの笑顔が戻る、やはり宇佐美には元気な笑顔が良く似合う。
晩ごはんを食べ終わったあと、東堂は支部の屋上に立っていた。まだ外は寒く吐く息が白い、手に持っているマグカップからも湯気とコーヒーの香りが立ち込めてくる。
考えていることは、やはり黒トリガー確保の件。
後ろからドアが開く音が聞こえたので振り返ると、そこには同じく湯気を立ち上らせたマグカップを持った迅がいた。
「やっぱここにいたのか、宇佐美が探してたぞ?」
「そうですか…もう少ししたら向かいましょうかね」
そう答える東堂の声や表情はいつもと同じように見えたが、迅からすると何か違和感を感じざるを得なかった。
「…どっちに着くかで悩んでるみたいだな」
「やっぱり見えてましたか…その通りです。普段は特に考えなくてもいいのですが、こういう時は城戸派にいると息が詰まりそうですよ」
「まだ決まっていないのか?」
「えぇ、強奪というやり方には当然賛同できません。だからと言って僕は城戸派ですから、自分の身を守る為には命令を遂行しなければいけません。本当にどうしたものか」
「そうか」と迅は視線を外し外を眺める。それに続き東堂も「そうなんです」と同じく外を眺める。暫く無言の時間ができるがそれもつかの間、迅が口を開く
「要、おれは…
「『楽しい時間』…ですか」
「おれは、要たちとバリバリ戦り合ってた頃が最高に楽しかった」
「……。」
「ボーダーにはいくらでも遊び相手がいる、きっとあいつも毎日が楽しくなる。あいつは昔のおれに似てるからな」
「きみがそこまで気にするのも珍しいですね」
「…けっこうハードな人生送ってたみたいでさ」
そこから語られる空閑の話は、予想を絶する程だった。物心ついたときから紛争地帯で戦っていたこと、一度死んでいるということ、彼の父がそれを助ける為に黒トリガーを作ったこと、確かにハードな人生である。自分と似ているからという理由で気にかけるのにも頷ける。
「それでは今の彼はトリオン体という事ですか?」
「あぁ、そうみたいだな。ただ、内部に封印した肉体は今も死に向かっていっているみたいだ」
「…それをどうにかする為にこちらの世界へ?」
「それがどうも違うみたいでな。黒トリガー本体から親父さんを蘇らせる事ができないか、そう考えて
「最上さんを…」
「…あぁ」
迅が腰に掛けている
「まぁそんなわけで、要もあいつのこと気にかけてやってくれ」
「それを今の僕に言いますか」
「まぁな。もうおまえは城戸派側で動いても、あいつの
妙に自信満々なところにイラっとします。こちらがこんなにも悩んでいることを、こうもきっぱり言い放つのにもイラっとしました。これは少し意地悪しないと気がすみませんね。
「「おれのサイドエフェクトがそう言ってる」」
「おいおい、おれのセリフ言うなよ」
「ふふふ、お返しです♪」
「…なんのだよ。まぁいいや、じゃあまた後でな」
そう室内へ戻っていった。迅と話をしてやっと考えも纏まったのか、先程とは打って変わって晴れやかな表情だ。
「えぇ、これでいきましょう。当日が楽しみですね、悠一」
満天の星空を見上げながらこう思う。『やはり今日は良い日でしたね』と。
最近お気に入りと評価が増えました。皆様本当にありがとうございます。
次話はほとんどトリガーの説明になると思うので(弧月とかスコーピオンの)
明日辺りにアップしようかなと思っています。