穴熊寮からごきげんよう   作:秋津島

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「私には反省しなければならないことがいくつかありました」
「特に彼の肉体を限界まで酷使してしまったことは、直接謝罪しなければならないほどの失態です」
「それでも幸運だったのが、これが起きたのがまだ序盤だったということです。このときならまだ、如何様にも修正が可能でしたからね」


見慣れた文字の不思議な手紙

「おはよう、エド。ふむ、今日は一段とひどい顔ですね。せっかくの素材が台無しですよ」

 

朝起きて支度を済ませた後、まだ眠っているザカリアスを起こさないように静かに寝室を出て談話室に入ると、すでに起きていたジャスティンに顔を見られるなり開口一番そう言われた。ひどい。

 

9月の中ごろに相談した「寝ているのに寝不足っぽい」、「ぼんやりすると強くなる」という案件は、そのあともしばしばおれたちの会話に上がっては、なぜかおれを除いて白熱した議論が繰り広げられた。それでも、一か月以上経った今でも未だ明確な解答には辿りつけていない。

そうこうしている間にも、おれの容態は日に日に悪くなっていく一方だった。三人はおれが真夜中に起き出していないかと、何度か黙って寝ずの番をしていたらしいけど、やっぱり寝てから起きるまで何らおかしいことはなかったという(もっとも、三人が朝まで起きていられたことはないようだから、信憑性には欠けるが)。

授業中に眠ってしまうことは幸か不幸か一度もなかったが、スネイプ先生には授業の度に少しずつ減点されたり、結構得意だった変身術や呪文学の授業もいまいち揮わなくなってしまった。それでも薬草学だけはいつも通りの成績を叩き出せていたのは、きっとハッフルパフ生としての矜持だったのだろう。

そんなおれの不振は先生たちの間でも話題に上っていたようで、マダム・ポンフリーには何度か強制的に医務室送りにされそうになったし、スプラウト先生はこっそりハーブティーを入れてくれたり、フリットウィック先生はチョコレートをくれた。やったあ。けど、そんな先生たちの好意もおれの体にはあまり効果がなかったようで、今もこうして睡魔にさいなまれている。なんだか申し訳ない。

数分遅れて、アーニーが談話室に入ってくる。

 

「おや、エドガーにジャスティン。もう起きていたのかい。……なんだ、ひどい顔じゃないか」

 

10月31日。楽しいハロウィーンだというのに、ハッフルパフ生の間では人の顔を見るなり開口一番「ひどい顔」と言うのが流行っているのだろうか。恨みがましくアーニーを見つめると、素直に謝罪の言葉が返ってきた。ジャスティンは笑っていた。

 

「朝から元気だなあ、君たちは。ああ、エドか。ひどい顔だな。もう仮装の準備をしているのかと思ったよ」

 

最後にやってきたザカリアスの言葉で、おれの中の何かがぷつりと切れたような音がした。

杖を使った決闘ならまだしも、素手での喧嘩は好みではない。ただ、ここまで言われてじっとしていることはできなかった。きっと、寝不足で気が立っていたんだ。仕方ない。

アーニーとの距離を詰めようと右足を踏み出したその瞬間、足元がぐらりと崩れた。驚いて左足を軸に体勢を立て直そうとしたが、またもや足元が崩れてしまう。実際は足元の地面は変わらずあって、崩れたように感じたのは足に力が入らなかったからだとわかったのは、おれの意識が完全に途切れるその直前だった。

 

 

目を覚ました時、外はすっかり薄暗くなっていた。パンプキンパイの甘い匂いが漂ってくる。久しぶりに熟睡したような気がして、なんだか頭がすっきりしていた。

枕元にはマダム・ポンフリーと、なぜかネセレがいて、おれを見下ろしている。

 

「朝食前に倒れたのを、お友達三人が運んできたのですよ」

「そうでしたか……。ところで、今は何時なんでしょうか?」

「夕食の時間が始まって少し経ったところです。大丈夫そうなら、早く大広間に急ぎなさい。せっかくのご馳走が、逃げてしまいますよ」

「……はい! ご心配おかけしました」

 

ベッドから起き上がって医務室を出ようとすると、呼び止めるようにネセレが鋭く鳴いた。「あら、忘れていました」とマダム・ポンフリーは一度手を叩いて、ポケットから手紙を見せた。

 

「朝食の時間に届いたのだけど、あなたはここで寝ていましたからね。そのことをあなたのお友達が伝えたら、この子はわざわざここまで来て、ずっと待っていたのですよ」

「そうだったんですか。ネセレ、心配かけたかな? ごめんね。もう大丈夫だよ」

 

差し出された手紙を受け取って、感謝の気持ちを込めてネセレの首元をくすぐると、ネセレは目を閉じて一度だけ鳴き、それからふくろう小屋へと飛び立っていった。

 

「ほら、あなたも急ぎなさい」

 

マダム・ポンフリーに背中を押され、おれも医務室を出た。

 

大広間に行く前にまずは身なりを整えたかったので、おれは一度寮に戻ることにした。生徒は全員大広間に集まっているからか、廊下はやけに静かだ。こつこつと足音を反響させながら、そういえばと左手に持ったままの手紙の存在を思い出した。

歩きながら見るのは行儀が悪いが、今は誰も見ていないからと心の中で言い訳をして、飾り気のない白無地の封筒を開く。中には二枚の便箋が重なった状態で二つ折りになって入っていた。開いてみればそこには見慣れた――いや、見慣れすぎた右上がりの癖がある字が並んでいた。

 

『夢の内容を思い出してごらん』

 

それは紛れもない、自分の字だった。

思わず足を止めて二枚目にも目を通すと、こちらには覚えのない呪文が並んでいた。盾の呪文と、武装解除術、治療の呪文の三つだ。練習しろということなのか、それとも使ってみろとのことなのか。

差出人の名前を探してみたが、手掛かりになりそうなものは何もなかった。もやもやした気分を胸に抱きつつ、手紙をもとに戻しながらまた足を進める。

 

「夢の内容……」

 

思い当たるのは幼いころから今まで変わらず見る、見知らぬ少女たちが謎の本について語っている夢だ。そういえばあの夢によく出てくる「ハリー・ポッター」という人名は、例の生き残った男の子の名前で、なおかつ組み分けの日に「未来予知」で大量の情報をもたらしたあの眼鏡の少年その人のことじゃないか。あまりにも自然に馴染んでいた名前だったから、今まで全く気づかなかった。

思わぬ収穫を得たが、しかしこの手紙の指す「夢の内容」とはきっとそのことではないだろう。

 

「そういえば、誕生日の前日に何か見たような」

 

確かその夢は、いつもと同じ見知らぬ少女と謎の本が出てくる夢だったが、いつもと違う部分があった。毎回不明瞭か、もしくは単語しか聞こえてこない少女たちの会話が、不思議とその日だけははっきり聞こえたのだ。その内容は、確か。

 

覚えのある光景に足を止める。地下室にある人気のない女子用トイレ。そこから聞こえてくるすすり泣き。10月31日。そうだ、この日は。

 

「ごめんハーマイオニー、緊急事態だから入るよ!」

 

はじかれたように飛び出して、開けっ放しだったドアを申し訳程度にノックしてから、声を掛けて女子用トイレに足を踏み入れる。何とも言えない罪悪感がちくちくと胸を刺した。

案の定中にいたハーマイオニーは驚いた顔をして、それから泣きはらした目を隠そうとして後ろを向いてしまった。

 

「ここは女子トイレよ、出て行って! 私、今はあなたに呪文を教わる気分じゃないの!」

 

呪文を教えに来たわけじゃないよ、という言葉を飲み込む。彼女の反応は当然のことだ。悲しいことがあって一人で涙を流しているところに、突然意図しない闖入者が現れれば叫びたくもなる。

ただ、今はそんな場合じゃないのだ。

 

「地下にトロールが入り込んだんだ。ここにいたら危ない。近くにハッフルパフの寮があるから、一旦隠れよう」

 

ハーマイオニーの手をひこうと一歩足を出したその瞬間、低いうなり声と何かを引きずって歩く音、そしてひどい悪臭が漂ってきた。遅かったか。

ゆっくり振り返れば、前屈みにのろのろと女子用トイレに入ってくるトロールと目が合った。ハーマイオニーが悲鳴を上げながら後ずさりして、壁にぴったり張り付いてしまった。

 

「大丈夫、絶対助けが来るから」

 

トロールとハーマイオニーの間に立ちふさがり、杖を構える。

大丈夫。そう、大丈夫だ。予知が本当ならハリーとロンが助けに来るはずだし、もし来なくても時間稼ぎをしていれば、その間に先生たちが助けに来てくれるはず。

深呼吸をして、まっすぐ相手を見据える。トロールは小さな目を何度か瞬かせ、そして手にした巨大な棍棒を振り回し始めた。洗面台が破壊され、破片が飛び散る。そのうちの一つが頬を掠めたが、気にしている暇などない。

今度はおれを狙って棍棒が振り上げられる。――あの呪文を、使えということか。

 

「プロテゴ、護れ」

 

靄のような半透明な膜がおれとトロールの間に展開される。振り下ろされた棍棒はその盾に阻まれて、その衝撃で手から滑り落ちた。緩慢な動作で落ちた棍棒を拾おうとトロールが屈んだ瞬間に、死角になっていた入口のドアから二人の少年が飛び込んでくるのが見えた。ハリーとロンだ。

 

「ハーマイオニー!」

 

そこから先は、ほとんど夢の内容どおりだった。二人がトロールの意識を入口側に向けさせて、ロンが攻撃対象になったところでハリーがトロールの後ろに回り込んでおれたちのところまで来て、早く逃げるようにと促す。けれどハーマイオニーが動けなくなってしまっているので、止む無く交戦に。逆上したトロールが、一番近くにいたロンに襲い掛かろうと棍棒を振り上げた。

 

「エクスペリアームス、武器よ去れ」

 

咄嗟に呪文を唱えた。振りかぶった棍棒がトロールの手から離れて空中に高く上がる。

 

「ウィンガーディアム・レビオーサ! 浮遊せよ!」

 

続けるようにロンも杖を取り出して呪文を唱えた。棍棒はさらに高く上がり、ゆっくり一回転してから鈍い音を立てて持ち主の頭の上に落ちた。その衝撃でしばらくふらふらとしていたトロールは、やがてその場に倒れこんで伸びてしまった。地震でも起こったかのように部屋が揺れた。

ややあって、騒動を聞きつけたマクゴナガル先生と、続けてスネイプ先生とクィレル先生が駆けつけてきた。マクゴナガル先生はおれたち四人とうつぶせになったトロールを見て唇を真っ青にし、スネイプ先生はおれとハリーを交互に眺めながら苦い顔をした。

まずは謝らないといけないと思って口を開こうとしたら、マクゴナガル先生の冷静だが怒りに満ちた声で遮られた。

 

「いったい全体あなた方はどういうつもりなんですか。グリフィンドールの三人は寮にいるべきですし、ミスター・クロックフォードは医務室にいたのではなかったのですか」

「……すみません、マクゴナガル先生。夕食の時間が少し過ぎたころに目が覚めて、一度寮に戻ろうとして、トロールのことを知らずに地下室に来てしまったんです」

 

ハーマイオニーにそっと目配せする。彼女は小さく頷いた。

 

「私たちは彼の友達で、朝から彼の姿が見えなかったから心配していたんです。そこにトロールが地下室に入ったと聞いて、彼がそのことを知らずに寮に戻ろうとするかもしれないから、いてもたってもいられず探しに来ました」

「三人が来てくれたとき、おれは殺される寸前でした。誰かを呼びに行く時間もなくて、それで。三人がトロールを倒して、おれを助けてくれたんです」

 

おれの目線の真意を正しく読み取ったハーマイオニーはしっかり話を合わせてくれた。ハリーとロンもその通りです、という顔を装っているので、マクゴナガル先生は信じてくれたようだ。

 

「まあ、そういうことでしたら……。しかし、それでもトロールと戦おうとしたあなたたちの考え、そして行動は軽率だったと言わざるを得ません。よって、グリフィンドールとハッフルパフから五点ずつ減点です」

 

ハーマイオニー、ハリー、ロンが少し落ち込んだ様子を見せた。おれも少しへこんだ。マクゴナガル先生は咳払いを一つして、「ですが」と続けた。

 

「運がよかったと言えど、大人の野生トロールと対決できる一年生はそうざらにはいません。よって、どちらの寮にも二十点差し上げます。さあ、生徒たちがパーティーの続きを寮でやっていますから、それぞれの寮へお戻りなさい」

 

そのあとトイレから出たおれは、三人と少しだけ言葉を交わしてから別れて寮に戻った。談話室に入るとザカリアス、ジャスティン、アーニーたちがチョコレートのお菓子をたくさん取っておいてくれていたが、これくらいでは朝の「ひどい顔」発言は忘れるつもりはない。あ、ガトーショコラおいしい。




一回の文字数はどのくらいが読みやすいのでしょうか。よかったらご意見お待ちしております。
ハリーとロンの友情フラグは立てました。あとは接点を作るだけです。
あと、ロンよりもっと出番のない子を見つけました。ドラコ・マルフォイくんです。名前すら出ていません。何とかして登場させたいと思っています。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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