穴熊寮からごきげんよう   作:秋津島

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「彼が魔法を学ぶ間、私も私なりに動きを進めていました」
「何をしていたか、というのは後々お分かりになるでしょうから、今はこれだけお伝えいたしましょう」
「……私は少し、焦りすぎていました」


とある出来事

 ハッフルパフ生は口を揃えて言う。太った修道士は親切だ、と。

 

 ホグワーツはとにかく広い。その上、複雑だ。

 まず階段は、広くて壮大な階段から、狭くて崩れそうな階段、特定の曜日にはいつもと違うところへつながる階段や、真ん中が一段消えてしまう階段(ザカリアスが一度ジャンプするのを忘れて、落下しそうになっていた)など、やけにバリエーションに富んだものが合わせて142もある。

 扉も色々あって、丁寧にお願いしないと開かなかったり、正確に一定の場所をくすぐらないと開かなかったり、扉に見せかけて実は扉じゃない扉とか、こちらも種類が豊富にそろっている。

 目印となる肖像画や、鎧や石像などの置物もいつも同じところにあるとは限らず、一年生は授業の前にホグワーツの構造を覚えることで精いっぱいだった。

 

 おれは毎回ザカリアスと一緒に行動していたのだが、どちらも方向音痴ではないが、かといってこれらをすぐに覚えられるわけでもない、要するに一般的な生徒だったから、やはり最初の方は迷いに迷った。

そこを助けてくれたのが、我らがハッフルパフ寮のゴースト、太った修道士だったのだ。

 

「おや、迷ってしまったのか? ふむ、魔法史の教室はこのまままっすぐ行って、三つめの階段を上って右に行った方向にあるぞ。ビンズの授業は退屈じゃろうが、同じゴーストのよしみ、良かったら聞いてやっておくれ」

「呪文学の教室は行き過ぎじゃな。戻って、二つ目の角を左に曲がってすぐじゃ。杖を振って呪文を唱えるというのは、いかにも魔法らしくて楽しいぞ。わしも好きな科目だった」

「マクゴナガル教授は授業に遅れると怖いからのう。特別に近道を教えてあげよう。ついてきたまえ。……そうそう、変身術は時間がかかっても確実に成功させれば、得点がもらえるから頑張るのだぞ」

 

 彼のおかげで、おれとザカリアスはどの授業でも一度として遅れることがなかった。おまけに、彼は効率の良い勉強方法とか授業の受け方のコツ、ためになる知識や体験談などもたくさん教えてくれたから、おれたちは他の新入生よりもずっと有利に授業を受けることができた。

 

「太った修道士はゴーストじゃなくて天使だったんだね」

「目を覚ませ、エド」

 

 

 ところで、ホグワーツに入学してから二週間のあいだで不思議な出来事が二つ起きた。

 

 一つは最初の魔法薬学の授業でのこと。

 授業担当のスネイプ先生は皮肉めいた大演説のあと、突然おれの名前を呼んで、アスフォデルの球根にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるかとか、ベゾアール石はどこを探せば見つかるかとか、モンクスフードとウルフスベーンの違いは何かとか、よくわからない問いを投げかけてきたのだ。

 おれはその時、なぜかすごく眠たくて(夜更かしはしていなかった)ぼんやりしていたし、予習をしてきたわけでもないから、そもそも先生が何を言っているかすらわからなかった。だから素直にわかりませんと答えようと口を開いた。

 

「アスフォデルとニガヨモギを合わせると強力な眠り薬になり、それは別名『生ける屍の水薬』とも言います。ベゾアール石は山羊の胃から取り出す石で、たいていの薬に対する解毒剤になります。モンクスフードとウルフスベーンは同じ植物で、別名アコナイト、トリカブトのことです。……以上でよろしいでしょうか」

 

 ところが声になったのは、おれの全く知らない知識だった。

 隣に座っていたザカリアスは驚いたような顔をしていたし、スネイプ先生も表情こそ崩れなかったが瞳の奥の動揺の色は隠せていなかった。やがて先生は鼻をならし、「よく知っているな。だが態度が悪い」とハッフルパフから一点減点した。答えられたのにひどくないか、と思って抗議しようとしたけど、また減点されそうだし、なによりまだ頭がぼんやりしていたからやめておいた。

 その日からおれはこの先生に敵として認識されたらしく、廊下ですれ違った時や授業中に目が合った時などに露骨に嫌な顔をされるようになった。

 ところで、風のうわさによれば先生は同じ質問を別の生徒にもしたらしいが、その生徒は答えられなかったらしく、少し気分がよさそうだったらしい。

 

 もう一つが、魔法薬学の授業があった一週間後の木曜日、呪文学の授業でのこと。この日も、夜更かしをしていないはずなのに、なぜかとても眠かった。

 呪文学ではまだ基礎の部分、例えば手首の振り方とか発音の仕方とか、そういうことを教わっている時期だった。

 教室の窓から見下ろせる校庭では、ちょうどグリフィンドールとスリザリンの一年生が合同で飛行訓練をしていて、何人か見知った顔を見つけることができた。唯一おれに気づいたネビルは真っ青な顔をして、弱弱しく、今にも泣きだしそうな顔で笑いかけてきた。十数分後には打ち砕かれる願いとも知らずに、何事も起こらず無事に彼らの飛行訓練が終わることを、心の中で祈った。

 

 ザカリアスと、最近仲良くなったアーニー・マクミラン、ジャスティン・フィンチ・フレッチリーの合わせて四人で、教室中の騒がしさに乗じてまだ習っていない呪文をこっそり試そうと杖を振ろうとしたところで、窓の外から悲鳴が聞こえた。

 見れば、先ほどよりも真っ青な顔で必死に箒にしがみつきながら、何メートルも上昇していくネビルの姿があった。人の夢、儚きかな。じゃなくて。

 大変な事態だというのに、頭がひどくぼんやりしていた。その間にもネビルは上昇して、やがて箒を手放して真っ逆さまに落下し始める。校庭と教室から悲鳴が上がる。ようやく事態に気づいたらしいフリットウィック先生が杖を振り上げる前に、うまく働かない頭とは対照的におれの体は素早く動いていた。

 

「アレスト・モメンタム(動きよ、止まれ)」

 

 そこで意識が数秒飛んでいたらしい。ふと気が付くと、信じられないといった顔つきでフリットウィック先生を含む教室中の人がおれを見ていた。視線から逃げるように校庭に目を移すと、どうやら目立った怪我はないらしいネビルがフーチ先生に連れられて建物の中に入るのが見えた。よかった。

 ちなみに、そのあと医務室に行ったら説明する前に「君が助けてくれたんだね!」とネビルから感謝され、なぜか来ていたハーマイオニーには「タイミングが合わなかったから今まで話せてなかったけど、汽車での呪文を教えてもらう約束、忘れたわけじゃないからね」と一緒に勉強する約束と、今回の魔法について詳しく説明する約束を新たに取り付けられた。それから、寮に戻る途中で出会ったフリットウィック先生にはチョコレートをもらった。嬉しい。

 

 

 どちらにも共通しているのが、夜更かしをしていないのにとても眠たくて頭がぼんやりしていること。そして、その間は自分の知識、実力以上の行動をしていることだ。一体どういうことなのだろう。

 一人で考えていてが納得のいく答えが出せなかったので、休日にザカリアスに相談してみたら、アーニーとジャスティンもそれに加わってくれた。ハッフルパフ生は仲間思いと監督生のガブリエルが言っていたが、なるほど確かにその通りだ。

 

「マグルの映画に、酔えば酔うほど強くなるってやつがあるだろう。それと同じようなことなんじゃないのか?」

「寝れば寝るほど強くなるってことですか?」

「いや、エドは寝ているんじゃなくてぼんやりしているんだ。だからこの場合は、ぼんやりすればするほど強くなる、が正しい」

 

 順に、アーニー、ジャスティン、ザカリアスである。

 

「でも、不思議な話ですよね。ちゃんと寝ているのに眠たくなるなんて。あ、もしかして寝すぎて眠いとか? 寝ている時間が長くなると眠りが浅くなるから、それで睡眠の質が悪くなって寝た気がしないのかも」

「いや、それはないだろう。僕とエドは同室だが、二人とも同じくらいの時間に寝て、同じくらいの時間に起きている。正確にはエドの方が先に寝て、その分先に起きているが」

「あるいは、真夜中にこっそり起きて何か……そう、例えば呪文の練習でもしているとか、そういうこともありえるだろうな」

「確かに、可能性としてはゼロではない。僕も眠っている間は同室の者が何をしているかなんてわからないからな。どうなんだ、エド。君は真夜中に起き出して、何かやっているのか?」

「まさか。夜ベッドに入って、朝起きるまでぐっすり寝ているはずだよ」

「……謎は深まるばかりですねえ」

 

 思いのほか、白熱してしまってしまったようで、結局その日はおれの相談で一日が終わってしまった。うーん。なんていうか、ごめん。あとありがとう。




評価とお気に入りありがとうございます……!
アーニー、ジャスティン、ザカリアスを続けて言うと、なんだかいい感じのリズムになります。
そんな感じでしれっとお友達が増えました。次の次の話くらいで、女の子たちとのお話も書く予定です。
あと、思った以上にハリーと、それ以上にロンとの絡みがありません。ハロウィーンで巻き返しなるか。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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