穴熊寮からごきげんよう   作:秋津島

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日記の文字はここで踊るのをやめた。
残りのページには、脈絡のないメモがいくつも書いてあるだけだった。


舞い戻る、死の飛翔

「……っ!」

 

 目を覚ましたエドガーは勢いよく体を起こした。

 その反動で、まだ治りかけてもいない傷があちこち痛み、思わず顔をしかめる。

 心配そうに覗き込むハリーを笑って誤魔化して(上手く笑えた気がしなかったけど)、ハリーに見えないように、そっと左腕を確認した。

 

(夢じゃなかった……)

 

 前腕は変わらず、むしろ先ほどより濃くなった「闇の印」に蝕まれていた。

 ……もう、どうなってるっていうんだ。

 おれがレギュラス? 16年前に姿を消して、どういうわけか子供になっていて? 血の繋がらない両親に育てられ、まったくの別人としてホグワーツに通っている……。

 なんだよ、それ。意味分からない。

 それに、仮におれがレギュラスだったとしたら、クラウチ・ジュニアの口振りからして、おれはヴォルデモート側の人間だったことになる。……受け入れがたいが、この腕に刻まれた印が何よりの証拠だ。

 

「ああもう、何が何だか……」

「エドガー、大丈夫?」

「……ん」

 

 今回ばかりは、エドガーは自身の希薄な感情に感謝した。不可解な真実を突きつけられても激しく取り乱さず、比較的落ち着いていられたからだ。

 いや、落ち着いているというレベルではない。何というか――まったく気にならない。自分がレギュラスだとか、ムーディがクラウチ・ジュニアだったとか、そんなことで悩んでいた自分が馬鹿らしくなるくらい、今のエドガーの気分は晴れやかだった。

 まるで一点の曇りのない青空のようだ。すべての憂いも悩みが取り払われ、ふわふわと浮かんでいる心地がする。頭の中は幸福感でいっぱいだ。

 そうだ、ハリーを優勝させなければ。一緒に、優勝杯を掴まなければ。

 

「ハリー、きみが優勝だよ。他の選手を出し抜いて、最年少のきみが栄誉を手にするんだ」

「その事なんだけどさ、前に主催者側に犯人がいるかもしれないって言ったよね? 僕、ここまで障害らしい障害に出くわさず、不気味なくらい順調に辿り着けたんだ。それに……他の3人はもう脱落している。これって、犯人が立場を利用して僕を優勝させようとしている気がするんだけど……エドガーはどう思う?」

 

 そんなことは無い。偶然だ。

 運も実力の内というじゃないか。きみは強運で勝利を手にしたんだ。

 

「気にしすぎだよハリー。わざわざ手を回して、きみを優勝させるメリットとデメリットを考えてごらん。大丈夫、ここにはダンブルドア先生がいるんだ。そんな大それたことは出来ないよ」

「……それにさ、どうしてエドガーはここにいるの? しかもそれ、老け薬だよね? 第二の課題では人質として参加したけど、今回はそういうのは無いはずだよ。君が自分でここに来るわけないし、そうすると誰かに運ばれたことになるけど……犯人が主催者側の人間なら、簡単に出来る。……老け薬は分からないけどさ」

 

 早く、優勝杯を一緒に掴むんだ。

 

「老け薬はちょっとした事故だよ。寮にあった蛙チョコに誰かが細工したみたいで。たぶんパトリシア……あ、レイブンクローの先輩ね。彼女が仕込んだんだと思う」

「……」

「ねえ、ハリー。ダンブルドア先生が、自分の前で生徒を危険に晒すと思う? 確かに、おれがここにいるのは不自然だし、おれ自身もまったくわからないけど、心配はいらないよ。さあ、優勝杯を。みんなが、君の勝利を望んでいる」

 

 ――早く、気づくんだ。それは、君の言葉じゃない。

 

「そこまで言うなら……」

 

 ――君たちは……少なくとも君は、優勝杯に触れてはいけない。取り返しのつかないことになる。そんな命令は聞くな、目を覚ませ。

 

 深い眠りから覚めたような気がした。

 霞がかっていた頭の中が一気にクリアになる。

 エドガーはこの感覚を知っている。……服従の呪文だ。まさに、今、エドガーは何者かに操られていた。そしてその目的は――ハリーとエドガーに同時に優勝杯を掴ませること!

 目の前には、当惑した表情で優勝杯に手を伸ばすハリーの姿がある。

 

「ハリー、ストップ、嘘だ! それは触っちゃいけない――」

「――久しぶりで感覚が鈍ったか? もう遅いぜ、レギュラス。じゃあな」

 

 耳元で誰かに囁かれ、背中を強く押される。

 ハリーを止めようと飛ばした手が優勝杯に触れるのと、ハリーが取っ手を掴んだのは同時だった。

 次の瞬間、へその裏側辺りがぐいと引っ張られるように感じた。両足が地面を離れた。優勝杯から手が外れない。風の唸り、色の渦の中を、優勝杯はハリーとエドガーを引っ張っていく……。

 

 

 再び地に足がつき、優勝杯から手が離れた。

 隣で、前のめりに倒れていたハリーを助け起こし、2人は辺りを見回した。

 そこはどこかの墓場だった。右手にイチイの大木があり、その向こうに小さな教会の黒い輪郭が見える。左手には丘が聳え、その斜面に堂々とした古い館が建っていた。

 城を取り囲む山々さえ見えないから、きっとここはホグワーツから完全に離れた場所に違いない。

 ハリーは優勝杯を見下ろし、それから複雑な表情でエドガーを見た。

 

「君、優勝杯が移動キーになっているって知っていたの?」

 

 エドガーは首を横に振った。

 

「ごめん、ハリー。操られていた」

「えっ」

「服従の呪文。それで、2人で優勝杯を掴むように指示されていた。途中で跳ね除けることは出来たけど……結果はご覧のとおり。ごめん、本当にごめん。おれがもっと、しっかりしてたら……!」

「だ、大丈夫だから。どうしたの? そんなに焦って……君らしくないよ」

「焦るよ! だって、だってここは……」

 

 夢で何度も見た場所だからと言いかけて、エドガーは口を噤んだ。

 ……夏休み以来、エドガーは頻繁に、どこかの墓場でセドリックがピーター・ペティグリューに殺される夢を見ていた。その夢に出てくる墓場と、今いるこの場所。景観こそ違うが、同じ場所だとはっきり分かった。

 

「そうだ、セドリック! ねえハリー、セドリックは脱落したって言ったよね?」

「うん。フラーの次に」

「じゃあ、今ここには絶対、絶対いないよね?」

「絶対、だよ。現に、ここには僕と君しかいないじゃないか」

 

 エドガーは大きく安堵の息をついた。

 よかった……セドリックがここで殺されることはないんだ……。

 軽く頭を振って、気持ちを切り替える。不安そうなハリーに今度はちゃんと笑って返した。

 

「えっと、大丈夫?」

「さっきよりは落ち着いた。心配させてごめん。それと……犯人はムーディ先生だ」

「ムーディ先生が? そんな……。だって先生はずっと僕を助けてくれたんだよ?」

「……待って、誰か来る。その話は後にしよう。杖を出して」

 

 2人が杖を構えてあたりを警戒していると、墓石の間を縫って歩いてくる小柄な人影が見えた。何かを抱えながら、間違いなくこちらに歩いてくる。フードをすっぽりかぶっているので顔は分からない。人影がさらに数歩近づき、ハリーとエドガーとの距離が一段と狭まってきた時、2人はその影が赤ん坊――あるいは、丸めたローブ――を抱えていることに気づいた。

 人影は2人から僅か2メートルほど先の、丈高の大理石の墓石のそばで止まった。一瞬、ハリー、エドガー、そしてその小柄な姿が互いに見つめ合った。エドガーが、ため息のような声を零した。

 

「やっぱりきみなのか……ピーター」

「ピーター!? ピーターって、あのワームテール?」

「この状況を夢で何度も見たんだ。でも、アズカバンにいるはずのピーターがどうして……」

「そんなの、脱獄したからに決まってんだろ」

 

 笑いをにじませた不快な声に振り向くより早く、2本の光線がハリーとエドガーにそれぞれ命中した。2人の杖が地面に転がる。ハリーは人影……ワームテールの足元まで吹き飛び、エドガーは縄で拘束されてその場に膝を付いた。

 縄が傷口に触れてさらに痛んだが、苦しんでも相手を喜ばせるだけだ。エドガーは下唇を噛んで、焼けるような痛みに抗った。

 

「ワームテール、上手くやれよ?」

「……っ、ピーター! どうして脱獄なんて……!」

 

 ワームテールは答えない。包みを地上に置いて、ずるずるとハリーを引きずり、大理石の墓石に縄で頑丈に縛り付けた。

 呪文を放った男は、返答がなかったことも気にせず、軽薄な雰囲気のまま足取り軽くエドガーに近づいた。場に不釣り合いな甲高い口笛が響いて、エドガーが仰向けに引き倒される。男はすぐそばで屈んで、顔の前で楽しそうに杖を回した。

 誰だ、とエドガーは思った。特徴のない黒髪、黒目。見覚えのない顔。こんな男、夢に出てきたことがない。

 

「報告はあったが――へえ、お前がブラック家の次男? それにしちゃあ若すぎる気はするけど……ま、関係ないか。逃亡者には変わりないもんな。ほら、もうすぐ帝王が復活される。お前の処分はその後だ」

 

 無理やりハリーの方を向かせられる。ちょうど、ワームテールが石の大鍋を押して墓の前まで運んできたところだった。大鍋はとにかく巨大で、大人1人が十分に中に座れるほど大きい。なみなみと満たされた水のような何かが、ピシャピシャ撥ねる音がここまで聞こえてくる。

 

「そうそう、さっきのワームテールの脱獄の件だが、手引きしたのは俺だ。ちょいと魔法省の職員の力を借りてな。さてここで弟君に質問だ。どうして魔法省はこの事を報道しないんだろうな?」

「そんなことしたら、魔法省の面目丸潰れだ。シリウスという前例がありながら、しかもそれが風化しないうちに2人目だなんて……」

「おっ、正解正解! あの大臣様は権力の座にご執心だから、圧力でもって情報を規制した。保身のためならマグル12人殺しを野放しにすることだって厭わない。ご立派だよなあ?」

 

 ワームテールは、今度は鍋の底に火を熾した。中の液体はすぐに熱くなり、表面がボコボコ沸騰したばかりでなく、それ自身が燃えているかのように火の粉が散り始める。湯気が濃くなり、火加減を見るワームテールの輪郭がぼやけた。

 

「どこかの虫に嗅ぎつかれ、あわやということもあったが……無事に今日この日まで隠し通した。真実を知るお前たちもここで死ぬから、一切は闇に葬られるわけだ。……ああ、ちなみにその虫はとっくに撃ち落とされているぜ。飛んで火に入る何とやらってな」

 

 今や鍋の液面全体が火花で眩いばかりだった。ダイアモンドを散りばめてあるかのようだ。

 

「じゅ、準備が出来ました……ご主人様」

『さあ……』

 

 どこからか、甲高く冷たい声が響いた。

 ワームテールは地上に置かれた包みを開き、中にあるものが顕になった。ハリーも、エドガーも、目の前の男とワームテールですら、激しい嫌悪感を浮かべた。中にいたのは醜い、べっとりとした、縮こまった人間のようだった。髪の毛はなく、鱗に覆われたような赤むけのどす黒い表皮。手足は細く弱々しく、その顔はのっぺりと蛇のような顔で、赤い目がギラギラしている。

 ワームテールは震えながらそれを持ち上げ、大鍋に入れた。

 

「父親の骨、知らぬ間に与えられん。父親は息子を蘇らせん!」

 

 ハリーの足元の墓の表面が割れ、細かい塵、芥が宙を飛び、静かに鍋の中に降り注いだ。ダイアモンドのような液面が割れ、四方八方に火花を散らし、液体は鮮やかな毒々しい青に変わった。

 今度はヒーヒー泣きながら、ワームテールはマントから短剣を取り出した。右腕を鍋の上に突き出し、声を啜り泣きに変え、短剣を振り上げる。

 

「しもべの……肉、よ、喜んで差し出されん。しもべは、ご主人様を蘇らせん!」

「喜んでいるようには見えないけどな。おっと、ちゃんと見とけって」

 

 顔の位置を力強く固定され、エドガーは彼の腕が切り落とされる瞬間を見た。それはまるでスローモーションのように感じられた。指が1本欠けた拳が、ゆっくり鍋の中に落ちていく……。

 液体が燃えるような赤になり、夜を劈く悲鳴がエドガーを貫いた。

 

「敵の血、……力ずくで奪われん。……汝は……敵を蘇らせん……」

 

 痛みに喘ぐワームテールは、腕を切り落とした短剣を、今度はハリーの腕に突き刺した。傷口から滴る血を、ポケットから取り出したガラスの薬瓶で受けている。

 ワームテールは喘ぎ続けながら大鍋に戻り、その中にハリーの血を注いだ。鍋の液体はたちまち目も眩むような白に変わった。任務を終えたワームテールはがっくりと膝をついた。血が流れ続ける腕を抱えて地面に転がり、啜り泣いている。

 大鍋はグツグツと煮え立ち、四方八方に閃光と火花を散らしている。それが突然消えたかと思うと、代わりに大量の白い蒸気がうねりながら立ち昇ってきた。濃い蒸気があたり一面を覆い隠し、そして……。

 

「ローブを着せろ」

 

 先ほど聞こえたのと同じ、甲高く冷たい声がした。

 靄の中で、大鍋から立ち上がる影がある。骸骨の様に痩せ細った、背の高い男の黒い影。ワームテールが慌てて地面に置いてあった黒いローブを広い、立ち上がって片手でローブを持ち上げ、ご主人様の頭から被せた。

 痩せた男は、ハリーをじっと見ながら大鍋を跨いだ。骸骨よりも白い顔、細長く真っ赤な不気味な目、蛇のように平らな鼻、切れ込みを入れたような鼻の穴……。

 

 ヴォルデモート卿が復活した。

 

 

 ヴォルデモートはハリーから目を逸らし、自分の身体をいとおしむように撫でた。赤い瞳が暗闇でさらに明るくギラギラしている。地面に横たわるワームテールも、いつも間にか現れた大蛇のことも気にも留めず、うっとりと勝ち誇った笑みを浮かべている。不自然に長い指でポケットから杖を取り出し、優しく撫でてから、ヴォルデモートは周囲を一望した。

 

「ワームテール、左腕を伸ばせ」

「ご主人様……どうかそれだけは……」

 

 ヴォルデモートは屈みこんでワームテールの左手を引っ張り、ローブの袖を肘の上まで捲り上げた。その肌に、生々しい赤い「闇の印」がある。エドガーの腕にあるものと全く同じだ。

 

「戻っているな。全員が、これに気づいたはずだ……そして、いまこそ、わかるのだ……」

 

 丁寧に印を調べた後で、ヴォルデモートはワームテールの腕の印を強く押した。

 その途端、ワームテールはまた新たな叫び声を上げ、同時にエドガーは左腕が――ちょうど「闇の印」がある位置が熱くなったのを感じた。

 

「さあ、戻る勇気のある者が何人いるか。そして、離れようとする愚か者が何人いるか」

 

 ヴォルデモートは真っ赤な目で、再び墓場を見渡した。ハリー、ワームテール、男、エドガーへと順番に視線を移し、蛇のような顔を残忍な笑いで歪めた。

 

「ハリー・ポッター、お前は、俺様の父の遺骸の上におるのだ。マグルの愚か者よ……。ちょうどお前の母親のように。しかし、どちらも使い道はあったわけだな? お前の母親は子供を守って死に、俺様が殺した父親は、こうして役に立った」

 

 ヴォルデモートはさらに笑う。

 

「丘の上の館が見えるか? 父親はあそこに住んでいた。母親はこの村に住む魔女で、父親と恋に落ちた。しかし、正体を打ち明けた時、父は母を捨てた……父は、魔法を嫌っていた……。

 奴は母を捨て、マグルの両親のもとに戻った。残された母は俺様を産むと死に、俺様はマグルの孤児院で育った。俺様は父を見つけると誓った……復讐してやった。俺様に自分の名前を付けた、あの愚か者に。

 ……俺様が自分の家族の歴史を物語るとは、なんと感傷的になったものか。しかし、見ろ、ハリー! 俺様の真の家族が戻ってきた!」

 

 マントを翻す音があたりにみなぎった。墓と墓の間から、イチイの木の陰から、暗がりという暗がりから、魔法使いが「姿現し」していた。全員がフードを被り、仮面をつけている。彼らはゆっくりと、慎重に、まるで我が目を疑うように……ヴォルデモートに近づいてきた。

 1人が「ご主人様……」と跪き、ヴォルデモートに這い寄ってその黒いローブの裾にキスをすると、その後ろにいた死喰い人たちも次々と続いた。それから後ろに退き、無言のまま全員が輪になって立った。その輪は墓を囲み、ハリー、ヴォルデモート、ワームテール、そして男とエドガーを取り囲んでいる。

 

「よく戻って来た。『死喰い人』たちよ。

 13年……最後に我々が会ってから13年だ。しかしお前たちは、それが昨日のことであったかのように、俺様の呼びかけに答えた。さすれば、我々は未だに『闇の印』の下に結ばれている。それに違いないか?」

 

 ヴォルデモートは恐ろしい顔をのけ反らせ、鼻腔を膨らませた。

 

「しかし……ああ……あたりに罪の臭いが流れているぞ……。

 お前たち全員が、無傷で健やかだ。魔力も失われていない。そこで俺様は自問する……この魔法使いの一団は、ご主人様に永遠の忠誠を誓ったのに、なぜ、助けに来なかったのか?

 そして、自答するのだ。奴らは俺様が敗れたと信じたのに違いない。いなくなったと思ったのだろう。奴らは俺様の敵の間にするりと立ち戻り、無罪を、無知を、そして呪縛されていたことを申し立てたのだ……」

 

 誰も口を聞かなかった。

 誰もが、ヴォルデモートから後ずさりしたくてたまらない、と思っているようだった。

 

「それならば、と俺様は再び自問する。

 なぜ奴らは、俺様が再び立つとは思わなかったのか?

 俺様がとっくの昔に、死から身を守る手段を講じていたと知っているお前たちが、なぜ?

 この世の誰よりも俺様の力が強かった時、その絶大なる力の証を見てきたお前たちが、なぜ?

 そして、俺様は自ら答える。恐らく奴らは、より偉大な力が――ヴォルデモート卿を打ち負かす力が存在するのではないかと、信じたのだろう……奴らは、今や他の者に忠誠を尽くしているのだろう……そう、あの凡人の、穢れた血の、そしてマグルの味方、アルバス・ダンブルドアに!」

 

 ダンブルドアの名に、死喰い人たちは動揺する。

 それを無視して、ヴォルデモートは続けた。

 

「俺様は失望した……失望したと、告白する」

「ご主人様! お許しを!」

 

 1人の死喰い人が突然、輪を崩して前に飛び出した。頭からつま先まで震えながら、ヴォルデモートの足元にひれ伏した。しかしヴォルデモートは笑い出し、杖を上げた。

 

「クルーシオ」

 

 その死喰い人は地面をのたうって悲鳴を上げた。

 しばらくしてヴォルデモートが杖を下げた時、死喰い人は息も絶え絶えに横たわっていた。

 

「起きろ、エイブリー。立て、許しを請うだと? 俺様は許さぬ、俺様は忘れぬ。13年のつけを払ってもらうぞ。奴らを見ろ。ワームテールは既に借りの一部を返したし、そいつは……」

 

 エドガーの隣にいた男が、口笛を吹きながら立ち上がる。そのままヴォルデモートのそばまで歩き、わざとらしい動作で片膝をついた。

 

「アバダ・ケダブラ」

 

 緑の閃光が男を貫き、男は軽薄な笑みを浮かべたまま地面に倒れた。

 エドガーを拘束していた縄が解かれる。

 死喰い人はさらに動揺していた。

 

「自身の命で返上した。この2人は確かに一度逃げた。が、俺様が身体を取り戻すのに尽力した。ヴォルデモート卿は助ける者には褒美を与える……もっとも、この男はもはや何も受け取れないが」

 

 ヴォルデモートは杖を振ろうとして、はたと動きを止めた。

 口元を笑いで歪め、地面に倒れるエドガーに目を向けた。つられるように死喰い人たちもエドガーを見て、口々に驚きの声を発した。

 

「レギュラス、お前だけは16年振りだな?」

「お、恐れながら我が君……その男は、真にレギュラス・ブラックなのですか? ブラックは既に亡くなっていたはずでは……」

「俺様が家族を見間違えると?」

「い、いえ……」

「証拠なら、ある。腕に刻まれた証が、何よりの証明になる」

 

 ヴォルデモートが杖を振った。たちまち強い力で引っ張られるようにエドガーが立ち上がった。左手が勝手に前に伸ばされ、袖がばっさりと切り落とされる。剥き出しになった腕には、無数の切り傷の中でも存在を強く主張する、黒く変色した「闇の印」があった。

 死喰い人が騒めき、エドガーの腕を見たハリーは、信じられないといった表情を浮かべた。

 

「わかっただろう? この男は死んだと見せかけて、俺様の元を去った裏切り者なのだ……。ああ、レギュラス……印は変わらずあるのに……俺様は悲しいぞ。お前の体に流れる高貴な血を、そしてかつての友の命を、ここで絶やさなければならないのだからな」

「……」

「死の前に聞かせてもらおう。俺様の力がもっとも強大だった時、なぜ俺様の元を去った? そして……16年経った今、なぜお前は年老いていないのだ?」

 

 エドガーは小さく笑った。

 ――自分がここまで訳有りだったなんて、想像すらしなかった。おれはレギュラス・ブラックで、かつては死喰い人だった。ところがヴォルデモートが強かった時期に、どういうわけか彼から離れた。その後にブラックボックス的な期間を挟んで、記憶も肉体年齢もリセットして、エドガー・クロックフォードになって2回目の人生を送っている。なんだそれ、荒唐無稽過ぎて逆におかしくなってくる。

 

「何か愉快な物でも見つけたか?」

「強いて言うなら、自分の人生かな。……ヴォルデモート卿、残念ながらおれはその問いの答えを持ち合わせていないよ」

「つまり、お前自身も分からないと? 嘘にしろ真にしろ……その返答は拍子抜けだ。話を聞くだけ無駄だったようだ」

 

 その言葉に、エドガーは既視感を覚えた。記憶の糸を辿る。そうだ、あれは2年生の時だ。秘密の部屋で、50年前のヴォルデモート――若かりし頃のトム・リドルが、エドガーの心を操れなかった理由を尋ねたこと時、エドガーが分からないと答えると、リドルは同じようなことを言ったのだ。

 エドガーはまた笑った。闇の帝王だとか恐怖の化身だとか、何だかんだと言われている目の前の魔法使いが、なんていうか……大人になりきれていないだけのわがままな子供に見えたからだ。

 

「もう良い。死を偽装してまで俺様を裏切った罪は重い……その身をもって償うのだ」

 

 杖を振り上げるヴォルデモート。

 エドガーはそれに目もくれず、一瞬、絶望したような表情のハリーと視線を合わた。目の前で友達が殺されること、そして、その友達が死喰い人だったこと。その両方がショックなのだろう。

 

「――アバダ・ケダブラ」

 

 無慈悲な緑の閃光が迫る。

 エドガーの心に最後まで残っていたのは、恐怖ではなかった。ハリーにどう説明すればいいか。それと……この後ピーターはどうなるのか。ただ、その想いだけだった。




エドガーの運命やいかに。
※12/26
この部分の記述に対する皆様の感想が、どうにもアンケートの回答と取られてしまったようで、何名様かの書き込みが報告対象になってしまいました。
該当する方にもそうでない方にも、ご不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ありませんでした。

ちょっとした補足。
・リータ・スキーター
彼女は「動きがない」のではなく「動けなかった」のです。
ピーター脱獄というネタを掴んでしまったがゆえに、しかるべき対処をされました。
たぶん、生きているとは思います。

・名もなき死喰い人
ただのモブです。掃いて捨てるほどいる死喰い人の中の、ただの1人にすぎません。

・エドガー
動物好き+中の人補正で、ピーターのことは結構気にしています。

次回、ゴブレット編完結です。
それから遅くなりましたが、先日の日間ランキング1位とお気に入り数3000件突破、ありがとうございました。
ここまで多くの方に読んでいただけるなんて……ありがたいです。

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