穴熊寮からごきげんよう   作:秋津島

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「私……いえ、彼が最初に接触した生徒も、もちろんその対象でした」
「とはいえ、実は彼との接触は私が想定したものではなかったので、多少は驚きましたけどね」
「ですが、これは良い傾向でした。早いうちから接触していれば、運命を変える選択肢もその分増えると思ったので」


穴熊の巣

 歓迎会は楽しかった。

 料理はおいしかったし、ハッフルパフの上級生たちはみんな温かく歓迎してくれた。「ハッフルパフは劣等生の集団」なんてレッテルを張る人もいるらしいけど、とんでもない。ここは優しくて仲間思いの、とても良い寮だ。

 と、そんな具合におれは早くもハッフルパフの空気に馴染んでいたのだった。

 やがて食べ物が消え去り、デザートが現れ(おれはエクレアとチョコレート味のアイスを取った。セドリックには「本当に好きなんだな」と笑われた)、それも消えたところで、ダンブルドア先生がまた立ち上がった。いくつかの諸注意を終え、校歌を歌い終えたところで、歓迎会はお開きになった。

 

 そのあと、四つの寮の一年生は、それぞれ監督生に先導され各寮の談話室へと案内された。

 

「ハッフルパフの談話室と寝室は厨房に続く廊下にあって、千年以上もの間、部外者の目に触れていないんだ。アナグマと同じで、僕らは身を潜める方法を心得ているのさ」

 

 先頭を歩く監督生、ガブリエル・トゥルーマンは誇らしげに語りながら、「ここが、その入り口さ」と、地下にある、厨房の入口になっている大きな静物画の前を通りすぎたところで足を止めた。

 廊下の右手奥にある石造りのくぼみに、大きな樽が山積みになっているのが見える。彼はその樽の元へ向かい、下から二番目、二段目の真ん中にある樽をリズムよく二度叩いた。「あれが俗に言う、ハッフルパフ・リズムだよ」と上級生の誰かが楽しそうに言っている間に樽のふたが開き、ガブリエルはその中へともぐりこんだ。続けて他の上級生も慣れた様子でふたの中へもぐりこみ、残された一年生たちも彼らを追った。

 

 樽の中は土の坂道になっていて、通路を上っていくと、丸くて素朴で、天井の低い談話室に辿りついた。

 アナグマの巣を思わせる円形の部屋で、ハチのような黄色と黒のインテリアが施された温かな雰囲気が漂っている。黄色と黒の布張りがしてあるソファや、ピカピカに磨かれたハチミツ色の木のテーブル、それから、部屋のあちこちに磨かれた銅と植物がおいてあった。壁の形に合わせて造られた丸い木の棚にあるサボテンが、ゆらゆらとこちらに手を振っていた。

 

「あらためて、新入生のみんな、ハッフルパフ寮へようこそ。心から歓迎するよ。……さて、まずは解いておきたい誤解があるんだ。僕たちハッフルパフは一番賢くない寮だとか地味だとか言われているけど、それは違う。ハッフルパフはこれまで偉大な魔法使いと魔女をたくさん輩出してきたが、それを声高に言わないだけなんだ」

 

「ホグズミードを作ったウッドクロフトのヘンギストもそうさ」

「ニュート・スキャマンダーもだ。魔法生物の世界的権威だぜ」

「十三世紀の数占い師ブリジット・ウェンロックもよ。レイブンクローじゃなくて、ハッフルパフなんだから」

「グローガン・スタンプも忘れちゃいけないぜ」

「アルテミシア・ラフキンとドゥガルド・マクフェイルの両大臣もな」

 

 上級生たちから、様々な人名が飛び交う。ガブリエルは困ったように、それでいて少し嬉しそうな笑顔を浮かべながら、咳払いを一つした。

 

「ここの生徒は信頼できるし、人を裏切ったりしない。もし誰かが立ち向かってきたら、どんな相手だろうと僕らは紋章のアナグマみたいに自分や友だち、家族を守る。……そんなハッフルパフのこと、誇りに思ってこの七年間を過ごしてくれたら嬉しいな」

 

 新入生から拍手が巻き起こる。彼は少し照れたように笑っていた。

 

「気に入ってくれたかな」

 

 こっそりと、セドリックが耳打ちをしてきた。おれは「もちろん」と笑顔で返した。

 

 初日の夜ということもあってか、新入生は全員疲れてしまい、早々と丸い扉の先の寮に引っ込んでしまった。無論おれも例外ではなく、樽底のような扉を開いて寝室に入り、すでに眠ってしまっていた同室の生徒を起こさないように気を付けながら、着替えてパッチワークのキルトがかけてあるベッドにもぐりこんだ。

 どこからか香る優しい花の香りに包まれているうちに、いつの間にか意識は夢の世界へと旅立っていった。

 

 

 その夜見た夢は、いつもと違っていた。

 あたりは真っ暗で、一メートル先も見えない闇に包まれていた。それなのに、自分の体ははっきりと見ることができて、不思議な気分だった。

 気づかないうちに、目の前に闇に溶けてしまいそうな真っ黒なフードを被った人影が立っていた。体全体もローブで覆われていて、ふと目をそらした隙に見失ってしまいそうだ。

 その人影は、ローブの隙間から不自然なほどに真っ白手を出して、おれの腕をつかんだ。ずっと氷を握っていたような、凍えるほど冷たい手だった。

 

「君には、やるべきことがある」

 

 男とも女ともわからない静かな声が聞こえた。目の前の人影が発したのだろうか。

 

「そのために、まずは強くなるのだ。力をつけなさい」

 

 フードの人影は、口を挿む暇さえ与えてくれない。

 

「君は本来存在しない。ゆえに、自由に動くことができる。君の存在は、この世界をいかようにも変えることができる。『彼ら』の運命は、君次第だということを、しっかりと覚えておくのだよ」

 

 色々と言いたいことや聞きたいことがあったのに、人影は一方的に言葉を紡いだ後にすっと消えていなくなってしまった。後に残されたおれはそのままぼんやりと闇を見つめていて、目を覚ました時には夢の内容をすっかり忘れてしまっていた。

 

 

「おい、そこの君。僕と同室だっただろう。最低限の礼儀だ、名前くらい言ったらどうだ」

 

 朝食をとっていると、隣に座った少年がやたらと棘のある言葉で絡んできた。おれの黒髪とは対照的な金髪で、背は同じくらいだったがひょろりとしている。鼻先が上を向いていて、ついでに態度と目線は上からだった。

 

「聞いているのか?」

「ああ、うん。エドガー・クロックフォードだけど、人に聞く前に、自分から名乗るのがマナーじゃないかな」

「……ザカリアス・スミスだ。まあ、同室で新入生同士、友達になってあげてもいいが?」

「ん、おれって人の嫌がることってあまりやりたくない主義で。きみ、おれと話すの嫌そうだし、遠慮しておくよ」

「ま、待て! 誰もそんなこと言ってないだろう!」

 

軽く流そうとしたら、必死で止められた。え、どうしろっていうの。

しばらく様子を伺っていると、ザカリアスはそわそわとしきりに視線を移動させながら、落ち着かないようにパンを頬張っていた。なんだかリスみたいで、思わず笑ってしまったらキッと睨まれた。

 

「ごめんごめん。そうだね、たしかに同室だし、付き合いは長くなると思うから……よろしくお願いしようかな」

「ふ、ふん。君がどうしてもと言うならいいだろう」

「どうしても」

「……仕方ないな」

 

入学二日目。少し面倒な、でも面白そうな友達ができた。

 




お気に入りの数増えてますね……ありがたや……。
今回のハッフルパフ寮の内装と監督生についてはPottermoreを参考にさせていただきました。個人的には、ハッフルパフは一番過ごしやすそうな寮だと思います。安心安全。
あと、ザカリアスくんが友達になりました。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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