「最初の頃の私の焦りは何だったのかと思うくらい、どんどん力を付けていきましたからね。もう私が手を出さなくても、物語をいい方向に進めてくれると思ったのです」
「実際、3巻の終わりは私が予想していたよりずっと良い結末でした」
「収穫なし、かあ」
ある休日の昼下がり。
図書室の片隅で、エドガーはため息交じりに手紙を折りたたんだ。
――時を少し遡って、9月初旬のこと。
エドガーは思うところがあって、ダンブルドアの口添えの元、ある人物に手紙を送った。
……ギルデロイ・ロックハート。以前ホグワーツで闇の魔術に対する防衛術を教えていた男だ。
かつて彼は、手柄を立てた戦士から言葉巧みに情報を引き出した後、その記憶を抹消、手柄を自分のものとして著作に載せるという、実に卑劣な行動を繰り返していた。ところが2年前、『秘密の部屋』事件を経た後、教職を辞任すると魔法省に自らの行いを洗いざらい告白、まもなく罪の清算を始めた。
本来ならばアズカバン行きも免れない行動だったが、ロックハートが自分から申し出たこと、加えて彼が記憶を消した戦士の中には、不当な魔法生物狩りで荒稼ぎしていた者もいたことで、ロックハートの罰は比較的軽いものとなった。しかも現在収監されている刑務所内では、今までの目立ちたがりでナルシストな性格は鳴りを潜め、実に模範的な囚人として生活していることから、実際の刑期はさらに短縮する可能性もあるとか、ないとか。
さておき、そんなロックハートに送った手紙の内容は、『バンパイアとバッチリ船旅』の内容――特にモデルとなった吸血鬼について、一切の誇張を含まずに真実教えてほしい、というものだった。
作中に登場する吸血鬼のモデルが、クラウディアの父であるということは既に知っている。クラウディアが生まれつきの吸血鬼なのか、それとも人間から吸血鬼になったのかを調べるため――頼りにならないかもしれないと、心の隅で諦めながらも――僅かな可能性に掛けたわけである。
その結果が、今しがた漏れた言葉通りだ。
ロックハートは吸血鬼について何も知らなかった。というより討伐した戦士の方が、そもそも相手が吸血鬼だということ以外知らなかった。なんでも、森の中で偶然出会い、相手が吸血鬼と知るや否や不意討ちで襲い掛かり――ということらしい。ロックハートの手紙曰く。……なんていうか、彼に負けず劣らず卑劣な戦士だ。
「……まあ、仕方ないか。他を当たろう」
再びため息をついて、手紙をローブの内側にしまい込む。
やおら立ち上がって、図書館を出ようとしたところで、ちょうど本棚の陰から姿を現したスーザンとばったり出会った。両手にたくさんの雑誌や新聞を抱えている。
「あら、エドガー。こんなところでどうしたの?」
「ここなら、人目につきにくいからね」
この手紙を誰かに見られたくなかったというのもあるし、何より今、エドガーはちょっとした注目の的になっていて、ぼんやり廊下を歩いているだけでも誰かしらに捕まってしまうのだ。
……わけがわからないとエドガーは思う。フラーのダンスパートナーになって、かつ第二の課題で人質になったくらいなのに、連日雑誌などに写真が載るようになってしまうなんて。強引にシェイクスピアに当てはめてロミオ扱いされることもあったし、おかげで男子生徒からは刺々しい視線を、女子生徒からは羨望と諦めの籠った熱い視線を浴びるようになった。まったく、おれとフラーはただの友達同士だって言うのに。それにフラーの好みは年上か、妥協して同年代だ。おれなんて眼中にないはずだ。
少しだけ歪んだエドガーの表情から心中を察したスーザンは、大変ね、とでも言いたそうな目をエドガーに向けた。
「ところで……それ、どうしたの?」
「少し調べ物。というより、探し物かしら」
スーザンは今しがたエドガーが離れたばかりのテーブルに歩いて行った。なんとなく、エドガーもついていく。
スーザンはテーブルの上に手持ちの荷物をどさどさと置き、埋め尽くすように広げていった。日刊予言者新聞、週刊魔女などのメジャーなものから、ザ・クィブラーといったあまり大衆向けでないものまで、様々な広告媒体が所狭しと並べられる。
「一番古くて、去年の9月分……新学期が始まった頃のものだね。ここまで遡って、いったい何を探すつもり? 1人じゃ大変そうだし、よかったらおれも手伝うけど」
「ありがとう、助かるわ。あのね、リータ・スキーターって記者を探してほしいの」
「スキーター? あー、知ってるよ。いつだったか、『ヴァンパイア撲滅に力を入れるべき』って記事を書いたろくでもない記者だよね」
「あなたにそこまで言わせるなんて相当ね。ええ、そいつよ」
くすくす笑いながら、スーザンは手元の雑誌を開いた。
それにならって、エドガーも近くの新聞を手に取った。11月25日、第一の課題の翌日の新聞だ。一面を飾るのはもちろん三校対抗試合の話題で、モノクロ写真の中で動く代表選手たちは、一様に真剣な眼差しをしている。
「今回の三校対抗試合、特大のイレギュラーが発生しているでしょう?」
「ハリーの存在だね。いるはずのない4人目、しかも年齢制限を無視した選手」
「そう。これって、魔法省やホグワーツ――特にダンブルドア先生に打撃を与えるには最高の材料なの。やろうと思えば、大会の安全性とか公平性とか、その辺りで突いて読み手に不信感を抱かせることが簡単に出来るはずよ」
エドガーは次の新聞を手に取った。
バーテミウス・クラウチが難病ではないか? という記事が載っている。
「でも、そんな記事が出たって話は聞かないよね。これだって……ほら、前日の試合内容を公平に伝えているだけで、中傷記事は出ていない」
リータ・スキーターの文字がどこにもないことを確認して、次の新聞へ。
魔法省の魔女が行方不明になり大分経つが未だに見つからず、とうとう魔法省大臣が自ら捜索に乗り出した、と書いてあり、記事全体がぐるぐると円で囲まれている。きっとスーザンが書き込んだのだろう。彼女の叔母が魔法省に勤めているので、無関心ではいられなかったのだ。
「そう、そこ。そこで出てくるのがスキーターよ。あの女、魔法省に恨みでもあるのか知らないけど、何かにつけては魔法省を貶すような記事をたくさん書いてきて……それなのに今回――」
スーザンは早口で一気にまくし立てた。
少しの間があって、驚いた顔で自分を見つめるエドガーに気づき、赤くなった顔を軽い咳払いで誤魔化した。
「……おとなしすぎるのよ。彼女の性格上、こういう大きなイベントには頼まれなくても飛び込んでくるはずよ。それなのに『闇の印』の記事以来、少なくとも一面には一度も記事を出していないし、そもそもあの女の話題すら聞かなくなった」
「飽きた、とか?」
「それはないわ。スキーターは中傷記事を嬉々として書いていたもの。だからこそ、今回に限って表舞台に出てこないのはおかしいの。もしかしたらどこかでこっそり暗躍している可能性もあるから、洗いざらい調べようと思ったのよ」
「なるほど」
しばらくは他愛もない会話が続いた。
アーニーがようやくクラムのサインを手に入れたとか、ハンナが治癒魔法は一種の限定的な時間操作云々とよくわからないことに言ってるとか、アルマがとうとう片手で姉を持ち上げられるようになったとか。
そうしている間にも時間は過ぎ去っていったが、時折エドガーが動物関連の記事を見つけてそわそわする以外、特に進展はなかった。つまりは収穫なし、である。
エドガーは懐の手紙を思い出して、眉を下げて笑った。おれとスーザンの状況、そっくりだ。特定人物の情報収集、進展なし……なんて、笑い事じゃないんだけど。
「……だめね、見つからない。そっちは?」
「全然。やっぱり、じっくり時間をかけて、魔法省やホグワーツに大打撃を与える記事を練っているんじゃない?」
「あの女は一撃必殺じゃなくて、連続攻撃で相手の体力を削っていくタイプなんだけど……でも、ここまで探して見つからないとなると、その可能性はゼロじゃないわね」
広げた雑誌類を片付け始める。
あ、その雑誌もらっていい? かわいい動物特集やってたから。いいわよ、全部捨てる予定だったし。やった、ありがとう。なんてやり取りを行っていると、そこへ珍しい客がやって来た。ハリーだ。テーブルを占領していたそれらを見て目を丸くしている。
「やあ、ハリー。探し物?」
「あ、うん。エドガーを探しに。ちょっと用事があって」
「おれに? いいよ、何でも言ってよ」
ハリーはちょうど彼と他3人の代表選手が一面を飾る新聞を見て、恥ずかしそうに視線を逸らした。メディアへの露出は慣れていないらしい。
「次のホグズミード訪問の日、ちょっと付き合ってほしいところがあるんだ」
「ねえスーザン、次の訪問日、みんなでどこかに行く予定はあったっけ?」
「ないわよ。それに、あったとしても今回は彼の約束を優先すべきね。だって彼、あなたを湖底から救ってくれた恩人だもの」
「ふふ、そうだね。じゃあハリー、付き合うよ」
「よかった!」
ハリーはぱっと顔を輝かせ、落ち合う場所を告げてから足早に図書館を去っていった。
彼の姿が見えなくなって数分後、スーザンが何かを思い出したように手を叩いた。ぱん、と乾いた音が響く。
「私、去年あなたに伝え忘れていたことがあったの。もう知っているかしら? あなたのお母さん、シリウス・ブラックと親しかったのよ」
「シリウスと?」
「ええ。それから、ポッターの両親とも。3年生になる前の夏休み――ちょうど彼が脱獄した時期に、叔母から聞いていたの。スリザリンとグリフィンドールが一緒にいるなんて嘘みたいな光景だったから、鮮明に覚えていたんだって」
「ああ、だからか」
去年、シリウスに会いに行こうとは思わない、自分には関係ない人だからと言った時、スーザンが驚いた顔をしたのを思い出す。振り返って見れば、あの時スーザンが「探す」とか「捕まえる」といった単語を使わず、「『会いに行く』と言い出すんじゃないかと心配」と言っていたのはこのせいだったか。
なるほど。確かに自分の母と親しかった人に会いに行こうと思うのは当然だ。それにエドガーは危機感とか警戒心が人よりも薄いので、凶悪な脱獄犯でも構わず会いに行ってしまう可能性は少なくない。スーザンはそれらを見越していたのだろう。
「あと……そうだ。私の叔父がエドガーって名前なのは憶えている?」
「うん」
「これも叔母に聞いたのだけど、あなたのお父さんと叔父、同じハッフルパフで親友だったみたい。あなたの名前は叔父から取ったらしいわ」
「ほ、本当? ねえスーザン、叔父さんと……あとおれの両親の話、他にもあったら聞かせてほしいんだけど……!」
+
翌週の土曜日、エドガーはハリー、ロン、ハーマイオニーの3人と一緒に城を出た。
そう言えば目的を聞いていなかったと思い出し、道すがらハリーに尋ねると、彼は何でもないように答えた。
「シリウスに、一緒に会いに行こうと思って」
「う、え、シリウス?」
「あれ、エドガーはシリウスのこと苦手だったっけ?」
「苦手っていうか……まあ苦手、かもしれないけど……」
正確に言うなら、自分を弟と重ねて見ているのか、少し距離を置くシリウスが苦手だった。上手く言い表せないが、なんていうか……拒絶されている感じがして、怖いのだ。エドガー自身よくわかっていないのだけど、まね妖怪が「自分を拒絶する若かりし頃のシリウス」に変身するくらい、彼はシリウスに対しておかしな具合に怯えている。
「シリウスも、君とどう接していいかわからないみたいだよ」
「ねえ、おれライオンの姿で会いに行っちゃだめ?」
「ダメ。お店に入れてもらえないよ」
「だよね……」
やがて辿り着いたのは、健全な生徒ならば寄り付かないであろう胡散臭いパブ『ホッグズ・ヘッド』だった。
無罪が証明されたとはいえ、シリウスは長い間アズカバンに収監されていた。未だに世間のイメージは完全に回復しておらず、外を出るにも人目を気にしなければならない。そんな彼と落ち着いて話をするためには、賑やかで明るい『三本の箒』より、他の客に関心を持たない者が集まるこっちの方が都合が良いのだ。
ハリーを先頭にパブへ足を踏み入れる。小さくみすぼらしくて、ひどく汚い室内には、山羊のようなきつい臭いが漂っていた。出窓はべっとり煤けて、陽の光が中までほとんど射し込まない。明かりはざらざらとした木のテーブルにある小さな蝋燭くらいだ。石の床は長い間積もり積もった埃で覆われていて、歩くとうっすら足跡が残った。
シリウスは店内の奥まった座席にいた。ドアが開いた気配に振り向いて、ハリーを見て顔を綻ばせたのもつかの間。その後ろで身を隠すように縮こまるエドガーを見て、困惑した表情を浮かべた。
「やあ、シリウス」
「久しぶりだな、ハリー。ロンとハーマイオニー、それと……エドガーも」
「う、はい。お久しぶりです……」
シリウスは何か言いたそうな顔をしたが、短く息をはいて4人を座席に座るよう促した。シリウスに一番近いところに座ったのはハリーで、一番遠いところには座ったのはエドガーだった。
「あの、ハリー。聞き忘れたんだけど、どうしておれを連れてきたの?」
「うーん……単純に2人を会わせたかったのと、あとはこれから話す内容について、一緒に考えてもらいたくて。エドガーの勘は当たるからね」
「いいけど……」
「よかった。それじゃあ最初から話すよ」
ハリーはクィディッチ・ワールドカップで「闇の印」が現れたこと、森の中でウィンキーがハリーの杖を握りしめたまま発見されたこと、クラウチ氏が激怒したことをまず話した。
「ハリーたちは、『闇の印』を打ち上げた犯人を捜しているって認識でいい?」
「同時に、僕の名前をゴブレットに入れた犯人もね」
「ん。じゃあ、続きをお願い」
今度はハーマイオニーが、ウィンキーは杖を持っていたが、やっていないと主張したこと、自分たちは犯人の声を聞いていて、それがウィンキーのものと全く別物だったと証言し、魔法省も実行犯は既に逃走したと考えたことを話した。そして最後には、クラウチがウィンキーを解雇したと怒りをあらわにして言った。
「だから、ウィンキーはホグワーツで働いているんだね」
「あ、やっぱりエドガーはウィンキーに会ってたんだ」
「やっぱり?」
「僕たち、ハーマイオニーに引っ張られて厨房に下りたことがあって。その時に……えーと、誰だったかな。年寄りの……」
「カルビン?」
「そう、そのカルビンに聞かれたんだ。ウィンキーと君には何か関係があるのかって。君、ウィンキーと何かあったの?」
「顔を見るなり号泣された」
がた、と音が鳴り、エドガーは反射的にそっちを見た。脚を組み替えたらしいシリウスと目が合った。複雑な表情でまっすぐエドガーを見ていたので、いたたまれなくなって視線を戻した。
「この話はそれくらいにしておいて……ウィンキーはどうしてハリーの杖を持っていたの?」
「それが、どこかで失くしちゃったんだ。気づいたのは森の中だったんだけど、貴賓席から離れる時も、テントに戻った時も使う機会がなかったから確かめなかったんだ。だから、どこで失くしたのかはわからなくて」
「なら、ハリーが試合に夢中になっている隙に誰かが盗んだ可能性もあるってことだね」
「そっか、あり得ない話じゃない」
「確かあの時、俺たちの後ろに座っていたのは、クラウチの席を取っていたしもべ妖精、大臣達、それにマルフォイ家もいたな。ハリー、他に誰かいたか憶えているか?」
「えーと」
「マルフォイ一家だ。絶対、ルシウス・マルフォイだ」
ハリーの声を遮ったのはロンだ。
自信たっぷりの口調だったが、シリウスは首を振った。
「確かに奴は死喰い人だが、そんなことをする人間じゃあない。ヴォルデモートが倒された後で、手下の多くは逮捕されてアズカバン送りになったが、一部の者は服従の呪文や賄賂を盾にまんまと逃げ遂せた。ルシウスもその一人だ。あいつはいつだって自己保身しか考えていないから、あんな派手な行動をするとは考えられない」
「……ね、ハリー。他に誰かいたか思い出した?」
「そういえば、バグマンもいたような……。でもバグマンは対抗試合でいつも僕を助けたいって言うから、犯人じゃないと思うなあ」
「ちょっと、彼審査員でしょ? どうしてあなたに肩入れするのよ」
「僕のことを気に入ったんだって」
「何か企んでいるのかもしれない。ハリー、バグマンは印の打ち上げの有無に関わらず警戒しておくんだ」
「う、うん」
「そういえば、ウィンキーはクラウチさんの席を取るために座っていたっていったよね。クラウチさん、ちゃんと来た?」
「いや、あの人は忙しすぎて来れなかったって」
「じゃあ、ウィンキーの隣はずっと空席だった?」
「そういう事になるけど……エドガー、何か思いついたの?」
「何かってほどじゃないけど、ね」
もしかしたら、ウィンキーの隣に誰かがいたのではないか。目くらまし術か、あるいは透明マントのような物で姿を消した誰かが、ハリーの後ろにいたとしたら……。
クラウチは誰かを、おそらく闇の陣営に関わる人間を何かしらの方法で見えなくし、ウィンキーをお目付け役として近くに置いた。ところがその人間は監視の目を掻い潜ってハリーの杖を盗み、騒ぎに乗じて「闇の印」を打ち上げたのではないか。
「これなら、現場でウィンキーだけが見つかった理由にもなると思うんだ。姿が見えないなら、その場にいたってわからないだろうし」
「透明マントって、僕が持ってる物の他にもあるの?」
「あれほど完璧な物は少ないと思うけど、デミガイズの毛で織ったマントとか、あとは普通のマントに目くらまし術を掛けても似たような効果は得られるよ」
「へえ……」
「で、問題は誰が座っていたかってことになるんだけど……」
エドガーは恐る恐る、シリウスを見た。
「クラウチさんに、家族っている……いましたか?」
「いや、いないはずだ」
曰く、以前までクラウチには妻と息子がいた。
当時のクラウチは魔法執行部の部長で、次の大臣と噂されるほどの実力があった。常に闇の陣営にはっきり対抗し、ヴォルデモートに従う者には極めて厳しい措置を取っていた(「実際に、俺は裁判なしでアズカバンに放り込まれた」)。
そんな折、息子が死喰い人の一味と一緒に捕まった。クラウチは少しでも自分の評価を傷つけるようなことは消してしまう奴だったから(「ウィンキーだってクビにされただろう?」)、せめてもの父親らしい愛情として息子を裁判に掛け――まあ、それもクラウチがどんなに息子を憎んでいるか、公に見せるための口実に過ぎなかったが――、まっすぐアズカバン送りにした。
やがてアズカバンに入った息子は、耐えられなくなって1年で死んだ。死に際に面会に来ていた奥方も、息子の死にショックを受けたのか間もなく亡くなったらしい。
「うーん、手詰まりだ。ごめんハリー、もう考え付かないよ」
「透明になった誰かがいたかもしれないってだけで、十分手がかりになったよ」
「役に立てたなら何より」
「そういえば……ねえシリウス、話はまったく変わるんだけど、昨日カルカロフとスネイプが何かを話していたんだ。スネイプに自分の腕の何かを見せていたけど、それが何だか、僕にはよく見えなかった」
「自分の腕を、か?」
シリウスが当惑した様子で尋ねた。
ハリーが頷くと、シリウスは一瞬だけエドガーを見て、すぐに視線を戻した。
「……さあ、俺には何のことかわからないな」
「そっか。エドガーは?」
「え、おれ? うーん、見当もつかないけど……何か印みたいなものがあったとか? 分かる人には分かる、何かのマークとか」
「――そろそろ良い時間だな。学校に戻った方がいい。俺と長いこと一緒にいても、あまり良い評判は得られないからな」
わざとらしく腕時計を見ながら、シリウスが淡々と告げた。
4人はこれ以上話すこともなかったので、おとなしく荷物をまとめ、シリウスに続いてパブを出た。
別れ際になって、エドガーは「あ」と小さな声を出し、ポケットから封筒を取り出して、戸惑いがちにシリウスに手渡した。いつか、シリウスからハリー経由で渡された、レギュラスの写真である。
「これ、すぐに返せなくてごめんなさい」
「ずっと持っていてくれてよかったんだが……」
シリウスは小声で「またあそこに行かなきゃいけないのか」と苦々しく呟いた。近くにいたために聞き取れてしまったエドガーが首を傾げると、シリウスは封筒をしまいながら投げやりに答えた。
「俺とハリーが今暮らしているのは、魔法省が12年の詫びってことで用意した家なんだ。この写真は昔の家……ブラックの本邸から持ってきた」
「嫌な思い出が?」
「大量にな。それに、面倒な奴もいるし……。ああ、家族じゃなくてな、長いこと放置していたしもべ妖精だ」
「え、放置? しもべ妖精を? たった1人で? それ、どのくらい放置しているんですか?」
がらりと豹変し、詰め寄るエドガーにさしものシリウスも目を丸くする。
「10年以上は、1人だろうな」
「だめです、それは絶対良くないことです! 本邸はどこにあるんですか? あなたが行かないなら、僕が代わりに夏休みを利用して行きますから、教えてください!」
「いや、お前は来ない方が……」
「だ、め、です!」
「わかった、わかった。夏休みに入ったらすぐ連絡する。だから今日はもう戻れ。な?」
「絶対ですからね、約束ですよ!」
何度も釘を刺すエドガーの背を押して、ハリー達のところへ追いやる。
チラチラと振り向いては「約束」と口の形で訴えるエドガーと、驚いたような、呆れたような顔でエドガーを引っ張る3人を見送った後で、シリウスは深くため息をついた。
「参ったな。あいつ、顔だけじゃなくてこういうところも似ているのか……。ただでさえ接しづらいのに、これじゃあますます上手くやっていける自信がなくなる」
白い息をはきだして、4人とは逆方向へ歩き出す。
1歩、2歩、3歩。歩いたところで、ぴたりと足が止まった。
「……あいつ、言葉遣いが……いや、気のせいか?」
頭に疑問符を浮かべながら、シリウスは再び歩き始めた。
フラーは友達です。友達。
そろそろ恋愛も発展させないとなーと思う反面、果たしてエドガーに恋愛は出来るのかと思う今日この頃。
今のエドガーは、中の人の影響でそういう感情も皆無なので。ね。
さておき、次の話から第三の課題に移ります。
あと何話で4巻が終わり、エドガーのネタばらしが出来るかはまだ分かりませんが、もうしばらくお付き合いいただけると幸いです。
フィルチさんの近況:とうとうクイックスペルが役に立たないものだと気づく。
魔法が使えたのはそれのおかげじゃない。まともな杖を手に入れたことにより、自信がついたから。そう、すべては気の持ちようだったのだ!
もうこんな教材は必要ない。彼はクイックスペルを捨て、大切な人の手を取り歩み始める……。