穴熊寮からごきげんよう   作:秋津島

45 / 52
「そういえば、2年生の頃はあらかじめ彼に手紙を送っていましたっけ」
「原作知識を利用した、1年間の行動指針――いうなれば快適安全な学生生活を送るための攻略本ですね。本と言うほどボリュームはありませんが」
「これによっていくつか面倒事は避けられましたし、知りたかった情報も無事に得ることが出来ましたが……やはり一番の厄介事からは逃げられませんでしたね」


奔走するクピド

 第一の課題が無事に終了して、数日が経った。

 代表選手たちが次なる課題に向けて新たに与えられた謎――先の課題でドラゴンから奪った金の卵には、第二の課題の内容に関するヒントが隠されており、彼らはこれを解いて次の準備に取り掛からなければならなかった――と向き合っている傍ら、他の生徒たちもある課題の直面していた。

 クリスマス・ダンスパーティである。

 三大魔法学校対抗試合の伝統であり、三校の交流を深めるために開催されるこのイベントは、4年生以上なら誰もが参加を許されるが、同時に参加者は異性のパートナーを選ばなくてはならない。

 もっとも、お一人様での参加も認められないわけではないが、やはり華やかなパーティ会場で孤独にグラスを煽る姿は、想像するだけでもせつないものがある。

 そんな寂しい思いはしたくない。せっかく参加するんだから、目一杯楽しみたい。そしてあわよくば……等々。様々な思いに駆られ、パートナー探しに奔走する生徒たちが発する熱気によって、校内は12月にも関わらず異様なアツさに包まれていた。

 

 そんな空気の中、利用者もめっきり減った図書室で、分厚い本の陰に埋もれる人影が2つ。廊下をぼんやり歩いていたところを「話があるの」と呼び止められたエドガーと、彼が何かを答える前にここまで引っ張ってきたハーマイオニーである。

 2人の会話の内容は、今校内で最も旬なダンスパーティの話題ではなく、目下ハーマイオニーが精力的に活動しているある組織のことだ。

 

「S.P.E.W?」

「ええ。屋敷しもべ妖精福祉振興協会の頭文字をとってS.P.E.Wよ」

「あー、前にハンナとジャスティンが話していたような……。魔法生物の目に余る……なんだっけ?」

「魔法生物仲間の目に余る虐待を阻止し、その法的立場を変えるためのキャンペーンよ。屋敷しもべ妖精の『解放』を目指して動いているわ」

 

 短期目標は「屋敷しもべ妖精の正当な報酬と労働条件を確保する」こと、長期目標は「杖の使用禁止に関する法律改正。しもべ妖精代表を一人、『魔法生物規制管理部』に参加させる」ことよ、とハーマイオニーは淀みなくすらすら答えた。

 ああ、それだ。エドガーが納得したように頷く。

 

「要するに、しもべ妖精の権利向上を目指す組織って認識でいい?」

「構わないわ。それで、あなたにも協力してもらいたいと思って」

「その前に、どうして今声を掛けたのか聞いてもいいかな。その、おれはハーマイオニーと結構仲が良い――つもりだったから、もう少し早めにお誘いが来ると思ったんだけど……」

「それは――ちょっと待ってて」

 

 ハーマイオニーはふと立ち上がると、本棚の陰に姿を消した。

 数分後、分厚い本を何冊か抱えて戻ってくると、近くのテーブルの上に広げ、エドガーに傍に来るように手招きをした。そして、エドガーが素直に応じて近づくと、おもむろに1冊の本に手を掛けてページをめくり始めた。

 

「しもべ妖精について調べる傍らで、あなたのご両親についても調べていたの。ほら、あなた、叫びの屋敷で……両親のことはよくわからないって言っていたでしょ?」

「言ったけど……おれの両親って、本に載るほど有名だったのかな」

「わからないわ。だけど、もしかしたらって思って調べていたの。そうしたらついうっかり、わざとじゃなくて、本当にうっかり……あなたにだけ話すのを忘れていたの」

「……ふふ、ハーマイオニーって賢いのにたまに抜けているよね」

「あなたに言われるのは心外だわ。それでね、ここ――」

 

 半分ほどページをめくったところで、ハーマイオニーの手が止まった。指で文字をなぞるように追っていき――ある項目に辿り着いた。

 ――『ダモクレス・ベルビィ』。近年、トリカブト系脱狼薬を発明し、マーリン勲章を受けた魔法使いのインタビュー記事が、そこに載っていた。

 はてな、とエドガーが首を傾げる。ダモクレス・ベルビィと脱狼薬。この2つと両親がどう関係しているのか。

 問うような視線をハーマイオニーに投げかけると、「いいから読んで」との声が返ってきたので、エドガーは素直に記事に目を向けた。

 脱狼薬を開発するに至った決意……発明までの経緯……苦難……狼人間について……これからの期待……。何の変哲もないインタビューをぼんやり追っていたエドガーの視線は、最後の項目の、最後の一文に差し掛かった途端、縫い付けられたようにぴたりと止まった。

 

『……そして、陰ながら導いてくれたG.クロックフォード氏への感謝をもって、お礼の言葉とさせていただく』

 

「あなたのお父さん、確かグレアムって言ったわよね。だから、もしかしたらこの人がそうなんじゃないかって思ったの」

「よく見つけたね、こんな僅かな記述……おれだったら絶対見逃していたよ」

「これだけじゃないわ」

 

 そう言ってハーマイオニーは、持ってきた本に次々と手を掛けては、エドガーの父親らしき人物が記述されているページを開いて見せた。

 それによれば、グレアムは狼人間や吸血鬼への偏見を払拭しようと奮闘したり、乱獲や違法取引から魔法生物を守るため、各地を回って保護活動に専念したり、魔法生物と人間の共存を唱えたりするなど……どうやら超のつく魔法動物愛護家だったようだ。

 

「確か、ルイーズさん? お母さんの方は全然見つからなかったんだけど……」

「いや、これだけでも十分だよ。ありがとう、ハーマイオニー」

 

 ……グレアム・クロックフォードはエドガーの実の父ではないかもしれない。

 けれど、今まで何も知らなかった彼の情報が少しわかったこと、それとハーマイオニーが自分のために時間を費やして調べてくれたことが嬉しかった。

 

「気にしないで。それでね、さっきのS.P.E.Wの件に戻るのだけど、どうかしら?」

「うーん……しもべ妖精の権利向上を目指すのは、すごく良いと思う。彼らは優秀なのに、仕える家によってはかなり酷い扱いを受けている子もいるからね。そういう子たちが優しい主人に仕えられるように手伝ったり、あとは――主人たちの意識改革も必要だよね」

 

 前向きなエドガーの発言に、ハーマイオニーの顔が輝く。

 彼女はこれまでしもべ妖精の権利向上を唱え、各寮を回ってはメンバーや寄付金を募り、生徒たちの意識を改革するべく演説を行ってきた。

 しかし、ほとんどの生徒は見向きもしないし、何人か関心を持った生徒はいたが、積極的に運動に関わることはしてくれなかった。生徒の多くが、冗談扱いしていたのだ。

 それをエドガーはまともに取り合った。笑い飛ばすことも、茶化すこともせず、真剣に考えてくれている。

 魔法生物のために精力的に行動した父を持つのだ。きっとエドガーも、S.P.E.Wに参加してくれる――そんなハーマイオニーの期待は、しかし次のエドガーの一言で打ち砕かれた。

 

「でも、しもべ妖精の『解放』が活動目的に含まれる限り、おれはS.P.E.Wには参加できない」

「なっ……どうして!?」

「たぶん、もう色々な人に言われていると思うけど……しもべ妖精の大多数にとって隷従は名誉なんだよ。彼らを『解放』するってことは、つまりは労働を――名誉を奪うことになる。だから、協力できない」

「納得できないわ!」

 

 エドガーは困ったように頬を掻いた。

 労働はしもべ妖精の本能行動で、隷属は彼らにとっての名誉。魔法界では常識だが、マグルの世界からこちらに足を踏み入れたハーマイオニーにとっては受け入れられるものではないのだろう。

 このまましもべ妖精について説いても、きっと話は平行線だ。

 

「それなら、今度厨房に行って、彼らに直接話を聞いてみてごらん。中には自由を求めるしもべ妖精がいるかもしれないけど、彼らの大半は労働を誇りに思っているはずだから」

「違うわ、彼らはそう思うように洗脳されているだけなのよ! だってしもべ妖精の扱いは……!」

「“奴隷と一緒”? でも、それはあくまで人間……というかきみの価値観だ。しもべ妖精たちに無理やり押し付けるのはよくないよ。彼らの生き方を否定しているようなものだ」

「……」

「ねえ、ハーマイオニー。しもべ妖精について完全に理解するのは難しいと思う。だっておれたちは人間で、しもべ妖精とは全く違うからね。だけど、きみは賢い女性だから、彼らの視点で物事を考えることも出来るはずだ。彼らは本当に『解放』されるべきなのか、彼らには何が必要なのか、考えてみてほしい」

 

 ハーマイオニーは何か反論しようとして口を開いたが、すぐに閉じて考え込んだ。

 エドガーはほっと一息つき、それから穏やかに笑った。

 

「前にも言ったけど、きみの欠点は1人で何でも完結させてしまうことだよ。もっと周りをよく見て――視野を広げて、焦らずじっくり進めていけばいい」

 

 エドガーはそこで言葉を区切って、ちらりと本棚の陰に視線を移した。

 

「じゃあ、そういうことだから。おれはもう行くね。あと――ビクトールがきみと話したいみたいだから、聞いてあげて。それじゃあね」

 

 ひらひらと手を振って、足早に図書館を出て行く。

 去っていくエドガーの背中を見送ったハーマイオニーの元に、本棚の陰から姿を現したクラムが歩み寄っていったのは、それからすぐ後のことだった。

 

 

 クラウディアは戸惑っていた。

 ダンスパーティの開催が通達されてからというもの、毎日のように知らない男子生徒がやってきては、一緒にパーティに参加してほしいと頼み込んでくるからだ(人気だね、とエドガーに言われたが、彼も彼で似たような状況だから同じ言葉を返しておいた)。

 ボーバトンとダームストラングの生徒に対しては、面識のない者と一晩共に過ごすのは気が進まないからと断り、ホグワーツの生徒に関してはエドガーの名前を出して断っているが、それでも申し込む者は後を絶たない。

 

(……別に、行きたくないわけではないのだが)

 

 生徒でもない自分が、果たして参加してもいいのだろうか。

 自分では答えを見つけられそうにない問いが、胸中を巡る。

 ドレスを買ってもらった以上、着ないのは失礼だ。しかし、年齢の関係で参加できない生徒もいる中で、いわば部外者の自分が素知らぬ顔で参加するのも気が引ける。それにダンスは得意ではないし……。

 と、もやもや考えながら歩いていたら、誰かにぶつかってしまった。

 不覚。いつもならこんなことはしないのに、たるんでる。そう自分を叱責し、非礼を詫びようと相手の顔を見た瞬間。クラウディアは上の空だった自分を本気で殴りたくなった。

 

「く、クラウディア?」

 

 スリザリンのブレーズ・ザビニ。

 去年目を付けられて以来何度もアプローチを仕掛けてくる、クラウディアの最も会いたくない生徒が、困惑した顔で頬を染めながら立っていた。

 

「……ぶつかったことは詫びる。が、おまえに用はない」

「あ、待ってくれ!」

 

 ここは早めに退散するに限る。

 クラウディアは簡潔に告げて立ち去ろうとしたが、切羽詰まった声のザビニが咄嗟に肘を掴んで阻んだ。紫の瞳がスッと細められる。

 

「離せ」

「話が、あるんだ」

「聞く価値があるとも思えん。3度目はないぞ、手を離せ」

 

 本当は、吸血鬼としての腕力にものを言わせれば、ザビニの手など簡単に振りほどける。それをしないのは、ひとえに自分が吸血鬼であると知られたくないからだ。

 相手は狡猾なスリザリン生。もしその事実を掴まれてしまえば、自分はすぐにホグワーツから追い出されてしまうだろう。もしそうなってしまえば、悲しむのはクラウディアではない。ドリスだ。

 去年のことだ。ホグワーツに行く前日、ドリスは、エドガーのいないところでクラウディアに囁いた。

 

 ――エドガーと一緒に卒業してね。

 

 繰り返しになるが、クラウディアは生徒ではない。それは彼女がホグワーツに行けるよう交渉したドリス本人が、一番よく分かっている。入学していないのに卒業だなんておかしな話だが、けれどそう告げたドリスの瞳は真剣そのもので。

 だからこそ、クラウディアは事を荒立てないために、親しい者を除いて素性をひた隠しにしているのだ。すべてはドリスが望む、2人揃っての卒業のために。

 

「……クラウディアがスリザリンを嫌っているのは知っている。確かに俺たちは好かれる寮ではない。一部には純血主義思想が強く根付いているし、裏で色々――まあ卑怯なこともしている」

 

 クラウディアがドリスの言葉を思い出し、動きを止めている間。ザビニは話が聞いてもらえるのだと勘違いして、ぽつりぽつりと思いの丈を語り出した。

 逃げるタイミングを失ったクラウディアがため息をついたが、ザビニは気づかなかったようだ。完全に自分の世界に入っている。これは、おとなしく聞いていた方が早く終わるだろう。彼女はそう判断し、再びため息を零した。

 

「でも、身内の結束は固いし、中には人格者だっているし……スリザリンにいる全員が悪人なわけじゃないんだ。勇猛果敢な生徒も、機知と叡智の優れた生徒も、心優しく勤勉な生徒だっているはずだ。だから――スリザリンだからって一括りにしないでほしいんだ」

「……」

「あー、でも……その、残念ながら俺は人格者じゃない。クラウディアが嫌っているあのバッジの作成にも関わったし、陰口とかもそれなりに言ってきたし、女の子を泣かせたこともある。けど――だけど、クラウディアが望むなら誠実な人間になるから。だから、お願いだ。スリザリンのザビニじゃなくて、ただのブレーズ・ザビニとして見てほしい」

 

 肘を掴む手も、絞り出した声も震えている。

 縋るような瞳は潤んでいて、目元は真っ赤だ。

 “人格者じゃないけれど、君が望むなら誠実になる。だから、見てほしい”、そんな一世一代の告白のような宣言を受けて、さしものクラウディアも目を丸くした。

 

「なんだ、おまえ、真剣な顔も出来るんだな」

「ははっ、酷いなクラウディア。俺はいつだって、君相手には真剣なんだぜ」

「そうか」

 

 無意識に、スリザリン生は皆卑怯なのだと思っていた。

 しかし――飾ることも、隠すこともなく思いの丈をぶつけてきたこの男については、少し評価を改める必要があるかもしれない。

 

「なあ、その……もし、もしもだ。ダンスパーティのパートナーがまだいないなら――俺と一緒に、参加してくれないか? あー、えっと……俺と踊ってください」

「ダンスは好かん。だが、1曲くらいなら付き合ってもいい」

「……幸福で人が殺せるなら、確実に俺は今死んでいる」

「何をわけのわからないことを。ほら、もう用は済んだろ、さっさと手を離せ」

 

 ザビニが素直に手を離すと、クラウディアは振り返らずに去っていった。

 ――夢じゃない、よな?

 急に不安に駆られたザビニは、咄嗟に自分の頬をつねってみた。痛かった。

 

 

 図書室を出たエドガーは厨房に向かっていた。

 近いうちにハーマイオニーは厨房のしもべ妖精たちに話を聞きに行くはずだ。その際、彼女がまだしもべ妖精の「解放」を諦めていなかったら、きっと彼らの機嫌を損ねるような発言をしてしまうだろう。

 もしかしたら、失言が原因でハーマイオニーが反発を受け、更にはグリフィンドール全体もそのとばっちりを受け……なんてことになる可能性だってあるかもしれない。

 そうなることを防ぐため、事前に手を打とうというわけである。

 

「おや、エドガー坊ちゃん。いかがなさいました?」

 

 真っ先に出迎えてくれたのはカルビンだ。

 チョコレートを使用した菓子作りが得意で、エドガーの一番のお気に入りの、老齢のしもべ妖精だ。

 奥のテーブルに案内され、紅茶とチョコレートが用意される。

 

「ん、ありがとう。ちょっと話があってね」

「お話でございますか」

「そ。近いうちにグリフィンドールの女の子が、きみたちしもべ妖精に話を聞きに来ると思うんだ。でね、彼女はしもべ妖精の存在を最近知ったばかりで、まだよくわかっていないんだ。だから、きみたちにとって失礼なことを言うかもしれないんだけど……大目に見てほしいなって。彼女、悪い子じゃないんだ」

「左様でございますか。では、他の者にも申し伝えておきましょう」

「手間取らせてごめんね、頼んだよ」

 

 そう言って、エドガーはチョコレートに手を伸ばした。

 控えめな甘さと深みのある香りを楽しみながら、ぼんやりと周囲を見渡して――おや、と気づいた。

 厨房で働くしもべ妖精は、全員がホグワーツの紋章が入ったキッチンタオルをトーガ風に巻きつけて結んでいる。ところが、その中で1人、まったく違う恰好をしている者がいたのだ。

 洒落た小さなスカートにブラウス、それに合ったブルーの帽子。

 先月の終わりごろにも厨房に足を運んだが、その時はこんな衣装の者はいなかったはずだ。新入りだろうか。

 

「ねえカルビン、あの子は?」

 

 指差し尋ねる。

 

「ああ、あれはウィンキーでございます。元はクラウチ家に仕えておりましたが、クビになったため、ドビーという者と共に、先々週からここで働き始めました」

「ドビーっていうのは、どの子?」

「今はこちらにいませんが、ご希望ならすぐに呼びだしますよ」

「いや、大丈夫。仕事中だろうし」

 

 ふと、ウィンキーなるしもべ妖精が顔を上げた。

 自分の名前が呼ばれたのを聞き取ったのだろう。きょろきょろとあたりを見回し、エドガーを見て、ただでさえ大きな目をさらに見開いた。

 ウィンキーは瞬きもせず、よろよろと覚束ない足取りで向かってきた。異変を感じたカルビンが止めようとしたが、それを払いのけ、エドガーの近くまで来ると、突然ワッと泣き出した。

 

「ウィンキー、無礼ですよ」

「いいよカルビン、大丈夫。ウィンキー、どうしたの?」

「ああ、おかわいそうなクラウチさま! クラウチさまはウィンキーがいらっしゃらず、大変お困りのはずでございます! どうか、どうか、あたしがクラウチさまの元にお帰りになれるよう、口添えをしてください! クラウチさまをお助けください!」

 

 キーキー泣き声をあげ、ウィンキーはエドガーの足に縋りついた。

 困惑するエドガーなど知りもせず、泣き声は次第に大きくなっていく。

 

「クラウチ? バーテミウス・クラウチのこと?」

「あなたさまは存じ上げているはずです!」

「えーと、確かにあの人は審査員だから、知っていると言えば知っているけど……」

「落ち着きなさい、ウィンキー!」

「クラウチさまにはウィンキーの助けが必要です! あたしは……!」

「坊ちゃん、せっかくいらしてくださったのに申し訳ありませんが、今日のところはもうお戻りください。後ほどウィンキーには厳しく言いつけておきますので」

「あ、うん……お手柔らかにね?」

 

 カルビンに促されたエドガーは、手土産のチョコレートをしっかり受け取り、ウィンキーの喚き声が響く厨房を後にした。

 

 ――さて、いったいどういうことだろうか。

 もしウィンキーが正常な思考の持ち主だったら、ただの生徒に「クラウチさま」を助けてくださいと泣きつくことはしないだろう。しかし、彼女は実際に泣きついた。ということは、可能性は2つ。

 1つはウィンキーの思考が正常ではないこと。しかし、初対面の一生徒に縋りつくようなしもべ妖精がホグワーツで働けるとは思えない。したがって、この可能性は考えにくい。

 そうなると2つ目、ウィンキーがエドガーを“ただの生徒”だと思わなかった。つまり、人違いをした可能性が大きい。そして、エドガーがよく勘違いされる人と言えば、おのずと絞られてくる。

 そう、シリウス・ブラックか、その弟のレギュラスだ。

 クラウチ家と言えば純血の旧家だ。同じく純血名家のブラック家と何らかの繋がりがあってもおかしくない。シリウスまたはレギュラス、あるいはその両方がクラウチ氏と交流があり、親しい仲だったとすれば、ウィンキーが「クラウチの元に戻れるように口添え」し、「クラウチを助けて」と言ったのも納得ができる。

 と、そこまで考えてエドガーは深くため息をついた。

 

(我ながら、自分の出生は謎が多いけど……個人的にはまだエドガー・クロックフォードでいるつもりだから、なんだかな……)

 

 なんとなく、自分の存在が塗りつぶされていくようで落ち着かない。

 ……こういう時は、ハッフルパフのみんなと談笑して気を紛らわせるのが一番だと、今まさに駆けだそうとした瞬間。

 

「見つけた、エドガー」

 

 透き通る声に呼び止められる。

 今日で2度目だなーとか、そういえばビクトールはハーマイオニーに何の用事だったんだろうとか、取り留めのないことを考えながら振り向くと、予想していなかった人物がそこにいた。

 

 ――その後、その人物の有無を言わさぬお誘いにより、エドガーのダンスの相手が確定した。




おかげさまで、先日いただいた評価が100を超えました。
アーンド、評価バーが赤くなりました。今までずっとオレンジだったので、なんだか新鮮です。
評価をくださった皆様、ありがとうございます:D

今回はS.P.E.Wとダンスのお誘いの話。
・ハーマイオニーが厨房に行く時期は、エドガーの両親の一件もあって原作より遅れているっていう設定でお願いします
・エドガーの相手はちょっともったいぶって次回にて
・クラム、フラーとエドガーの馴れ初めは、近いうちにどこかに書きます
・章タイトルについては、色々なところでカップルが成立しているから、キューピッドが頑張って走り回っているんだろうなーっていうアレです。無駄にラテン語仕様

フィルチさんの近況:司書のマダム・ピンスをパーティーにお誘いした模様

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。