穴熊寮からごきげんよう   作:秋津島

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「まさかエドガーが不完全ながらパーセルマウスで、継承者の疑いを掛けられるとは思ってもいませんでした」
「ところで、ザカリアスとスーザンが調べたところによれば、パーセルマウスには先天的と後天的なものがあるらしいです。行動次第では誰でも習得できるというわけですね」
「さてさて、エドガーはどちらでしょう」


第一の課題

 三校対抗試合、その第一試合で選手が対峙するのはドラゴンだ。

 ドラゴンが守る本物の卵の中に、1つだけ金色に輝く卵が混ざっている。彼女たちを上手く出し抜いて卵を奪うことが、代表選手に与えられた第一の課題だ。

 言うまでもなく、これは極めて危険な競技である。

 ドラゴン単体で見ても魔法省の危険度分類で堂々のXXXXX(最高ランク)を誇るのに、更に追い討ちをかけるかの如く、集められたドラゴンたちは皆気性の荒い営巣中の母親だ。

 彼女たちはこれが競技などわからない。だからこそ、紛れ込んだ金の卵も自分のものだと思い込み、奪おうとする者はすべて敵とみなす。手加減もなく、慈悲もなく、ただ外敵を排除するために炎を吐き、爪を振るい、牙を突き立て、尾を薙ぐ。そこには一切の容赦は含まれないのだ。

 そんな恐るべき魔法生物相手に、選手は勇気と杖だけを武器にどのように渡り合うのか。

 命懸けの戦いで、彼らはどのようなパフォーマンスを見せてくれるのか。

 あるいは恐怖に駆られて何もできず、惨めな姿を晒すのか。

 期待や興味に駆られた生徒たちのテンションは、当日の朝から徐々に吊り上がっていき、試合直前ともなれば最高潮に達していた。

 

「うう、なんだか緊張するよ」

「大丈夫大丈夫、セドなら上手くやれるって」

「そうですよ。それにほら、彼には助っ人がいましたから。ね、エド」

 

 魔法によって一晩で造られた、古代ローマの円形闘技場を彷彿とさせる形の競技場は、がやがやと騒めく観客で埋め尽くされていた。

 ハッフルパフのスタンドの一角ではハンナ、スーザン、アルマ、ザカリアス、ジャスティン、アーニー、そしてエドガーというお馴染みの面々が揃って集まり、これからの試合についてあれこれと言葉を交わしていた。

 

「うん、まあ。でも大したことはしていないよ。いくつかアドバイスをして練習を手伝っただけ。だから、この後のパフォーマンスはほとんどセドリックの実力なんだよ」

「謙遜するなよエドガー。小耳に挟んだ話だが、セドリックは君に大層感謝していたようだぞ。いてくれてよかった、とな。おっと、否定するなよ。彼がお世辞を言うような性格じゃないことはわかっているだろう? これはセドリックの本心だ」

「うーん……」

 

 エドガーは困ったように笑って、落ち着かないように髪を触った。

 そんな様子を見て、言い出したアーニーやザカリアス、スーザン辺りが呆れた顔をした。……前から思っていたが、エドガーは妙に自己評価が低い。もう少し自信を持てばいいのに。

 

「あれ、どうかした?」

「……なんでもない」

「そっか。あ、ほら。もう競技が始まりそうだよ」

 

 エドガーが指差した方向、審査員席にはマダム・マクシーム、クラウチ、ダンブルドア、バグマン、カルカロフの5人が座っている。

 やおら立ち上がったバグマンが軽く咳払いをし、拡声魔法を使って競技場全体に呼びかけた。

 

『とうとうこの瞬間がやってまいりました! 三大魔法学校対抗試合――長きに渡る沈黙が、今、破られようとしています!』

 

 いよいよだ、とアルマが楽しそうに口ずさんだ。

 

『三校の皆さん、準備はよろしいですね! それでは、参りましょう! 記念すべきトップバッターはホグワーツ代表、セドリック・ディゴリー!』

 

 ハッフルパフを筆頭にホグワーツ生が一斉に立ち上がり、大声援で選手の控え室らしきテントから出てきたセドリックを迎えた。

 囲い地の中でセドリックがドラゴンと対峙する。長い鋭い角を持ち、皮膚の色は青みがかったグレーの個体だ。セドリックに向かって唸り、牙を鳴らし、空に向かって鮮やかな青い火柱を吹き上げた。

 

「エド、あのドラゴンは?」

「スウェーデン・ショート‐スナウト種。今みたいな鮮やかな青い炎を吐くことで知られているね。一番の特徴はその強固な皮膚で、手袋から盾まで幅広く使われているんだ。おれたちが授業で使っているのも、このドラゴンのなんだよ」

「相変わらず、動物に関する知識は無駄に豊富だな」

「ふふ、それほどでもないよ」

 

 エドガーは楽しそうに言いながら、キラキラ輝く瞳でドラゴンを見つめた。

 森番兼魔法生物飼育学の担当であるハグリッドが無類の危険生物好きというのは有名だが、エドガーもまた彼に負けず劣らず生き物好きだ。むしろ危険・安全に関わらず、なおかつ生息地(マグル界か、魔法界か)や見た目もほとんど気にしないあたり、ハグリッドよりも手に負えないかもしれない。

 そんな彼からすれば、ドラゴンは胸を躍らせるのに十分すぎる材料だったのだ。

 

『ディゴリー選手はこのドラゴンをいかにして出し抜くのか、見せてもらいましょう! 第一試合、開始!』

 

 遠目からでも、覚悟を決めたような様子が窺えるセドリックは、杖を取り出して近くの岩に魔法をかけた。たちまち岩はラブラドール・レトリバーに変身し、凛とした顔でセドリックを仰いだ。

 

「囮作戦ね」

「セドリックは変身術や呪文学が得意だったからね」

「でも、あれだけではドラゴンの気は惹けないわ」

「もちろんわかっている。大丈夫、ちゃんと考えてあるから」

 

 静かに分析するスーザンに、エドガーは悪戯めいた光を宿した瞳で返した。それと同時に、囲い地ではセドリックが再び杖を振り上げ、更に犬に魔法をかけた。

 

『おぉぉぅ、これは!』

 

 バグマンが楽しそうに身を乗り出した。

 1匹が2匹に、2匹が4匹に、4匹が8匹、16匹、32匹……。魔法のかかった犬は、倍に倍にと数を増やし、瞬く前に増殖していった。

 

「囮作戦は確実性に欠ける。だから、相手が囮以外目に入らないくらい――むしろ目を逸らせないくらいに、圧倒的な物量で押せばいいんじゃないかって言ったんだ」

 

 犬。犬。犬。

 魔法で増えたラブラドールの総数は優に3桁を超し、凛々しい顔つきでドラゴンを見据えている。

 

「確かにこれは、圧倒的な物量ね」

「名付けて101匹わんちゃん作戦。数が多いのはご愛敬。ちなみに犬じゃなくて鳥にする案もあったんだけど、一歩間違えたらサスペンスになるからやめたんだ」

「何のこと?」

「あ、マグルの映画の話」

「よくわからないけど、これなら囮としては十分ね」

 

 かくして競技場の一角を埋め尽くさんばかりに増えた犬たちは、セドリックの指示を受けて一斉に走り出した。

 いくらドラゴンと比べて矮小な存在とはいえ、3桁を超す数が大群で襲い掛かってくれば、さしものドラゴンも暢気してはいられない。驚いた様子で犬を見て、青い炎を噴き出した。

 

『うまい動きです!』

 

 しかし、紛い物の犬たちは怯む様子を見せず、俊敏な動作で躱した。炎の直線上にいた犬こそ消されたものの、全体的な損失は少ない。

 やがてドラゴンの元に到着した犬たちは、炎や爪、尾を避けながら至近距離でドラゴンの注意を奪っていく。体に飛び掛かったり、体当たりしたり、大きな声で吼えてみたり……等々。

 ドラゴンだけでなく、観客の意識すら犬に集中する中で――黒い影が一閃、競技場を横切った。

 

「……あ、取ったね」

 

 ぽつりと、アルマが零した。

 一瞬の静寂。そして、耳を劈く大歓声。

 観衆の視線は今やドラゴンから少し離れた場所で、新たに魔法で造り出した黒い獅子の背に跨り、黄金の卵を高々と掲げるセドリックに注がれていた。

 

「すごーい! セドリック、あっという間に卵を取っちゃったよ。気づかなかったあ」

「あの獅子、エドの変身した姿にそっくりですけど、あれもエドの作戦ですか?」

「いや、あれはセドリックの咄嗟の機転だよ。でも……うん、確かにセドリックは獅子(おれ)に乗ったことあるし、ネコ科の肉球は柔らかいからより足音を消して近づくことが出来る。それに黒獅子は普通の獅子よりも視覚的なインパクトがある。だから、あれは良い選択だったと思うよ」

『すばらしいタイムです! ディゴリー選手、本当によくやりました! さあ、得点の発表です!』

 

 審査員席に座る5人が、次々と空中に得点を発表していく。音にしないのは、後続の選手に配慮してのことだろう。

 果たしてセドリックの点数は――40点。つかの間の静寂の後、またもや大歓声が湧き起こってセドリックの健闘を称えた。

 

「50点満点で40点だから良い方……だよね?」

「十分だろう。評価ポイントは無傷な点とクリア時間の速さあたりか」

 

 話している間に、競技場の中では犬が次々と消えていき、最後に残った犬も消えると最後には岩だけがころりと転がった。黒獅子も同様に、セドリックの手に頭を擦りつけてから岩の塊に戻っていった。

 エドガーが少し寂しそうな顔をしたので、ザカリアスがやれやれとチョコレートを押し付けた。エドガーの表情が輝いた。単純な性格である。

 

『さあさあ、1人が終わってあと3人! 次なる挑戦者はボーバトン代表、ミス・デラクール!』

 

 セドリックと入れ替わるように、控室からフラーが出てきて囲い地に入った。それをボーバトン生と一部の男子生徒が一斉に声を上げて迎える。

 囲い地の中には先ほどのドラゴンと代わり、すべすべした鱗を持つ緑の一頭が待機していた。音楽的な吼え声を響かせ、全身をうねらせながら足を踏み鳴らしている。

 

「エド、ドラゴン解説頼んだよ!」

「いいよ。あれはウェールズ・グリーン普通種。少し小柄だね。人を避けようとするから扱いやすいけど、イルフラクーム事件でも証明されているように、決して人を襲わないわけじゃないんだ」

「イル……何?」

「イルフラクーム事件。凶暴化した同種が、マグルが日光浴していた浜辺を襲撃した事件だよ。その場に魔法使いの家族がいたから事なきを得たけど、この子たちもドラゴン特有の凶暴さをしっかり持ち合わせているんだ」

 

 ホイッスルが鳴り、杖を構えたフラーが動き出した。

 刺激を与えないように、静かに距離を詰めていく。

 

「あの子は直接攻撃するみたいだね。大丈夫かなあ」

 

 ハンナの心配そうな声が終わる前に、ドラゴンが細く噴射するように炎を噴き出した。炎はフラーの体ぎりぎりを掠め、近くにあった岩を焼き尽くした。

 青い顔で溶かされた岩を見るフラーに、ドラゴンは容赦なく再び炎を吐いた。彼女は咄嗟に避けたが、僅かに掠めた炎がスカートに燃え移った。

 

『おー、これはどうもよくない!』

 

 火はすぐに消されたが、スカートの裾が少しばかり短くなってしまい、興奮したような声のバグマンを筆頭に男たちがざわざわと騒ぎ出した。ある者は白い脚を凝視し、ある者は口笛を吹き、ある者はだらしなく表情を緩めた。

 その一方で、ハッフルパフの生徒は一様に心配そうな顔をしていた。

 

「大丈夫でしょうか?」

「火傷しているかもしれないな。マダム・ポンフリーに診てもらえばすぐ治るだろうが……心配だ」

「選手が危険な目に遭ったというのに、あの司会はなぜ楽しそうなんだ。理解できない」

「ドラゴンもフラーも無事に競技が終わるといいけど……」

 

 ジャスティン、アーニー、ザカリアス、エドガーの四人はハラハラした様子で囲い地の中を見つめていた。その瞳の中には一切のよこしまな感情が含まれていない。ハンナ、スーザン、アルマの女性陣はそれに気づき、顔を見合わせてから、満足そうにくすくすと笑った。

 さてそんな様々な視線に晒されている当のフラーは、競技場の中で特に気にした様子もなく堂々としていた。普段からそういった類の視線には慣れているのだろう、一向に動じず、再び杖を構えてドラゴンへの接近を試みていた。

 ドラゴンがまた炎を吹く。今度は予測していたのか、フラーは軽やかに避けると、一気に距離を詰めて魔法を放った。閃光はまっすぐに飛んでいき――唯一の弱点である目に命中した。たちまちドラゴンはトロンとなり、頭を伏せて眠ってしまった。魅惑の呪文を使ったらしい。

 ドラゴンがぐるぐるといびきをかくのを確認すると、フラーは慎重に近づいて見事に卵を奪い取った。ところが――。

 

『ああ、なんと、今度こそやられてしまったのかと思ったのですが!』

 

 ドラゴンがいびきと同時に、寝ぼけて鼻から炎を噴き出した。

 その時フラーは手の中の卵に気を取られていて、炎がまたもやスカートに着火したことに気づくのに一瞬遅れてしまった。慌てて消火するも布地は大分燃え尽きており、白く長い脚がきわどいところまで露わになる。バグマンと男たちが今日一番の盛り上がりを見せ、女性たちと一部の男からの冷めた目に晒されることになった。

 

『嬉し――危険な場面もありましたが、デラクール選手、見事に卵を取りました! それでは得点の発表です!』

 

 審査員が掲げた点数は38点。

 ボーバトン生と男子生徒が割れんばかりの拍手と歓声をフラーに送った。

 

「セドリックと僅差だ。これは今後の課題で容易に順位が変動するぞ」

「ザッキー、次の課題の話はまだ早いよ! まだ試合は残っているんだから!」

「残りはクラムとポッターですよね。どっちが先――」

 

 ジャスティンの言葉は、突然立ち上がったアーニーによって阻まれた。

 何事かと競技場に目を向ければ、今度はフラーと入れ違いにクラムが出てきたところだった。ダームストラングの生徒とクィディッチファンの生徒が総立ちになり、熱い声援を送っている。

 

『そして、いよいよ登場! ミスター・クラム!』

 

 クラムは声援とドラゴンに怯むことなく堂々とした足取りで囲い地に入った。クィディッチでブルガリア代表チームのシーカーを務めるだけあって、大舞台には慣れているようだ。

 

「エド」

「はいよっと。あれはチャイニーズ・ファイヤボール種。中国火の玉種とか、獅子龍と呼ばれる場合もあるね。攻撃的な性格で、ほとんどの哺乳類を食べるよ。ちなみに好物は人と豚」

「ひええ……」

 

 深紅の鱗を持ったドラゴンが、首を伸ばしてキノコ型の炎を吐いた。その目は飛び出していて、獅子鼻で、顔の周りには黄金色の棘のような縁取りがある。

 

「結構愛嬌のある顔だと思うんだよね」

「ない! エドは動物に対して盲目すぎるよ! 目を覚まして!」

『それでは、第三試合、開始!』

 

 アルマがエドガーの肩を掴んでがくがく揺らしているうちに、ホイッスルが鳴って試合が始まった。慌ててアルマは席に座り直し、エドガーはぐらぐらする視界を落ち着かせながら(少し酔った)、観戦の姿勢に移った。

 クラムは競技が開始するや否やその場から飛び出し、魔法の射程圏内に飛び込むと、ドラゴンが攻撃を仕掛ける前に杖を振り上げ、呪文を連発した。

 

『なんと大胆な!』

 

 ドラゴンが恐ろしい唸り声をあげて、炎を吐き、爪と尾で迎撃しようとするも、クラムはシーカーで培った判断力と俊敏性を惜しむことなく利用して軽々と避けていく。そして、とうとう呪文を飛び出した目に打ち込んだ。

 途端にドラゴンが今までとは違う、苦しむような唸り声をあげて暴れ出した。

 

「う、あれ『結膜炎の呪い』だ……」

「結膜炎?」

「ドラゴンの弱点は目なんだ。さっきフラーも目を狙っていたでしょ? で、ドラゴンと戦う時に一番有効なのが『結膜炎の呪い』なんだ。ただ、これを使うと……ね」

『いい度胸をみせました――そして――やった! 卵を取りました!』

 

 ドラゴンが悶えている隙をついて、クラムは卵を奪い取って素早くその場から離れた。これなら高得点が狙える。そう誰もが確信した次の瞬間、痛みにのたうち回るドラゴンが、勢い余って本物の卵の半数を潰してしまった。異変を察知したクラムが背後を振り向き、卵が潰れていることに気づいて青い顔をするも、無情にも終了のホイッスルが鳴り響く。

 

「くっ、途中までは完璧だったのに……」

「どうどう、アーニー落ち着いて。そろそろ座ったら?」

「あ、ああ……そうするよ」

 

 その後クラムの得点が発表されたが、やはり本物の卵を潰してしまったのは大きな減点だったらしい。ダームストラング校長カルカロフの贔屓があったものの、点数は40点とセドリックと変わらなかった。

 試合後、クラムを称える拍手が鳴り響いたが、その音色はどこか残念そうだった。

 

「これで3人終わったね。最後はハリーだ」

「……ダンブルドアの年齢線を突破した選手がどんな試合をするか、楽しみだな」

 

 ザカリアスが皮肉めいた笑みを浮かべて、揶揄するように囁いた。

 本来なら存在しない4人目で、なおかつ定められた年齢に達していない、まったくイレギュラーな代表選手。それだけに城の住人のハリーへの対応は冷たいものが多く、特にハッフルパフは正規の代表を輩出したこともあり、自寮の勇者の存在を霞ませるハリーの存在が面白くなかったのだ。

 

「ザカリアス」

「わかっている。ポッターは自分の意思で代表になったわけじゃない、だろ? 何度も聞いた。だが、証拠がない。それにポッターは今までに散々色々な事件を起こしては注目を集めてきた。おそらくそれが癖になってしまい、もっと目立つために今回も行動した――そう考えるのが一番しっくりくる」

「ハリーがトラブルを起こすんじゃなくて、トラブルの方がハリーの元に舞い込んでくるんだよ」

「どうだか」

 

 ザカリアスは鼻を鳴らし、急速に興味を失った瞳でぼんやり競技場に目を落とした。エドガーが何か言いたそうにしたが、ホイッスルが鳴って、ハリーがクラムと入れ違いに現れたのを見ると、おとなしく座席に座り直した。

 囲い地の中では鱗に覆われた黒いトカゲのような怪物が、棘だらけの尾を地面に激しく打ち付け、硬い地面に溝を削り込んでいた。観衆からは冷やかしの声と恐怖の声が飛んだ。

 

『最後はホグワーツ代表、ありえない4人目にして最年少の選手、ハリー・ポッター! 生き残った男の子はドラゴン相手にどう戦うのか、期待が高まります!』

 

 グリフィンドールからは大歓声が、それ以外の寮からはまばらな拍手が響き、ボーバトンとダームストラングに至っては沈黙したまま、ハリーは迎えられた。

 

「エド、最後のお役目だよ」

「え? ああ、ドラゴン解説か。えーと、ハンガリー・ホーンテール種。炎は最大15mまで吐くことが出来るから遠距離攻撃もお手の物だし、見た通り尻尾には棘がついているから近距離攻撃も抜かりないよ。さっきの中国火の玉種も凶暴だけど、危険度で言ったらこっちの方が上かも。この子を出し抜くのは難しいだろうね」

「死人が出ないといいな」

「ザカリアス、それ以上言ったら怒るよ」

 

 ザカリアスとエドガーの間に漂った険悪な空気を断ち切るようにホイッスルが鳴った。試合開始だ。

 ハリーが杖を振って何かを叫んだ。すると、空気を切り裂いて彼の愛用する箒、ファイアボルトが飛来して、ハリーの真横でぴたりととまった。どうやら呼び寄せ呪文で取り寄せたらしい。

 なるほどとエドガーが納得して頷いた。持ち込んでいいのは杖だけだが、杖を使って道具を呼び寄せることは禁止されていない。それに箒を使う作戦は、優れたシーカーであるハリーにはぴったりだ。

 ハリーは素早く箒に跨って、一瞬のうちに空高く飛翔した。ぐんぐん上昇し、観客から見えるハリーの姿が豆粒ほどの大きさになったところで、彼は突如急降下した。

 両翼を開き、邪悪な黄色い目をしたホーンテールの首がハリーを追った。勢いよく炎が吐き出されるが、ドラゴンの動きを見越していたハリーが上昇に転じたので、炎は誰もいない空間を焦がすことになった。

 

「あ、今のポッターの動き、私のブラッジャーを避ける動きに似ていたよ!」

「ハリーは今、この競技をクィディッチだと思っているのかもしれないね」

「それだったら、この課題をクリアするのもあっという間だね。悔しいけど、ポッターのシーカーとしての能力は優れているもん。ね、ザカリアス」

「……そう、だな」

 

 面白くない声色で告げるザカリアスだったが、その目には先ほどはなかった興味の色が濃く滲み出ている。それを見逃さなかったエドガーは、気づかれないように満足そうに笑った。――飛行で魅せるなんて、まったくきみは大した選手だよ。

 

『いやあたまげた! なんたる飛びっぷりだ!』

 

 今や観衆が虜になったように、ハリーの飛行を見つめていた。

 高く舞い上がったハリーは弧を描き、ドラゴンは動きを追うために長い首を伸ばし、頭をぐるぐる回した。やがてぱっくりと口が開き、炎を吐き出される直前に、またハリーが急降下した。しかし、今度は炎は躱せたものの、代わりに鞭のように飛んできた尻尾がハリーの肩を掠め、棘の一本がローブを引き裂いた。観衆がどよめく。

 

「だ、大丈夫かな? 痛そうだったけど……」

「深くはなさそうだけど、痛むでしょうね」

「ブラッジャーとどっちが痛いかな。……どっちも痛いか」

 

 ハリーは今度は急降下や急上昇はせず、ドラゴンから一定の距離を保ったまま、あっちへヒラリ、こっちへヒラリと飛び始めた。ドラゴンが動きにつられてゆらゆらと首を振り出す。ハリーはドラゴンが自分から目を逸らすことがないよう、慎重に、ゆっくりと高度を上げていった。

 

「何をしているんでしょうか」

「……おそらく、ドラゴンを巣から遠ざけようとしているんだろう」

 

 まっすぐに競技場を見ながら、ザカリアスが呟いた。

 ドラゴンは卵を守るため、基本的に巣から離れようとしない。セドリック、フラー、クラムの3人が戦ったドラゴンも、出し抜かれこそしたが巣からは1歩たりとも離れなかった。

 今、ハリーが相手にしているホーンテールは非常に凶暴で、近づくだけでも大怪我を追う可能性が高い。安全に卵を奪うためには、彼女を出来るだけ巣から離し、その隙を狙う戦術が望まれるのだ。

 果たして、ザカリアスの言う通り、ハリーはドラゴンを巣から遠ざけるのが目的だったらしい。誘導を繰り返したハリーは、今やホーンテールが首を精一杯伸ばしても届かない位置にいる。彼女はイライラしたように唸り、尻尾を地面にばしりと叩きつけ、焦らすように頭上をくねって飛ぶハリーを鋭く睨みつけた。

 次の瞬間、ホーンテールは後ろ足で立ち上がり、巨大な黒なめし革のような両翼を広げ、飛び上がった――ハリーは急降下して、ドラゴンが、ハリーがいったい何をしたのか、どこに消えたのかに気づく前に、無防備になった卵へ全速力で突っ込んだ。ハリーはファイアボルトから両手を離し、金の卵を掴み、猛烈なスパートをかけてその場を離れ、スタンドの遥か上空へ舞い上がった。

 

『……やった! やりました! 最年少の代表選手が、見事に魅せてくれました!』

 

 バグマンが叫んだ。一拍遅れて、観衆が声を限りに叫び、拍手喝さいをして最年少選手の健闘をこれでもかというほど称えた。これまでハリーに冷たい目を注いできたボーバトンとダームストラングの生徒も、レイブンクローやハッフルパフ(もちろん、ザカリアスも)、そしてスリザリン生ですら半数以上が大歓声を上げている。

 

「あれ、エドガーどこに行くの?」

「選手控え室!」

 

 得点を見る前に、エドガーはスタンドから飛び出して選手が待機するテントへ走り出した。

 その道中、同じく走ってテントへ向かうハーマイオニーとロンを見つけて、エドガーは思わず声を掛けた。

 

「二人とも、これからハリーのところに?」

「ええ。あなたはセドリック?」

「強いて言うなら全員。みんなにおめでとうとお疲れさまを言いに。ところで……」

 

 エドガーの視線が、ハーマイオニーの後ろを走るロンに向けられた。

 ロンはハリーが自分から代表に名乗りを上げたと思っており、そのせいでしばらく会話をしていないのだと、少し前にハリーから聞いた。そのロンがこうしてハリーの元へ向かっているということは……。

 

「ロン、誤解は解けた?」

「……ハリーは、自分からあんな危険な競技に挑戦する性格じゃない。だからきっと……誰かがハリーを殺そうとしてやったんだって気づいたんだ」

「そっか。なら、よかった。きみたち3人が一緒にいないのは、側で見ていても違和感があったからね」

 

 にこりと微笑むと、ロンは深いため息をついた。

 

「なんか、悔しいっていうか……情けないよ。僕は一番ハリーといる時間が多いのに――親友だったのに、変な嫉妬心で信じることができなくて。エドガーの方がずっと……」

「ロン!」

「な、なんだい急に」

「喧嘩しないこと、無条件で信じることが親友じゃないよ。時には喧嘩して、時には疑って、時には傷つけ合って。飾らない、本心で付き合える友情の方がよっぽどいい。……友情だけに限らないな。これは家族関係にも言える。本音を隠して上辺ばかり取り繕っていたら、いつかおかしな誤解が生じて……すれ違ったまま後戻りが出来なくなることだってある。おれは、そうなるくらいだったら、殴り合ってでも分かり合う道を選びたいと思うよ」

「妙に感情が籠ってるけど、昔何かあった?」

 

 問われて、エドガーは自分が思いのほか熱くなっていることに気づいた。

 

「……わからない。ない、はず……なんだけど、もやもやする」

 

 現在進行形で、祖母とクラウディアに自分が実子でないことを隠している点を除けば、これまで本心を偽って友人や家族と接したことはないはずだ。それなのに、心の奥底で……何かが引っかかっている気がする。しかし、いくら考えても答えが見えてこないので、エドガーはその問題をとりあえず頭の隅に追いやることにした。

 

 それからしばらく走って、控え室に辿り着いた。

 そこで、ロンは無事にハリーと仲直りをしてハーマイオニーをわんわん泣かせた。

 エドガーはセドリック、フラー、クラムに順番に祝福とねぎらいの言葉を掛けた。

 そうこうしている間にハリーの得点、40点が発表され、3人が横並びで1位になるという珍事を持って第一の課題は終了となった。




お待たせしました(白目)
こんなに間が空いたのは初めてです。いやはや、申し訳ない。
とりあえず4巻終了までは、これほど間が空くことはもうない……はずです。

第一の課題が終了して、点数は団子状態。あ、セドリックは原作より点数高くなっています。
あとクラウディアはザビニに頼み込まれてスリザリン席で観覧していました。

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