穴熊寮からごきげんよう   作:秋津島

41 / 52
「私はひどく焦っていました。『物語』を改変するには力が必要です。しかし、私は自由に動くことが出来ず、修練する機会が得られないのですから」
「だから、肉体の主導権が得られる睡眠時を利用して、無理やり力を付けようとしたのです」
「彼が倒れて、初めて大変なことを仕出かしたということがわかったのです。本当に申し訳なかったと思っています。今でも後悔の種です」


マッド‐アイ・ムーディ

 翌日の朝食の席は、どこも三校対抗試合の話で持ちきりだった。

 エドガーがテーブルについた時、ちょうどクィディッチ・チームのメンバーで、今年七年生のアイヴァーが、立候補する旨を宣言して周囲の生徒を湧かせているところだった。

 

「さあ、他に立候補する奴はいるか? お、セド! お前はどうする? 確かハロウィーンまでには十七歳になっているだろ?」

 

 アイヴァーが良く通る声で尋ねると、彼から大分離れたところにいたセドリックが少し驚いたように目を開いた。話が自分に振られるとは思っていなかったのだろう。

 セドリックは少しだけ考える素振りを見せて、それから微笑んだ。

 

「そうだね。前向きに考えるよ」

「セドは優秀だから、選ばれる可能性は十分あると思うぞ。な、エド」

「え、おれ?」

 

 エドガーも話が振られるとは思っていなかった様子で、何度か瞳を瞬かせた。

 

「うん、そうだね。セドリックが代表に――」

 

 なってくれたら嬉しいな、という言葉は寸前で飲み込まれた。夏休みに見たあの夢が、脳裏を掠めたからだ。

 もしもセドリックが代表選手になったら、詳しい経緯は不明だが、あの夢のとおりに命を落としてしまうかもしれない。三校対抗試合はそもそも大量の死者を出したことがきっかけで長らく中止されてきた。いくら年齢制限が設けられたとしても、いくら予防措置が取られたとしても、不慮の事故は起こり得る。

 エドガーは胸の中に広がった、霞のような不安をおくびにも出さず、そのまま笑顔で繋げた。

 

「――なる可能性は高いよね。でも、イヴも負けないでよ?」

「もちろんだ! 後輩に後れを取るイヴさんじゃあないぜ!」

 

 アイヴァーは明るい笑顔で言い放った。

 

 賑やかな朝食を終えた後、新学期最初の授業はグリフィンドールとの合同の薬草学だった。

 今までに見たこともないような醜い植物、ブボチューバーの膿を集める作業は、強烈な石油臭を除けば、なんだか奇妙な満足感が得られる授業だった。この膿は原液のままだと皮膚に変な害を与えるが、頑固なニキビにすばらしい効き目があるそうだ。

 授業の後で、ハンナが笑いながら言った。

 

「エロイーズに勧めてみようか。自分のニキビに呪いをかけて取ろうとしたのを、エドガーに必死で止められて不服そうなエロイーズ・ミジョンに」

 

 薬草学が終わると次は変身術の授業だ。マクゴナガル先生が一番最初に出した課題は、ハリネズミを針山に変えるというものだった。変身術が不得手なアルマやジャスティンは上手く変身させられず、ハンナは変身させることはできたが、その針山は誰かが針を持って近づくと、怖がって丸まってしまった。

 ザカリアス、アーニー、スーザンあたりは上手く進めていたものの、時間切れで最後まで変身させるには至らず、結局、授業時間内に見事な針山に変えられたのはエドガーだけだった。

 マクゴナガル先生から恒例の十点をもらった時、エドガーはこっそり「先生の教えがよかったんです」と笑った。マクゴナガル先生も微笑んだ。二年間の個人授業の成果は確実に出ているようだ。

 

 その後の相変わらず胡散臭い占い学――エドガー自体、自ら「未来予知」と呼ぶ胡散臭い能力があるから、とやかくは言えないのだけど――が終わり、夕食を取った後、エドガーは調べ物があるからと寮の友達に告げて、足早に図書室へ向かった。

 図書室にはちらほらと宿題に励む生徒の姿が見られたが、全体的な人の入りはまばらだった。これなら邪魔が入りにくく、集中できるだろうとエドガーは意気込んで、まっすぐに魔法生物についての本が集められたコーナーに歩いた。

 目ぼしい本を数冊手に取り、近くのテーブルに積み上げ、椅子に座って一冊ずつ読み始める。

 

 彼が選んだ本は、いずれも吸血鬼に関するものだった。

 いつかクラウディアが言った通り、図書室にある文献は大分古く、彼女曰くの「全盛期の頃の特徴」ばかりが載っている。

 ――人間をはるかに凌駕する怪力を持つ。

 ――体を霧や動物に変化させ、人間のいる場所に容易く忍び込む。

 ――催眠術で、人や動物を自在に操る。

 

「……これじゃないな」

 

 ――彼らは人間の血液を主な糧とする。他の動物から摂取できる栄養は人間のそれに比べるとはるかに劣り、かつ味もひどいのだとか。

 ――吸血鬼の唾液には麻酔効果があり、使い方次第で相手を恍惚状態にすることも、苦痛を与えることも可能。無論、無痛状態にすることもできる。気づかれずに相手から血を奪えるのだ。

 

「確かにディアに噛まれる時は全然痛くない……ってそうじゃなくて」

 

 ――彼らは吸血鬼同士の生殖の他に、人間との生殖(吸血鬼同士よりも、子を生す可能性が高い)、生きている人間、または死んだばかりの人間に血液を提供することなどによって数を増やすことができる。

 ――しかし、彼らは吸血鬼としての矜持か、糧とする人間の力を使って種を存続させることには否定的で、これらが行われることはめったにない。

 ――したがって、吸血鬼の個体数は年々減少傾向にある。

 

「これだ。……人間が吸血鬼になることも可能、か」

 

 エドガーが調べていたのは、吸血鬼の増殖方法だった。つまり、クラウディアはどのようにして吸血鬼になったか、その方法が知りたかったのだ。

 この文献が正しいものだとしたら、クラウディアは生まれつきの吸血鬼だった可能性と、生まれてから吸血鬼になった可能性の二つがある。もしも彼女が後者なら、それはエドガーとクラウディアがすり替わったことにも少なからず関係しているだろう。

 

「……少し、寄るところができた」

 

 エドガーは呟くと、本をすべて元通りにし、駆け足で図書室を出て行った。

 

 

「私、飼育学続けられないかも……」

 

 アルマがぐったりしながら言った。無理もない、とエドガーとザカリアスは思った。

 最初の授業でハグリッドが連れてきたのは、尻尾爆発スクリュートという、今までに見たことがないような生物だった。殻をむかれた奇形の伊勢エビのような姿で、ひどく青白いヌメヌメした胴体からは、勝手気ままな場所に足が突き出し、頭らしい頭が見えない。腐った魚のような臭いがして、ときどき尻尾から火花が飛んでいる。エドガーの見立てではマンティコアとファイア・クラブの雑種ではないか、とのこと。

 そんな奇妙な生物が数百匹も一度に連れてこられ、しかも自分たちで育てることになって喜ぶ生徒がどこにいるだろう。さすがのエドガーでも遠慮するほど(彼は見た目ではなく、臭いがだめだった)で、授業が終わる頃には、生徒の顔からすっかり生気が失われていた。

 

 その日の午後は、闇の魔術に対する防衛術の授業だった。

 今年新たに教授となったムーディの評判は上々で、既に彼の授業を受けた生徒曰く、あんな授業受けたことがない、あいつはわかっている、とにかくすごい、とのことである。

 具体的な授業内容は聞かされていないが、それらは期待を煽るには十分だったので、ハッフルパフの四年生は授業が始まる随分前から教室の前に集まり、始業のベルが鳴る前に列を作っていた。

 ハグリッドの授業で疲れがたまっていたエドガー、ザカリアス、アルマの三人は教室の真ん中の机に座り、教科書を見ながら静かに先生を待った。

 まもなく、コツッ、コツッという音が近づき、ムーディが教室に入ってきた。

 

「そんな物、しまってしまえ。教科書など必要ない」

 

 机に向かい、腰を下ろすや否や、ムーディは唸るように言った。

 去年の担当教授だったリーマス・ルーピンも最初の授業で同じことを言って実地訓練をさせたが、この人もそうするのだろうか。生徒たちはそんなことを考えながら、お互いに顔を見合わせたり、不思議そうな表情を浮かべながら教科書を鞄にしまった。

 

「――去年、お前たちは闇の怪物と対決するための基本を学んだそうだな。しかし、それだけでは足りん。お前たちは呪いの扱いについて、非常に遅れている。わしの役目は、魔法使い同士が互いにどこまで呪い合えるものなのか、おまえたちを最低線まで引き上げることだ」

 

 ムーディの『魔法の目』は絶えずぐるぐると動き、生徒一人一人を見回している。

 『目』はアルマを見て、ザカリアスを見て、エドガーを見て――止まった。

 

「呪いは、力も形も様々だ。わしが教えるべきは反対呪文であり、違法とされる闇の呪文は六年生になるまでは見せてはいかんことになっている。が、わしに言わせれば、戦うべき相手は早く知れば知るほど良い。見たこともないものからどうやって身を守るというのだ? 予告して呪いをかける魔法使いなど存在せん。お前たちは備え、緊張し、警戒せねばならんのだ」

 

 ブルーの目はようやくエドガーから視線を移した。すべてを見透かされているようで落ち着かず、無意識に体に力が入っていたエドガーは、声を出さずに息をついた。

 ムーディはそんな『目』の動きを気にも留めず、机の引き出しからガラス瓶を取り出した。中で黒い大蜘蛛が三匹、ガサゴソ這いまわっている。

 

「さて……魔法法律により、最も厳しく罰せられる呪文が何か、知っている者はいるか?」

 

 何人かが手を上げた。ムーディが指したのはスーザンだった。

 

「叔母から聞いたものが一つ。……服従の呪文」

「そうだ。お前の叔母は確か魔法省に勤めているな」

「ええ。魔法法執行部に」

「それなら、確かにそいつを知っているはずだ。一時期、魔法省をてこずらせた呪文だからな」

 

 ムーディは蜘蛛を一匹掴み出し、手の平に載せて杖を向けた。

 

「インペリオ! 服従せよ!」

 

 蜘蛛は細い絹糸のような糸を垂らしながら、ムーディの手から飛び降りた。杖の動きに合わせて回転したり、二本脚で立ち上がって踊ったりと、おかしな行動ばかりした。

 笑う生徒は少なかった。大半の生徒が、神妙な顔で蜘蛛を見つめていた。

 

「ほう。ここは他の寮と比べたらまともなようだ。お前たちが察したように、この呪文は完全に相手を支配する。わしはこいつを思いのままにできる。窓から飛び降りさせることも、水に溺れさすことも、誰かの喉に飛び込ませることも。

 何年も前になるが、多くの魔法使いたちがこの呪文に支配された。誰が無理に動かされているのか、誰が自らの意思で動いているのか、それを見分けるのが魔法省にとって一仕事だった」

 

 ムーディは蜘蛛を摘み上げ、ガラス瓶に戻した。

 

「他の呪文を知っている者はいるか?」

 

 答えたら、きっとムーディはまた蜘蛛に実践するだろう。

 そんな恐怖から、生徒たちは誰も手を上げなくなった。

 ムーディは鼻を鳴らし、『魔法の目』を出席簿に走らせた。

 

「分からないわけではないようだな。……クロックフォード、残りを答えてみろ」

 

 黒とブルーの目がじっとエドガーを見据えている。

 エドガーはまた居心地が悪くなり、少しだけ視線を外した。

 

「磔の呪文と、死の呪文」

「その通りだ」

 

 ムーディはガラス瓶から新たに蜘蛛を手に取ると、肥大の呪文をかけてタランチュラよりも大きくさせた。

 恐怖で身動きが出来ない蜘蛛に、杖が振り上げられる。

 

「クルーシオ! 苦しめ!」

 

 たちまち、蜘蛛は脚を胴体に引き寄せるように内側に折り曲げてひっくり返り、七転八倒し、激しく身を捩り始めた。もしも蜘蛛に声があれば、今ごろは教室中が悲鳴に包まれていただろう。ようやくムーディが呪文を止めたころには、蜘蛛はすっかり弛緩し、動けなくなっていた。

 

「磔の呪文は、相手に死んだ方が良いと思わせる苦痛を与える。これが使えれば、杖一本で拷問が済ませられる。……服従の呪文と同様、かつては盛んに使われた呪文だ」

 

 ブルーの目が一瞬だけエドガーに向けられたが、彼は気づかなかった。

 ムーディは蜘蛛を元のサイズに戻してガラス瓶に入れ、狂ったように逃げ出そうとする最後の一匹を掴み出した。

 蜘蛛はじたばたともがいて暴れ、ムーディの手から飛び降りると、机に着地し、端の方まで一心不乱に逃げ出した。そこへ、ムーディの杖が向けられる。

 エドガーは蜘蛛から視線を外した。授業に必要なこととはいえ、動物の命が刈り取られる瞬間を眺めていることなど、できそうになかった。

 

「アバダ・ケダブラ!」

 

 そうして、目も眩むような緑の閃光が走った。

 蜘蛛は仰向けにひっくり返っていた。どこにも傷はない。しかし、紛れもなく死んでいる。

 教室のあちこちで声にならない悲鳴が上がった。エドガーはますます視線を逸らし、蜘蛛の姿が視界に入らないようにしていた。

 

「この呪文には反対呪文が存在しない。防ぎようがない。それなのに、なぜ見せたか。それは、お前たちが知っておかなければならないからだ。最悪の事態がどういうものなのか、お前たちは味わっておかなければならない。せいぜいそんなものと向き合うような目に遭わぬようにするんだな。油断大敵!」

 

 突然の大声に、皆は飛び上がった。

 

「さて、今見せた三つの呪文は『許されざる呪文』と呼ばれる。どれか一つでも同類たる人間にかけるだけで、アズカバンの終身刑に値する。お前たちが立ち向かうのはそういうものなのだ。そういうものに対しての戦い方を、わしはお前たちに教えなければならない。備えが必要だ。武装が必要だ。しかし、何よりもまず、常に、絶えず、警戒することが必要だ。羽ペンを出せ、これを書き取るんだ」

 

 それからの授業は、『許されざる呪文』のそれぞれについて、ノートを取ることに終始した。ベルが鳴るまで誰も何も喋らなかった。しかし、授業が終わって皆が教室を出ると、すぐに呪文について恐ろしそうに話し始めた。

 エドガーはその輪から少し離れたところにいた。両隣をザカリアスとアルマが固めている。

 

「……エド、大丈夫?」

「うん。……おれたちは、知らないといけなかったんだ」

「厨房に寄って行こう。お前の贔屓するしもべ妖精に菓子をもらうといい。落ち着くだろう」

「そうするよ。ありがとうね、ザカリアス。アルマも、心配しなくても大丈夫。おれは平気だから」

 

 悲しそうな目で無理やり笑おうとする姿は、とても「平気」には見えなかった。

 ザカリアスとアルマは顔を見合わせ、無言で頷き合うと、同時にローブからチョコレートを取り出してエドガーに押し付けた。

 

「これ、は」

「元気が出る魔法のチョコレートだよ。見た目は蛙チョコに似てるけど、別物なんだよ!」

「君はいつも緊張感のない顔で笑っていればいいんだ。そんな顔は似合わない」

 

 エドガーはチョコレートをしばらく見つめていた。

 そして、張り詰めた緊張が一度に崩れるような、驚くほどに柔らかな笑顔を浮かべた。

 

「……おれ、ハッフルパフに入ってよかったって、今、心から思ってるよ」

 

 

 四年生は今、魔法教育の中で最も大切な段階の一つに来ているらしい。

 マクゴナガル先生曰く、来年は一般にO.W.L(ふくろう)と呼ばれる『普通魔法レベル試験』が行われる。これは将来に大きく影響する魔法試験であり、今のうちから十二分に準備をしないといけないのだとか。

 そのため、宿題の量は明らかに増え、授業の方もますます激しく過酷になった。

 占い学では合計二か月分の運勢を読み取る宿題が出たり、魔法史は毎週レポートを提出しなければいけなかった。呪文学は『呼び寄せ呪文』の授業に備えて、三冊も余計に参考書を読むように命じたり(既に習得しているエドガーも例外ではなかった)、魔法生物飼育学なんて、生徒が一晩おきにハグリッドの小屋に来て、スクリュートを観察し、その特殊な生態についての観察日記をつけることになってしまった。

 魔法薬学では解毒剤が研究課題に出された。クリスマスが来るまでに生徒の一人に毒を飲ませて、皆が研究した解毒剤が効くかどうかを試すとスネイプ先生が仄めかしたので、生徒たちはより真剣に取り組んだ。

 

 一番大変だったのは防衛術の授業だ。ムーディは驚くことに、服従の呪文を一人ひとりにかけて、生徒が呪文に抵抗できるかどうかを試すと言うのだ。

 生徒たちはもちろん良い顔はしなかった。しかし悲しきかな。穏やかで争いを好まない穴熊寮の彼らは表立って不平不満を言うことができなかったために、ついに実行されてしまった。もっとも他の寮から話を聞いた限りでは、あれこれと申し出たところで効果は期待できそうにないのだが。

 服従の呪文は実に恐ろしいものだった。生徒たちは呪文をかけられると、次々とおかしな行動を取り始めた。アーニーは体型からは想像もできないほどキレのあるダンスを披露し、アルマは皆が思わず拍手を送るような見事な体操をして見せた。ハンナは明るい声で歌い出し、ジャスティンがそれに合わせたエアギターで場を盛り上げた。

 そしていよいよエドガーの番になった。ムーディに呼ばれ、教室の中央、机を片付けて作ったスペースに進み出る。杖が、振り上げられた。

 

「インペリオ!」

 

 途端に、すべての思いも悩みが取り払われたような気がした。ふわふわと浮かんでいるような心地がして、気分が緩んだ。頭の中は漠然とした幸福感だけがある。

 ムーディの声が、虚ろな頭のどこか遠くから聞こえてきた。洞に響き渡るような声で、ローブを脱いで袖を捲るように命令している。決闘でもさせる気だろうか。

 

 ――なぜ、そんな命令をされているんだ?

 

 ローブに手を掛けたところで、また別の声が響いてきた。

 なぜって? わからない。けれど、こんなに幸せで、最高にすばらしい気分になったのは初めてなんだ。彼はそんな気分を与えてくれた人だ。何であれ、命令には応えないと。

 

 ――今まで幸福なんて感じてこなかったのに、どうして今そんな気持ちが湧き起るんだ?

 

 わからない。わからない。

 

 ――目を覚ますんだ。気を強く持って。こんな命令に従うなんて、ばかげている。

 

 ぱちり、と目が覚めたような気がした。

 目の前には驚きと満足が入り混じったムーディの顔がある。

 いつの間にか頭の中のぼんやりとした幸福感はすべて消え去っていて、操られていたという実感だけが残った。

 エドガーは手足が自分の意思で動くことを確かめ、ローブを正した。――実際に体験してみて、改めてこの呪文の凶悪さがわかった。こんなに幸福な気分になるのなら、多くの魔法使いが抗えなかった理由も納得できる。

 

「よーし、それだ! それでいい!」

 

 ムーディはその後、エドガーが完全に呪文を破るまで練習を続けさせたた。

 一時間後、防衛術の教室から出るころにはエドガーはふらふらだった。スーザンがそれを支えながら「無茶苦茶よ」とムーディの授業に対する不満を零していた。

 

「――それにしても、いったいどうやったの?」

 

 エドガーは一瞬、何と答えればいいか迷った。

 去年から、彼は自分の性格にやや欠陥があることに気づいていた。恐怖や怒り、そして幸福。エドガーはこれらを上手く認識することができないのだ。まるでそれらが、心の奥深くに封じられているように。そのせいでディメンターに襲われた時はおかしな影響を受け、守護霊の呪文は未だに習得出来ていない。

 だからこそ、彼は突然去来した、出所不明の“幸福感”に疑問を持つことが出来た。そこから呪文を破る道を見つけたのだ。

 

「……月並みだけど、心を強く持つんだ。なぜこんなに幸福なのか、なぜ命令に従わなければならないのか。疑問を持つことが大事なんだと思う」

「簡単に聞こえるけど、あの状況だと難しそうね。……あら、何かしら」

 

 玄関ホールに着くと、階段の下に立てられた掲示板の周りに大勢の生徒が集まっていた。地下に降りたいのに、少しも前に勧めない。ようやく体力が回復したエドガーが、少し背伸びをして前の生徒の頭越しに掲示を見た。そして、生徒の異常な群がり具合に納得した。

 

 ――ボーバトンとダームストラングの代表団が十月三十日、金曜日の午後六時に到着する。

 なるほど、この重大発表を生徒が見過ごすはずがない。

 エドガーはスーザンに掲示の内容を伝えた。そして、何とかして人の群れを掻き分けて――途中、セドリックをウスノロと言った生徒の足を知らぬ顔で踏み抜いて――寮に戻った。




ムーディ大活躍の巻。
エドガーの呪い、毒物耐性はAランクです。

・没
ケナガイタチになったマルフォイの罰則シーンにて。
エドガー「先生、マルフォイに罪はあってもこのケナガイタチに罪はありません! やめてあげてください! あと、罰則ならこんなかわいい生き物ではなくて、石ころとかそういう無生物の状態でやってくださいお願いします!」
ムーディ「お、おう」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。