穴熊寮からごきげんよう   作:秋津島

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「いよいよですね、四巻。今年から、物語は大きく動いていきます」
「いわば節目のようなもの。せっかくなので、これまでの三年間を振り返っていきましょうか」
「おっと、その前に入学前のことも少しは触れておかなければいけませんね」


炎のゴブレット
鍵のかかった部屋


 気がつけば、エドガーはどこかで見たような場所にいた。

 室内だった。ホグワーツの大広間ほどではないが、一つの寮の生徒くらいなら収まりそうな広さだ。部屋いっぱいにまずまずの硬さと座り心地の椅子がたくさんあり、エドガーもそのうちの一つに座っている。ふと思い立って体を大きく動かしてみたが、椅子はびくともしなかった。どうやら地面に固定されているらしい。

 周囲を見渡してみた。椅子は列を作って均等に並べられ、両端が少し内側を向いている以外はどこにも乱れがない。しかも、座席は後ろに行くにつれて少しずつ高くなっている。どこの椅子に座っても、前方が良く見えるような造りになっているようだった。

 彼は辺りを見回すのをやめて、おとなしく前を向いた。部屋の一番前には巨大なスクリーンが掛かっている。エドガーは、ここでようやくこの場所が映画館であることに気が付いた。いつだったか、マグルの映画に同じような部屋が映っていたのを覚えている。もっとも、その時に見たものと、今自分がいる場所には大きな年代の隔たりがあるようだったけど。

 

 しばらく待っていると、ブザー音が鳴り響いた。その音の大きさに驚いたエドガーは思わず魔法を使おうとしたが、杖がどこにも見当たらない。それどころか、洋服も見覚えのないものに変わっている。なんというか……マグルのような格好だ。色々な疑問点はあったが、とりあえず耳を塞いでブザー音をやり過ごした。

 やがて、明かりがゆっくりと消えていく。部屋の隅にある緑色のランプの光だけを残して、部屋中が暗闇に包まれると、ようやくスクリーンに映像が投影され始めた。

 

 ――そこはどこかの墓地だった。

 眼鏡の少年と、それよりも背の高い黒髪の少年が、何が起こったのかわからないといった表情で立ちすくんでいる。エドガーは、すぐにこの二人がハリーとセドリックだとわかった。エドガーが知る彼らとは全くの別人なのに、不思議に思うことも、疑問を感じることもなかった。

 突然視点が切り替わり、画面は二人から、何かを抱えた小男へと変わった。エドガーはまた、それがピーターだとわかった。

 

「余計な奴は殺せ」

 

 しわがれた声が聞こえた。次の瞬間、ピーターは杖を取り出し、セドリックに向けた。画面の中のハリーが止めようとする。エドガーが小さく声を漏らすのと、画面に緑色の閃光が走るのは、ほとんど同時だった。

 

 画面が切り替わる。

 目を見開いて、微動だにしないセドリックが映った。

 ――彼は、殺されていた。

 

 

 エドガーは跳ね起きた。呼吸がひどく荒い。体中から冷や汗が噴き出ている。心臓が破裂しそうなほどにうるさく脈打っていた。

 時間を確認すると午前十一時を回ったところで、起きるには少し遅い時間だ。窓からは太陽の光が差し込み、かわいらしい小鳥のさえずりが聞こえてくる。が、彼は少しだって清々しい気分にはなれなかった。

 

 エドガー・クロックフォードには、物心ついた頃から不思議な能力があった。

 例えば彼は、頻繁に同じような夢を見ることがあった。四角いテーブル、うず高く積まれた分厚い本。それらを囲むようにして数人の少女が集まり、本について熱心に語り合う夢だ。ある時は特定の人物について、ある時はストーリーや伏線といったものについて、彼女たちは侃々諤々の議論を交わしている。その会話の中にはエドガーの友達の名前や、意味ありげな単語――賢者の石とか秘密の部屋とか――が頻繁に出てくるのだが、何せこれらの夢を見たのはホグワーツに入学する以前のことだったから、エドガーはすっかりこの夢を予知夢だと思い込んでいた。

 それから、彼はある特定の人や物を見ると、その対象の未来がわかることがあった。断片的な映像で頭の中に流れてくるのだ。幼い頃から祖母のドリスがハリーに何度も握手を求める姿が見えていたし(三年前、それは確かに実現した)、一年生の時はハリー、ロン、ハーマイオニーの三人が三つの頭を持つ巨大な犬と対峙する姿が見えた(のちに、エドガーは三人と共にその犬と向かい合った)ものだ。

 これらの経緯から、エドガーはこの二つの力を合わせて「未来予知」と呼んでいた。

 

 ただし、それらが頻発していたのはホグワーツに入学する以前。これ以降は未来予知は徐々になりを潜め、時折発生しては「そういえば」とエドガーが思い出す程度になっていた。

 だからこそ、いつもとは違う一種の警告じみた夢は、彼の危機感を煽るには十分すぎる材料だった。

 

「セドリックが……死ぬ、かも、しれない……」

 

 エドガーはベッドから起き上がって、着替えを持ち、ふらふらとした足取りで浴室に向かった。汗で体に貼りつく寝間着を脱ぎ捨てて、ぼんやりした表情のまま蛇口をひねる。確認を怠ったためにシャワーノズルから降り注いだのは冷水で、反射的にびくりと身を竦めたが、そのままにしておいた。存外に火照った体には心地よかったのだ。

 体中の汗を洗い落とし、最後に熱いシャワーを浴びれば、大分頭がすっきりした。水滴を拭き取って服を着替え、浴室を出る。

 先ほどよりは安定した足取りでリビングに行き、ソファに沈み込んだ。そのままの状態で、目が覚める前に見ていた夢を思い出す。

 ――ハリーとセドリックが、どこかの墓場にいて、現れたピーターによって、セドリックが殺された。……あまりにもリアルで、生々しくて、まるで“もうすでに起こった出来事”ような錯覚さえ覚える。

 エドガーは手のひらで顔を覆って、思い出した夢の内容を振り払った。

 

「……?」

 

 コツコツと窓を叩く音に気付いて、彼は目を覆う手を避けた。窓の外を見ると、体の大きなワシミミズク、ネセレが手紙を持って待っていた。急いで窓を開けると、ネセレは音もなく部屋の中に飛んできて、エドガーの肩に留まった。

 

「ありがとう、ネセレ」

 

 ネセレから手紙を受け取って、差出人を確かめる。――ハリーだ。エドガーはネセレを肩に乗せたまま器用に歩いて、ソファに体を預けた。

 

『エドガー

 やあ、元気かい。この間の誕生日プレゼント、僕はすごく気に入ったよ。チョコレート詰め合わせなんて何とも君らしいと思ったけど、食べてみたらどれも今まで味わったことがないくらいの美味しさで、思わずびっくりしちゃったよ』

 

 そこまで読んで、エドガーは小さく笑った。

 7月31日。ハリーの誕生日に、彼は手紙にある通りチョコレートの詰め合わせを送った。国を問わず、値段を問わず、自分が本当に美味しいと思ったものだけを集めた逸品だ。喜んでもらえたなら、こっちも贈った甲斐がある。

 

『僕は相変わらず、おじさんのところで楽しくやっているよ。あのダーズリー家から離れて、父さんの親友で名付け親のシリウスと過ごせるなんて夢みたいだ。これもひとえに、君があの場にいてくれたからだね。ありがとう』

 

 シリウス・ブラック。十二年間アズカバンに収容され、脱獄、最後には冤罪だったことが明らかになり、ここしばらく各メディアを騒がせた時の人だ。

 彼はハリーの名付け親で、聞くところによれば、無罪が証明されたその日にハリーに一緒に暮らさないかと持ちかけたそうだ。もちろんハリーは喜んで了承し、ダンブルドア先生も彼ならば構わないと、夏休みの半分を一緒に暮らすことを許可したらしい。

 エドガーはそれを聞いて、なぜダンブルドア先生が介入してくるのかがわからなかった。これはハリーとシリウスと、それからハリーの親戚の話であって、校長は関係ないはずだ。それに、夏休みの半分だけという条件にも疑問を覚える。……当人たちが嬉しそうだったから、特に追及はしなかったけど。

 

『お礼と言えば、君にはもう一つ感謝しないといけないことがあるね。

 クィディッチ・ワールドカップの決勝戦。ロンに聞いたけど、君の分のチケットもあったのに、君はそれを受け取らないで「シリウスに」って言ってくれたんだって? 一緒に行けることになって、僕もおじさんもすごく嬉しかったんだ。本当にありがとう!』

 

 エドガーはさらに相好を崩した。二人の喜ぶ顔が目に浮かぶようだ。

 確かにエドガーはワールドカップの決勝戦のチケットを受け取らなかった。あまり子供が増えてはウィーズリー夫妻の負担になるだろうし、そもそも彼にはちょっと(・・・・)した用事(・・・・)があって家から出ることができなかったのだ。チケットをシリウスに譲ったのは特に深い意味はなく、シリウスはハリーと行きたがるだろうな、という単純な考えからだった。それが、これほどまでに喜んでくれるなんて。譲って良かった、と満足そうに頷いた。

 手紙はまだ続いている。

 

『ところで、今朝、気味の悪いことが起こったんだ。傷跡がまた傷んだし、すごく嫌な夢も見たんだ。これはどういう事だと思う? よかったら君の意見を聞かせてほしいんだ。

 ネセレによろしく』

 

 ――偶然だ。ハリーも奇妙な夢を見ていたなんて。

 エドガーは(ハリーには悪いけど)少しだけ気分が晴れて、心持ち軽い足取りで便箋を取って来た。

 テーブルの上に返信道具一式を広げると、ネセレはようやく肩から降りて、今度はテーブルの上に留まった。カチャカチャとテーブルと爪がぶつかる音が鳴った。

 

『ハリー

 プレゼントを気に入ってもらえて何よりだよ。自分で言うのもなんだけど、あれは我ながら最高傑作だったと思っているんだ。伊達にチョコレートばかり食べているわけじゃないんだよ。

 二人が一緒に過ごせるきっかけを作れたみたいで嬉しいな。だけど、それなら感謝するのはおれじゃなくてルーピン先生とスネイプ先生だよ。おれがあそこに辿り着けたのは、全部二人のおかげなんだ。……それにしても、去年行きの汽車の中で「シリウスの狙いはきみじゃないかも」なんて言ったけど、まさか当たっているとは思わなかった。おれ、もしかしたら占い学の先生になれるかも? なんてね。そんなことよりも、ワールドカップをぜひ楽しんできてよ。

 

 それから傷についてだけど、確か前回傷んだのはヴォルデモートがホグワーツにいたからだっけ? うーん……もしかしたら、傷が痛むのはヴォルデモートとの距離が原因じゃないのかもしれないね。相手が強く君のことを考えた時とか、感情が昂った時とか。おれが考え付くのはそれくらいかな。今度、夢の内容も詳しく教えてほしい。何かの参考になるかもしれないから。

追伸:シリウスのことはおじさんじゃなくて、名前で呼んであげたほうが喜ぶと思うよ』

 

「……こんなところかな。ネセレ、いいかい?」

 

 ネセレは低く鳴いた。

 

「ふふ、頼もしいな。それじゃあお願いするよ。ヘドウィグたちにもよろしくね」

 

 窓から静かに飛び立っていくネセレを見送って、エドガーは「さて」と小さな声を発した。――ちょっとした用事を、片付けないと。

 クロックフォード邸は老女と少年、少女の計三人で住むには少し広すぎる邸宅だ。広々としたリビングやキッチン、ダイニングと書斎に加えて、四つの寝室がある。三人で暮らしているので寝室は必然、一部屋あまるのだが、その部屋にはエドガーが物心ついた時には既に鍵が掛けられていたのだ。推測するにそこは両親の部屋なのだが、ドリスはそれについて何も話さないし、開けようとすると魔法を伴う制止が入る。おまけに、制止が入らなくとも、その鍵はどういう原理かドリス以外には開けられないようになっているのだ。

 

 しかし、とエドガーは意気込む。今は、何か糸口を掴む絶好の機会なのだ。

 なぜか。祖母もクラウディアもいないからだ。

 夏休みが始まって間もないある日、一年振りに故郷が見てみたいとクラウディアが言ったことがきっかけで、彼女は祖母と共にトランシルヴァニアへ旅立って行った。家を出てから一週間後に届いた手紙には、「せっかくだからルーマニア全体を観光することにした」、「新学期が始まる少し前には戻ってくる」と書いてあり、何が何だかわからないうちにエドガーは一人きりの夏休みを過ごすことになったのだ。

 エドガーは多少戸惑ったものの、寂しさは特に感じなかった。頻繁にダイアゴン横丁に行っては見知ったホグワーツ生と談笑したり、今年入学する初々しい少年少女にハッフルパフを勧めたり(何人かは本気で食いついてきた)、いつものようにイーロップのふくろう百貨店と魔法動物ペットショップを往復したりと好きなように行動していたからだ。

 

 そんなある日、エドガーはふと思い出した。鍵のかかった両親の部屋の存在を。

 二人が不在の今、自分を止める者は誰もいない。何か行動するには、今しかないと。そういうわけで、ロンからワールドカップの誘いが来た頃には既にエドガーは部屋を暴く作業に着手しており、その誘いに乗らなかったというわけである。

 

 エドガーはペンやインク壺を素早く片付けてから、駆け足で両親の部屋の前へ移動した。

 これまでにいくつかの方法は試した。祖母がいる間には鍵開け呪文の「アロホモーラ」を、それが効かないとわかると、今度はマグル式の開錠術――クリップを使ったピッキングというもの――を実践した。ところがその結果、“普通の鍵は掛かっていない”という驚きの事実がもたらされた。つまり、物理的な手段ではこの扉は開けられないらしい。

 とすると、他に考えられるのは魔力の波長やら何やらによる照合、あるいは虹彩や指紋、声紋認証。それから、童話にありがちな合言葉。正直、最後の一つを除いては簡単ではないので(ポリジュース薬ならある程度は誤魔化せるだろうけど、作るのが容易ではない)、エドガーは合言葉に賭けることにしたのだ。日がな一日扉の前に立って、ひたすら言葉を呟く姿はどう見ても奇妙なものだろうけど、好奇心を止められるほどではない。

 

「……とはいえ、全然当たらないんだけどね」

 

 身の回りの物、呪文、祖母の部屋にある本のタイトル、動物。考えられる言葉は一通り試したが、扉は何とも答えない。

 

「あとは……人の名前? うーん……マクゴナガル先生……じゃなくて、ミネルバ・マクゴナガル。アルバス・ダンブルドア。セブルス・スネイプ。リーマス・ルーピン。シリウス・ブラック」

 

 何の反応もない。

 

「ディーダラス・ディグル。ピーター・ペティグリュー。あ、ジェームズ・ポッター。……だめかあ。……ハリー・ポッター。ニュート・スキャマンダー・フローリアン・フォーテスキュー」

 

 段々と喉が渇いてきた。

 

「コーネリウス・ファッジ。シビル・トレローニー。チャリティー・バーベッジ。ギルデロイ・ロックハート。ポモーナ・スプラウト。フィリウス・フリットウィック。ルビウス・ハグリッド」

 

 エドガーは一度休むことにした。闇雲に言っても、おそらく当たる確率はゼロに近いだろう。そもそも、彼が知るような人物名を合言葉にするとは考えられない。

 

「あー、もう。えーっと、そうだ。レギュラス・ブラック」

 

 ガチャンと、扉から大きな音が鳴った。

 

「え……うそ……開いた?」

 

 そっと扉に手を触れてみると、扉は静かに開いた。今までびくともしなかったのに、軽々と。

 叫びの屋敷で、シリウスがエドガーに呼びかけた名前。まさかそれが、合言葉だったなんて。……でも、確かにこれは“エドガーが知らない人物名”という条件を満たしている。叫びの屋敷でシリウスがぽつりと零さなければ、エドガーが知ることはなかったのだから。

 

 彼は意を決して、未知の部屋に足を踏み入れた。

 

 

 部屋の中は予想よりもきれいだった。祖母がこまめに掃除をしているのか、埃が積もっている個所など一つもなく、一通り見渡しても汚れている場所は見当たらなかった。

 ダブルベッド、デスク、サイドテーブル、ローチェスト、本棚。置いてある家具はどれも目立つものではなく、これまたしっかりと掃除がされていた。

 エドガーはまっすぐに本棚の元まで歩いていき、数冊並べられたアルバムの一つを手に取った。ベッドに座ると皴ができ、部屋に入ったと見抜かれてしまうので、そのまま直に床に座る。

 最初のページを開いたところで、その手はぴたりと止まった。

 

「――これ」

 

 信じられないといった表情で、彼はページを次々にめくった。めくるごとに、瞳は大きく見開かれ、無意識のうちに呼吸と拍動が荒くなった。

 エドガーは一冊見終わると、また新たにもう一冊手に取った。また同じ動作を繰り返して、もう一冊。もう一冊。そうして、ようやく手が止まったページには、一枚の写真が貼り付けられていた。

 ――日付は1980年の3月。写っているのは二人の人物。ブロンドに緑色の瞳、優しそうな表情をした背の高い男性と、栗毛にアンバーの瞳、すらりと(・・・・)した体型(・・・・)のきれいな女性だ。いつかリーマスから聞いた両親の特徴と合致している。

 そして、それ以上に――女性の方が、クラウディアと似ているのだ。髪の色も、瞳の色も、母とクラウディアは全く違う。けれど、意志の強そうな瞳や、鼻梁の通った小さな鼻、口の形や輪郭などがそっくりだった。並んで立てば、二人が親子だと思わない人はいないだろう。

 

「なるほど。……そういうことかあ」

 

 エドガーは理解した。

 グレアムとルイーズは、自分の本当の両親ではないことを。――より正確に言うなら、自分が二人の本当の子供ではないことを。そして、あの吸血鬼の少女こそが、彼らの本当の子供だと。

 ……母の顔がクラウディアに似ていたからといって、ここまで決めつけるのは安易すぎる? そんなことはない。日付を見れば一目瞭然だ。エドガーの誕生日は1980年の4月。出産一か月前の女性が、すらりとした体型を維持できるだろうか。……そんなことは、できない。

 

 写真をそっと撫で、エドガーは改めてアルバムをよく見た。

 その日を境に、写真の数は急激に減った。その年の12月を超えると、もう新しい写真は撮られなくなったようで、アルバムの空白のページが寂しそうに残っていた。

 エドガーはそれを片付けて、最後から二番目に見たアルバムを広げた、ゆっくり写真を見ていくと、1979年の9月に赤ちゃんを抱える母の写真を見つけた。母はとても幸せそうな顔で、赤ちゃんに向かって優しく微笑みかけている。

 

「この子がディアなのかな。……おれよりも年上なんだ。全然そんな風には見えないや」

 

 エドガーは小さく笑った。赤ちゃんの写真はその一枚だけだった。

 静かに立ち上がり、アルバムを元通りに片付けて、部屋を出た。自動で扉に鍵が掛かったのを確認すると、そのまま自室に戻ってベッドに寝転んだ。

 

「はあ」

 

 気づかないうちに、大きなため息をついた。

 自分が両親の本当の子ではないと、考えていなかったわけじゃない。ただ、改めてその現実が突き付けられると、何とも言えない無力感というか、脱力感に襲われる。どうして祖母は何も話してくれなかったのかとか、クラウディアは知っているのだろうか、とか。色々な思いが浮かんでは消えていく。

 

「困ったな」

 

 仰向けになり、腕で視界を覆う。

 ――こんな重大なことを聞かされたのに、やっぱり自分は、動揺も恐怖も怒りもしていない。

 

 まるで、欠陥品じゃないか。




お詫び:アズカバン番外編は都合によりなくなりました。

エドガーくんが真実に向かって一歩前進する話。

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