「『エドガー』は、表面上にある『エドガーとしての精神』のみが唯一のオーダーメイド部分です」
「だから肉体も、それ以外の精神も、言うなればレディメイド。元々あったものの組み合わせなのです。――つまりはまあ、そういうことですよ」
ハッフルパフの談話室は緊張に包まれていた。
皆、微動だにせず、僅かな音も立てない。呼吸の音さえ聞かれてはならないといった具合に、その場に居合わせた全員が彫刻のように静止し、息を殺していた。
彼らの視線の先にいるのは、一匹の黒い獅子。体長こそ成長したそれに比べると小柄だが、それでも全長は二メートルを優に超し、鋭く光る灰色の瞳は、今にも誰かに襲い掛からんと談話室全体を油断なく見渡している。
おい、なんでこんなところに獅子が?
そんなことは今はいい、とにかく今はこいつをどうにかしないと!
待って、迂闊に動いたら襲われる可能性があるわ。
それなら、誰かが魔法で動きを止めればいいんじゃないでしょうか。
それだ!
しきりにアイコンタクトが交わされる中、なんとも間が悪いことに、この騒動を知らない生徒が寝室から談話室へと来てしまった。O.W.L試験の息抜きに来たセドリックだ。
セドリックは、まず自分に向けて注がれたたくさんの視線を受けて困った顔をし、次に談話室の異様な雰囲気を感じ取って、最後に談話室の一角で威圧感を放つ獅子を見た。そうして、納得したように手を叩いた。
「ああ、エドガーか」
獅子は猫のような鳴き声を出して、セドリックの元へゆっくりと歩いた。
談話室にいた生徒があまりの驚きでぱちぱちと目を瞬かせる間に、獅子の姿は跡形もなくなり、代わりに少し眉を下げた自分の寮の生徒の姿が現れた。エドガーである。
「なんでわかったの?」
「体と目の色が同じだし、動物好きの君がこの場にいないのはおかしいと思ったから」
「もう、サプライズのつもりだったのに」
「皆を驚かせたら駄目じゃないか」
「それについては……反省しているけど」
「……あー、エド。それからセドも。これはいったい?」
額に冷や汗を浮かべたアイヴァーが、恐る恐るといった具合に二人に声を掛ける。
二人は視線を合わせて、それからエドガーが悪戯がばれた子供のような笑顔を見せた。
「実はクリスマスに動物もどきとして魔法省に登録されたんだ。言うタイミングを見計らっていたら遅くなっちゃって、もうこの際だから直球勝負に出ようかなと」
「へえ、そうか――動物もどき――動物もどきだって?」
アイヴァーの声をきっかけに、今まで静まり返っていた談話室がいつも以上の騒がしさに包まれた。
動物もどきといったら習得するのが非常に難しい術で、今世紀魔法省に登録されているのはマクゴナガル先生を含めて七名。そこに僅か三年生、しかも自分の寮の生徒が加わったとなれば、それは寮として大変誇らしいことである。
おい、誰だハッフルパフを劣等生の寮って言ったやつは。こんな優秀な生徒がいるじゃないか、とそんな声があちらこちらから聞こえてきた。
「エドガー、もう一回変身してほしいなあ」
ハンナがキラキラ輝く瞳で見つめてくる。
エドガーは答える代わりに微笑んで、一瞬のうちにまた真っ黒な獅子へと姿を変えた。
「僕、黒い獅子なんて初めて見ました。マグルの世界にはメラニズム個体はいないんですよ。魔法界ってすごいんですね!」
「ねえねえ、エド。触ってみていい?」
「動物もどきは本人に合った動物になると言うが……なぜ獅子なんだ?」
「そうね。獅子はグリフィンドールのシンボル。ハッフルパフなら獅子よりも穴熊になってしかるべきよ」
「はっ、まさか君、グリフィンドールに心を売ったか?」
「うう、私たちはこんなに信頼しているのに……」
順に、ジャスティン、アルマ、ザカリアス、スーザン、アーニー、ハンナである。
何やら話が複雑な方向に発展しそうだったので、エドガーは思わず変身を解いた。
「おれは間違いなくハッフルパフ生だよ。あ、ほら、黒。黒はハッフルパフのシンボルカラーでしょ? 本当にグリフィンドール生なら、赤とか金色になっているはず」
「それもそうだな。ああよかった。ハッフルパフのヒーロー枠がいなくならなくて」
「……ヒーロー?」
「あれ、知らないのかい? エドガーはこれまで自分が関わってきた事件、覚えているだろう」
「ええと、目立つところだと賢者の石の攻防と、秘密の部屋の事件くらい」
「そう、それだとも。それに加えて、顔良し成績良し、性格も……まあ悪くはない。そういうわけで、ハッフルパフの下級生を中心にファンクラブみたいなものが出来ているらしい。なんでも『グリフィンドールのポッターの対抗馬』とか何とか」
「生き残った男の子と比べられているのか。ちょっとプレッシャーだな。あ、あとジャスティン、メラニズム個体の獅子は魔法界にもいないからね」
「え、そうなんですか? つまりエドはこの世に存在しない動物に変身できる、と」
「そうみたい」
「うっかり街に出たら、新種として捕まりそうですね」
「う、気をつけます」
アーニーやジャスティンとのんびり会話していると、ハンナとアルマがまた輝く目で見つめてきた。変身してほしい、との無言の重圧がのしかかってくる。お安い御用だよと獅子に変身して見せれば、今度はアイヴァーやヘンリーたち上級生や、バーナードやラルフなど下級生も集まってきた。
代わる代わる喉元をくすぐられたり、毛並みを撫でられたり(曰く、つやつやすべすべで、もふもふらしい。ちょっと誇らしい)、主に女子生徒からは肉球をぷにぷに触られた。
+
六月が近づき、空は雲一つなく、蒸し暑い日が続いた。
つい数日前までは、最後のクィディッチの試合でグリフィンドールがスリザリンを破り、とうとう彼らからクィディッチ杯を勝ち取ったことで、校内中が(もちろん、スリザリンを除いて)お祭り騒ぎだったのに、この陽気で皆その気力を全部奪われてしまったようだ。
日がな一日校庭をぶらぶらしたり、冷たいかぼちゃジュースを飲んだり、ゴブストーンなどのゲームに興じたり、湖上を眺めたりと、誰もが何もする気になれずぼんやりと日々を過ごしていた。
そこに一石を投じたのが試験の存在だった。去年はハリーやエドガーたちの活躍によって秘密の部屋事件が解決し、その褒美として恒例の期末試験が中止になって皆を喜ばせたが、今年も同様にというわけにはいかなかった。それもそうだ、毎年あんな事件が起きたりしたら、たまったものではない。
そういうわけで、先生たちは去年の憂さを晴らすかのように大量の課題を出し、生徒たちは城の中に留まって、気力を振り絞って勉強に集中しなければならなかった。
ハッフルパフの談話室とて例外ではなく、O.W.L試験やN.E.W.Tに追われる生徒たちを中心に、お茶とお菓子を囲みながら必死に試験勉強に励んでいた。
ちなみにこの期間、エドガーが一番大変だったことは試験勉強ではなく、試験勉強の息抜きをする生徒たちにせがまれて何度も獅子に変身することだった。たくさんの人が相好を崩しながら撫でてくることは悪くはなかったが、頻繁に変身を繰り返しては疲れてしまう。それでも一昨年の試験で三位だった矜持か、自身の勉強に妥協はしなかったが。
試験が迫る中、ハグリッドからバックビークの控訴裁判が、試験が終わる六日に決まったことが伝えられた。魔法省の誰かと、死刑執行人が裁判のためにやってくるらしい。
「それじゃ、まるで判決が決まってるみたいじゃない!」
「そんなこと、させるか!」
ハグリッドの敗訴がきっかけで仲直りをしたらしいロンとハーマイオニーは、仲良く揃って憤慨していた。それに対してハリーは「もしかしたら」と嫌な予感を感じていた。――もしかしたら、もう「危険生物処理委員会」は意思を固めているのかもしれない。あそこはマルフォイ氏の言うなりだから、もはや正当な勝利を勝ち取ることは難しいだろう。ああもう、今すぐに威張りくさったマルフォイの横っ面を張り倒したいよ!
しかし、そんな中でもエドガーは諦めていなかった。彼にはまだ切り札が残っていたのだ。
その切り札こそ、禁じられた森を絶賛攻略中の吸血鬼、クラウディアである。エドガーは控訴裁判の詳細が告げられてすぐ、最後の希望を持って彼女に掛け合った。もし、すべてが上手くいかなかったら、バックビークを助けてほしい、と。
それに対して、クラウディアは不敵に笑いながら答えた。
『もちろんだ。あいつをかくまえる場所はあちこちにある。それに、誇り高き同胞が殺される様をみすみす見物していられるか。おまえが言い出さなかったら、こっちから勝手に動くところだったぞ。……おまえは試験で忙しいんだろう? こっちはわたしに任せておけ、何も心配はいらない』
それよりも、とクラウディアはさらにつづけた。
『おまえが調べてほしいと言った件の犬だが、あれは死神犬ではないぞ。ただ、本物の犬でもないがな』
実は、グリフィンドール対スリザリン戦が行われた当日、試合の前にハリーが明け方に例の死神犬を見たと告げてきたのだ。その場にはハーマイオニーの愛猫クルックシャンクスも居て、猫に見えているのならあの犬は死神犬ではないのかも、とさらに続けた。
それを受けてエドガーは試合の翌日、クラウディアにこの事を伝え、犬の調査をお願いしていたのだ。その結果が、これである。
死神犬ではないが、本物の犬ではない。考えられるのはたった一つ――すなわちその犬が限りなく動物に近い何か、つまりは動物もどきであるということ。しかし、魔法省に登録されている動物もどきの中に、黒い犬に変身する者など存在しない。
(……でも、やっぱり動物もどき以外に考えられない。となると、残された可能性は一つ。……非合法の動物もどきが存在するんだ)
「クロックフォード」
(黒い犬――ブラックドッグ――犬――シリウス――ああいや、これは無理やり繋げすぎだ。……でも、ハリーがあの犬を見るようになったのは、シリウスが脱獄してからだ。これは偶然なのか、あるいは――)
「クロックフォード、もう試験を始めますよ」
「あっ……はい、よろしくお願いします」
エドガーはそこで思考を中断した。
クラウディアの報告を受けてから、一人考え事を続けている間にいつの間にか試験が始まってしまった。そして今はその一番最初である変身術の試験の真っ最中である。
エドガーは精一杯の謝罪と、二年間マクゴナガル先生の教えを受けたお礼を兼ねて、ティーポットを一瞬で立派な陸亀に変えた。体はティーポットだったときの大きさをはるかに上回り、模様が均等に揃った甲羅は、つやつや輝き滑らかな曲線を描いている。文句なしの立派な陸亀である。エドガーは満足げにのろのろ動く亀を撫でた。
その後に「個人的な試験」として二年間の個人授業の成果を確認するために、動物もどきと変幻自在術を見事に成功させてみせ、いつものように先生の微笑みをいただいてから教室を後にした。
試験とは思えないほど楽だった魔法生物飼育学や、これまでにないような独特な闇の魔術に対する防衛術などを経て、最後に占い学をやって今年の試験が終了した。
夕食後のハッフルパフの談話室では、仲間内で固まって試験の解答合わせをする生徒の姿が多く見受けられた。エドガーもつい数分前までは例に漏れず、お馴染みの面々と固まっていたのだが、天文学の話になって今日が満月だと気づいた途端、弾かれたように談話室から出て行ってしまった。
彼が駆け足で向かったのは、ルーピン先生の事務所だ。
クリスマス以来、エドガーは、満月の夜にはルーピン先生と一緒に過ごすようになった。先月もクラウディアを入れた三人でホグズミードを散歩したものだが、今回は試験に追われたせいですっかり失念していた。
「失礼します! ……って、あれ?」
息を切らせて駆け込んだ事務所。しかしそこにルーピン先生の姿はなかった。
今日は叫びの屋敷の方に行ったのだろうか。首を傾げながら部屋を見渡すと、机の上に古びた羊皮紙が広げてあるのが目に入った。近づいて見てみると、それはいつかハリーが没収された忍びの地図だった。
製作者の一人であるムーニーなる人物がルーピン先生であることは既に確認済みである。先生ならばこの地図を使えても何らおかしいことではない。そんなことを考えながら、この場所から叫びの屋敷までの通路を辿ってみると、その道中にルーピン先生の名前を見つけた。なにやら急いでいる様子だ。
「――ッ、悪戯完了」
廊下から、この部屋に近づいてくるかすかな足音を聞き取って、エドガーは咄嗟に地図をただの白紙に戻した。
できるだけ自然な表情に、あたかも「試験でわからない部分があったから聞きに来ました」といった様子を演じながら待つこと数秒。ドアを開けて入ってきたのはスネイプ先生だった。
エドガーはその手元、煙の上がったゴブレットを見て、すっかり演技のことなど忘れてしまった。スネイプ先生に詰め寄りそうになるのを必死で抑える。――ルーピン先生、まだ脱狼薬を飲んでいないのにここを出てしまうなんて!
「――先生、その薬を持ってついてきてください!」
理性を失った人狼を野放しにするか、脱狼薬を持ったスネイプ先生をルーピン先生の元へ連れて行くか。どちらが良いかなんて、議論しなくても明白だった。
+
叫びの屋敷までの道を急ぎ足で進みながら、エドガーはスネイプ先生からの尋問を受けていた。
「なぜ、君はこんな時間にルーピンの部屋にいたのかね」
「試験でわからないところがあったからです」
「我輩は建前を聞いているのではない」
「――今日は満月ですから」
「ほう。満月と、奴の部屋にいたことに、関連性が?」
――なんて意地の悪い先生だ。
きっとスネイプ先生はもうわかっているに違いない。エドガーがルーピン先生は人狼であると見抜いており、かつ動物もどきを利用して満月の日には彼と夜を明かしていることを。
「……こっちです」
エドガーは何も答えずに、城を出て、校庭の一角にある暴れ柳の元へ向かった。スネイプ先生が背後で苦い顔をしたが、エドガーはそれに気づかず、獅子に変身して襲い掛かる大枝の間をすり抜け、前足を木の節の一つに乗せた。途端に、暴れ柳は大理石になったかのようにぴたりと動きを止めた。
エドガーは変身を解いた。
「この先にルーピン先生がいます。早く――」
「待て」
エドガーが先に、大きく開いた根元の隙間に滑り込んだ。少し遅れて、銀鼠色のマントを手にしたスネイプ先生もやって来た。狭い土のトンネルの傾斜を底まで滑り降り、エドガーが慣れた手つきで杖に灯りを点した。
「薬は無事ですか?」
スネイプ先生は答える代わりにゴブレットを突き出した。一滴も零れた様子がない。エドガーはほっと息をついた。
延々と続く通路を早足で急ぐ。その間エドガーは、ルーピン先生がもう変身していて理性を失ってないか、さっきスネイプ先生が持っていたマントは透明マントじゃないのか、それならこの先にあの三人がいるかもしれない、などを考えていた。
トンネルが上り坂になり、やがて道が捩じ曲がり、とうとう二人の目に小さくぼんやりした光が届いた。壁の穴を抜けて辿り着いた先は、雑然とした埃っぽい部屋だった。剥がれかけの壁紙や染みだらけの床、窓には全部いたが打ち付けてあり、家具などはすべてが破損している。
「……」
「叫びの屋敷の中です。ルーピン先生は――」
その時頭上で何かが軋む音がした。何かが上の階で動いたようだ。足音を殺して、部屋の右側にあるドアから隣のホールに忍び込み、崩れ落ちそうな階段を上がっていく。
「ピーターなんかじゃない、こいつはスキャバーズだ!」
ロンの叫び声が聞こえた。
エドガーは無言で杖の灯りを消し、一つだけ開いているドアに目を遣った。こっそり近づくと、ドアの向こうから物音が聞こえてくる。
「――ピーターは生きている。ロンがあいつを握っているんだ」
「でも、ルーピン先生……スキャバーズがペティグリューのはずがありません……」
今度はルーピン先生とハーマイオニーだ。ということは、きっとハリーもいるはずだ。どうしてあの三人がここに? いや、それよりも、今は一刻も早く三人とルーピン先生を引き離さないと……。
今にも部屋に飛び入らんとするエドガーを、スネイプ先生が小さく低い声で制した。焦った顔で振り向いたエドガーの目の前に、マントが付きつけられる。
「これを使う」
「……それ、やっぱり透明マントなんですね」
スネイプ先生はまた返事をせず、黙ってマントで二人の体を覆った。
そして、ゆっくりドアを開いて部屋に侵入する。足早にドアの方にやって来たルーピン先生に気づかれないよう、急いで部屋の隅まで移動した。
+
部屋にいたのは予想通り、ルーピン先生とハリー、ロン、ハーマイオニーの仲良し三人組。そして、それ以外にもう一人――シリウス・ブラックの姿もあった。新聞などで見ていた姿よりも衰えているようだった。
隣に立つスネイプ先生の表情が、見なくてもわかるくらい歪んだ。どうやらシリウスのことを相当嫌悪しているらしい。道理で、とエドガーは納得した。今まで他の生徒よりも対応が厳しかったのは、自分が彼に似ているからなんだ。……ボガートの授業以来、それが少しソフトになった理由はまだわからないけど。
「話はすべて、私が人狼になったことから始まる」
目の前では、動物もどきの話からルーピン先生の話へと移っていた。
ルーピン先生は幼い頃に噛まれ、両親が手を尽くしたものの、そのころにはまだ治療法がなかった。最近ではトリカブト系脱狼薬も発明されたが、それまでは月に一度、完全に成熟した人狼になるしかなかった。そんな状態で学校に通うことなど困難だったが、ダンブルドア先生はルーピン先生に同情し、きちんと予防措置を取りさえすればホグワーツに来てはいけない理由などないと、入学を許可してくれた。そうしてルーピン先生の入学と合わせてこの屋敷が用意され、誰もここに近づけないように暴れ柳が植えられた。ここが叫びの屋敷と言われているのは、満月の度に屋敷に連れてこられた先生が、変身の苦痛によって騒いだり叫んだりしていたからだそうだ。
「変身はつらかった。しかし、それを除けば、人生であんなに幸せだった時期はない。生まれて初めて友人が出来たんだ。三人の素晴らしい友が。シリウス・ブラック……ピーター・ペティグリュー……それから言うまでもなく、ハリー、君のお父さんだ――ジェームズ・ポッター。
彼らは、わたしが月に一度姿を消すことに気づいたんだ。わたしは色々言い訳を考えた。……私の正体を知ったら、途端にわたしを見捨てるのではないかと、それが怖かったんだ。しかし三人は、ハーマイオニー、君やここにはいないエドガーのように、本当のことを悟ってしまった」
実はいます、なんて言えるはずがない。
「それでも彼らは私を見捨てなかった。それどころが、わたしのために動物もどきになってくれたんだ。シリウスは犬に、ピーターはネズミ、ジェームズは牡鹿だ。彼らのおかげで変身は辛くないものになったばかりではなく、生涯で最高の時になった」
「リーマス、早くしてくれ」
「もうすぐだよ、シリウス。もうすぐ終わる。そう、全員が変身できるようになると、ほどなくわたしたちは叫びの屋敷から抜け出し、校庭や村を歩き回るようになった。シリウスとジェームズは大型の動物に変身していたので、狼人間を抑制できた。ホグワーツで、わたしたちほど校庭やホグズミードの隅々まで詳しく知っていた学生はいないだろうね……こうしてわたしたちは忍びの地図を作り上げた」
ルーピン先生の顔に自虐的な色が差した。
「わたしはダンブルドアの信頼を裏切っているという罪悪感を時折感じていた。わたしと周りの者の両方の安全のためにダンブルドアが決めたルールを、わたしが破っているとは夢にも思わなかっただろう。わたしのために、三人の学友を非合法の動物もどきにしてしまったことを、ダンブルドアは知らなかった。しかし、みんなで翌月の冒険を計画するたびに、わたしは都合よく罪の意識を忘れた。そして、わたしは今でもその時と変わっていない……。
この一年というもの、わたしはシリウスが黒犬に変身する動物もどきだとダンブルドアに告げるべきか迷い、結局何も言わなかった。わたしが臆病者だから、告げることで学生時代にダンブルドアの信頼を裏切っていたことを認めたくなかったんだ。だから、シリウスが学校に入り込むのにヴォルデモートから学んだ闇の魔術を使っているに違いないと思いたかったし、動物もどきであることは、それとは何の関わりもないと自分に言い聞かせた。……ある意味では、スネイプのいうことが正しかったわけだ」
スネイプ先生が音もなく動き、ローブから杖を取り出した。有無を言わさぬ力強さで、ゴブレットをエドガーに突き出す。受け取れ、さもなくば落とす、と冷たい視線が語っていたので、エドガーはやむなくそれを手に取った。
「スネイプだって? あいつが何の関係がある?」
「シリウス、スネイプがここにいるんだ。あいつもここで教えている」
ルーピン先生はハリー、ロン、ハーマイオニーを見た。
スネイプ先生は、自分のローブの裾を掴み、「まだ話を聞きましょう」と視線で訴えかけるエドガーを一瞥し、まっすぐにルーピン先生を見据えた。
「スネイプはわたしたちと同期なんだ。わたしが教職に就くことに一番強固に反対した。ダンブルドアに、わたしは信用できないとこの一年間言い続けていた。彼には彼なりの理由があった……それはね、このシリウスが仕掛けた悪戯で、スネイプが危うく死にかけたんだ。それにはわたしも関わっていた――」
「当然の見せしめだ。こそこそ嗅ぎまわって、俺たちを退学させようとしたんだからな」
「スネイプはわたしが月に一度どこに行くか非常に興味を持った。シリウスがそれを知って――その、からかってやろうと思ったのだろうね、ここへの入り方を教えてしまった。もちろんスネイプは試してみた。もし彼がこの屋敷までつけてきていたら、完全に人狼になりきったわたしに出会っただろう。しかし、ジェームズと……もう一人がそれに気づいて、自分たちの身の危険も顧みず彼を助けたんだ。しかし、スネイプは一瞬わたしの姿を見てしまった。ダンブルドアが誰にも言ってはいけないと口止めしたが、その時からスネイプは、わたしが何者なのかを知ってしまった」
「だから、スネイプはあなたが嫌いなんだ」
「――その通り」
エドガーの訴えもむなしく、スネイプ先生はマント脱ぎ捨てた。構えた杖先はまっすぐにルーピン先生に向いている。
部屋にいた誰もが驚き、悲鳴を上げたり飛び上がった。彼らの視線はすべてスネイプ先生に集まっていて、隣で彼を抑えようとするエドガーに気づいていない様子だった。――ただ一人を除いて。
シリウスが、驚愕に目を見開きながら、じっとエドガーを見つめていた。ゆっくりと口が動き、かすれた声が部屋に響く。
「……レギュラス?」
――ドクン、と誰かの鼓動が大きく跳ねた。
今回は若干文字数多め。
手直しする前まではスネイプ先生が三度も「待て」を言っていたのですが、それだとあまりにもアニマルトレーナーなので減らしました。
フィルチさんの近況:「ウィンガーディアム・レビオーサ!」