穴熊寮からごきげんよう   作:秋津島

34 / 52
「ああ、三巻は平和ですねえ」
「……なんて、のんびりしているわけにもいきませんね」
「私は私の仕事をしないと。この一年間は、いわば最後の猶予期間なのですから」


ナーグル

 十一月の終わりに、ハッフルパフはレイブンクローとの試合があった。この日も雨が降っていたが、グリフィンドール戦に比べたら可愛いものだ。

 点を取られては取り返し、これまでにない接戦を繰り広げていたが、途中で両チームのシーカー同士――ハッフルパフはセドリック、レイブンクローは四年生のチョウ・チャンだ――の接触事故があると、流れは一気に変わった。セドリックがチョウに怪我をさせてしまったのだ。試合が続行できる程度の怪我ではあったが、それ以降セドリックは彼女に遠慮してしまい、結局ハッフルパフは百六十点差を付けられて敗北した。

 余談だが、その試合以降セドリックとチョウはよく話をするようになったとか。

 

 雨は十二月まで降り注いだ。いくらイギリスは雨が多い国とはいえ、こうも続くと気が滅入ってしまう。

 そんな生徒たちの気持ちを悟ってか、学期が終わる二週間前、急に空が明るくなって眩しい乳白色になったかと思うと、ある朝、泥だらけの校庭がキラキラ光る霜柱に覆われていた。

 城の中はクリスマス・ムードで満ち溢れていた。フリットウィック先生は、もう自分の教室にチラチラ瞬くライトを飾り付けていたが、これが実は本物の妖精が羽をパタパタさせている光だった。生き物に目がないエドガーが、それを興味深そうに観察していた。

 

 みんなが休み中の計画を楽しそうに語り合っていた。

 エドガーはホグワーツに残ることになった。クラウディアが残るからだ。彼女一人を置いて家に戻ったところで、クラウディアが誰かを襲っていないか気が気ではないし、祖母も片方だけが帰ってくるのを望むはずがない。

 ちなみにそんなクラウディアだが、残る動機を聞くとあっさり答えた。

 

「今、森を掌握する途中だからな。途中で抜けてはここまでの苦労が水の泡だ。アクロマンチュラもケンタウルスも気難しくて困る。従順なのは一角獣くらいだ」

「掌握って……」

 

 エドガーは改めてクラウディアを見た。銀白色の透き通る髪に、神秘的な紫色に気高い光を映す、小柄な美少女だ。

 だけど、それは見た目の話。彼女の本質は、夜。闇夜の支配者(ノスフェラトゥ)であり、恐怖なのだ。

 

「ディアは、やっぱり吸血鬼だね」

「今更か。まあいい、今更ついでに聞いておこう。ついぞ聞き忘れていたが、おまえもドリスも、なぜわたしを恐れない? ……おまえに関しては、ここに人狼を付け加えてもいい。我々を恐れず友好的に接する人間など、イギリス中を探してもそうはいないぞ」

「んー、ディアは少し勘違いしていると思う」

 

 彼だって無類の魔法生物好きとはいえ、吸血鬼と人狼を少しも恐れていないわけではない。ばったり出会えば杖を抜いてしまうし、襲われそうになったら全力で抵抗する。自ら危険に身を晒そうとも思わないし、追いかけられたら多分振り返らずに逃げる。

 それでも、クラウディアやルーピン先生に対して友好的なのは、彼女たちがこちらに敵意を持っていないからに他ならない。向こうが歩み寄ってくれているのだから、こちらもそれに応じるべきだ。そういった考えの元、エドガーは彼女たちに接しているのだ。

 

「あ、恐れはなくても、畏れならあるかも」

「褒め言葉として受け取ろう」

 

 

 学期の最後の週末にホグズミード行きが許された。

 土曜日の朝、暖かそうな格好に身を包んだ友達を見送ったエドガーは、特にすることもなかったのでのんびりと歩いていた。目的地は特に決めていなかったが、気がつけばハグリッドの小屋の前まで来ていたので、どうせならとドアをノックした。が、応答がない。どうやら出かけているようだ。

 

 ――ここまで来たし、せっかくだからもう少し足を延ばして禁じられた森に行ってみようか。

 

 名前の通り、この森は生徒の立ち入りが禁じられているが、それほど厳しい監視の目があるわけでもないので、入ろうと思えば簡単に入ることができてしまう。これは問題だな、と頭の隅で考えながら、霜の降りた下生えをザクザク踏み歩いていく。

 森の中は静かだった。雑音がすべて木々や霜に吸い込まれているようだ。寒さと静けさだけなら吸魂鬼が現れた時と同等だけど、胸の中に押し寄せる暗い感情がない分、こっちの方が断然ましだ。むしろ清々しささえ感じる。

 

 しばらくは何も考えず、自分の足音だけを聞きながら進んだ。

 やがて、一面霜柱に覆われた開けた場所に出た。

 何の気なしに周囲を見回してみると、手頃な切株の上に、誰かが座っているのに気づいた。こちらに背を向け、ローブにすっぽりと覆われた状態で微動だにしない。

 ここで会えたのも何かの縁だ。人影に近づこうと、一歩足を踏み出す。さく、と軽い音が響いた。

 

「だれ?」

 

 ぼんやりした、夢見がちな声だった。

 人影が振り向いた。その顔には見覚えがあった。確か馬車で乗り合わせた……。

 

「ルーナ?」

「あ、エドガーだ」

 

 レイブンクローの二年生、ルーナ・ラブグッドだった。

 

「こんなところで何を?」

「靴と鞄がなくなったから探しに来たんだよ。きっとナーグルの仕業なんだ」

「ナーグル?」

「ヤドリギに住んでいる、悪戯好きな生き物だよ」

 

 言いながらルーナは、切株の上に立ち上がった。――裸足だった。寒さで、小さな足は真っ赤になっている。

 それだけじゃない。頬も鼻の頭も指先も、全部真っ赤だ。いったいいつからここにいたのだろうか。

 

「でも、ナーグルも靴も鞄も見つからなかった。おかしいの」

「ルーナ、そんな恰好でいたら風邪を引くよ。学校に戻ろう」

「うん、わかった」

 

 ぴょんと、エドガーが止める暇もなく、彼女は霜柱の上に降り立った。そして、何てことない顔でさくさくと音を立てながら、エドガーの隣まで歩いてきた。

 エドガーはこれまで、友達から「何を考えているかわからない」と言われることがよくあった。しかし、と彼は思う。この子の方が、おれよりもよくわからないんじゃないか?

 

「寒くない?」

「寒い」

「足、冷たくない?」

「冷たい」

「……嫌だろうけど、少し我慢してね」

 

 ルーナが首を傾げる前に、エドガーは着ていたローブを彼女にかけて、それから軽々と横抱きにした。

 突然のことでもルーナは特に動じず、おとなしく学校まで運ばれた。

 凍傷が心配だったので、エドガーは彼女を医務室に連れて行った。そこでマダム・ポンフリーに「あなたはもう行っていいですよ」との言葉を受けると、ルーナに次に探し物をする時は自分に声を掛けるようにと言ってから、貸していたローブを受け取って部屋を後にした。

 

 思わぬところで時間を使うことになったが、一日暇なので大した問題ではない。

 また何も考えず歩きはじめ、図書館でちょっとした宿題を片付けたり、厨房でカルビンにチョコレート菓子をもらったり、ふくろう小屋でネセレや他のふくろうたちと戯れたりと、色々な場所を転々としているうちに、どこかの廊下で後ろから駆け寄ってきた誰かに呼び止められた。

 

「エドガー!」

 

 ハリーだった。

 要件を尋ねる間もなく、腕を引かれてどこかの空き教室の中へ。

 

「ほら、これ!」

 

 ハリーは弾んだ声で、ローブの内側から羊皮紙を取り出して机の上に広げた。大きな、四角い、そうとうくたびれた羊皮紙だった。

 はて、何も書かれていないようだけど。エドガーが問うような視線を投げると、ハリーは杖を取り出し、羊皮紙に軽く触れた。

 

「我、ここに誓う。我、よからぬことを企む者なり」

 

 たちまち、杖の先が振れたところから、細いインクの線が蜘蛛の巣のように広がりはじめた。線があちこちで繋がり、交差し、羊皮紙の隅から隅まで伸びていく。

 そうして浮かび上がったのは、ホグワーツ城と学校の敷地全体の詳しい地図だった。

 一番上に、鼻が開くように、渦巻形の大きな緑色の文字が現れた。

 

『ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングス。

 我ら「魔法悪戯仕掛け人」のご用達商人がお届けする自慢の品』

 

「――忍びの地図?」

「フレッドとジョージがくれたんだ! ちなみに終わらせる時は『悪戯完了』って言うんだけど……そんなことよりもほら、よく見て」

 

 言われて羊皮紙を見ると、地図上を動く小さな点に気づいた。一つ一つに細かい字で名前が書いてある。今エドガーたちがいるところには、静止した小さな点があって、それぞれの名前が表示されていた。

 それだけではない。地図には、エドガーが一度も入ったことのない抜け道がいくつか示されていた。そして、そのうちのいくつかがホグズミードに通じている。

 

「抜け道は七つあるんだ。フィルチがそのうち四つを知っている。残っているのは三つだけど、ここは道が塞がっていて、こっちは真上に暴れ柳が植わっているって」

 

 ハリーは杖先で五階と、校庭の一角をなぞった。「つまり」、杖を四階の廊下の中ほどまで移動させる。

 

「使うのはこの道。ここにある隻眼の魔女の像から、ハニーデュークスの地下室に行ける。この抜け道を使えば、僕たちもホグズミードに行けるんだ!」

「えーと、もしかして?」

「うん、一緒に行こう!」

 

 ハリーはキラキラと目を輝かせた。

 居残りなんてつまらない、皆と一緒にホグズミードに行きたい。そんな思いがにじみ出ている。

 

「その地図のことをおれに話してよかったの?」

「うん。フレッドとジョージがエドガーにもって。俺たちの後継者だからって」

「そ、そこまでやんちゃする気はないよ」

「そんなことより、早く行こうよ。すぐに日が暮れちゃう」

「……ハリー、それはだめだよ」

 

 どうして、と言わんばかりにハリーは非難めいた眼差しをエドガーに向ける。それを受けて、エドガーは眉を下げ、困った顔をした。

 ハリーは命を狙われている身だ。それもそこらの魔法使いではなく、脱獄不可能と言われた監獄から逃げ果せる実力を持った極悪犯、シリウス・ブラックにだ。

 アズカバンの看守である吸魂鬼が警備に入るくらい、厳重な警戒態勢が敷かれている中で、自ら危険に身を晒すような真似をするなんて。

 

「気持ちはわかるけど、今年はおとなしくしていないと」

「……でも、君は汽車の中で言ったよね? ブラックは僕が狙いじゃないかもしれないって」

「う、確かに言ったけど……それはあくまでおれの個人的な意見であって」

「君の直感はあたる」

 

 ハリーがあまりにも真剣な顔をするので、とうとうエドガーは小さくため息を零した。

 

「わかった。ホグズミードに行ってもいい」

「じゃあ!」

「でも、行くなら君だけだ」

「どうして? エドガーはホグズミードに行きたくないの?」

「おれは友達を待たないといけないから。それに、居残りの二人が一緒に消えたら不自然でしょ?」

「それは……うん、確かにそうだ」

「だから、ね。大丈夫、きみのアリバイはちゃんと作っておくから、楽しんできてよ」

「……ありがとう、エドガー」

「どういたしまして。それじゃあ、楽しんできてね」

「もちろん! 行ってくる!」

「いってらっしゃい」

 

 

 翌日はクリスマス休暇の初日だった。

 生徒の大半がいなくなり、校内は途端に静かになった。まだ残っている生徒の大半も、クリスマス前にはきっと帰ってしまうだろう。クリスマスを学校で迎える生徒はごく僅かなのだ。

 

 人もまばらな大広間での昼食を終えた後、ハリーが「大事な話がある」と、部屋を出ようとするエドガーを空き教室に連れてきた。昨日と同じだね、と軽口を叩こうとしたけれど、ハリーの纏う剣呑な雰囲気を察して、やめた。

 ハリーは昨日から様子がおかしい。ホグズミードから帰って来た時、彼の瞳にあったのは「喜び」ではなく、烈火のような「怒り」や「憎しみ」だった。

 行きはあんなに楽しそうだったのに、いったいどこで何があったのか。エドガーはそれがひどく気になっていたが、あまり詮索してはいけない空気を感じ取ったので、結局昨日は何も言わなかった。彼が話してくれるまで待つべきだと思ったのだ。

 

「ハリー、どうしたの」

「……」

「話しづらいなら、無理に言わなくてもいいよ」

「……エドガーは、さ。本当はブラックのことを知っているんじゃない?」

「それは、おれだけがシリウスの狙いはきみじゃないって言っているから?」

「違う。……これ」

 

 そこでハリーは、ローブの内側から一枚の写真をと出した。ハリーによく似たクシャクシャの黒髪の男性と、赤毛のきれいな女性――きっとハリーの両親に違いない――が、写真の中で楽しそうに動いていた。結婚の日の写真だろうか。二人が腕を組んで、幸せそうな表情を浮かべて輝いている。

 二人以外にも何人かが映っていた。その中の一人、花婿付添人らしき青年が、溢れるような笑顔を浮かべてハリーの父のそばに立っていた。黒髪、灰色の瞳。文句のつけようのないハンサムで、ただそこにいるだけで絵になる人だ。

 彼を見た途端、エドガーの胸がざわりと騒いだ。――似ている。ボガートが変身したあの青年に。そして、自分に。……まあ、自分よりも彼の方がかっこいいし、背も高そうなのだけど。

 

「この人、シリウス・ブラックなんだ」

 

 ハリーは静かに語り出した。昨日、『三本の箒』で聞いたことを。

 彼の父、ジェームズ・ポッターはホグワーツの生徒だった。そして、学生時代に一番仲が良かったのが、他ならぬシリウス・ブラックだったと言うのだ。いつでも一緒、影と形、一心同体。そんな仲だった彼らの交流は、学校を卒業しても続いた。

 その頃、英国魔法界はヴォルデモート卿が猛威を揮った、いわゆる暗黒期と呼ばれる時代だった。ヴォルデモートは反対勢力のことごとくを潰し、その魔の手はハリーの両親、ジェームズとリリーにも迫った。

 自分たちが狙われていると知った二人は、いち早くその身を潜めた。その際、秘密を守るために『忠誠の術』を使って信頼できる友を『秘密の守人』とした。その守人が口を割らない限り、二人の居場所は誰にも知られないはずだった。しかし。

 

「――『秘密の守人』はシリウスだったんだね。それで、彼は……裏切った」

 

 力なく、ハリーは頷いた。

 シリウスは二人を裏切った。彼はヴォルデモート卿の忠実な下僕で、二人の情報を相当量流していたらしい。二重スパイの役目に疲れ、ポッター夫妻の死に合わせてヴォルデモート卿への支持を宣言する計画だったそうだ。ところが、ヴォルデモート卿はハリーによって倒されてしまった。自暴自棄になったシリウスはその翌日、自分を追ってきた友人を無関係のマグル共々殺害し、アズカバンに収監されることになった。しかし彼は吸魂鬼を相手に平然とし、アズカバンでは反省するどころか退屈そうにしていたのだ、と。

 話し終えたハリーは疲労困憊で、しかし瞳だけは激しく燃えていた。

 

「復讐なんて考えたらだめだよ、ハリー」

 

 ハリーは何も言わなかった。

 

「……ねえ、エドガーはさ、ブラックに似ているけど、無関係だよね? ブラックのことを知らないよね?」

「その、はずだよ。だってブラック家って言ったら純血魔法族の名家だ。そこと繋がりがあるなんて、お祖母さまから聞いたことなんて一度もない」

「じゃあ、これだけ聞かせてほしい。……もしも僕が父さんと同じ状況――つまり、命を狙われている状況で、そして君が――」

「シリウスの立場だったら、どうするか?」

「……そう。エドガーは、どうする?」

「――ハリー。おれは、友達を裏切るくらいなら死を選ぶよ」

「……っ」

 

 ハリーは安心したかったのだ。自分の両親を裏切ったシリウス・ブラックに似ている友人が、そいつとは違うことを、確認したかった。

 そしてエドガーは、それに応えた。自分の命を投げ打ってでも友情を守ると、彼が選ばなかった答えを堂々と言い切った。

 ――ああ、どうかしていたんだ。少しブラックに似ているからって、神経質になりすぎていた。ブラックはブラック、エドガーはエドガーなんだ。こんな簡単なこともわからなくなっていたなんて。

 

「変なこと聞いてごめん。あの、エドガー。僕たちこの後ハグリッドの小屋に行く予定なんだけど、よかったら君も一緒に……どうかな」

「いいよ。僕たちってことは、ロンとハーマイオニー?」

「うん。談話室で待っていてもらったんだ。……君と、話がしたかったから」

 

 そうして四人でハグリッドの小屋を尋ねたところ、『危険生物処理委員会』からバックビークの事情聴取が行われることを知り、ハリーたちはその手助けをすることになった。

 ハリーは決してシリウスを忘れたわけではなかったが、復讐のことばかりを考えているわけにもいかなくなり、そのことは他三人を安心させた。

 翌日には四人は図書館に行き、バックビークの弁護に役立ちそうな本を大量に抱え、動物による襲撃事件を手分けして調べた。あれじゃない、これじゃないと盛んに言葉を交わし、しばらくは一日中図書館に籠る日が続いた。

 

 

 そうこうしている間に、クリスマスがやってきた。

 その日、エドガーは二つのプレゼントを受け取った。

 一つは新しい箒である。エドガー用に特別にチューンアップされたものがようやく完成したので、クリスマスに合わせて送ってくれたらしい。

 試作八号目の箒がグリフィンドール戦で粉々になり、学校の中古の箒を使用しなければならなかったエドガーにとって、これはとても嬉しいプレゼントだった。しかもそれが――国際試合級の箒、ファイアボルトだったなんて!

 もう一つは、エドガーが正式に動物もどきとして魔法省に登録されたことだ。報告をしてくれたマクゴナガル先生は、微笑みと共にいつでも好きな時に変身して良いとの許可を出してくれた。もっとも、“よからぬこと”に使う場合を除いて、だけど。

 

(……さて、これからやることはどっちになるかな)

 

 日が傾きかけた黄昏時、談話室のソファに体を預け、エドガーは古びた羊皮紙を広げた。ハリーに一日だけ借りた忍びの地図だ。

 

「我、ここに誓う」

 

 杖を取り出し、羊皮紙に軽く触れる。

 エドガーは小さく笑った。ああ、なんだ。これからやることがどんなことか、自分で理解していたんじゃあないか。

 

「我、“よからぬこと“を企む者なり」

 

 途端にインクが蜘蛛の巣のように広がって、たちまちホグワーツ城と敷地内の地図を描き出した。

 クリスマス休暇中なので、地図上を歩く点――人の数はまばらだ。だから、目当ての人の名前はすぐに見つけることができた。

 その人は自分の部屋を出て、急ぎ足で廊下を渡り、学校の外に出て、ある抜け道を使ってホグズミードの方へと向かって行った。

 

「……ほう。便利な道具を持っているな」

「わ、クラウディア。いつからここに?」

「おまえが変な言葉を呟いたときからだ」

「あー……見られていたのか」

「なんだ、知られたくないことだったか。それなら誰にも言わないから安心しろ」

「ん、ありがとう」

「で、何をしていたんだ?」

「あ、そこは聞くんだ」

「気になるからな」

 

 エドガーは「悪戯完了」と呟いてから、また無地に戻った羊皮紙を折りたたんで、ローブの内側にしまった。

 クラウディアを隣に座るように促して、小さな声で囁き始める。

 

「今日、満月だから。ルーピン先生、狼の時は一人きりでしょ?」

「そうだな。人間が変身した状態の人狼に近づくのは自殺行為でしかない」

「うん。だけどほら、おれは動物もどきだから。ライオンの姿なら、一緒にいられると思って」

「それで、あの道具を使って居場所を探ろうとしていたわけか。まったく水臭いな。わたしに言えば案内してやったのに」

「知っているの?」

「ああ。……もうすぐ月が出る。急ぐぞ」

 

 

 その日の深夜、人気のないホグズミード闊歩する三つの影があったことは、当人たち以外は誰も知らない情報である。




作中でよくエドガーとシリウスが似てるって描写が出てきますが、どのくらいかと言うと、学生時代のシリウスを知る人なら彼の子供かと疑うレベルです。ハリーと一緒にいると余計に補整されます。
ただ、比率で言うと顔3~4:雰囲気6~7なので、無口無表情だとせいぜい「親戚かな?」程度になります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。