穴熊寮からごきげんよう   作:秋津島

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「やあやあ、ごきげんよう。私はエドガー・クロックフォードと申します」
「――いえ、正確には『彼の別の人格』とでも言いましょうか」
「いずれにしましても、私は彼でありますが、彼は私ではありません。それを心のどこかに留めておきながら、この手記を読んでいただければ幸いにございます」


ホグワーツ特急

ホグワーツへ出発する日がやってきた。

「楽しんでくるのよ」と笑顔で送り出すお祖母さまと別れの挨拶を済ませ、汽車へと乗り込む。発車までにまだ十分な時間があるからか、コンパートメントはほとんどが空で、難なく座席を確保することができた。汽車に乗り込んでいる生徒や、プラットホームで家族とのしばしの別れを惜しんでいる生徒の数はまだ少ない。

後であわただしく準備するのは嫌だったし、空いているうちに済ませてしまおうと、おれは早々に制服に着替えた。

そして、これから知らない場所に行くというのにも関わらず、堂々とした佇まいを崩さない黄褐色の相棒と、発車までの時間しばらく戯れることにした。ああ、かっこいいなあ。

 

 

7月31日。あの後上機嫌でワシミミズクを両手に抱えて帰宅したおれは、それ以上に上機嫌なお祖母さまに迎えられることになった。

 

「エディ、聞いてちょうだい。私ね、あのハリー・ポッターさんとお会いしたのよ。それに、何度も握手をしていただいたの。ドリス・クロックフォードという名前、覚えていただけたかしら」

 

有名人に恋する少女のように瞳を輝かせた彼女は、そのあともしばらく「ポッターさんが」と繰り返し、浮足立ったままキッチンに向かった。その日の夕食は焦げたステーキだった。

夕食後も変わらない輝きを映す瞳のお祖母さまから逃げるために、その日は早々に自分の部屋に籠って、今日出会ったばかりの彼と親睦を深めることにした。

鳥籠の隙間から指を差し入れて羽毛の感触を楽しんだり(つやつやすべすべ)、首まわりをくすぐれば心地よさそうに目を細めたりした。やりすぎたら少し強めに噛まれた。ごめん。

 

「そうだ、名前決めないとな」

 

僅かながらに友情を築けたような気がした頃、ふとした拍子に零れた独り言に、彼は返答するかのように鋭く鳴いた。

 

 

「ねえネセレ、ホグワーツってどんなところだと思う?」

 

自分にとってなくてはならない存在になるであろう彼には、それと同等の意味を持つ単語から取ってネセレと名付けた。呼ぶたびに小さく返答してくれるから、お気に召していただけたようである。

 

「楽しいところだといいなって思うんだけど、同時に何か良くない感じもするんだ。知らないところに行くっていう不安から来ているのかな」

 

ネセレはただ、小さく応えるだけだった。

それもそうだ。突然彼が「大丈夫。恐れることはない。ホグワーツはきっといいところだ」なんて喋りだしたら仰天してしまう。

自分の想像に自分で苦笑いを浮かべていると、コンパートメントの戸が開いて、少年が入ってきた。一人で笑う変な子というレッテルを張られないように、急いで表情を取り繕う。

 

「もう着替えを済ませているのか、早いな」

 

少年はおれの表情については特に疑問を持たず、代わりに制服について触れてきた。ううん、やっぱり早すぎたか。

 

「ああいや、そうじゃないな。えっと、ここ空いているかい? ここら辺はどこも満席で」

 

どうやらぼんやりとネセレと戯れるうちに、大分時間がたっていたらしかった。確かに、気が付いていなかったが、先ほどよりもあたりが賑やかになってきている。早めに席を取っておいてよかったな。

少年の言葉に頷いてみせると、彼はほっとしたように微笑んで向かい側に腰かけた。

目線の高さがほとんど同じ位置になったことで、ようやくおれは少年の瞳をしっかりと見ることができた。――自分と同じ、灰色の目だ。向こうも同時にそれに気づいたらしく、また穏やかに笑った。

 

「おっと、まだ名乗っていなかったな。僕はセドリック・ディゴリー。ハッフルパフの三年生だ。君は新入生?」

「そうだよ。おれはエドガー・クロックフォード。……」

 

そのあとに何か言おうとしたのだが、突然目の前に霧がかったどこかの墓場が映し出され、同時に両耳に全く別の音が次々と流れ込んできたために、それは叶わなかった。

叫び声、大釜、骨、しゃがれた声、トロフィー、呪文、眼鏡の青年、緑の閃光、泣き声、光をうつさない瞳、「セドリック」、「闇の帝王」……。

突然の情報の氾濫にひどい頭痛を感じた。けれどそれはほんの一瞬のことで、気づいたときには先ほどと変わらないコンパートメントの姿があった。――ああ、いつもの「未来予知」か。

 

「……寮は、どこも面白そうだけど、セドリックと一緒になれたら嬉しいな」

 

異変を悟られないように、にこりと笑って言葉を繋げる。彼は少し嬉しそうな顔をした。

それから、しばらくは彼との雑談を楽しむことにした。ハッフルパフ寮のこと、ホグワーツのこと、授業のこと、クィディッチのことなど、セドリックは楽しそうに色々なことを話してくれた。おれもつられるように話をしているうちに、いつの間にか先ほど見た「未来予知」のことはすっかり忘れてしまった。

会話がひと段落した十二時半ごろ、車内販売のおばさんが来たので、おれはいくつかのお菓子と一緒に蛙チョコレートを大量購入した。何を隠そう、おれはチョコレートが大好物なのだ。驚いた顔で空いている座席に積み上げられた蛙チョコレートを見つめるセドリックとおばさんにそう告げると、二人とも得心したように笑った。特におばさんなんて「あらあなた、見かけによらずかわいいのね」と言いながら蛙チョコレートを二つおまけしてくれた。ありがとうございますと微笑んだら、嬉しそうな悲鳴と共に背中を強くたたかれた。痛い。

セドリックが購入した百味ビーンズや、おれの蛙チョコレートやかぼちゃパイを分け合いながら楽しんでいると、コンパートメントが控えめにノックされて涙を浮かべた丸顔の少年が入ってきた。彼の顔を見るなり、また例の情報氾濫が起こったが、さすがに今日で二度目なので、表面上は一切悟らせないように取り繕うことができた。

 

「あの、ごめんね。僕のヒキガエルを見なかった?」

 

セドリックと顔を見合わせ、同じようなタイミングで首を横に振る。なぜかネセレがほう、と低く鳴いた。

丸顔の少年は鳴き声にびくりと身をすくませて、「もし見かけたら……」ともごもご呟きながらしょげかえって出て行ったが、すぐ数分後に今度は栗色の髪の女の子を連れて現れた。そこでまた、三度目の氾濫。いい加減慣れてきた。

 

「ねえ、ヒキガエルを見なかった? ネビルのがいなくなったの」

「見てないけど……あ、そうだ。ちょっと待ってて、試したいことがあるんだ」

 

返答を聞くなりコンパートメントを出て行こうとする二人を引き留めて、おれはトランクから三本ある杖のうち、一本を引っ張りだした。アカシア、一角獣のたてがみ、二十八センチ、きわめてしなやか。オリバンダーさんに一番合っていると言われた杖だ。二度ほど振って感覚を確かめる。

 

「えっと、ネビルだっけ。きみのヒキガエルの名前は?」

「……トレバー」

 

何をする気だろうと不安そうに見つめるネビルと、杖を取り出したことで興味津々に視線を送る少女と、何かを察したらしいセドリックと、三者三様の瞳が集まる中で、おれは意識を集中させて杖を振った。

 

「アクシオ、トレバー」

 

成功してくれと念じながらしばらく待てば、どこからヒキガエルが飛んできておれの手の中にすっぽりと収まった。

「この子で間違いない?」と差し出すと、ネビルは「トレバー!」と嬉しそうに受け取ってから、何度も「ありがとう」と繰り返しながら、コンパートメントを出て行った。

栗色の髪の少女はネビルを追って一度出て行ったが、すぐに戻ってきて「後でその魔法、私にも教えてくれないかしら」と言って、おれの返事を聞く前に今度こそコンパートメントを出て行った。

 

「……すごいな。あれ、四年で習う魔法だろ? 一体いつの間に練習したんだ?」

 

二人がいなくなってしばらくした後で、セドリックがぽつりと尋ねてきた。おれは片目を瞑った。

 

「よく物をなくすから、これだけ完璧に覚えさせられたんだ」




面白い小説 書き方で検索する日々です。
それにしても、ネビル……というよりトレバーは偉大ですね。物語を軌道修正しつつ、原作キャラとの絡みを自然に増やせるんですから。
ところで車内が大分混んできたにも関わらず、主人公のコンパートメントががら空きだったのは、彼が凄まじいぼっちオーラを放っていたからとかそういうわけじゃありません。決して。

ここまで読んでくださりありがとうございました。

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