穴熊寮からごきげんよう   作:秋津島

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「もしも彼がグリフィンドールならば、あの事件を未然に防ぐことができたかもしれませんが、いかんせんハッフルパフですのでそれは叶いません」
「ですが、時には原作通り進んだ方が都合の良い事もあるものです」
「……まあ、この件がそれかと問われれば、なんとも言えませんが」


ヒッポグリフ

「森だ」

 

 翌朝、朝食をとりに大広間に行くと、既にクラウディアが席についてトーストを頬張っていた。

 エドガーが隣に座って、昨日抱いていた「どこで寝ているのか」の疑問をぶつけると、彼女はあっさりと、何でもないようにそう答えた。「吸血鬼が生徒の寝室にいたら騒ぎになるだろう?」との事である。――はい、ごもっともです。

 

「それにしても、あそこは色々な生物がいるな。ケンタウルス、アクロマンチュラ、ヒッポグリフ……みな誇り高き魔法生物たちだ。いいか、くれぐれもあいつらを侮辱するなよ。あいつらは人間よりもはるかに強く気高い」

「大丈夫、そんなことはしないよ」

「ならいい。ところで、わたしの素性はおまえの友人と教授以外には伝えていないだろうな?」

「もちろん。みんなにも口外しないように頼んである」

「そうか。……おまえたちは寮の気質か特に抵抗なく受け入れてくれているが、世間的に見ればその方が稀だ。大概の人間は人間以外を見下し、排除する傾向にあるからな。わたしとて、面倒事は避けたいんだ。これからも頼むぞ」

「任せて」

 

 にわかにスリザリンのテーブルが騒がしくなった。

 ドラコ・マルフォイあたりがおかしな話をして、大勢のスリザリン生を沸かせている。気絶する真似をしたり、甲高い声で叫んでいる。

 ……どうやら、昨日吸魂鬼に襲われて気絶したハリーを揶揄しているようだ。彼らの視線はグリフィンドールにしか向かっていないので、おそらくエドガーは揶揄の対象から外されているのだろう。

 

「他者を貶める事でしか優越感に浸れない……寂しい連中だ」

 

 クラウディアがため息交じりに言った。彼女は昨日からスリザリンに厳しい。

 

 

 新学期最初の授業は選択科目だったので、エドガーたちは朝食を終えると、別れてそれぞれの教室に向かった。

 ハンナ、アルマ、エドガーの三人は占い学、スーザン、ザカリアス、ジャスティン、アーニーは数占い学だ。

 これまでいつも一緒に教室に向かっていたから、いざ別れるとなると少し変な感じがする、とは全員一致の意見である。

 

 占い学が行われるのは北塔の一番上の教室で、三人は息を切らせながら十分以上かけて教室に辿り着いた。途中、迷っていた彼らを太った修道士が助けてくれなかったら確実に遅刻していただろう。

 

 教室は奇妙なもので、天井にある丸い撥ね扉が入り口だった。そこから伸びる銀色の梯子を上ると、どこかの屋根裏部屋と昔風の紅茶専門店を掛け合わせたような奇妙なところに出る。

 部屋は深紅の仄暗い灯りと、気分が悪くなるほどの濃厚な香りに満ちていた。埃を被った羽根や蝋燭の燃えさし、何組ものぼろぼろのトランプ、数えきれないほどの銀色の水晶玉、ずらりと並んだ紅茶カップなどが、壁面いっぱいの棚の中に雑然と詰め込まれていた。

 長居すればするほど正常な感覚が狂ってしまう、そんな空間だ。

 

「占い学へようこそ。この現世で、とうとうみなさまにお目にかかれてうれしゅうございますわ。さあお掛けなさい、あたくしの子供たちよ」

 

 暗がりの中から現れた、ひょろりとやせた女性が、占い学を担当するシビル・トレローニー先生だ。大きな眼鏡をかけて、スパンコールで飾った透き通るショールをゆったりまとい、折れそうな首から鎖やビーズ球を何本もぶら下げ、地肌が見えなくなるほど指や腕輪を身に着けている。

 ――エキセントリックな人。エドガーの印象はそれだった。

 とにもかくにも、先生の言葉で生徒たちはおずおずと椅子に座り、いよいよ授業が始まった。

 

 トレローニー先生は「心眼」とか「眼力」など、エドガーには理解できない事を言いながら、生徒のカップに紅茶を注ぎ、二人一組になってお茶の葉を読むように指示した。

 エドガーはハーマイオニーと組んだ。

 

「子供たちよ、心を広げるのです。そして自分の目で俗世を見透かすのです!」

「ハーマイオニーが占い学を選択するなんて意外だったよ。えーと、繰り返す試練……予期せぬ真実……救済? よくわからないな」

「そうね。むしろ今は取らなければ良かったって思ってるわ。こんな馬鹿らしい授業と教授だったなんて! ……何かしら? 試練と苦難……再生……ああもう、こんなので未来がわかるはずないじゃない!」

「どうどう。落ち着いてハーマイオニー」

 

 どうやら彼女は早くも占い学に嫌悪を示しているようだ。仕方ない、とエドガーは思う。ハーマイオニーは理論的な人だから、魔法の中でも不確定要素を多く含むこの学科は根本的に合わないのだろう。

 

「同じ『占い』でも、ハーマイオニーには数占い学の方が合っているのに。そっちは取らなかったの?」

「え? ええ、取っているわ」

 

 あれ、とエドガーは首を傾げた。

 数占い学は今ちょうど行われているはずだ。先ほどスーザン、ザカリアス、ジャスティン、アーニーの四人が授業に行ったのを見送っている。

 もし数占い学を取っているなら、今ここにはいないはずなのに。どういうことだろうか。数占い学と占い学を両方取っている生徒用の時間割が存在するのか、それとも。

 

「ハーマイオニーってもしかして分身の術が――」

「使えないわ」

 

 ばっさり切られた。

 その後は他愛もない雑談をしながらお茶の葉を読み合った。

 そうして、ネビルがカップを二つ割ったり、ハリーにのカップに死神犬(グリム)――死の予告が現れたりと、波乱のうちに占い学の授業は終わった。

 

 魔法薬学の授業を挟んで、マグル学の授業があった。今度はアーニー、ハンナ、ジャスティンと一緒だ。

 

 余談だが、魔法薬学のスネイプ先生はこれまでよりもずっと憎しみの強籠った視線をエドガーに向けてきた。

 しかも――わざとN.E.W.T試験レベルの問題を出し、答えられなかったから三点減点、縮み薬の調合に難癖をつけられて五点減点(ザカリアスの見立てではほぼ完璧だった)、反抗的な視線を向けたので二点減点……等々、隙あらば減点減点で、最終的にハッフルパフは十五点を失った。

 授業後の同級生たちの何とも言えない視線と言ったら!

 

 そんなことがあって少し落ち込んだ気分で受けたマグル学。ところが、これが思いのほか面白く、エドガーはあっという間に気持ちを持ちなおした。

 なんでも、マグルは魔法が使えない代わりに科学が発展していて、機械や法則を利用して重いものを持ち上げたり、スイッチ一つで火を起こしたり水を出したり、空に模様を描いたりできるそうだ。かがくのちからってすげー!

 その中でもエドガーが一番気に入ったのはマグル界の娯楽、映画だ。

 魔法を使わなくても人間離れした動きをし、実在しないものを実在するように見せ、動物を意のままに操る。舞台セットや天気などもすべて人間の手と機械で作り上げてしまうのだ。

 話の内容もよく考えられていて、特に「魔法」を題材にした作品なんかは、マグルからすれば想像上の物にも関わらず、エドガーから見ても違和感のない造りになっていた。マグル文化侮りがたし。

 彼があまりにも映画に興味を示すものだから、授業終了後にチャリティ・バーベッジ先生とジャスティンがそれぞれおすすめ映画をいくつか教えてくれた。これで今年の休日の過ごし方は決まった。

 

 

 翌日の授業は薬草学、呪文学、そして魔法生物飼育学だった。

 昨日、新しく先生になったばかりハグリッドが、初日から生徒に怪我をさせてしまった事は既に校内中に広まっていた。

 だから、そんな事件があった後のレイブンクローとの合同授業では、もちろんハグリッドがヒッポグリフを連れてくることはなく、レタス食い虫(フロバーワーム)の飼育という何とも地味な授業から始まった。

 

「残念だなあ。私もヒッポグリフに触ってみたかったのに!」

「生徒に怪我をさせたんだ。いくら生徒側に過失があったとしても、責任はすべて教授と魔法生物が負うことになる。もうヒッポグリフをこの授業で見ることは叶わないだろうな」

「うーん……。あ、そうだ! 授業の後に個人的に頼みに行くってのはどう?」

「……アルマ、そんな無茶な要望が通るわけないだろ?」

「やってみないとわからないよ。ねえ、エド! エドもヒッポグリフ触りたいよね?」

「あ、おい。エドを巻き込むな。あいつは動物が絡むと――」

 

 

「そりゃできねえ」

 

 授業後、覇気のない足取りで小屋へ戻るハグリッドを引き留めて、アルマを筆頭に「ヒッポグリフに触りたい!」と訴えてみたが、結果はこの通り。

 

「そんな! グリフィンドールとスリザリンだけずるいよー!」

「君は子供か」

「だって……」

「すまねえ。俺も見せてやりたいのはやまやまなんだが……」

 

 ――あんなことがあったんだ、もう生徒を危険な目に遭わせらんねえ。

 そう言って、彼は申し訳なさそうに眉を下げた。

 

 元よりハグリッドは、猫以外の動物をこよなく愛し、危険な珍獣や猛獣ほど飼いたがる傾向がある、少しばかり行き過ぎた動物愛好家だ。

 しかも困ったことには、自分の好きなものは相手も好きだと考えるタイプなのだ。

 これまで三頭犬のフラッフィーやノルウェー・リッジバック種のドラゴンのノーバート(雄だと思っていたが、後に雌だと判明。今ではノーベルタである)、アクロマンチュラのアラゴグなど、珍獣や猛獣の類をこっそり飼育しては、周囲を巻き込んで何かしらの事件を引き起こしてきた。

 

 今回だって例外ではない。

 初めての教授職、その初めての授業の動物として、ハグリッドはヒッポグリフを連れてきた。

 ――こんなに美しくて気高い動物だ、嫌いになる奴なんぞいるわけねえ。最初の授業にゃこいつがイッチ番だ。

 そう思っての選択だったが、現実は思うようにはならなかった。

 あらかじめ注意していたのにも関わらず、生徒の一人がヒッポグリフを侮辱して怒りを買い、自慢の鉤爪の攻撃を受けた。しかもその生徒があろうことかドラコ・マルフォイ――彼の父、ルシウスは魔法省に絶大な影響力を誇り、失脚したとはいえ、かつては学校の理事も務めていた――で、責任をすべてハグリッドとヒッポグリフに押し付け、処分しようとしている。

 

 そんな中、また新たに事件が起こったとなれば、今度こそ自分とヒッポグリフの首が飛んでしまう。

 無論、前者は比喩、後者は物理的にだ。

 直接侮辱されたのは一匹――バックビークだけだが、他のヒッポグリフたちもその言葉を聞いている。彼らが人間に敵対心を抱いている可能性がある今、ハグリッドでさえ彼らを上手く扱える自信がなかったのだ。

 

「ほら、アルマ。これ以上迷惑はかけられない。行くぞ」

「うう……。エド、エドはいいの? 何も言わないけど」

「ん、おれ? おれは……」

 

 今まで黙って三人の遣り取りを見つめていたエドガーは、少しの時間考え込んでから、やがて口を開いた。

 

「ヒッポグリフは見たいし、触りたいし、背中に乗せてもらって空を飛びたい。でも、それはおれの勝手な願望だから、それでヒッポグリフに迷惑がかかるならならおとなしく引くよ。自分の都合で振り回していいほどおれは偉くないし、ヒッポグリフも安くない。……というより、彼らはおれよりもはるかに気高く誇り高いから」

 

 ああ、けどやっぱり惜しいなあ。でも、我慢我慢。

 エドガーは笑いながらそう続けた。

 

 一方ハグリッドは、コガネムシのような目を少しだけ見開いた。

 以前から、エドガーについてはハリーたちからある程度聞いていた。「意外と勘が鋭い」、「魔法の才能がある」、「頼りになる」、「たまにびっくりするほどアホの子」……等々、最後のを除けば軒並み高評価だった。

 特によく聞くのが「動物好き」という事で、自分やハリーのペットのふくろう、ロンのネズミのスキャバーズ、ネビルのヒキガエルのトレバー、最近ハーマイオニーが購入した猫のクルックシャンクスなど、動物なら何でも可愛がるのだとか。

 それに、今年から禁じられた森に住むことになった吸血鬼も、エドガーの家族だと言う。昨日の歓迎会と今朝の朝食の席で二人の姿を見かけたが、種族の壁などないように親しげに接していた。

 

 ――偏見を持たない上に、相手に敬意を持って接することができる、無類の生き物(魔法生物含む)好き。なるほど、この子なら。……この三人なら、ヒッポグリフに会わせても大丈夫だろう。

 

「お前さんら、前言撤回だ。ついてこい」

 

 ハグリッドは、帰ろうとする三人を呼び止めた。

 そして森の縁に沿って五分ほど歩き、放牧場に案内した。

 それから森の中へと入り、嵐の空のような灰色、赤銅色、漆黒と色とりどりの艶やかな毛並みをした三頭のヒッポグリフの連れてきた。分厚い革の首輪を外し、放牧場の中に放す。彼らは少しだけ歩き回ってから、ハグリッドの指示で一列に並んだ。

 

「ええか? 絶対に侮辱するなよ」

「……しないよ。こんなきれいな生き物、私初めて見た! ねえねえ、触ってもいい?」

「ふふ。落ち着いてアルマ。ちゃんと“先生”の話を聞かないと」

「そうだぞアルマ。どうした、今日はまるでエドみたいに落ち着きがないな」

「ちょっとザカリアス、それって間接的なおれへの悪口に聞こえるんだけど」

「すまない、ついうっかり」

 

 じゃれあう三人をハグリッドは微笑ましい気分で眺めてから、思い出したように大きく咳払いをした。三人の視線が彼に移る。

 

「まず、ヒッポグリフが先に動くのを待つんだ。それが礼儀ってもんだ。こいつのそばまで歩いて、そんでもってお辞儀をする。そんで、待つんだ。こいつがお辞儀を返したら、触ってもいいっちゅうこった。もしお辞儀を返さなんだら、素早く離れろ」

「よーし、私が一番乗りだよ!」

 

 アルマが意気揚々と放牧場の柵を乗り越えた。

 三人が見守る中、アルマは言われたとおりにお辞儀をし、少しして、赤銅色のヒッポグリフもお辞儀を返した。

 

「よーし、アルマ。触ってもええぞ!」

「やった!」

 

 満足げな表情をしながら、アルマはヒッポグリフの嘴を撫でた。ヒッポグリフはそれを楽しむように目を閉じて、くるくると唸った。

 次にザカリアスが漆黒のヒッポグリフと相対し、これもまたお辞儀を返してもらうことに成功して、アルマに並んでヒッポグリフを撫でたり、興味深そうに観察を始めた。

 最後に残ったのはエドガーと、灰色のヒッポグリフだった。

 

「エドガー、いけるか?」

「大丈夫。……もしかして、この子が生徒に怪我をさせたバックビークって子?」

「……ああ、そうだ」

「ん、わかった」

 

 それだけ言って、エドガーは放牧場の柵を乗り越えた。

 ふ、と相手の警戒心を解くような柔らかな笑みを浮かべて、ゆっくりバックビークの元へ歩み寄り、頭を下げた。首筋を完全に晒し、目線を下げたまま動かない。

 

 そのままの状態で、何分経っただろう。

 とうとうバックビークは低く唸ってから、静かに足を折った。

 エドガーは視界の隅でそれを確認すると、ほっと息をついて、力の抜けた笑みを見せてからバックビークに触れた。嘴を撫で、輝く毛並みの感触を堪能し、翼に顔を埋めた。「もふもふだ」とのくぐもった声に、アルマは笑ってザカリアスは呆れ顔を見せた。

 

「ようやった、エドガー。上出来だ!」

「おれは何もしていないよ。バックビークが心を開いてくれたんだ。ね?」

 

 バックビークはまた唸ってから、嘴を撫でるエドガーの手に顔をぐりぐりと押し付けた。

 

「驚いた。どうやらバックビークはお前さんに懐いたようだ」

「ふふ。嬉しいな。ねえ先生、これからもたまにバックビークに会いに来ていい?」

「ああ。そうしてくれたらビーキーも喜ぶ。それと、俺のことはハグリッドでええぞ」

「あ、エドだけずるい! ハグリッド、私もこの子たちに会いに来ていい?」

「もちろんだ。あー、ただ、このことは誰にも言わんようにしてくれ。あんなことがあったから、ちょいと監視の目が厳しいんだ」

「わかっている。特にスリザリンの連中には気を付けるし、そそっかしいこの二人の面倒も、僕がまとめて見ておくよ」

「頼もしいこっちゃ」

 

 それからしばらくヒッポグリフたちと戯れてから、三人は彼らとハグリッドに挨拶をして寮に戻った。




※アルマとアーニーは選択科目を一部変更しています。
秘密の部屋10話に記載がありますが、こちらでも変更点をご報告させていただきます。
・アーニー「数占い、ルーン、占い学」→「数占い、ルーン、マグル学」
・アルマ「数占い、魔法生物飼育学」→「占い学、魔法生物飼育学」

おまけ:魔法生物飼育学を選択した理由。
エドガー……動物好き
アルマ……座学より体を動かす方が好き
ザカリアス……この二人だけじゃ心配

近況報告:乙提督

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