穴熊寮からごきげんよう   作:秋津島

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「いよいよ物語もクライマックスですね」
「ここまで、原作通り一人も死者が出なかったのは幸運でした。あとはこの山場を乗り越えるだけです」
「……おっと、何か動く気配がしたと思ったらネズミでしたか。まったく、驚かせてくれる」


秘密の部屋

最初のテストの三日前、朝食の席でマクゴナガル先生がとうとうマンドレイクが収穫できることを発表し、その夜のうちに石にされた人たちを蘇生させることができることを宣言した。

生徒たちはみんな喜んで、大広間いっぱいに爆発音のような歓声が響き渡った。

 

「やっとジャスティンが帰ってくるね!」

「ああ! 最近はお見舞いも出来なかったし、あいつが帰ってきたら盛大なお茶会を開こうじゃないか!」

「あら、それなら厨房に行ってとびきり豪華なお菓子をお願いしないとね」

「私、スプラウト先生に頼んで特別にハーブをブレンドしてもらってくるよ!」

「まったく……君たちははしゃぎすぎだぞ」

「そういうザカリアスだって嬉しそうだよ。ほら、今なら浮かれたって誰も文句は言わないよ」

「君に諭されるのは非常に不服だが……そうだな。今くらいは気を抜くよ」

 

その日は、どの授業の時間もみんな落ち着かない様子だった。いつもクラスの大半が眠ってしまう魔法史も、誰もが近くの人と囁き合って喜びをあふれさて眠るどころではないので、ビンズ先生はとても驚いた顔をしていた。けれど、生徒たちを注意することはせず、少しだけ口元を緩めていつも通りの平坦な口調で教科書を読み上げていた。きっと先生も嬉しいんだろうな。

二限続きの授業が終わり、次の教室まで引率したのもビンズ先生だった。長い列を作りながら廊下を歩いていると、前方にいつもの髪の輝きを失ったロックハートと、彼に引率されているグリフィンドール生が見えた。その中の二人、ハリーとロンと目が合った瞬間、二人は「エドガー」と口の動きだけでおれを呼び止めた。……なるほどね、わかった。

 

「ザカリアス」

「……行くのか」

「うん」

「そうか。こっちはうまく誤魔化しておくよ」

「……ありがとう」

 

隣を歩いていたザカリアスに小声で話しかければ、ため息とともに背中を強く叩かれた。

 

「いってこい」

「いってきます。必ず戻ってくるから」

 

不自然にならないように列の最後尾に移動して、ハリーとロンに目配せをしながら歩く速度を落とす。列が角を曲がって見えなくなり、グリフィンドールの列も見えなくなったところで、おれはその場に残っていた二人と合流した。

 

「気づいてくれてよかったよ」

「おれの洞察力を褒めてくれてもいいよ」

「すごいすごい。僕たち、これからマートルのところに行くんだけど、ついてきてもらってもいい?」

「そのために呼び止めたくせに」

「まあね」

 

そういえば二人には秘密の部屋についてのおれの考えを何も話していなかったな、とか思いつつ、脇の通路を駆け下りて「嘆きのマートル」のトイレへと急いだ。前を歩く二人が、うまく列から抜け出せたことをお互いに称え合っていたそのとき……。

 

「ポッター! ウィーズリー! それにクロックフォードも! 何をしているのですか?」

 

マクゴナガル先生が、これ以上は固くは結べまいと思うほど固く唇を真一文字に結んで立っていた。これは、詰んだか?

 

「僕たち――僕たち、あの、様子を見に」

「ハーマイオニーの」

 

口ごもるロンにすかさずハリーが助け舟を出す。うむ、いいコンビだ。

 

「おれは彼女とジャスティンです。もう随分長い事二人に会っていません」

「だから僕たち、こっそり医務室に忍び込んで、それで、マンドレイクがもうすぐ採れるから、あの、心配しないようにって、そう言おうと思ったんです」

 

マクゴナガル先生はおれたちから目を離さなかった。駄目だったかと思ったけど、先生が次に発した声は奇妙にかすれていた。

 

「そうでしょうとも。襲われた人たちの友達が、一番辛い思いをしてきたことでしょう……よくわかりました。お見舞いを許可します。ビンズ先生とフリットウィック先生には、私からあなたたちの欠席の事をお知らせしておきましょう。マダム・ポンフリーには私から許可が出たと言いなさい」

 

先生のビーズのような眼には、涙がきらりと光っていた。

ハリーとロンは罰則を与えられなかったことが半信半疑といった表情で、おれは感謝の気持ちを込めた表情で、その場を後にした。角を曲がった時、マクゴナガル先生が鼻をかむ音がはっきり聞こえた。……そういえば先生は、自分の寮の生徒が二人も襲われているんだよなあ……。

こうなった以上医務室に行くしか選択肢はないので、おれたちはトイレを後回しに、まずは医務室に向かった。マダム・ポンフリーは渋々だったが、全員を中に入れてくれた。石になった人に話しかけてみても何にもならないと言われたけど、こういうのは反応がなくても語り掛けることが大事だよね。そういうわけで。

二人はハーマイオニーの元へ、おれはジャスティンの元へそれぞれ別れた。

 

「……久しぶりだね、ジャスティン」

 

ジャスティンは襲われた日に見た時とまったく同じ、恐怖をいっぱいに貼り付けた表情で何もないところを見つめている。

 

「もうすぐマンドレイクが採れるんだ。そうしたらきみも元通りだ。それで、戻ってきたらお茶会を開こうって、みんなが言っているよ。チョコレート菓子はいつもおれ専用だけど、今回ならジャスティンにも分けてもいい。だから、ね。もう少し。もう少しで、帰ってこれるよ」

 

バジリスクに襲われる恐怖というのは、どんなものなのだろうか。圧倒的な存在を前に、為す術もなく一方的な「死」を押し付けられる。幸いにもジャスティンは死んでいないが、その分心に負った傷は大きいだろう。……思い出すのはいつもあの日のことだ。ジャスティンが襲われた日、おれが一瞬でも目を離さなければ……今ごろは一緒にマンドレイクが収穫できることを喜べていたのだろうか。それとも、また別の日に襲われて――ああ駄目だ、こんなことを考えるのはよくない。動揺がジャスティンに伝わってしまう。

 

「エドガー、そろそろいい?」

「――うん。じゃあジャスティン、おれはそろそろ行くよ。次に会うときは、きみの体が暖かい時がいいなあ、なんて。……また後でね」

 

ハリーとロンが呼びに来たので、硬くて冷たい手に一度触れてから、おれはその場から離れた。

数分しか間を空けていないのに、二人は大分興奮していた。とりあえずついてきて、と二人はそのまま医務室を出て、道中上ずった声で怪物がバジリスクであることと、バジリスクがパイプを使って移動していたこと、みんなが死なずに石化にとどまった理由を嬉々として語った。……この状況で「知っている」とは言いづらいなあ。

 

「先生に知らせるために、職員室に行くんだ!」

「ああ、道理で。三階のトイレに行くのに、階段を下りるなんて不思議な話だと思ったよ」

 

まっすぐに職員室に向かうと、まだ授業中だからかそこには誰もいなかった。広い壁を羽目板飾りにした部屋には、黒っぽい木の椅子がたくさんあった。二人は興奮して室内を往ったり来たりするのを眺めながら、おれは暢気に近くの椅子に腰を下ろした。

職員室に辿り着いた時、休憩時間まであと十分と言ったところだった。しかし、しばらく待っても休憩時間のベルが鳴らない。代わりに、マクゴナガル先生の声が魔法で拡声され、廊下に響き渡った。

 

「生徒は全員、それぞれの寮にすぐに戻りなさい。教師は全員、職員室に大至急お集まりください」

「また襲われたのか? 今になって?」

「どうしよう? 寮に戻ろうか?」

「いや、ちょっと待って」

 

突然の放送に動揺する二人に、おれは少しだけ悪い笑みを浮かべた。職員室の左側にある、先生たちのマントがぎっしり詰まったやぼったい洋服掛けを指差す。

 

「この中に入って、何があったか聞こう。頃合いを見計らって出て行って、おれたちの話を聞いてもらえばいい」

 

名案だ、と顔を輝かせる二人と一緒にその中に隠れて、頭の上を何百人という人ががたがたと移動する音を聞いていると、やがて職員室のドアが音を立てて開いた。マントの間から覗くと、先生たちが次々と部屋に入ってくるのが見える。当惑した顔、怯えきった顔。しばらくして、マクゴナガル先生がやってきた。

 

「とうとう起こりました。生徒が一人、怪物に連れ去られました。『秘密の部屋』そのものの中へです」

「……なぜ、そんなにはっきり言えるのかな?」

 

そう聞いたのはスネイプ先生だ。フリットウィック先生が悲鳴を上げ、スプラウト先生が口を手で覆ったりと、みんなが動揺する中、スネイプ先生はまだ冷静なようだ。

 

「『スリザリンの継承者』がまた伝言を書き残しました。最初に残された文字のすぐ下にです。『彼女の白骨は永遠に『秘密の部屋』に横たわるであろう』」

 

フリットウィック先生は泣き出して、マダム・フーチは腰が抜けたように椅子にへたり込んでしまった。

 

「どの子ですか?」

「ジニー・ウィーズリー」

 

隣でロンが声もなく崩れ落ちるのを感じた。

ジニーの「たすけて」という声が頭の中で何度も反響した。

 

「全校生徒を明日、帰宅させなければなりません。ホグワーツはこれでおしまいです。ダンブルドアはいつもおっしゃっていた……」

 

職員室のドアがもう一度開いた。そういえば姿が見えないなと思ったロックハートだった。この人はこんな状況でも安定しているなと様子を見ていたら、これまでのロックハートの所業に耐えかねたのか、スネイプ先生の発言をきっかけに、ロックハートが怪物退治とジニー奪還の任務を引き受けることになってしまった。ああ、スネイプ先生がすごくいい表情してる。

ついに逃れられなくなったロックハートは支度を理由に職員室を出て行き、「厄介払いができた」と最初よりもいくらかすっきりした顔の先生たちも続けて職員室を出て行った。

誰も居なくなったのを見計らって、洋服掛けの中から出る。

 

「ジニー……」

「ロン、しっかり。とりあえず今は談話室に……いや、ロックハートのところに行こう」

「そうだね、エドガーの言う通りだ。僕たちの知っていることを教えてあげよう。ロン、立てるかい?」

 

とにかく何かしたい一心で、おれたちはロックハートの部屋に向かった。先生たちはみんな談話室か自分たちの部屋に籠っているかで、部屋に辿り着くまでに一人の先生とも出会わなかったのは幸運だった。

ロックハートの部屋は取り込み中らしかった。物音が絶えず聞こえてくるが、ノックをすると急に静かになって、それからドアがほんの少しだけ開いてロックハートの目が覗いた。あ、なんかこの光景見たことあるような……マグル学の予習で見た映画の……シャイニング?

 

「ああ……ポッター君、ウィーズリー君、クロックフォード君……。私は今、少々取り込み中なので、急いでくれると……」

「先生、僕たち、お知らせしたいことがあるんです。先生のお役に立つと思うんです」

「あ――いや、今はあまり都合が――つまり――いや、いいでしょう」

 

ロックハートはとても迷惑そうな表情をしていたが、ゆっくりドアを開けたので、おれたちは中に入った。

部屋の中は今まさに片付け始めたと言わんばかりの内装だった。床には大きなトランクが二個置いてあり、片方にはローブ、片方には本が乱雑に放り込まれている。壁いっぱいに飾られていた写真はすでに何枚かが取られて、机の上の箱に押し込まれている。……大方、秘密の部屋に恐れをなして逃げ出そうとした、といったところだろう。最後まで教師らしいことを何一つやらないつもりか。

 

「先生、逃げるだなんて言わないでくださいよ。闇の魔術に対する防衛術の先生でしょ? 今やらないでいつやると言うんですか?」

「僕の妹はどうなるんですか!」

「ああ、それはその――まったく気の毒なことだ。誰よりもわたしが一番残念に思っている――」

「……わかりました。では、先生はどうぞお帰りになってください」

 

ハリーとロンが驚いた顔を向けてくる。切り札はこういう時に使うものだよね。

 

「その代わり、先生が『忘却術』を用いて他人の手柄を自分のものにしているという事実を各方面に伝えます。先生、メディア、保護者――色々な選択肢はありますが、まずは魔法省にしましょうか」

「な、なぜそれを……」

 

手紙の「忘却術」という単語と著書の功績に釣り合わない魔法の才能、この二つを繋げて考えれば、その答えに辿り着くのは容易い。思えば、おれが最初からロックハートを信じられなかったのは、きっと無意識にこの事に気づいていたからだろう。そんなこと、一言とてロックハートに伝える気はないけど。

 

「さあ、ばらされたくなければ行きましょう。『秘密の部屋』へ。今ならご案内しますよ。そのためにおれたちはここに来たんですから。もっとも、ご自分の行いに何ら恥ずべきところがないなら、話は別ですけど」

「……オ」

「エクスペリアームス、武器よ去れ」

 

ロックハートが杖を取り出して振り上げたので、思わず自分も杖を抜いてしまった。

紅の光線を間近で受けたロックハートは後ろに吹っ飛んで、トランクに足をすくわれ、その上に落ちた。杖は高々と空中に弧を描き、それをキャッチしてローブの内ポケットにしまった。

 

「まさか生徒に忘却術をかけようだなんて……思っていませんよね?」

「はは……そんなバカな事……するわけないですよ……」

 

これ以上時間を費やすのも惜しかったので、説得は諦めて無理やり追い立てるようにしてロックハートを部屋から追い出した。後ろで二人が「エドガーの黒い部分を垣間見た」と囁くのを笑って受け流して、そのままマートルのトイレへ向かった。ロックハートを先に入らせて、その後から三人で続く。

揮えるロックハートを逃げないように捕まえている間に、ハリーがマートルに彼女の死の真相を聞き出した。それから、彼女がおれにしたように手洗い台を指差したので、あらかじめ見つけておいた蛇の彫り物の位置をハリーに教えた。ハリーがそこで蛇語で「開け」と言うと、蛇口がまばゆい白い光を放ち、回り始めた。手洗い台が沈み込み、見る見る消え去った後に、太いパイプがむき出しになる。大人一人が滑り込めるほどの太さだ。以前見た時と特に変わった様子はない。ここが、部屋の入口だ。

 

「……エドガーは最後ね」

「えっ」

「去年の事、忘れたとは言わせないよ。僕たちすごく驚いたんだから」

「この先にどんな危険があるかわからない。だから、先に、この人に降りてもらう」

 

ハリーとロンが杖でロックハートの背中を小突いて落とした。……おれが言えたことじゃないけど、二人とも容赦ないね。

ロックハートが見えなくなってからハリー、ロンと続けてパイプの中に入り込み、最後におれもゆっくり中に入った。

果てしのない、ぬるぬるした暗い滑り台を急降下していくようだった。あちこちで四方八方に枝分かれしているパイプが見えたけど、きっとバジリスクはこれを使って移動していたのだろう。曲がりくねったパイプは下に向かって急勾配で続き、地下牢よりも深く深く落ちていったところで、ようやく出口から放り出され、暗い石のトンネルのじめじめとした床に落ちた。先に降りた三人が少し離れたところで、全身べとべとの状態で立っている。……あ、おれもか。

 

「いいかい、何かが動く気配を感じたら、すぐに目をつぶるんだ」

 

杖に灯りを点し、トンネルの先頭を歩くハリーが低い声で言った。その後ろにはロックハートに杖を突きつけるロンがいて、一番後ろをおれが歩いている。

トンネルは墓場のように静まり返っていて、ハリーの言う「動く気配」は少しも感じられない。見つけたものといえば、足元にたくさん転がっているネズミの頭蓋骨と……目の前の巨大な蛇の抜け殻くらいだ。

 

「なんてこった」

 

毒々しい鮮やか緑色の皮が、トンネルの床にとぐろを巻いて横たわっている。ゆうに六メートルはあるだろうか。

驚いたロックハートが腰を抜かしていた。ロンが杖を突きつけて立ち上がらせようとして――ロックハートに殴り倒され、杖を奪われた。

 

「坊やたち、遊びはもうおしまいだ! 私はこの皮を少し学校に持って帰り、女の子を救うには遅すぎたと言おう。君たち三人はずたずたになった無残な死骸をみて、哀れにも気が狂ったと言おう!」

 

輝くような笑顔を浮かべたロックハートは、杖を頭上にかざし、叫んだ。

 

「さあ、記憶に別れを告げるがいい! オブリビエイト、忘れよ!」

「プロテゴ、護れ!」

 

――ロックハートの忘却術に気を付ける。この事だったか。

ロックハートの杖から飛び出した光は、透明な障壁――盾の呪文によって防がれる。しかし……。

 

「驚いた。先生、忘却術だけは本当に得意だったみたいだ」

 

トロール、吸血鬼、狼男、雪男……それらを退けてきた戦士たちの記憶を奪った実力は伊達じゃなかった。いつか腕を折ったハリーにかけようとした呪文を防いだときとは全く違う、確かな力を感じさせる光線が、明確な意志を持って盾を今にも破ろうとしている。

だけど……こんなところで記憶を失うわけにはいかない。ジャスティンと「また後で」と約束をした(一方的だったけど)。ザカリアスに「必ず戻る」と告げた。こんなところで、負けられない。

おれがマクゴナガル先生から動物もどきだけを学んでいたと思ったら大間違いだ。変身術に関する他の呪文も教わったし、担任が担任なので特別に闇の魔術に対する防衛術の訓練も受けていた。――盾の呪文の練習だって、欠かさなかった。

 

「プロテゴ、プロテゴ! ――プロテゴ・トタラム(万全の守り)!」

 

盾の呪文は強度によって三種類の呪文がある。「プロテゴ」、「プロテゴ・トタラム」、そして「プロテゴ・ホリビリス」の順に強度と難しさが上がっていく。「プロテゴ」ですら使えない成人魔法使いも多い中で、二番目の呪文までをたかが二年生が使ったことが信じられないのか、ロックハートはひどく驚いた顔をして、思わず呪文を弱めてしまった。その油断が命取りなのに。

 

「エクスペリアームス!」

 

まさか一日に二度も、同じ相手に武装解除術をかける事になるなんて思ってもいなかった。さっきと同じようにロックハートは後ろに吹っ飛ばされて、手から飛び出した杖が綺麗におれの手に収まった。久しぶりだね、スギの杖。

ふらふらと立ち上がろうとするロックハートに全身金縛り術をかけて、硬直したまま倒れこむ彼のそばに屈みこむ。恐ろしいものを見るような目を向けてくるロックハートに笑顔で応じた。

 

「今の忘却術はお見事でした。……おれ、今まで先生の事は本当に無能だと思っていたけど、撤回しますね。ロックハート先生は、優れた忘却術の達人です」

「……っ」

「そうだ、次の仕事は魔法省の『忘却術士』なんてどうですか? 先生の才能が存分に発揮できるし、やり方を間違えなければ魔法省の、ひいては魔法界のシンボルキャラクターになれるかもしれませんよ。……その前に、罪の清算が必要ですけどね」

「エドガー、そろそろ」

「わかった。それじゃあ先生、少しだけ我慢していてくださいね。あとでちゃんと魔法は解きますから」

 

ハリーに呼ばれたので、ロックハートにもう一度笑顔を送ってから二人の元に戻る。結局、ロンがここに残ってロックハートを見張ることになり、この先にはハリーとおれだけで行くことになった。

 

「二人とも気を付けてね。……ジニーを頼む」

「わかった。そうだ、杖はまたきみに預けておくね。くれぐれも、先生にいたずらしちゃだめだよ」

「ロン、フリじゃないからね」

「君たちこんな状況なのに結構余裕だね?」

 

とにもかくにも、ロンとロックハートを残しておれたちは先へ歩いた。

くねくねとトンネルを何度も曲がって、二匹の蛇が絡み合った彫刻が施された壁を越え、やがて細長く奥へと延びる、薄明かりの部屋の端に辿り着いた。またしても蛇が絡み合う彫刻を施した石の柱が、上へ上へとそびえ、暗闇に吸い込まれて見えない天井を支えている。

ハリーと視線を合わせ、どちらも杖を取り出し、慎重に左右一対になった蛇の柱の間を前進する。

最後の一対の柱のところまで来ると、部屋の天井に届くほど高くそびえる、年老いた魔法使いを模した石像が壁を背に立っているのが目に入った。その石像の足の間に、燃えるような赤毛の少女が横たわっている。

ハリーが彼女のもとに駆け寄って、杖を投げ捨てて叫んだ。

 

「ジニー! 死んじゃだめだ! お願いだから生きていて!」

 

少し離れた場所に日記が開いて置いてある。やっぱりあれが原因だったか。

日記を回収しようと歩き出したところで――。

 

「――その子は目を覚ましはしない」

 

物静かな声がした。

背の高い、黒髪の少年が、すぐそばの柱にもたれてこちらを見ていた。かるで曇りガラスのむこうにいるかのように、輪郭が奇妙にぼやけている。

 

「トム――トム・リドル?」

 

スリザリンの継承者は、鈍く光る赤色の瞳で微笑んだ。




原作との変更点
・ロックハートは記憶喪失にならない
・味方パーティーにエドガーが加わった ▼

あと一話で秘密の部屋完結です。……おそらく。

追記:なんかおかしいなって思ったら、予約投稿2016年になってました。

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