「イレギュラーはありますが、基本的には原作通りに進んでいるので行けると思ったのです」
「それに、いざというときの手は考えてありましたからね」
それは上級生たちに意見を求めに行った時のことだ。セドリック、イヴ、ヘンリー、ウィリアムのクィディッチメンバー四人は、おれたちが「選択科目について悩んでいる」と言うと、快く教科書を見せてくれた。魔法生物飼育学、マグル学、そして数占いの教科書を開いたところで……なんというか、既視感のようなものを覚えたのだ。初めて見るはずなのに、すでに習ったことがあるような、そんな感覚だ。続く古代ルーン文字も同じだった。
占い学の教科書は四人とも持っていなかったので、ちょうど談話室にいた三年生のエロイーズ・ミジョンを頼ることにした。彼女は少しニキビの目立つ小柄な生徒で、これまでそれほど関わってこなかったおれたちの頼みに快く応じてくれる優しい先輩だ。で、彼女から借りた占い学の教科書を見た時には既視感はなかった。彼女にお礼を言って教科書を返した後、おれは自分の感覚を信じて選択科目を決めた。
すなわち、「占い学」、「マグル学」、「魔法生物飼育学」の三つだ。
「君、そのよくわからない直感を信じるつもりかい?」
「うん」
ザカリアスは呆れ顔だった。彼はここ最近その顔をおれに向けてくることが多い。
ちなみに他のメンバーはと言うと、スーザンが「数占い」と「古代ルーン文字」を選び、それに「魔法生物飼育学」を加えたのがザカリアス、「マグル学」を加えたのがアーニーだ。アルマはザカリアスから「古代ルーン文字」を引いた二科目で、ハンナはおれから「魔法生物飼育学」を抜いた同じく二科目だ。
「ジャスティンはどうするんだろうね」
「ねえ、ジャスティンのために各科目の要点をまとめるのはどう? 戻ってきたときに、すぐに決められるようにさ!」
「そうね。私たちが選んだ科目も一緒にまとめておきましょうか」
沈んでしまった空気をなんとか立て直して、アルマとスーザンの提案通りに情報をまとめた羊皮紙は、あとでみんなでジャスティンの枕元に届けにいった。そこで、早くマンドレイクが育ちますようにと願ったのはきっとおれだけじゃない。
+
クィディッチの次の対戦相手はグリフィンドールだ。ウィリアムはいつにもなく張り切って(顔はいつも通り無表情だったけど)、練習時間をこれまでの倍に増やした。
「今年はレイブンクローとスリザリンに善戦できるようになったしー、力量が同じくらいのグリフィンドールくらいには勝ちたいって思ったんじゃないのかな」
とヘンリーが変わらないのんびりした口調で分析していた。
グリフィンドールもグリフィンドールで、熱血キャプテンのオリバー・ウッドが張り切って、夕食後に毎晩練習しているんだ、といつか練習中にばったり出会ったハリーが疲れた顔で言っていた。まあ、確かに彼らは両対抗クィディッチ杯を獲得する可能性が高いし、キャプテンが張り切るのも仕方がないか。とりあえずハリーには頑張るように伝えて、おまけに蛙チョコをあげた。
襲撃事件もジャスティンとニック以降全く起きないし、蘇生薬の準備も着々と進んでいる。そんな状況で、おれは少し気が抜けていたのかもしれない。
翌日の土曜日に試合を控えたある日。クィディッチの練習から戻って寝室に入ると、サイドテーブルに置いてあったリドルの日記が忽然と消えていたのだ。
いつもならおれはこの日記を(彼が迂闊に手放してほしくないと言ったので)、トランクの中にしまって鍵をかけて保管していたのだけど、最近はさっきも言ったように気が抜けていて、今回のようにサイドテーブルに放置しておくことが多かったのだ。一応、同室のザカリアスたちには「大事なものだから触らないでほしい」と伝えておいたから今まで彼らによる被害もなく、すっかり油断していたわけで。そんな最中に起こった盗難事件を咎められる人間なんているだろうか? いや、いない。
「あー、でもジニーになんて言おう」
彼女はおれを信じて(もしくは利用して。個人的にはどっちでもいい)日記を渡してくれたのに、こんなにあっさり取られてしまうなんて。隠し通すか? いやいや、ここは正直に言うべきだろう。明日はグリフィンドール戦とマクゴナガル先生の授業があるから、その翌日の日曜日にまたあの場所に呼び出そう。
そう思って臨んだ翌日の試合は、開始直前に中止になった。
そして、ハリー、ロンと一緒にマクゴナガル先生に連れられた医務室で、石になったハーマイオニーを見た。
「また襲われました……また二人一緒にです」
ハーマイオニーが横たわるベッドの隣には、長い巻き毛のレイブンクローの女子生徒が同じように石になって虚空を見つめている。
「二人は図書館の近くで発見されました」
「図書室……ハーマイオニーが昨日、思いついたことがあるって……」
「三人とも、これがなんだか説明できないでしょうね? 二人のそばの床に落ちていたのですが……」
マクゴナガル先生は小さな丸い鏡を手にしていた。
ハリーとロンはハーマイオニーを見つめながら首を横に振った。おれも同じことをした。だけど、頭の中では、いくつものピースが繋がる音が絶えず鳴り響いていた。
「貴方たちを寮まで送っていきましょう。それからクロックフォード、個人授業は本日以降休止します。よろしいですね」
「……はい」
「私も、いずれにせよ生徒たちに説明しないとなりません」
そのすぐ後で、全校生徒に通達が出された。
“全校生徒は夕方六時までに各寮の談話室に戻るように。それ以後は決して寮を出てはいけない。授業に行くときは、必ず先生が一人引率する。トイレに行くときは、必ず先生に付き添ってもらうこと。クィディッチの練習も試合も、すべて延期。夕方は一切、クラブ活動をしてはいけない。”
再びの襲撃事件によって、学校はこれ以上の被害を出さないためにと厳戒態勢を敷いたのだ。また、犯人が捕まらない限り、学校が閉鎖される可能性も示唆されてしまった。
それから同じ日に、森番のハグリッドが容疑者としてアズカバンに連行された。魔法省が「何か手を打った」という印象を与えるために、五十年前の出来事(リドルの記憶にもあった、大蜘蛛を校内で飼育していた事実)を口実にしたのだという。また、これまでの事件を食い止められなかったという理由で、理事会の全員一致の採択により、ダンブルドア先生にも停職命令が下り、彼は学校を去っていった。今はマクゴナガル先生が代理を務めているが、生徒たちに広まった動揺は計り知れないものだった。
そんな中――。
「やあジニー、少しいいかな」
天文学の授業のあと、談話室に戻る途中に寄ったグリフィンドール寮の前でジニーに出会えたのは、まったくの偶然だった。
彼女は以前よりもいっそう青白い顔をしていた。それでもおれの誘いを断ることはなく、頼りない足取りで人の少ない廊下へと誘った。
「ジニー、きみに謝らなければいけないことがある。……あの日記、実は誰かに盗まれたんだ。ごめん。おれの管理が杜撰だった」
「それ、は、あなたのせいじゃ……」
てっきり罵声とか裏切られたような視線が返ってくるかと思ったのに、ジニーは眉を下げて申し訳なさそうな表情を浮かべた。それから、ひたすら小さな声で「ごめんなさい」を繰り返した後、瞳に涙を浮かべておれをまっすぐに見上げた。
「……たすけて」
ああ、そういうことか。ようやく全部のピースが繋がった。
おれは最後の裏付けを取るために、どうにかして「嘆きのマートル」の元へ向かおうと考えを巡らせていた。
+
誰もいない寝室で、おれはベッドの上に一枚の紙を広げて睨み合っていた。
・ロックハートの忘却術に気を付ける
・蜘蛛に追うなら食料多めに
・持っている武器はハリーに渡さないと意味がないぞ
9月に送られた一年間の行動指示表は、ほとんどの項目が達成して斜線が引いてあり、残った項目はこの三つだ。一つ目は置いとくとして、二つ目は今日グリフィンドールとの合同で行われた薬草学の授業のとき、ハリーとロンが「蜘蛛を追いかける」と告げてきたのでかねてより用意していたブツを渡しておいた。……別に危険なものじゃなくて、「検知不可能拡大呪文」をかけた巾着袋の中に、カルビンたちに頼んで毎日少しずつ譲り受けた食料を約ニ十キロ分詰めただけの代物である。日持ちする魔法をかけてあるので、鮮度も安心安全だ。そして三つ目は……これもよくわからないので保留。というか、これだけ文章の雰囲気違うし。……まあいいか。
これ以上考えることもないので、手紙を折りたたんでトランクの中にしまう。
そんなことよりも「秘密の部屋」だ。
これまでの色々な情報と出来事を総合して考えた結果、おれは真実に近づいていると(自分でそう評価するのもなんだけど)思っていた。
まず、秘密の部屋の怪物はバジリスクだ。そして、大蜘蛛は怪物などではなくただのハグリッドのペットだろう。あのサイズだとアクロマンチュラあたりか?
“蜘蛛が逃げ出すのはバジリスクが来る前触れ”……ジャスティンとニックが襲われた現場で、逃げていく蜘蛛を見た。
“バジリスクにとって致命的なのは、雄鶏が時をつくる声”……ジニーがハグリッドから鶏が殺されたことを聞いたと言っていたし、校長室で死んだ鶏を掴んだハグリッドの姿を見ている。
“殺しの方法は非常に珍しく、毒牙による殺傷とは別に、バジリスクの一睨みは致命的である。その眼からの光線に囚われたものは即死する”……今まで襲われた生徒と猫は、その誰もが石になるだけで死んでいない。それは、直接バジリスクの目を見ていないからだ。クリービーはカメラ越しに、ジャスティンはニックを通して見たんだ。ニックは直接見ただろうけど、一度死んでいる人間は二度と死ねない。ハーマイオニーとレイブンクローの生徒は鏡に映った目を見たんだ。……すごいな、ハーマイオニーは。おれも怪物がバジリスクであることの見当はついていたけど、その対策までは思いつかなかった。それからミセス・ノリスは……水だ。彼女が襲われた現場近くには「嘆きのマートル」のトイレがあって、そこから水が溢れていた。彼女は水に映った姿を見たんだ。
「ああ、エドガー。こんなところにいたのか」
「夕食に来ないから、ハンナたちも心配していたぞ」
「え、あれ、もうそんな時間?」
ザカリアスとアーニーが戻ってきた。考え事をしているうちに大分時間が経っていたらしい。
「何をしていたんだ?」
「少し考え事を」
「そうか。まあ、あまり根を詰めすぎるな。僕たちはとうに怪物探しを諦めているんだから」
そのままベッドに横たわるアーニーとは対照的に、ザカリアスは無言でおれを見つめてきた。一言も喋らないし、冷やかしたら怒られそうな雰囲気だ。あれ、おれ何かしたっけ?
「ザカリアス?」
「君、何か危険な事を考えていないか? ……秘密の部屋と継承者を探し出す、とか」
「……まさか」
そう、まさかだ。おれは秘密の部屋と継承者を探し出そうなんて思っていない。なぜなら、すでに見つけているから。
……もっとも、ただの生徒が、しかも小さな二年生が真相に辿り着いたなんて信じてもらえないだろうし、先生たちに話してもまともに取り合ってもらえないと思ったから、誰にも話してはいないけど。
さておき、継承者はトム・リドルだ。五十年前は本人がその手で、そして今回は「リドルの日記」を使ってジニーを操っている。正直、後者についてはどうやっているのか全くわからないが、彼女の話から推察するにそういうことだろう。もっともこの結論に辿り着くまでには時間がかかったけど。だって日記が人を操るなんて……ねえ?
それでもおれがリドルを犯人だと思うようになったのは、彼が以前見せてくれた「記憶」がきっかけだ。あの記憶ではハグリッドが犯人のように扱われていたし、実際に当時の校長先生もそれを認めている。しかし、ハグリッドが疑われたのはひとえにあの大蜘蛛を飼っていたからで、秘密の部屋の怪物の正体がバジリスクだとわかった今、彼が犯人でないことは火を見るよりも明らかだ。それならば、なぜリドルはその記憶を見せたか。簡単だ。ハグリッドはスケープゴートにされたのだ。すべては自分に疑いの目向けられないために……。
というか、五十年前に秘密の部屋が開いたときの重要人物の日記が、今、同じように部屋が開かれている時に、偶然にも校内に現れるものか? いいや、そんなオカルトありえない。おそらくリドルは何らかの手を使って、日記をジニーに渡し、彼女を操ったのだろう。
それから秘密の部屋の場所だけど、これは三階の「嘆きのマートル」のトイレにある。五十年前に部屋が開かれた時に、マグルの生徒が一人亡くなったが、その生徒が校内にゴーストとして残っていてもおかしくはない。おれはそれがマートルではないかと思って、ジニーから助けを求められた日の数日後、先生たちの目を盗んでトイレに赴いて直接尋ねた。返ってきた答えは――イエス。
「怖かったわあ。ここで死んだのよ。覚えているのは大きな黄色い目玉が二つ、あそこから覗いていたことだけ」
ようやくまともな対話が成立した彼女は、しかし手洗い台のあたりを漠然と指差したあとはまた小部屋に戻ってしまった。残されたおれは彼女の指示した場所を調べて、見つけた。銅製の蛇口の脇のところに、引っ掻いたような小さな蛇の形が彫ってあるのを。
ちなみに彫り物を見つめて試しに蛇語で「開け」と言ってみたら、手洗い台が動き出して太いパイプがむき出しになったけど、その先に行くのはやめておいた。けど、そこが秘密の部屋の入り口に違いない。それに、パイプを通って移動していたのなら、バジリスクが人目に触れず人を襲えていたのも頷ける。
「……その気がないならいい。ただ、君は去年、僕たちに何も言わず『賢者の石』を探しに行った。その前科があることを、僕たちは忘れていないからな」
「う……はい」
険しい顔をしていたザカリアスは大きく息をはいて、それから笑った。
「だから……どこかに行くときは必ず誰かに言ってからにするんだ。君の素行不良は僕たちには治せないことはすでに分かっている。だからせめて、これくらいはやってくれ」
「……わかった!」
ザカリアスはそのままおれに蛙チョコを手渡して、自分のベッドに入っていった。……ありがとうザカリアス。
+
「もう散々だったよ! あんなにたくさん蜘蛛がいるなんて!」
「でも、車も見つかったんだよね?」
「見つかったけど、とっくに野生化していたよ。ああ、パパになんて言おう……」
翌日、ハリーとロンは昨日の冒険譚をげっそりとした表情で教えてくれた。蜘蛛を追いかけた先にはアラゴグという巨大な蜘蛛と、馬ほどの大きさの蜘蛛が大量にいたそうだ。それで、大蜘蛛が怪物ではないことと、ハグリッドが犯人ではないことを聞いたらしい。ふむ、おれの考えはやっぱり間違いではないみたいだ。ちなみにおれが渡した食料については、危うく蜘蛛たちに食べられそうになったときに渡したらすんなり解放してもらえたらしい。役に立ったようで何よりである。
「それにしても、どうしてあんなにたくさんの食べ物を用意してくれていたの?」
手紙の指示です、なんて言っても信じてもらえないだろう。ここはそれらしいことを言っておこう。
「来年から占い学を取るんだけど、その一環で少し占ってみたら、そういう結果が出たんだ」
「へえ、エドガーも占い学を取るんだね。僕たちも取るつもりなんだ」
「そっか。じゃあ授業で一緒になることがあるかもね」
どうやら誤魔化せたようだ。
「ところで聞いたかい? こんな状況なのに、期末試験をやるって!」
「ああ、聞いたよ。あまり復習していなかったから、今から取り組まないとね」
「エドガーって素行不良なのにこういうとこは真面目だよね」
「成績優秀の素行不良だからね」
「ちょっと待って、本当にグリフィンドールでのおれの評価ってそんな感じなの?」
「もちろん」
ジニーの冗談だと思っていたのに……。
「……まあ、否定はできない。それよりもロン、あれから杖の調子はどう?」
「うまく使えている。少なくとも、前の杖よりも使い物になるよ」
「それはよかった。それなら無事に試験を受けられるね」
「ああもう、今一瞬試験の事を忘れていたのに、どうして思い出させるかな」
「ふふ。ごめんごめん」
ハリーのポジションがエドガーに奪われているような気がしますが、ご安心ください。
ジニーとの恋愛フラグは立ちません。彼女とは友情のみです。
次回はいよいよ部屋に乗り込みます。
※8/23内容変更しました
・アーニーの選択科目「占い学」out 「マグル学」in
・アルマ 「数占い」out 「占い学」in