「『彼』にそのような能力があるなんて、まったく知りませんでした」
「……もう一度手紙を送るべきでしょうか。『もう何もせず、おとなしくしていなさい』と」
「さて、どういうことか説明してもらおうか」
ハッフルパフ談話室で、おれは黄色と黒のソファに座らされ、両隣と背後を固めるアーニー、アルマ、ハンナによって逃げ道を塞がれている。向かい側のソファにはザカリアスがいて、少し離れた場所でスーザンとジャスティンが見守っている。
「あー、その、おれにもよくわからなくて……」
「わからない?」
「今までこんなことなかったし、まさか自分がそうだなんて、まったく思っていなかったから。それに、完璧に話せるわけでもないし……」
「しかし、君は実際に
「――スリザリンの継承者。ザカリアスがこんなに手放しで褒めてくれるのに喜べないなんて、まったく残念だよ」
事の発端は今朝までさかのぼる。
アーニーを先頭にジャスティン、ザカリアス、おれの並びで玄関ホールを歩いていると、掲示板の前にちょっとした人だかりができていた。そこには第一回目の「決闘クラブ」の開催を告げる真新しい羊皮紙が出されていて、せっかくだからとおれたちは七人全員で参加することにしたのだ。
時を進めて、その晩の八時。開催場所である大広間に行くと、食事用の長いテーブルは取り払われ、一方の壁に沿って金色の舞台が出現していた。ほとんど学校中の生徒が来ているようで、ハッフルパフのクィディッチメンバーのイヴとヘンリーや、ハリー、ロン、ハーマイオニーのいつもの面々なども集まっていた。
やがて、金色の舞台にきらびやかに深紫色のローブをまとったギルデロイ・ロックハートとその背後にスネイプ先生が現れて模範演技(内容については割愛するけど、ロックハートが無様で、スネイプ先生が手練れだったことだけ伝えておく)を見せてから、生徒を二人一組に分けていった。
ジャスティンはグリフィンドールのネビルと組み、アーニーはアルマと組んで、ハンナはスーザンと組んだ。ザカリアスはスリザリンのセオドール・ノットで、おれは同じくスリザリンのブレーズ・ザビニとだった。ちなみに組み分けしたのはスネイプ先生だったので、たぶんおれを仲の良い人と組ませたくなかったんだと思う。さすがにここまで徹底されると悲しいよね。あとザビニからはやたらと姉妹や同じ年頃の女子の親戚の有無を尋ねられた。残念ながらいない。
問題が起きたのは各々が「武装解除術」をある程度練習した後、ハリーとマルフォイがモデルとなって術を披露するときだ。この二人は練習の時から武装解除術以外の魔法をかけあっていたから、今回もそうなると思ったら案の定だった。
「サーペンソーティア! ヘビよ出よ!」
マルフォイが大声で怒鳴ると、杖先からは長い黒蛇が飛び出したのだ。蛇は二人の間に落ちて、鎌首をもたげて攻撃の態勢を取った。周りの生徒は悲鳴をあげ、あとずさりして、そこだけが広く空いた。マルフォイやスネイプ先生が、ハリーが身動きできず、怒った蛇と目を見合わせて立ちすくんでいる光景を楽しんで見ている。
「私にお任せあれ!」
そんな空気を打ち破ったのはロックハートで、彼は蛇に向かって杖を振り回すと、大きな音と共に蛇が二、三メートル宙を跳び、床に叩き付けられた。蛇はますます怒り狂って、近くにいたジャスティン目がけて滑り寄り、再び鎌首をもたげ牙を剥きだしにして攻撃の構えを取った。ただでさえスリザリンの継承者に狙われるんじゃないかと不安になっているジャスティンだから、この蛇の行動は大分応えてしまったらしく、瞬く間に顔が恐怖一色で染まってしまった。ロックハートほんと許さない。
何を思ったのか、そこで今まで動けなかったハリーが蛇に近づいた。
「―――――、
ハリーがシューシューという蛇のような声――パーセルタング、「蛇語」だ――を叫ぶと、蛇はおとなしくなって平たく丸まり、従順にハリーを見つめた。
ああ、これはまずいことになりそうと思った矢先、ジャスティンが叫んだ。
「いったい、何を悪ふざけしているんだ?」
ジャスティンはハリーに何か言う暇を与えず、背を向けて怒って大広間から出て行ってしまった。その後ろをアーニーとハンナ、スーザンが追いかける。アルマとザカリアスはしばらく迷った素振りを見せたが、この出来事の顛末を見届けるためにこの場に留まった。思えば、この時二人も一緒に行ってくれれば、少なくとも今のような厳戒態勢での取り調べを受けることはなかったはず。今更言っても仕方ないけど。
ジャスティンが出て行ったあと、スネイプ先生が進み出て杖を構えた。蛇が消されることを感じ取ったおれは、なんということでしょう、盾の呪文で防いでしまったのです。いやあ、魔法で出されたとはいえ生きているし、むやみに消すのも良くないと思って……。想像どおりスネイプ先生は、それはもう恐ろしい顔で見てきた。怖い。
「
視線から逃れるために、蛇に近づいて手を差し出すと、蛇は素直におれの腕に巻き付いた。森の近くに放してあげようかな、とか考えながら大広間から出て行くおれは、その背中に受ける鋭い探るような視線や、こそこそと囁かれる不吉な言葉に気が付かなかった。
さて雪が舞う薄暗い外を駆けて、禁じられた森の入り口付近に蛇を放し、そのままハッフルパフの談話室に戻ったところで、最初の状況になったわけである。
その時は全く気が付いていなかったけど、おれは蛇に手を伸ばす前にパーセルタングを話していたらしい。自分では人間の言葉で「こっちにおいで」と言ったつもりだったのに、ザカリアスやアルマが言うにはシューシューという声にしか聞こえなかったとのこと。……うん、紛うことなき蛇語です。
「で、ポッターは蛇になんと言ったんだ?」
「僕にけしかけたに決まってます!」
ザカリアスの問いに、横からジャスティンが悲痛な声で答える。ごめんジャスティン、そうじゃないんだ。
「おれも全部聞き取れたわけじゃない。けど、『去れ』と言っていた」
「それじゃあ、ポッターはジャスティンを守ろうとしていたってこと?」
「いや、わからない。……こんなことは言いたくないが、エドガーが嘘をついている可能性だってある」
「アーニー、さすがにそれは傷つくなあ」
「君を疑っているわけじゃない。あくまで可能性の話だ。だが、同じ学年にパーセルマウスが二人もいるなんて不自然だろう? スリザリンの継承者は二人いて、グルになっている。そういう考えが出るのも不思議じゃない」
「……それにさ、エドはフィルチの飼い猫が石になったとき、第一発見者だったよね。それからクリービーの時は……ポッターにはアリバイがあったけど、エドにはない」
アーニーとアルマの追撃は効果抜群すぎた。
「そういうわけだからエドガー、それからジャスティンも。しばらくは部屋に隠れるとかして、目立つ行動は控えるように。それと、ポッターとは極力接触しないようにすること。いいかい?」
+
翌朝は、前夜に降り出した雪が大吹雪になり、学期最後の薬草学の授業は休講になった。スプラウト先生がマンドレイクに靴下をはかせ、マフラーを巻く作業をしなければならないからだ。厄介な作業なので誰にも任せられないし、特に今は蘇生薬を作るためにマンドレイクが一刻も早く育ってくれることが重要だった。
エドガーとジャスティンは前日にアーニーに言われたように、朝から談話室を一歩も出ずに過ごしていた。変身術の授業に行くイヴとヘンリーを送り出し、図書館で調べ物をすると言ういつものメンバー五人を送り出し、がらんとした談話室で魔法チェスをしながら時間を潰していた。
「エドは本当にスリザリンの継承者じゃないんですよね?」
「もちろん。もし継承者だったら、今ごろジャスティンは医務室だよ」
「それもそうですよね……」
「それにさ、そうだったとしても、ジャスティンはおれの友達であって敵じゃないでしょ? だったら襲わないよ。……まあ、友達だと思っているのはおれの方だけかもしれないけど」
「そ、そんなことないですよ! 僕にとってもエドは大切な友達です」
「……そう言ってもらえると助かる。チェック」
一方そのころ、図書室ではアーニーを中心にハンナとアルマが集まって、夢中で何かを話していた。スーザンとザカリアスは別のところで、手当たり次第に本を読み漁っては「これじゃない」とか「違う」とかぶつぶつ言いながら、熱心に調べ物をしている。
「エドガーの手前ああ言ったが、僕はポッターだけが継承者で単独犯じゃないかと疑っているんだ」
「え、エドは?」
「昨日言っていただろう。エドガーはポッターの言った言葉を全部理解できたわけじゃないって。本当に継承者なら、中途半端にしか蛇語がわからないなんてあるはずないんだ」
「ああ……それもそうだよね。じゃあ、やっぱりポッターが怪しいんだ」
「でも、エドガーは昨日、ポッターは蛇を追い払おうとしてたって言ったよね? そうだとしたら、ポッターも継承者じゃないんじゃないの?」
「ハンナ、エドガーの性格をよく思い出してみろ。あいつは誰にでも友好的に接するし、懐に入れたやつにはなおさら甘い。エドガーはこれまでポッターと交流があったから、かばっている可能性だってある」
「――それは、ないな」
会話に入ってきたのはザカリアスだ。分厚い本を何冊か抱えたまま、呆れた顔をしている。調べ物の途中に聞こえた言葉に反応し、思わず来てしまった。そういったところだろう。
「エドは確かに甘いが、善悪の区別くらいはつく。いくら友情を重んじるとはいえ、これから先友人を襲うと思われるやつをかばうと思うか?」
「そうよ。それに、これまでエドガーが私たちに嘘をついたことなんて一度もなかったわ。アーニー、あなたはエドガーを信じないの?」
いつの間にかスーザンも来て、ザカリアスの隣に並んでいる。
アーニーは一瞬言葉に詰まったが、やがて目を閉じてから大きなため息をついた。
「……僕だってエドガーを信じているさ。だが、君たちもエドも純粋すぎて心配になるんだ。だから、せめて僕くらいは違う立場にいた方がいいと思っただけさ」
五人は気づかない。彼らの会話を最初から聞いていた人物がいることを。そしてその人物が、噂のハリー・ポッターであることを。
ハリーはジャスティンを探していた。昨日の決闘クラブでの蛇とのやり取りについて説明したかったし、同時に自分と同じく蛇語を話したエドガーのことも聞きたかったからだ。それで、あちこち探し回って図書館に辿り着き、彼らの話を聞いた。ハリーは肩に入っていた力が急速に抜けていくのを感じた。――エドガーは、僕を信じている。そして、エドガーを信じる彼らも僕のことを信じてくれている。たった数名の信頼でも、今や全校生徒から疑いの目を向けられるハリーにとっては救いだったのだ。彼は何も言わないで図書室を後にした。これなら、弁解する必要もなさそうだったから。
+
「あれ、どこか行くんですか?」
チェスもひと段落して暇になってしまった。ザカリアスたちはまだ戻ってこないし、他のみんなは授業中だ。どうにかして時間を潰したかったおれは、ふと思い立って立ち上がった。
「厨房に行ってみんなと遊んでくる」
「みんなって……屋敷しもべ妖精たちのことですか?」
ホグワーツには百人以上の屋敷しもべ妖精が雇われていて、主に日中は厨房で働いている。生徒たちが厨房に顔を出すと、彼らは喜んでお茶やお菓子でもてなしてくれるのだ。実はハッフルパフで定期的に行われるお茶会も、ほとんどは彼らから提供された食器や食品を使用している。
「そう。ジャスティンも一緒に行く?」
「そうですね。ここにいてもやることがないので、一緒に行きます」
二人で談話室を出て、寮のすぐ近く、厨房の外にある絵画の梨をくすぐる。梨は笑いながら身をよじり、大きな緑色のドアの取っ手に変わった。それを掴んで扉を開き、中に入ると、たくさんのしもべ妖精が出迎えてくれる。
「これはこれは、エドガー坊ちゃん! 本日もチョコレートを?」
「うん。カルビンはいる?」
カルビンは、おれが初めて厨房に来た時からよくしてもらっているしもべ妖精だ。チョコレートを使ったお菓子作りが得意で、今やすっかりおれのお気に入りである。
「いますとも! すぐに呼んでまいりましょう!」
一番近くにいた一人がパタパタと駆けて行くのと入れ違いに、ティーセットを持った二人がやってきて、そのうちの一人がおれの手を引いてテーブルの前に座らせた。カップが一つ用意され、良い香りがする紅茶が注がれる。……一つ? 異変を感じてあたりを見回すと、ジャスティンの姿がどこにも見つからない。
「ねえ、おれと一緒にもう一人いたはずなんだけど、知らない?」
「ああ、その方でしたら、厨房には入らず別のところへ歩いていきましたよ」
「別のところ?」
「ええ。何かを見つけたような素振りでしたが……坊ちゃん、どちらへ行かれるのです?」
「すぐに戻る!」
キーキー叫ぶしもべ妖精に振り返らず言い残して、おれはジャスティンが向かったであろう方向へ走り出した。
……なんてことだ、こんな状況で彼から目を離して一人にしてしまうなんて! 継承者に襲ってくださいと言っているようなものじゃないか!
道行く人にジャスティンが来なかったかと尋ね歩き、辿り着いたのは薄暗い廊下だった。はめ込みの甘い窓ガラスの間から、激しく吹き込む氷のような隙間風が、松明の明かりを消してしまっている。
廊下の向こう側から人影が走ってきて、何かに躓いて倒れた。……ハリーだ。ハリーがつまづいて倒れた。何に? ……ついさっきまで一緒にいた
それだけじゃない。ジャスティンの隣にもう一人いる。元々透明な真珠色だった体は黒く煤けて、床から浮いたままピクリとも動かない、グリフィンドールのゴーストの「ほとんど首無しニック」が、ジャスティンと同じように顔に恐怖を貼り付けた状態で、固まっている。
「あ……エドガー……違う、僕じゃなくて……」
「知っている。むしろ先に来ていたのはおれだ」
彼らのもとに駆け寄ると、ハリーが冷や汗を浮かべながら、息も絶え絶えに告げた。
動揺するハリーをなだめて、何か痕跡がないかと廊下のあちこちを見回すと、蜘蛛が逃げるように、一列になって全速力で移動しているのが目に入った。それ以外に何かないかと探していると、すぐそばの戸が勢いよく平いて、ポルターガイストのピーブスが飛び出してきた。……面倒なやつに見つかってしまった。
「襲われた! 襲われた! またまた襲われた!」
ピーブスは予想通り、止める間もなく大声で騒ぎだした。次々と廊下の両側のドアが開いて、中から人が出てくる。場は一気に混乱して、ジャスティンは踏みつぶされそうになったり(壁際に運ぶことで安全を確保した)、首無しニックの体の中で立ちすくむ生徒たちが何人もいた。先生たちは大声で「静かに」と怒鳴っている。
数分経ってマクゴナガル先生が走ってきた。後ろには白と黒の縞模様の髪になったイヴがいたけど、そのことについて尋ねている場合ではない。マクゴナガル先生は杖を使って大きな音を出し、静かになったところで、みんな自分の教室に戻るように命令した。なんとか騒ぎが収まりかけたそのとき、ハッフルパフのいつもの面々が息せき切ってその場に現れた。
「エドガー、それにポッターも……」
顔面蒼白のアーニーが力なく呟いた。
「やっぱり僕たちの考えは甘すぎたのか? どちらかが犯人なのか?」
「アーニー……」
「エド、君がやったのか? それともポッターか?」
「違う、ハリーもおれもやっていない。でも、ジャスティンが襲われたのはおれのせいだ……」
そうだ。おれがおとなしく談話室にいれば、こうしてジャスティンが襲われることはなかったはずだ。
ピーブスが上の方でニヤニヤと意地の悪い笑いを浮かべる中、先生たちは屈みこんでジャスティンとニックを調べた。途中でピーブスが高らかに歌うのをマクゴナガル先生が一喝すると、ピーブスは舌を出しながら消えて行った。
ジャスティンはフリットウィック先生と天文学科のシニストラ先生によって医務室に運ばれた。ニックはマクゴナガル先生が空気で大きなうちわをいくつか作り上げて、それを近くにいたアーニーたちに持たせて、階段の一番上まで煽り上げるように言いつけた。
「おいでなさい、ポッター、クロックフォード」
残されたおれとハリーは、マクゴナガル先生に連れられて黙って廊下を歩いた。角を曲がって、途方もなく醜い大きなガーゴイル像の前につくと先生は立ち止まった。
「レモン・キャンデー!」
これを合言葉に、怪獣像は突然生きた本物になり、ぴょんと跳んで脇に寄り、その背後にあった壁が左右に割れた。壁の裏には螺旋階段があり、滑らかに上の方へと動いている。先生とハリーと一緒に階段に乗ると、三人の背後で壁が閉じた。螺旋状に上へ上へと運ばれた先には輝くような樫の扉があって、その扉にはグリフィンをかたどったノック用の金具がついている。
おれとハリーは、たぶん同時にわかったと思う。ここが、ダンブルドア先生の住まいに違いない、と。
設定その6
カルビン
今回は名前のみ登場。原作には登場しない、ホグワーツで働く屋敷しもべ妖精。古株。
エドガーが初めて厨房に来たときにガトーショコラを振る舞って以来、彼からはとても懐かれている。
ちなみに今回彼や他の屋敷しもべ妖精が用意した紅茶とお菓子は、後でハッフルパフのメンバーが美味しくいただきました。