「去年よりもインパクトには欠けますが、確実性ならこちらの方が上かと」
「これでうまく原作通りに事が進めば良いのですが……はてさて、どうなることやら」
ハロウィーンが近づき、大広間はいつものように生きた蝙蝠で飾られ、森番のハグリッドが育てたという巨大なかぼちゃは、中身をくりぬかれて大人三人が十分座れるぐらい大きな提灯になった。
生徒たちはパーティーを心待ちにし、ダンブルドア校長が余興用に「骸骨舞踏団」を予約したとの噂が流れると、その熱気はさらに勢いを増した。
「骸骨舞踏団、ですか?」
「ああ、ジャスティンは知らないのか。魔法界では有名な音楽団だぞ」
ハッフルパフのいつもの面々とて例外ではなかった。
教室移動の最中、ジャスティンがぽつりと呟いたその言葉に、まずはアーニーがいち早く反応した。
それから、補足するようにおれも言葉を繋げる。
「『死の舞踏』って知っているかな。マグルの世界でも骸骨が踊っている絵画とか、サン=サーンスやリストの音楽が有名だけど」
「ああ、それならわかります。ということは、もしかしてあの躍る骸骨たちは、画家が想像で書いたものではなくて実物の……?」
「ええ。彼らがモデルと言われているわ」
「それは……すごいですね!」
「でしょ! ハロウィーンはもうすぐだから、それまで楽しみに待っていてよ!」
スーザン、アルマも続く。
一通りの説明を受けたジャスティンはきらきらと瞳を輝かせることになった。
……それは、闇の魔術の対する防衛術の教室に辿りつくまでのほんの短い間だけだったのだけど。
「よしよし、みなさん揃ったようですね!」
ピクシー小妖精の事件以来、ロックハートはどのクラスの授業でも生き物を持ってこなくなった。その代わり、自分の著書を拾い読みし、ときにはその中でも劇的な場面を演じて見せた。要するに、防衛術は演劇の授業に成り下がったというわけだ。
グリフィンドールでは、可哀そうなことに当初から目を付けられているハリーが演劇の相手役に指名されることが多いらしい。レイブンクローやスリザリンには決まった相手役はおらず、専らロックハートの気紛れによって選ばれている。そして、ハッフルパフは悲しきかな、おれが指名率ナンバーワンを誇っている。……まあ、そうなるようなきっかけに「心当たり」があるから、あまりとやかく言えないんだけど。
まともな授業をしない上に、いつも自分が主人公で生徒にはやられる役ばかりやらせるロックハートは、今や生徒の大半の信用を失っていた。あれほど熱を上げていたジャスティンやハンナ、アルマたちでさえ、教室に入る前に一度ため息をつくほどだ。
そんな様子を見てスーザンは数日前に
「だから言ったのよ。役に立たないって。この著書だってなんだか胡散臭いただの冒険小説だし、最初の授業であんなテストを配る教師なんて大したことないのよ。もう……あなたたちは私の信頼する素敵な魔法使いと魔女なんだから、もっと人を見る目は養わなくちゃだめよ?」
と、背後に何か黒いオーラの見える微笑みを浮かべながら三人を叱っていた。当事者の三人だけでなく、そのすぐ近くでティー・タイムを楽しんでいたザカリアスとアーニーも震え上がらせていたことを、彼女は知らない。
「へえ、スーザンの言ってた『素敵な魔法使い』って、みんなの事だったんだね」
「ええ。もちろんあなたも入っているのよ」
「……見かけによらず友情に厚いんだな」
「あらザカリアス、一応あなたも含まれているけれど、一人だけ除外しても私は一向に構わないのよ?」
「まあまあ。ザカリアスも悪気があって言ったわけではないと思うぞ。友人を思う君の気持に感動したんじゃないか?」
「素直じゃないよね、ザカリアスは」
「本当。面倒ね」
そう言ったスーザンは、言葉とは裏腹にとても楽しそうな表情を浮かべていた。
さて、話を戻して防衛術。
「では、本日のお相手はミスター・クロックフォードにお願いしましょう!」
ロックハートの餌食、もとい指名を受けたのはおれだった。この流れもすっかりお馴染みになってしまったよね。嬉しくない。
無言で肩を叩くアーニーと憐れみを込めた視線を送るザカリアス、「がんばってね」と努めて明るい声を出すハンナらに送り出されながら、おれは意を決して、彼らとは対照的に輝く笑顔を浮かべたロックハートの元へ向かった。
いつも思うけど、この綺麗な歯並びを見せつけるわざとらしい笑顔は、毎日鏡と向かい合いながら練習して身に着けたのだろうか。別に知りたいとは思わないけど。
「では、今回は『バンパイアとバッチリ船旅』を読みましょう! ミスター・クロックフォード――長ったらしいのでエドガーと呼んでもよろしいですね? エドガー、君には吸血鬼の役を演じてもらいますよ。ええ、私に倒されて、レタスしか食べなくなったこの吸血鬼です!」
何か口を挟む暇もなく芝居が始まってしまう。
おれは雰囲気づくりのためか、着ていたローブを脱がされて真っ黒なマントを身に着けさせられた。この授業、本格的に演劇に移行しているような……。
「エドガー、そう、そこで私に襲い掛かって――ええ、私は咄嗟に彼を避け――体勢が崩れたところを――こんなふうに――押さえつけた――それから杖を喉元につきつけて――エドガー、君は杖を構えなくていいんだ」
さすがにマウントポジションを取られたら抵抗せざるを得ない。
「――そうして呪文をかけると――敵の牙が抜け落ち――人間になった。しかも、えり好みの激しい菜食主義で、レタスしか食べなくなりました。こうして、トランシルヴァニアの森の周辺に住む人々は、吸血鬼に襲われる恐怖から救われ、私を永久に英雄と称えることになったわけです。さあエドガー、もう着替えていいですよ。なかなか悪くない演技でした」
マントを脱いで着慣れたローブ姿に戻り、自分の席に戻るとみんなから労わるような視線が送られる。隣の席のアーニーもこっそり「お疲れ。あとでお茶会を開こう。君の好きなチョコレート菓子をたくさん用意しておく」と耳打ちしてきた。嬉しい。
終業のベルが鳴ると、みんなは鳥籠から放たれた鳥のように一斉に教室から出て行った。ザカリアスたちいつもの面々も足早に教室を出て行こうとするが、おれが席を動かないのを見てその足を止めた。
「どうしたんだ、エド」
「少し用事があって。大丈夫、すぐ戻るから、先に行ってて」
「……ああ、いつものか。まったく、君の考えていることはわからないな」
「おれも、わからないよ」
ザカリアスはため息をついて「次の授業に遅れるなよ」と告げてみんなと一緒に寮へ戻っていった。
おれはそんな後ろ姿を見送ってから、ロックハートの元へ向かう。
「ロックハート先生、今日もありがとうございました」
「いや、なに、大したことではありませんよ! それで、今日もサインをすればいいんですね? いいでしょう、私の演劇に一役買ってくれたお礼です!」
眩しい笑顔を浮かべながら、彼はおれの差し出した羊皮紙にすらすらとサインを書いた。受け取ったそれを丁寧にしまって、教室を後にする。
……種を明かそう。おれがなぜ好きでもない教授のサインをもらっているかと言えば、かの「閲覧禁止」の書籍を読むために他ならない。
「禁書」の棚にある本は借りるには、誰か先生にサインをもらわなければならない(もっとも、去年ハリーは透明マントを着て忍び込んだらしいけど)。そしてそれには、“サインをする間だけ動かないでじっとしている物なら、何にでもサインする”と評されるロックハートが適任なのだ。
――と、そのようなことが書かれた、
同じ字の手紙を受け取ったのは、去年のハロウィーン以来だ。
その時に書かれていたのはよくわからないメッセージ(『夢の内容を思い出してごらん』)と三つの呪文だったけど、今回書かれていたのは一年間の行動指針のようなものだった。
例えば、さっき伝えたように「禁書」の本を読んでいくつかの事柄について調べておくことだとか、ハリーのことは信じること(そんなことを書かれなくても、おれは友達は裏切らない主義だ)とか、ハーマイオニーに猫の毛と人の毛を間違えないように忠告するとか。……手紙を受け取った時には特に何とも思わなかったけど、今こうして考えてみると、首を傾げたくなる指示ばかりだ。
ちなみにここから一番近い指示だと、ハロウィーンには絶命日パーティーかハロウィーンパーティーのどちらかに絶対参加すること、とある。
すでに前者はハリー、ロン、ハーマイオニーのいつもの仲良し三人組からお誘いを受けたときに、申し訳ないけど丁寧にお断りさせていただいた。蛙チョコレートをこの間のお詫びニ十個プラス十個と、太った修道士も参加するという条件でうっかりイエスと言いそうになったけど、おれだって骸骨舞踏団とご馳走(主にデザート)が楽しみなのだ。そう簡単には譲れないので、せめてもの忠告、もとい例の手紙にあった指示として、パーティーの前にはお腹を満たしておくことを推奨した。確かに死人のパーティーで人間の食べ物が出るとは思えないからね。
そういうわけで三人には悪いけど、この選択がおれにとって最善なのだ。みんなと楽しめるし、手紙の指示も守れる。だから、おれはハロウィーンパーティーに出るよ。
そんなふうに考えていた時期がおれにもありました。
ハロウィーン当日。おれは大広間にも、ましてや絶命日パーティーの会場にもいなかった。
「すっかり風邪のブームは去ったと思っていましたが……あなたは少し、流行おくれのようですね」
「……そのようです」
当日に風邪を引くという、いっそ褒められてもいいような偉業を達成したおれは、朝から医務室のお世話になっていた。
元気爆発薬の在庫も運悪く底をついているらしく、ひたすら眠って体力を回復させるしか方法がなかった。魔法の発達した世界で、なんと原始的な……。
それでも夕方には症状も収まって、これなら急いで大広間に行けば骸骨舞踏団に間に合うかもしれない! ……と、ぬか喜びしたのもつかの間。
「パーティーには出さないようにと校長先生に言われています」
無慈悲な一言により、その夢も完全に打ち砕かれた。
別にいいもん。骸骨舞踏団はこれから先もう一度くらいは見る機会があるだろうし、ハロウィーンパーティーだってあと五回ある。あの手紙だって、要するにあの時間帯には下手に移動するなと言いたかったんだ。それなら、ここにいればその指示も達成できる。だからいいんだ。うん。平気平気。
そんな感じでベッドの上で落ち込んでいたおれを見て、マダム・ポンフリーはくすりと笑った。
「ですが、パーティーの様子は見せてあげてほしい、とも仰っていましたよ」
「? それは、どういう……」
「こういうことです」
マダム・ポンフリーはポケットから眼鏡を二つ取り出した。片方は自分でかけて、もう片方をおれに差し出す。疑問を覚えつつ、受け取った眼鏡をかけると――そこには、大広間の様子が映っていた。
「ダンブルドア校長のお手製ですよ。詳しい原理はわかりませんが、曰く校長のかけている眼鏡に映った映像が、こちらに転送される仕組みだそうです」
ありがたい。一生徒にここまでしてくれるなんて。心の中でダンブルドア先生に両手を合わせながら、目の前の景色に集中する。
大広間は薄暗かった。
床は地面を這う真っ白な煙で覆われ、あちこちに石の墓石が立っている。
やがて夜中の12時を告げるハープの音が鳴り響くと、どこからか真っ黒な衣装に身を包んだ死神が現れ、ヴァイオリンでそれらしい不協和音を奏で始めた。
……正直、この時点で大広間の生徒たちも、おれもすっかり雰囲気に飲み込まれていた。
『ジグ、ジグ、ジグ、墓石の上
踵で拍子を取りながら
真夜中に死神が奏でるは舞踏の調べ
ジグ、ジグ、ジグ、ヴァイオリンに乗せて』
墓石から骸骨が飛び出す。団員が変身術で体を骸骨にしているらしい。
演じているのが人間だけに、骸骨とは思えない力強く、それでいて軽やかなダンスが繰り広げられる。
王冠を被った骸骨、修道服の骸骨、農具を持った骸骨、花飾りを付けた骸骨、薄衣をまとった骸骨。個性的で無個性な「死」が、舞台の上を所狭しと走り飛ぶ!
『ジグ、ジグ、ジグ、体を捩らせ
踊る者どもの骨がかちゃかちゃと擦れ合う音が聞こえよう』
王冠を被った骸骨と薄衣をまとった骸骨が中心でワルツを踊り、その周りを他の骸骨が骨を鳴らしながら踊っている。そのすぐそばでは、死神が優雅にヴァイオリンを弾いたままだ。
やがて骸骨たちはそんな死神を中心に、全員が手を繋いで大きな円を作り出した。
誰もが彷徨い、踊り、飛び跳ねる。彼らの動きもヴァイオリンの音も激しさを増し、そして――
『静かに! 突然踊りは止み、押しあいへしあい逃げていく
暁を告げる鶏が鳴いたのだ』
どこか遠くで鶏が鳴くのをきっかけに、骸骨たちは散り散りとなって元の場所、あちこちに立っている墓石の下に戻っていった。
後に残ったのは、穏やかな音を奏で続ける死神だけ。
『ああ、この哀れな世にしてなんというすばらしき夜
死と平等に祝福あれ!』
最後に死神が一礼して姿を消し、大広間は太陽の光が差し込んだように明るくなった。
しばらくの静寂の後、座席からは割れんばかりの拍手と歓声が湧いた。
現場から離れたところにいるおれも、慎ましやかな拍手を送っている。……すごかった。まるで魔法にかけられたように、彼らの世界に惹きこまれていた。
外した眼鏡をマダム・ポンフリーに回収され、しばらくはたった今見た景色について彼女と語り合い(マダム・ポンフリーは骸骨舞踏団の大ファンだった)、少し時間が経った頃に「もう戻ってよろしいですよ」とのサインをいただいて、おれは浮足立った気分で医務室を後にした。
何だかんだでハロウィーンパーティーにまだ少し未練があったので、寮に戻る前に大広間に寄っていくことにした。あわよくばデザートも頂こうかな、なんて思いながら。
玄関ホールに出たところで、見覚えのある三人組を見かけた。ハリー、ロン、ハーマイオニーだ。絶命日パーティーの帰りだろう。
声を掛けようとしたけど、三人……というより先頭にいたハリーが切羽詰まった表情で大理石の階段を全速力で駆け上がり始めたので、思わずつられて追いかけてしまった。幸い三人は気づいていないようだけど……動くものを追いかけるなんて、まるで犬みたいだ。なんとなく複雑な気分。
「ハリー、いったい僕たち何を……」
「シーッ!」
ロンの声を遮って、ハリーはあたりの様子を探っている。おれも真似して耳をそばだててみると、かすかな声で何かが聞こえた気がしたけど、きっと気のせいだろう。
「誰かを殺すつもりだ!」
ハリーはそう叫ぶなり、ロンとハーマイオニーを無視して三階への階段を、一度に三段ずつ吹っ飛ばして駆け上がっていった。二人も慌ててそれを追い、少し距離を空けておれも追跡する。傍から見たら、たぶん変な光景なんだろうな。
息せき切って追いかける二人を気にせず、ハリーは三階をくまなく飛び回った。角を曲がり、最後の、誰もいない廊下にでて、やっと動くのを止めた。朝から今までずっとベッドに横になっていたおれには、わりとハードな運動だ。
「ハリー、いったいこれはどういうことだい? 僕にはなんにも聞こえなかった……」
「見て!」
ハーマイオニーが息をのんで廊下の隅を指差した。それに気づいたハリー、ロン、そして後ろから様子を窺っていたおれも、しばらくは動けなくなった。
“秘密の部屋は開かれたり 継承者の敵よ、気をつけよ”
壁に塗り付けられた文字は松明に照らされて鈍い光を放っていた。
床には大きな水たまりができていて、松明の腕木には管理人、フィルチさんの飼い猫であるミセス・ノリスが尻尾を絡ませてぶら下がっている。ピクリとも動かず、目は大きく見開いたままだった。
「ここを離れよう」
ロンが言ったときにはもう遅く、パーティーが終わって雷鳴のようなざわめきを伴いながら、何百と言う生徒が階段を上がり、廊下に現れた。咄嗟に近くにあった銅像に身を隠し様子を見ていると、前方の生徒が猫を見つけた途端、すべての音が消えて、沈黙が生徒たちの群れに広がった。彼らがその光景を前の方で見ようと押し合いをする中、傍らでハリー、ロン、ハーマイオニーが廊下の真ん中に取り残されていた。
やおら、静けさを破って誰かが叫んだ。
「継承者の敵よ、気をつけよ! 次はお前たちの番だぞ、『け――』」
「シレンシオ、黙れ」
人垣を押しのけて最前列に進み出たのは、かつてハーマイオニーを『穢れた血』と罵った、スリザリンのドラコ・マルフォイだった。
明らかにまた良くない言葉を使う気配が感じ取れたので、姿を隠したまま、思わず魔法で黙せてしまった。ごめん。すぐに呪文を解いたけど、彼はそれで興が削がれたようで、その後何かを言うことはなかった。
やがてフィルチさんがやってきて、ミセス・ノリスを見た瞬間恐怖のあまり手が顔を覆い、あとずさりした。「わたしの猫だ!」と金切り声で叫んでいる。そして、彼の目はハリーを捉えた。
「おまえだな! おまえだ! おまえがわたしの猫を殺したんだ! 俺がおまえを殺してやる! 俺が……」
「アーガス!」
ダンブルドア先生が数人の生徒を従えて現場に到着した。ハリーたちの脇を通り抜け、ミセス・ノリスを松明の腕木から外した。
「アーガス、一緒に来なさい。ポッター君、ウィーズリー君、グレンジャーさん。君たちもおいで。……それから、クロックフォード君も」
ばれてた。
銅像の陰から出てきて、驚いた顔をする三人に眉を下げた笑みで返す。
ロックハートがいそいそと進み出て、おれたちは彼の部屋に向かうことになった。人垣が無言のまま左右に割れた。モーセだ、とか考えてる場合じゃないよね。
ダンブルドア先生を先頭に、得意げな様子のロックハートが続き、マクゴナガル先生とスネイプ先生、それからおれたち生徒四人の並び順で海……じゃなくて人垣の間を通っていく。
ロックハートの部屋は壁面に自分の写真が飾られた、なんというか“良い趣味”の部屋だった。本物のロックハートが机の上の蝋燭を灯して後ろに下がった。ダンブルドア先生はミセス・ノリスを磨かれた机の上に置き、丁寧に調べ始めた。その間、ロックハートはいつものようによく動く口でぺらぺらと喋り、フィルチさんが激しくしゃくりあげる声を合いの手にしていた。ハリー、ロン、ハーマイオニーは蝋燭の灯りが届かないところでぐったりと椅子に座りこみ、おれはと言えば邪魔にならない位置でミセス・ノリスの様子を見ていた。
彼女はつい先ほど剥製になったばかりの猫のように、少しも動かなかった。許可をもらって少し触らせてもらうと、とても冷たく、それに石造のように固まっていた。まるで、死んだというよりは、そのまま石になってしまったかのようだ。
「アーガス、猫は死んでおらんよ」
「死んでない?」
フィルチさんは声を詰まらせ、指の間からミセス・ノリスを覗き見た。
「それじゃ、どうしてこんなに――こんなに固まって、冷たくなって?」
「石になっただけじゃ」
なんと。おれの考えはあっていたようだ。
「ただし、どうしてそうなったのか、わしには答えられん……」
「あいつに聞いてくれ! あいつがやったんだ、あいつだ!」
「あの、フィルチさん。お言葉ですが、ハリーはやっていません」
突然横入りしてきたおれに、フィルチさんもハリーも驚いた顔をした。あと、なぜかスネイプ先生が苦い顔をしている。おれって本当にこの先生に嫌われているんだなあ。
「おれは朝から医務室にいて、骸骨舞踏団のパフォーマンスを見て――あ、ダンブルドア先生、眼鏡をありがとうございました(先生はにっこりと微笑んだ)。ええと、その後に医務室から出て、寮に戻る途中で大広間に寄ろうと思ったんです。玄関ホールに行ったところで三人を見つけてこっそり追跡して、彼らがすでにあの状態になったミセス・ノリスを見つけたのを見たんです。だから、ハリーの仕業じゃありません」
「ほほう。しかし、それにはいくつか疑わしい状況が存在しますな。まずはミスター・クロックフォード、君がなぜ大広間に寄ろうと思ったのか。ポッターたちはなぜハロウィーンのパーティーにいなかったのか。そもそも、なぜ三階の廊下まで来たのか」
口元をかすかに歪めて冷笑したスネイプ先生が切り返す。
俺は正直にデザートに未練があったことを伝え、三人は絶命日パーティーの説明をして、ゴーストが証言してくれることを言った。
「それでは、そのあとパーティーに来なかったのはなぜかね?」
「僕たち疲れたので、ベッドに行きたかったものですから」
「夕食も食べずにか? ゴーストのパーティーで生きた人間にふさわしい食べ物が出るとは思えんがね」
「僕たち、空腹ではありませんでした。事前に忠告を受けていたので、パーティーの前にお菓子やケーキを食べていました」
ロンがおれに向かって笑いかけた。忠告が役に立って何よりである。
その後もしばらくやり取りが続いた。「疑わしきは罰せず」で三人はお咎め無しとなり、スネイプ先生はひどく憤慨した。フィルチさんも同様だったが、ミセス・ノリスはマンドレイクの回復薬で治せることを聞くと少し落ち着いたようだった。
「帰ってもよろしい」
ロックハートが出しゃばってスネイプ先生から冷たい声を浴び、気まずい沈黙が流れたところでおれたちは解放された。
三人と別れて寮に戻ろうとしたのに、彼らは「話がある」とおれを引っ張ってロックハートの部屋の上の階まで上り、誰もいない教室に連れてきてドアを閉めた。暗くて様子が見えにくいので、杖を取り出して光を灯す。
「ありがとう、君のおかげで助かったよ」
「大したことはしていないよ」
最初に切り出したのはロンだ。
「でも、あなたのおかげで変な疑いはかけられなくてすんだわ」
「ああ、そのことなんだけど、なんで三人……いや、ハリーか。ハリーはあの場所に行ったの?」
「その理由を話そうと思って連れてきたんだ。その、信じてもらえないと思うけど、声が聞こえたんだ」
「声? 誰の?」
「わからない。ロンとハーマイオニーには聞こえていなかったし。でも、本当に聞こえたんだ。俺様のところへ来い、こんなに長い間待ったんだ、殺してやるって! それを追いかけていたら、あの場所に来たってわけなんだ」
「ハリーだけに聞こえる不思議な声ってこと?」
「たぶん、そう。でも、こんなこと話したら余計に疑われるって思って」
「君の判断は正しいよ。誰にも聞こえない声が聞こえるのは、魔法界でも狂気の始まりだって思われてる」
「うん、ロンの言うとおりだよ」
「でも、それって薄気味悪いわよね。壁に描かれた字もそう。『部屋は開かれたり』……どういうことなのかしら」
「わからないけど……でも、ホグワーツに関することだったら、『ホグワーツの歴史』に書いてあるんじゃないかな」
「そうね。あとで調べてみるわ」
どこかで時計の鐘が鳴った。骸骨たちが踊り出す時間だ。
「午前零時だ」
「早くベッドに行かなきゃ。スネイプがやってきて、別なことで僕たちを嵌めないうちにね」
「スネイプ“先生”だよ。おやすみ」
「君、なぜか去年からスネイプの肩を持つよね。おやすみ」
設定その5
・アカシアに一角獣のたてがみ、二十八センチ、極めてしなやか
・イトスギにセストラルの毛、三十三センチ、柔軟性に富む
・スギの木に不死鳥の尾羽根、二十四センチ、振りやすいが曲がりにくい
エドガーの杖たち。メインはアカシアの杖。
上二つはエドガー以外はほとんど扱うことができない。
スギの杖は現在ロンに貸し出し中。前の杖よりはうまく使えているようだ。
ドラコ・マルフォイ
原作ではお馴染みのスリザリン生。
今のところエドガーとの目立った接触はないが、後々関わってくる(といいなって思います)。
ちなみにエドガーについては、まだ「あの気に食わない三人組とたまに一緒にいる」、「実技の成績は良い」程度の認識しかない。
アーガス・フィルチ
ホグワーツの管理人。スクイブ。
エドガーが苦手。邪険に扱っても脅しても、変わらず接してくるのでどうすればいいかわからない。でも、嫌いではない。