穴熊寮からごきげんよう   作:秋津島

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吾輩はふくろうである。名前はまだない。

……冗談だ。


黄昏色が見る世界

彼を初めて見たのは四月の中ごろだった。暖かな日差しと穏やかな陽気の中で、うとうとしていたところに現れたのを今でもはっきり覚えている。後に飼い主兼友人となるその少年は、じっと籠の中のふくろうたちを眺めては一人で唸っていた。第一印象は、変な人間、だった。

 

少年は翌日もやってきた。ただし、その日彼が足を運んだのはイーロップのふくろう百貨店ではなく、魔法動物ペットショップだった。少年はやはり真面目な顔で猫たちを眺めていた。昨日の印象どおり、変な人間だと思った。

 

少年は次の日からは、二店の間を行き来するようになった。あるときはふくろうを眺めてから猫を眺めてまたふくろうに戻り、またあるときは猫を眺めてからふくろうを眺めて、また猫に戻ったりした。顔を綻ばせながら彼らに触れることも幾度となくあった。けれど、フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリームパーラーでチョコアイスを食べているとき以外、灰色の瞳はずっと真剣な色を湛えたままだった。

 

「あの子、また今日も来てたな。もう四か月近くになるか?」

 

彼が来るようになってから二か月も経つと、二店の店員がこうして閉店後に彼について語ることが多くなった。四か月目を間近に控えた今では、ほぼ毎日のように行われている。ちなみに、場所は大概イーロップのふくろう百貨店内、つまり私たちの目の前だ。

 

「まあ、迷うよなあ。猫もふくろうも、どっちも捨てがたい」

「じゃあ、俺たちで選んであげようか。あの子が気に入ってくれるような子を」

「そうだな。……うちのクルックシャンクスとかはどうだろう。あの子は見た目を気にせず随分可愛がっていたし、賢いからペットにも向いていると思う」

「ああ、いいな。でも、うちにも最近新しいふくろうがやってきたぞ。真っ白できれいな子だ。ふくろうはいると便利だし、こっちもなかなか悪くないと思うが」

「……迷うな」

「そうだな」

 

その時、私は無意識に、己の存在を二人に知らせるように高く鳴いた。二人は顔を見合わせ、しばらく話し合った後、私に笑いかけた。

 

終止符が打たれたのは数日後、7月末の日のことである。いつものように二点を往復していたところに、イーロップの店員とペットショップの店員が話しかけ、顔を見合わせながら私を彼の目の前に押し出したのだ。私の瞳と彼の灰色の瞳が交差する。彼は嬉しそうな顔をして私を引き取り、上機嫌で家に連れ帰った。その日のうちに、私は「ネセレ」という名前をもらった。

 

彼は、エドガーはロンドン近郊の瀟洒な住宅街で祖母と暮らしていた。二人で住むには大きすぎる邸宅は、今まで広くはない店内に押し込められていた私からすれば余計に広く感じた。エドガーの部屋一つとっても、私が自由に飛び回れるほどだったから、家全体は相当のものだったのだろう。

不思議なことに両親の存在を匂わせるもの、たとえば写真とか部屋とか所持品が一切ないのは多少気になったが、エドガー自身も両親についての話題を一言も出さなかったので(彼は私に話しかけることを日課としていた)、きっと祖母が何かしらの細工をしたのだろうと思う。

 

さて、エドガーには少し人と違うところがあった。

特定の人物を見るとよく不思議そうな顔をしたり、時には頭痛を起こしたように頭を抑えることがあった。また、頻繁に似た内容の夢を見ることもあった。彼はそれをまとめて「未来予知」と呼び、私にもよくそのことを話していた。

また、それとは別に一つ気になることがあった。エドガーは時々、エドガーではなくなることがあった。別人格とでも言うのだろうか。見た目や言動はいつもと変わらないが、纏う雰囲気ががらりと変わることがあったのだ。それは私の気のせいだったかもしれないし、あるいは本当にそうだったのかもしれないが、確認する方法は今のところない。ただ私がはっきりとわかるのは、エドガーには彼自身もわからない意識の最奥に、『何か』が潜んでいるということだ。

 

そして、その『何か』は彼がホグワーツ校に入学してからより動きを見せるようになった。

 

エドガーが誰かを見て何かしらの反応を見せる回数が増えたのだ。それは最初に接触したセドリック・ディゴリーから始まり、ネビル・ロングボトム、ハーマイオニー・グレンジャー、ロナルド・ウィーズリー、アルバス・ダンブルドア、ミネルバ・マクゴナガル、セブルス・スネイプなど枚挙に暇がない。

そして、その中の誰よりも強く彼をひきつけたのが、魔法界では知らぬ者のない通称生き残った男の子、ハリー・ポッターである。エドガーは入学してからしばらくは彼を見るたびにひどく辛そうな表情を見せていたし、穏やかに話せるようになった今でも時折不思議そうな顔をする。

そんな現象を引き起こしているのが、彼の中に潜む『何か』であることは間違いないだろう。根拠も理由もないが、私の勘がそうだと言っている。というより、人選に共通点がほとんどないし、エドガーが全員と接点があったわけではないから、この現象を彼が意図的に引き起こしているはずがないのだ。

 

一番動きがあったのはハロウィーン前日だった。

生徒は全員寝静まった真夜中に、彼は音もなくふくろう小屋にやってきて、私に手紙を持たせたのだ。

 

「朝食の時に、『おれ』に渡してくれ」

 

青白い顔で(その日以前から彼は体調が悪そうだった)、口元に弧を描きながら片目を閉じたエドガーは、間違いなく私の知るエドガーではなかった。

このまま私の知るエドガーが何者かに乗っ取られてしまうのではないか、などとふくろうながらに心配したものだがそれは杞憂だった。その日以来『何か』がエドガーに成りすまして出てくることはなくなり、何らかの行動を起こすことも少なくなったのだ。私はほうと鳩胸を撫で下ろした。

 

それからの学校生活は私にとっても彼にとっても平和に過ぎていった。

彼は友人との交流を何より楽しんでいたようで、よくふくろう小屋に来ては私に自身の友人たちについて語って聞かせてくれた。

彼の話には同じハッフルパフ寮のザカリアス、ジャスティン、アーニー、ハンナ、スーザン、それから二つ上の学年のセドリック、それ以外だとグリフィンドールのハリー、ロン、ハーマイオニー、ネビル、フレッド、ジョージあたりがよく出てきた。話を聞く限り個性豊かな面々である。だが、うまくやっていけているようで何よりだった。

 

私も自身の交友関係について彼に語りたいものだったが、いかんせん私には人間に言葉を伝える術を持たない。残念である。

彼がいつか私の言葉を理解できるようになれば良いと荒唐無稽な事を考えつつ、私も友について思いを馳せることにしよう。

 

先に出たエドガーの友人、ハリーを飼い主に持つヘドウィグは、雪のように美しい雌のふくろうだ。プライドと気位は高いが聡明で、飼い主同士交流があるからか私たちもよく話をした。彼女が語るのは大概主人とその友人の小言だったが、心の底では彼らを大事に思っている様子が窺えるので微笑ましかった。つつかれた。

それからロンやフレッドとジョージらウィーズリー家に飼われているエロールというふくろうがいる。彼はぼろぼろと毛が抜けた羽ばたきと称される見た目の老鳥だったが、長い鳥生の中で得た豊富な知識と、老いてもなお仕事に努めようと奮闘する姿にはヘドウィグ共々感嘆したものだ。その心意気に打たれ、私は彼の仕事を手伝うことがよくあった。……主に、道中意識を失ってしまった彼を配達物ごと運ぶことだったが。

 

友というほど親しい間柄ではないが、接点があるものとして私と同じワシミミズクの一羽が挙げられる。名前も知らないし飼い主のドラコ・マルフォイなる人物もエドガーから聞いたことも一度としてない。にも関わらずなぜ接点があるかと言えば、私たちの容姿が似ているのでたまに間違えられることがあり、その際に二言三言言葉を交わすからだ。「それは私のだ」「そうか、すまないな」といった具合だ。それにしても、ワシミミズクなどこの世にたくさんいるが、あれほど鏡写しのような個体は初めてである。一応体の大きさ(私の方が大きかった。彼が小さいわけではなく、私が他の個体よりも大きいのだ)は違ったが、まあここまで似ていると奇妙なシンパシーを感じるものだ。いつか親しくなった時には、すり替わって手紙をお互いの主人に届けるなんて芸当もしてみたいな。……冗談だ。

 

――と、あれこれと考えを巡らせていると、今の今までずっと隣にいたエドガーがじっと籠越しに私を見つめた。灰色の瞳は今日も透き通っている。

 

「本当におとなしいな。ネセレと言ったかい?」

「そうだよ。賢くてかっこよくてきれいな自慢の相棒です」

「エドは動物のことになると目の色変わりますけど、ネセレ相手だと拍車がかかりますよね」

 

今日は6月末、生徒たちがホグワーツ特急に乗ってそれぞれの実家に帰る日だ。そして現在、その帰宅の真っ最中である。

このコンパートメントには、エドガーとその友人のザカリアス、ジャスティン、アーニーがいる。ハンナとスーザンは他の寮の一年生と共に他のコンパートメントに入ったようだ。私を含めてここには見事に男しかいないが、年齢のおかげで窮屈さや暑苦しさは感じられない。

 

「だってネセレはおれの大好きな友達だから」

「えー、じゃあ僕たちはどうなんですか?」

「ふふ。もちろんみんなもおれの自慢の友達だよ。ハンナとスーザンも」

「それ、グリフィンドールの皆にも言っているだろ? まったく八方美人なやつだ」

「ひどいなあザッキーは。寮とか気にしないで友達だと思った人には誰にも同じように接しているだけなのに」

「だから何なんだ、そのザッキーというのは」

「まるで僕たちの寮の創設者、ヘルガ・ハッフルパフのようだな」

「嬉しいけど、おれはあそこまで寛容じゃないよ。チョコレート盗み食いした相手とか絶対許さないし」

「エドらしいですね」

「おい、僕は無視なのか。おい」

 

……今日も今日とて彼らの関係は良好のようだ。座席の隅でいじけているザカリアスを除けば。おや、エドガーが慰めている。元凶は彼だが、アフターフォローも万全ということか。

 

「でもいいですよねえ、ふくろう。僕も本当はペットを連れてこようと思ったんですけど、ダイアゴン横丁でペットショップとイーロップをそれぞれ見たらどっちにも可愛い動物がいっぱいいて。結局迷って飼えずじまいだったんですよ」

「まあ、迷うのも無理はないな。七年間を共に過ごす相棒だから、時間はかかってしまうものだ。それに、聞くところによれば四か月近くも迷った者もいたようだぞ」

「へえ、そんな人が。それはいつの事なんですか?」

「去年の春から夏にかけてと言っていたな。おそらく僕たちと同学年だろう」

「……それ、おれかも」

「えっ」

 

まあ、噂にならない方が珍しいだろう。

 

「ペットショップの方にはかわいい猫がいたし、イーロップにはほら、ネセレみたいなかっこいいふくろうがいっぱいだったから」

「それで、エドはどうやってこのふくろうを選んだんだ?」

「二つの店の店員さんに直々に選んでいただきました……」

「……それはまた」

 

正確には店員二名に私を選ばせた、なのだが、あえて知らせることもないだろう。もとより、私は彼に言葉を伝えることができないが。

しかし、今思い返せば店員たちが私の目の前で会話をしなければ、私がこうして「ネセレ」という名前をもらうことも、彼と一緒にいることも(可能性としてはゼロではないが)なかったのだと思うと感慨深いものがある。あの時なぜ私が無意識に鳴いたのかはわからないが、結果としては最上だろう。

 

「動物談義もいいが、僕はまたあの冒険について聞きたいものだな。なあ、エドガー。どうだい」

「『賢者の石』のこと? もう何度も話したし、あれ以上の情報は出せないよ」

「いいのさ。英雄の話は何度聞いても飽きないものだからな」

「それにしても、そんなことがあったなら僕たちにも一言教えてくれればよかったのに。水臭いですよ」

 

その後、エドガーが学期末に体験した冒険や試験の結果(エドガーたち六名は軒並み好成績だったようだ)、試験の後に行われたハッフルパフ寮をあげての盛大なお茶会などの話で盛り上がり、気づいたときには汽車はキングス・クロス駅に到着していた。

四人は名残惜しそうに荷物をまとめて、生徒たちの流れに乗ってプラットフォームに降り立つ。年を取った駅員の誘導で、四人は一緒にゲートからマグルの世界へと進んでいった。

 

「クリスマス休暇も大分寂しかったけど、夏休みはもっと長いんだよね。みんなとお茶会ができないのはつまらないな」

「君はそれを休暇の度に毎回言うつもりか? ……手紙を送るからそれで我慢するんだな。二か月なんてあっという間だ」

「……ザカリアスってなんだかんだ優しいよね。そういうところ好きー」

 

彼らが軽口を叩き合いながら改札口を出ると、それぞれの家族が迎えに来ていた。「またね」「良い夏休みを」と交わしながら四人はそこで別れ、エドガーは祖母、ドリスの元へ向かった。彼女はヘドウィグを連れたハリーに握手を求めている最中だったが、エドガーに気づくと穏やかに微笑んだ。その間に赤ら顔に口髭をはやした男性と首の長い女性、太った少年がハリーを引っ張って連れて行ってしまった。

 

「お祖母さま、相変わらずだね。なんだか安心したよ」

「そういうあなたは……少し大きくなったわね。身長だけじゃなくて、中身も」

「色々あったから。家についたら話すよ。ハリーの話もあるんだよ」

「まあ、ポッターさんの? それは楽しみね」

 

こうして私たちは懐かしき我が家(とは言っても、私はまだ一か月程度しか過ごしていないが)に戻り、一年間が終了したのであった。

 




「賢者の石」番外編、ネセレのお話でした。
次回から「秘密の部屋」に入ります。
それから、今後は原作キャラの改変(主に名前しか出ていないキャラ)が多くなると思うので、この後書き欄にて今出ているキャラも含めて少しずつ紹介していきたいと思います。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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