穴熊寮からごきげんよう   作:秋津島

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「さあ、色々なことがあった一年間もいよいよ終了ですね」
「思い返せば色々ありましたね。良いことも、悪いことも」
「とは言え私たちの物語はまだまだ序の口。ここらで過去を振り返って立ち止まっている時間はありませんよー」


一年の終わり

気が付いたら医務室のベッドにいた。あたりは真っ暗で物音ひとつしない。どうやら真夜中のようだ。体を起こしてみると頭がひどく痛む。触ってみたら包帯が巻かれていて、わずかに血もにじんでいる。ううん、何か大事なことを忘れているよな……。

 

「そうだ、『石』」

 

思い出した。学期末試験が終わったその日の夜、ハリー、ロン、ハーマイオニーの四人で「賢者の石」を探しに行ったんだ。最後の部屋でみぞの鏡の中によくわからないものを見たあと、クィレル先生に突き飛ばされて、それで……。

ああ、とそこまで考えておれは頭を抱えた。うっかりぶつけたところを触って鋭い痛みに襲われるが、気にしてはいられない。突き飛ばされて、それでうまく受け身を取れなくて地面に頭を強打して、そのまま気絶してしまうなんて……情けないというか、かっこわるいというか、ああもう。

ふと横を見るとベッドが三つ並んでいて、そこには一緒に冒険した三人が一様に横になってすやすやと眠っている。ロンとハーマイオニーに目立った外傷はないが、ハリーにはところどころ治療した痕跡が残っている。つまり、あの後一人でクィレル先生と戦ったということか。友達が一人で戦っていたのに何もできなかったなんて、申し訳なさと情けなさでいっぱいだ。何のために炎をくぐり抜けたんだ、おれは。

 

「あら、起きていたのですか?」

 

事務室の方から包帯と薬を持ったマダム・ポンフリーが歩いてくる。

 

「はい。えっと……」

「まだそれほど時間は経っていませんよ。あなたたちが運ばれてから、まだ数時間程度ですから、朝すら迎えていません。後ほどダンブルドア先生がお見えになりますから、それまでは眠っていなさい」

 

夜中に出歩いていたことについて何かしらの追及を覚悟していたが、マダム・ポンフリーはてきぱきとおれとハリーの治療をしながらそう言うだけで、特に何も聞いてこなかった。

包帯を変えてもらったおれは、おとなしくまたベッドに身を沈めて眠りに落ちていった。夢の中で懐かしい声が聞こえたような気がするけど、たぶん気のせいだろう。

 

次に目を覚ました時、ベッドの脇には朝日を受けてきらきらと白髪と眼鏡を光らせるダンブルドア先生がいた。うっ、眩しい。

体を起こすと、もう頭の痛みはなくなっていた。血も出ていない。隣の三人は……まだ眠っている。

 

「おはよう、ミスター・クロックフォード」

「おはようございます、校長先生」

「……ふむ。君は何も聞かないのじゃな」

「知りたいことがゼロかと言われればそんなことはありませんが、まずはお叱りを受けるのが先かな、と」

「叱らぬよ。君たちは試練を潜り抜け『石』を守ってくれた、むしろ感謝したいほどじゃ」

 

先生はにっこりと笑った。

 

「さあ、なんでも聞くとよい」

「ええと、じゃあハリーとクィレル先生があの後どうなったか、教えてください」

「よかろう」

 

ダンブルドア先生はゆっくりと語った。クィレル先生には「例のあの人」ことヴォルデモート卿が寄生していたこと、彼は十年前の一件で肉体を失っていること、肉体を創造しようと「賢者の石」を狙っていたこと、そしてハリーが「石」を手に入れたこと、最後には彼らを倒したことを、時折横で眠るハリーに目をやりながら説明した。おれが頭を打って昏倒している間にそんなことがあったのか……。

 

「おや、大丈夫かねミスター・クロックフォード」

「……はい、ちょっと自分の情けなさに落ち込んでいるところです」

「とんでもない。君の存在は三人にとって励みになったことじゃろう」

「そう言っていただけると救われます。それから、他にもお聞きしたいことがあるのですが構いませんか?」

「なんでも聞くとよい。答えられることはなんでも答えよう」

「ありがとうございます。その、みぞの鏡についてなんですけど……」

 

みぞの鏡はロンやハリー曰く、見た人の心の一番底にある一番強い望みを映す鏡だと聞いた。ところが、おれが見たのは数えきれないほどのガリオン金貨に埋もれている姿でもなく、最優秀寮杯とクィディッチ優勝カップを持った姿でもなく、お祖母さまをはじめとする家族やホグワーツの友人たちに囲まれている姿でもなかった。

――鏡に映っていたのは、たくさんの見知らぬ人たちだったのだ。

 

「おれが見たのは自分の姿じゃなくて、たくさんの人たちが楽しそうにそれぞれの好きなことをやっている姿だったんです。ほとんどは顔も見たことがない人たちで……知っているのはフレッドとジョージ、スネイプ先生、それから……ダンブルドア先生、あなたもいました」

「……ほう」

 

ダンブルドア先生は少しだけ目を見開いた。そしておれの目をまっすぐに見つめた。吸い込まれそうな瞳だ。まるでおれを通り越して何かを見ているような、他の誰にも見えないものを見ているような目だ。

数秒間瞬き一つしなかった先生は、やがて驚いたような表情を見せたあと視線を逸らしてしまった。

 

「どういうことなんでしょうか」

「おお、なんと。わしはその質問に答えてやることができん」

「つまり?」

「わからぬのじゃ。君がそれを見たというのは本当じゃろう。だが、君がなぜそれを見たのかが一向にわからぬ。……ただ、君の心の奥深くには『何か』が潜んでおる。その正体がわかった日には、君の疑問も解消されるであろう」

 

心の奥深くに潜む『何か』。ここに来た初日、組み分け帽子にも同じようなことを言われた。

おれの中にはいったい何があるのだろう。それはハロウィーン以前によく見ていた不思議な夢や未来予知、謎の睡眠不足や覚えのない知識や呪文とも関係しているのだろうか。それともまったく関係ないのだろうか。いずれにしても、今望むのはたった一つのシンプルなことだ。

 

「先生、これは質問じゃなくてお願いなんですけど、おれが最後の部屋で頭を打って昏倒していたことは秘密でお願いします。ハリーにも口裏を合わせるよう伝えておいてください。……あの事実が知れ渡ったら、おれは情けなさと恥ずかしさで死にそうですから」

 

……妙な生暖かさのこもった微笑みをいただいた。

 

 

その後、怪我の具合を確かめに来たマダム・ポンフリーから「もう戻ってよいですよ」との許可を受けて、おれは二人に頭を下げてから医務室を出て行った。

確認した時計はちょうど朝食の時間を示していて、速足で大広間に駆けこむと心配そうな顔をしたハッフルパフの面々が迎えてくれた。

 

「ゆうべはおたのしみでしたね」

 

訂正、ジャスティンだけはなんだか楽しそうだ。

 

「あ、これマグルの世界で流行っているゲームのワンフレーズなんですよ。それは置いておくとして、夜中に抜け出して朝帰りだなんて何があったんですか?」

「……宝探し?」

「まったく、学年末も近いというのに夜中に抜け出すなんて。ハッフルパフが減点されたらどう責任を取るんだ?」

「その時は荷物をまとめて二か月くらい家に戻ります」

「それ、夏季休暇と変わらないよな」

「ばれた」

「ふふ。もういいじゃない、エドガーは無事だったんだから。あのねエドガー、ザカリアスは朝起きて部屋にあなたがいないものだから、すっかり動転していたのよ」

「スーザン、それは言うなと言っただろう!」

「あら、聞こえなかったわ」

 

ザカリアスとスーザンがお馴染みの舌戦を繰り広げ始めたことで、おれはひとまずハッフルパフ勢からの追及を逃れた。

だけど朝食を終えて寮に戻ろうとした時、今度はどこからか噂を聞きつけたフレッドとジョージに捕まった。あの鏡で見た姿は今よりも大分大人びていたな、なんてぼんやりと考えていたら逃げるタイミングを失ってしまい、ハッフルパフの面々よりも厳しく問われることになってしまったのだが。

 

「……で、その『賢者の石』とやらは見つかったのか?」

「二人と別れたあとに何があったんだ? まだハリーは起きないんだろ?」

 

結局口を割るほかなく、おれは校長先生から聞いたことをさも自分の目の前で起こったことのように語った(突き飛ばれてからの昏倒のくだりはもちろん言わなかった)。二人はそれで納得したようで、おれを解放すると楽しそうに走り去っていった。

その日のうちに、一年生四人が教職員の用意した仕掛けを突破し「賢者の石」を守ったという噂で校内が持ちきりになった。人の口に戸は立てられぬとはこのことか。

 

二日後には無事にハリーも目覚めたので、おれはロンとハーマイオニーと一緒に彼のお見舞いにいった。マダム・ポンフリーは厳しい人だったけど、おれたちが頼み込むと「五分だけですよ」と病室に入れてくれた。

ちなみにロンとハーマイオニーの二人はおれが医務室を出たすぐ後に意識を取り戻したらしい。「フレッドやジョージたちグリフィンドール生に囲まれちゃって、なかなか会いに行けなかったんだ」とロンが言っていた。「おれも同じような感じだったよ」と返した。

そうそう、ダンブルドア先生はおれのお願いを叶えてくれたようだ。ハリーは二人の頼みであの部屋での一部始終を話して聞かせたが、その中にはおれが突き飛ばされて気絶したという話はなく、その代わりにクィレル先生の呪文によって意識を失ったということになっていた。どちらにしても気絶はつきものだけど、後者の方が圧倒的にましだ。

 

「君、呪文を受けて倒れこんで、おまけに頭から血がたくさん出ていたから死んじゃったんじゃないかって心配していたんだ」

「マダム・ポンフリーが一日で治してくれたから、もう安心だよ」

 

それにしても、あの時のおれの様子は思いのほか大惨事だったようだ。ハリーの心に何かしらのトラウマを植え付けていないか心配である。

 

「もう十五分も経ちましたよ。さあ、出なさい」

 

こうして医務室の主のお叱りを受けるまで、おれたちはあの夜の冒険について大いに語り明かした。あとハリーからベッドの脇のテーブルに積み上げられていたお菓子の山の中から、チョコレート菓子を大量にもらった。嬉しい。

 

次の日は、すっかり忘れていたが学年度末パーティーだった。

 

「一位になれなかったのは残念だけど、最下位じゃなくてよかったよね」

 

グリーンとシルバーのスリザリンカラーで彩られた大広間で、ハンナは明るい声で言った。ハイテーブルの後ろの壁はスリザリンの蛇を描いた巨大な横断幕で覆われていて、誰の目にもスリザリンの七年連続の寮対抗杯優勝が明らかだった。

スリザリンのテーブルはお祭りモードだ。グリフィンドールやレイブンクローはそんな光景を面白く思っていないようで、彼らのテーブルは賑やかではあるがどこか晴れやかではない空気が漂っている。ハッフルパフだけは例外で、もちろんそのように思っている生徒も少なからずいたが、それよりもハンナの言うように最下位を脱出できたことに安堵しているようだった。

 

「ザカリアスが学期末試験で全教科満点だったらよかったのにね」

「君はまだ言うか」

「どうどう。パーティーなんだから今日くらいは穏やかにいこうよ」

「エドガーがそういうなら」

「しかし、結局『賢者の石』を守ったという一年生四人は誰だったのだろうな。エドガー、何か知らないかい?」

「そう言えば、宝探しをしていたとか言っていましたよねー」

「それ、おれとハリー、ロン、ハーマイオニーのことだよ」

「えっ」

 

なんと、フレッドとジョージはおれたちの名前を伏せて噂を広めていたのか。

スーザンを除く四人に質問攻めにされそうになったところで、ダンブルドア先生が朗らかに話し始めた。よかった、また難を逃れたようだ。

二言三言語った後で、いよいよ寮対抗杯での各寮の得点が発表された。四位がグリフィンドールの三一二点、三位はハッフルパフで三八一点、二位のレイブンクローは四二六点、そして一位はご覧のとおりのスリザリンで四七二点だった。結果を聞くや否やスリザリンのテーブルからは嵐のような歓声と足を踏み鳴らす音が上がった。

 

「よし、よし、スリザリン。よくやった。しかし、つい最近の出来事も勘定に入れなくてはなるまいて」

 

しかし、その後に続けられた言葉で広間全体が静かになる。

先生は咳払いをすると、ハリー・ポッター、ロナルド・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャーとあの夜の出来事に関わった三人をそれぞれ称え、グリフィンドールに高得点を加算した。耳をつんざくような大歓声が巻き起こり、彼らの得点がスリザリンと並んだところで最後にネビル・ロングボトムが十点を獲得し、グリフィンドールは最下位から一転一位にまで上り詰めた。

 

「やった! グリフィンドールが一位だよ!」

「ああ、僕たちの平穏が……。でも、スリザリンの一位に比べたらましですよね」

「いや、わからないぞ。まだ、エドが残っている」

「え? あ、そっか!」

 

どうやら彼らも「賢者の石」を守った生徒(ネビルは除いて)が得点を与えられていることに気づいたらしい。期待のこもった眼差しでおれとダンブルドア先生を交互に見つめている。それに気づいたのかはわからないが、先生は穏やかに微笑んだ。

 

「そして最後に、ハッフルパフ。命の有無にかかわらず相手をいたわる優しさと、友のために力を尽くす姿を見せてくれたエドガー・クロックフォードを称え、五十点を与える」

 

これで得点は四三一点。レイブンクローを抜いて三位になった。

ハッフルパフのテーブルからは、グリフィンドールが一位になったとき以上の歓声が沸き起こった。広間の飾りつけがスリザリンカラーから真紅と金色のグリフィンドールカラーに変わり、横断幕から蛇が消えてそびえ立つようなライオンが現れても、その歓声はなかなか止まらなかった。

その夜は、たぶんこれまでで一番楽しい時間だったように感じる。規則正しいハッフルパフ寮は珍しく夜通し騒ぎ倒し、こうしておれのホグワーツでの一年間は幕を下ろ――

 

 

「ミスター・クロックフォード、ついてきなさい」

 

――さなかった。

学年度末パーティー以上にすっかり忘れてしまっていたが、しばらくして試験の結果が発表された。学年一位はハーマイオニー、二位はどこかで名前を聞いたことがあるドラコ・マルフォイ、そして三位は驚くことにおれだった。魔法薬が思っていたより揮わなかったが、それよりもあの厳格なマクゴナガル先生の変身術で、百点満点中百五点を取ったことが気になって仕方がなかった。ちなみに今まで全く触れていない薬草学については、ハッフルパフの大半の生徒は寮監に鍛えられているので全く問題がないとだけ伝えておこう。

 

「しかし、本当に何をしたんだい?」

「ねずみをフランス王室御用達って感じの嗅ぎたばこ入れに変えただけだよ」

「何だい、それ」

 

と、テストの結果を見ながら学年十位だったアーニーと話しているところへ、渦中の人物マクゴナガル先生から鋭い声が投げられた。アーニーに見送られながら恐る恐るついていくと、人気のない空き教室へと連れてこられた。

 

「単刀直入に言いましょう。ミスター・クロックフォード、貴方の変身術の能力は同学年の中でも群を抜いています。そこで提案です。来年から、貴方さえ望むのなら私が特別に講義をしましょう」

 

予想外の展開だ。

 

「あの、すごくありがたいしぜひともお願いしたいです。けど、おれまだ変身術にそれほど詳しいわけでもないですし、やりたいことも分からなくて……」

「ええ、そうでしょうとも。ですから貴方には追加で課題を出します。休み明けまでに、私から学びたいことを考えておくことです。以上」

 

最後の最後に予想もしなかった出来事を起こして、おれのホグワーツでの一年間が終わった。……さて、どうしたものか。いずれにしても、来年もゆっくり休む暇なんてなさそうだなと、空き教室でおれは一人小さく笑ったのだった。




もう一話書くか書かないか迷うところではありますが、一応これにて「賢者の石」の本編は終了とさせていただきます。
次回かその次の回からは「秘密の部屋」になりますので、またお付き合いいただけると幸いです。
あと、文章の書き方が少し変わるかもしれません。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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