穴熊寮からごきげんよう   作:秋津島

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「彼の存在は極め付きのイレギュラーでありました」
「それもそうでしょう。『原作』には、一切登場しないのですからね」
「ですから私は、それを逆手に取りました。ええ。彼を利用して、私がどうしたって叶えられなかった夢を、実現させようとしたのです」



序章
始まりの夢


占い学という科目がある。

これは未来を予見する方法を学び、実践する学問であるが、魔法の中では不確定な分野であり、これを嫌う魔法使いや魔女は少なくはない。

それはイングランド南東部、ロンドン近郊の瀟洒な住宅街に居を構える魔女、ドリス・クロックフォードとて例外ではなかった。彼女はホグワーツ魔法魔術学校の卒業生だが、在学中に占い学を選択したことは一度もないし、それ関連の書物だって一冊とて購入することはなかった。

だから、自分の幼い孫が「おかしなゆめを見た」、「おばあさまの未来が見える」と不思議そうに告げてきたときは、飛び上がらんばかりに驚いたし、何か呪いでもかけられたのではないかと心配になったものである。

 

しかし、そんなドリスの心境を知ってか知らずか、彼女の孫は年を重ねるごとに「未来予知」であるとか、「不思議な夢」であるとか、そういった類のことは次第に口に出さなくなっていた。

時折ドリスが思い出したように尋ねても、「何のこと?」と、彼女とは似ていない灰色の瞳を少し細めながら首を傾げるだけで、彼自身が幼いころに告げたことさえ忘れているような様子すら見せた。

だからドリスも、「あれは幼児特有の、空想と現実が混ざった妄言だったのだ」と納得し、いつの間にかその話題は忘れ去られ、触れられないものとなった。

 

 

 

エドガー・クロックフォードには、物心ついたころから不思議な能力があった。それは、この世に存在している「魔法」とは似ているようで全く違うものだった。彼は後にこれを「未来予知」と呼んだ。

 

例えば彼は、頻繁に同じような夢を見ることがあった。見知らぬ少女たちと謎の本が登場する夢である。

その夢の中では、決まって少女たちが本について熱心に語り合っているのだが、その会話の内容はいつも少しずつ違っていた。ある時は特定の人物について熱心に話し合っていたし、ある時はストーリーや伏線と言ったものについて侃々諤々の議論を交わしていたこともある。けれど、どちらにもよく出てくる言葉があった。「ハリー・ポッター」という人名と、未来の日付である。

 

それから、彼は、ある特定の人や物を見ると、その対象の未来がわかることがあった。

祖母を見れば、祖母が眼鏡の少年に何度も握手を求める場面が断片的な映像として頭の中に流れてきたし、よく遊びに行くダイアゴン横丁でオリバンダー老人を見れば、彼が何人もの見知らぬ少年少女たちに杖を与えている様子が、これまた断片的な映像として浮かび上がってくるのだ。

 

何せエドガーがこれらに気づいたのは、まだ物事の分別がつかない3歳前後、幼児期だったから、彼はよく祖母にこれらを伝えては怪訝な顔をされた。それで、次第にこのことは誰に対しても秘匿するべきことだと考えるようになって、年を重ねるごとにこの話題を少しずつ出さなくなった。時折祖母に尋ねられることがあっても、彼女の緑色の瞳を見つめながら白を切ってみせれば、6歳になったころにはその追及もなくなった。

 

 

時は流れて、彼の11歳の誕生日前日。

相変わらず例の夢はよく見るし(むしろ年を重ねるごとに頻度が高くなった)、祖母の顔を見れば、やはり彼女が眼鏡の少年と握手している様子が映る日々だったが、その日は今まで以上にはっきりとした「未来予知」の夢を見ることになった。

 

いつもの通り、四角いテーブルの中央にはうず高く本が積まれていて、それを取り囲むように数人の少女が言葉を交わしている。ただ、いつもとは少し違って、いつもは単語だけか、あるいは不明瞭にしか聞こえてこなかった彼女たちの言葉が鮮明に聞こえるようになっていた。まるで、その話し合いに間近で参加しているような、そんな感じで。

 

――それはさながら、これからの一年間の出来事が記された本を、最初から最後まで読み聞かせられているような気分だった。

 

 

 

目を覚ますと、何か大きな物語の始まりを告げるかのように、ホグワーツ魔法魔術学校への入学許可証が届いていた。




プロローグでございます。
小説を書くのは難しいですね。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

※01/03
ショウユー様から素敵なイラストをいただきました!
もっふもふ。

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